ファン交 2021年:月例会のレポート

 ■1月例会レポート by

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■日時: 1月23日(土)14:00-16:00
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:2020年SF回顧(国内編)&復活!《異形コレクション》
●ゲスト:森下一仁さん(SF作家、SF評論家)、井上雅彦さん(作家)、日下三蔵さん(アンソロジスト)、香月祥宏さん(レビュアー)

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2021年最初の例会は2部構成。
第1部は9年ぶりに復活した異形コレクションのお話を井上雅彦さんと日下三蔵さんに伺いました。第2部は森下一仁さんと香月祥宏さんによる1月恒例の日本SF回顧です。

■第1部
異形コレクションの原型は91年に出たドラマ『世にも奇妙な物語』の派生企画『奇妙劇場』にありました。 異形コレクションが始まった97年は、ホラー、SFにとって厳しい時代でした。また小説誌でも単発の短編がほとんど掲載されなくなり、ショートショート出身の井上さんも仕事がなかったといいます。そういう状況を改善しようと企画されたのが「異形コレクション」でした。当初、版元のコンセプトはホラー色を前面に押し出したものでしたが、井上さんの意向でジャンルを問わない内容になりました。
その後、版元が変わりながらも巻を重ねてきましたが11年から9年間中断します。「中断したのは震災直後で作家も消耗していた」と井上さんは言います。再開に当たって心がけたのは、できるだけ従来と変えないようにすること。「テレビ番組でもときどきリニューアルする例があるけれど、僕はそういうのは好きじゃないし、面白くもならない」と井上さん。

最新刊『蠱惑の本』は書物がテーマ。このテーマを選んだ裏には、書店はいま大変な状況に置かれているので応援したいという意図もあるそうです。収録作の中でも異例の経緯で書かれたのが北原尚彦さんの「魁星」です。ある夜、横田順彌さんと浅草を歩くという夢を見た井上さんが「横田さんと親しくなかった僕がこんな夢を見たのは、誰か他人の夢の中にいたからではないか」とその場で北原さんに電話し、横田さんの登場する小説を依頼しました。北原さんも依頼に応え、事実と虚構の境目がわからなくなるよう特に工夫を凝らしたといいます。「自分の書いたものだけど、台詞の部分を読んでいると本当に横田さんが喋っているみたいだ」と北原さん。
気になるシリーズの今後ですが、井上さんはメディアミックスの予定もあると紹介しながら「これまでは使命感でやってきたけど、今後はやれることを楽しくやりたい」と結びました。

■第2部
コロナウィルス禍の年となってしまった2020年ですが、そのことが直接反映された作品は少ないとのこと。
そんな中数少ない例外が『Genesis』に掲載された宮西建礼の短編「そして星は流れる」。部活ができなくなった高校天文部の先輩後輩が、離ればなれの状態で天体観測を続ける話です。
20年の傾向として、森下さんは創元SF短編賞出身者の活躍を挙げました。高山羽根子さんが芥川賞を受賞するなど、活躍の場はSFにとどまらず文学界の一大勢力になっていると指摘します。一方、香月さんはネットや電子書籍によって短編発表の場・形式が多様化した年だったと言います。また連作短編集に対置される概念として、設定がバラバラで従来ただ短編集と呼ばれていた本が〝独立短編集〟と呼ばれるようになったとか。
境界作品も含めたベストは、お二人とも高山羽根子『暗闇にレンズ』でしたが、プロパーSFのベストとして香月さんが挙げたのが管浩江『歓喜の歌』。〈博物館惑星〉シリーズの第1作『永遠の森』が空間的広がりを持った作品だったのに対して、本書は時間的広がりを持つことが特徴で「クライマックスが圧巻」とのこと。
一方、森下さんは林譲治〈星系出雲の兵站〉シリーズをベストに挙げました。戦場の後方支援をテーマにしたスペースオペラとして始まった同作は、後半で知的生命体同士のファーストコンタクトを描く本格SFになり、「宇宙SFとして、小川一水〈天冥の標〉と並ぶ大収穫」と森下さんは言います。
2冊刊行された酉島伝法作品に関して、『オクトローグ』は「初読は世界の異様さを楽しんで、再読するとまったく印象が変わる。収録作がどれも短いので酉島伝法入門として最適」と香月さん。『るん(笑)』は怪しいスピリチュアリズムに支配されたパラレルワールドの日本が舞台。これまでの酉島作品からすると異色の作風ですが、作者一流の造語感覚が現代日本を覆うイヤな感じをえぐり出しています。
また北野勇作『100文字SF』について、森下さんは本書を短歌や俳句といった日本固有の伝統につながるものとしながら、まったく新しい文芸ジャンルを生み出した画期的な作品と力説していました。「本書を読むと、小説や物語の条件とは何なのか考えさせられる」と森下さん。

このほか注目すべき作品としては、西崎憲『未知の鳥類がやってくるまで』、眉村卓『その果てを知らず』、木下古栗『サピエンス前戯』が、また参加者を含めた二次会では柴田勝家『アメリカン・ブッダ』、藤井太洋『ワン・モア・ニューク』などの書名が挙がりました。

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■2月例会レポート by  

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■日時:2月20日(土)14:00-16:00
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:二〇二〇年SF回顧(海外編・メディア編
●ゲスト 中村融さん(翻訳家)、添野知生さん(映画評論家)、縣丈弘さん(B級映画レビュアー)、冬木糸一さん(レビュアー)

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2月の回顧企画は海外SFと映像作品についてです。
■海外編
中村融さんによれば2020年の海外SFは空前の大豊作で、ベスト10を3通りも組めるほどだとか。また非英語圏作品の紹介もこれまで以上に進み、一気に多様化しました。
中村さんのイチ推しは『時のきざはし』。
これは現代中国SFの紹介を続けていた立原透耶さんが満を持して刊行したアンソロジーで、小松左京・山田正紀など日本SFと近いテイストがあると中村さんは指摘します。
またイラクからは『バグダードのフランケンシュタイン』が邦訳されました。本書はアーサー・C・クラーク賞の候補作になったものの文学的な内容で、2005年ごろのバグダードを舞台に、テロの犠牲者の死体を継ぎ接ぎしたフランケンシュタインの怪物が登場します。怪物のモザイク的な身体は、多数の政治勢力・宗教が入り乱れるイラクそのもののメタファーになっています。
冬木糸一さんが推したのはロシア作品の『サハリン島』。
現地メディアでは「この10年で最高のロシアSF」と表された話題作です。核戦争とパンデミックで世界中が荒廃した中、軍国主義化した日本だけが唯一文明国の体裁を保っている近未来。主人公が日本とロシアの境界に位置するサハリン島を旅するうち、異形の未来世界が立ち上がってきます。
中国SFでは陳楸帆の長編『荒潮』。近未来の中国を舞台に、グローバリズム・政治・環境問題などに真っ向から取り組んだ作品である一方、ポストサイバーパンク的な意識の進化も扱われています。作者はグーグルやバイドゥなどIT企業に勤務していただけあって、テクノロジーの描写に説得力があると冬木さん。
英語圏の作品では『宇宙へ』。歴史改変宇宙開発ものを長年読んできた中村さんが「その中でも素晴らしい」と太鼓判を押した作品です。本書の特徴は主人公がユダヤ人女性である点で、これまで宇宙開発が排除してきたマイノリティの視点が取り入れられており、それは現実の潮流ともシンクロしていると冬木さんは言います。
『アンドロメダ病原体—変異—』は、かのクライトンの名作の続編ですが、前作同様パンデミックものだと思ったら大間違いとのこと。ストーリーがほぼアマゾンと宇宙ステーションの中だけで進行する熱い冒険小説で、「大風呂敷を広げすぎて一部破綻しているが、それも気にならない」と中村さん。
このほか異色作として中村さんが取り上げていたのが『エルリック・サーガ1 ルビーの玉座/魔剣ストームブリンガー』。これはムアコックの人気ヒロイックファンタジーをフランス人がリブートしたグラフィックノベルで、ムアコック本人が「自分が書きたかった」と賞賛したそうです。

■メディア編
ご多分に漏れず2020年の映画もコロナウィルス禍の直撃を受けました。添野知生さん自身、3か月間も映画館に足を運ばない時期があったそうです。興業面で大きかったのは、ハリウッド製の大作がパッタリ配給されなくなったことでした。
そんな中で例外的に公開されたのが『TENET/テネット』。
諜報組織に属する主人公が時間逆行現象にに巻き込まれる話で、タイムトラベルなしで歴史改変に挑むという力業に挑戦した野心作です。SF的には首をひねりたくなる箇所も少なくありませんが、「ノーラン監督には、いつもヘンな話をありがとうと言いたい」と添野さんが言えば、縣丈弘さんも「ツッコミどころはあるけれど、そこもコミで楽しみたい」。
時間SFでは、ヨーロッパ企画が劇団自体としてはじめて手がけた映画『ドロステの果てで僕ら』も注目作です。ある雑貨カフェで、1階のテレビと2階のパソコンが2分の時間差でつながってしまうのが話の発端。つまりパソコンには2分後の未来が映し出されているわけで、それなら両方の画面を合わせ鏡にしたらさらに未来のことがわかるのでは……という風にワンアイデアで推していく面白さがあると縣さん。
添野さんが年間ベストとして挙げたのが『囚われた国家』。
「統治者」と呼ばれる異星人に侵略された地球。荒廃したシカゴを主人公がさまよう暗い前半が、レジスタンスの兄が登場すると一転、次々と伏線が回収されるスリリングな展開を見せます。添野さんはウェルズの『宇宙戦争』が元ネタではないかとしながら、一部の地球人を優遇することで相手をを分断・支配する「統治者」の手法には現代社会が反映されていると指摘します。ウェルズ原作といえば『透明人間』も、フェミニズムの視点を導入することでアップデートされているといいます。
映画と対照的に、コロナウィルス禍が結果的にせよ追い風となったのはネット配信作品でした。『オールド・ガード』は、不死人がチームを組んで秘密裏に地球の平和を守るという設定で、こちらもLGBTが登場するなど現代的な物語になっています。特に十字軍の時代から対立を続けた果てに和解したゲイのカップルは「BLに興味がなくてもグッとくる」と縣さん。
このほかネット配信ドラマでは、スターウォーズ初のドラマ『マンダロリアン』、アメリカの田舎町に見慣れないロボットなどが存在する画面が印象的な『ザ・ループ』、アポロ計画以後も人類の宇宙進出が頓挫せず続く改変歴史ものの『フォー・オール・マンカインド』などが注目作として挙げられていました。ただこれらを全部見ようとすると、いろいろな動画配信サービスに加入しなくてはならないという問題が。これから新規参入しようとしても、国内では市場が飽和状態になっているのでは、という声も聞かれました。

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 ■3月例会レポート by 

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■日時:3月20日(土)14:00-17:00
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:異世界×怪談×百合SF? 『裏世界ピクニック』を語ろう!
●ゲスト:宮澤伊織さん(小説家)、溝口力丸さん(早川書房編集者)、鈴木力さん(ライター)


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アニメ化、コミカライズ、ジュニア版の発行と絶好調の『裏世界ピクニック』。
ファン交3月例会では、異世界×怪談×百合SF?『裏世界ピクニック』を語ろう!と題して作者の宮澤伊織さんと早川書房編集者溝口力丸さんにご出演いただき、作品の魅力、メディアミックスの裏側など、ライターの鈴木力さんとともに伺いました。
まずは『裏世界ピクニック』の貴重な初期設定などの話をお聞きすることができました。
2015年の構想段階で、すでにストーカーとかサザンリーチをやりたいという話や、きさらぎ駅の構想などストーリー設定的なものはすでにあり、その後大きな変化はなかったようです。鳥子と空魚の設定は、当初は空魚がアメリカに行っていたり、鳥子の方がオカルとマニアだったりと二人の設定が混ざっていたりして、プロット整理の段階で大幅に変更したのだそうです。またストーリーも、空魚がひとりで鳥子を探す話だったそうで、当初の設定のままだったら二人の掛け合いもみられなかったのだとか。そのほか、宮澤さんと溝口さんからなかなか聞けない設定情報をいろいろおうかがいすることができました。
ジュニア版の方では、鳥子や空魚の誕生日などが登場人物紹介欄に書かれているそうで、ハヤカワ文庫JAにはないキャラクター情報を知ることができるのだとか。なおジュニア版ということですが、(子ども向けに)むりな改変を行うこともなく、少しグロイかなと思われる内容もほぼそのまま載せているとのこと。しかし改めて考えると、大学2年生の飲酒シーンがあるのって誕生日的にギリギリかも……なんてつぶやきも。
ジュニア版の出版の際に企画を聞いた宮澤さんの「溝口さんがふざけているのかな?と思った」という意見に対し、間髪入れず「最初から一度もふざけたことはないですよ」と、溝口さん。こういう宮澤さんと溝口さんの、作家と編集者の息の合った掛け合いも面白かったです。

 後半は、作品のメディアミックスについてお話をうかがいました。
アニメ化のお話は、2018年には決定していたそうで、「2話、脚本も書いてください」という依頼に、「原作者が出るのも……」と躊躇したのですが、せっかくの機会なので引き受けたそう。なお、アニメ化に関して意識的に口を出したのは、Blu-rayの販売告知での小桜さんのセリフぐらいだとか。なぜかBlu-rayの告知で小桜がキレてる(笑)とのこと。その他のメディアミックス作品としては、朗読のオーディブルがあるとのことでした。

今回もZOOMを使ったオンライン例会でしたが、常連の例会参加者の方に加えて、アニメ化をきっかけにファン交初参加の方もいつもより多く参加してくださり、これはオンラインならではのことなのかも、と感じました。
いつも以上に多くの方にチャット書き込みをしていただいたおかげで、話題も広がりましたし、宮澤さんと参加者の皆さんとのチャットを介しての質疑応答も、とても盛り上がりました。ありがとうございます。ご協力いただいたゲストの皆様、参加者の皆様に感謝いたします。ありがとうございました。

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 ■4月例会レポート by  

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【お休み】

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 ■5月例会レポート by

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■日時: 5月15日(土)18:00-20:00 (SFセミナー合宿企画内)
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:ケン・リュウが開く新たな世界ーー「翻訳」から映画まで みんなで語ろう!
●ゲスト:古沢嘉通さん(SF翻訳家)、大森望さん(SF翻訳家)、梅田麻莉絵さん(早川書房編集者)

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5月のテーマは、3月に短篇集『宇宙の春』が刊行され、さらに6月には『Arc アーク』の映画公開もひかえるケン・リュウ。企画は、作家としてのケン・リュウ、翻訳家・アンソロジストとしてのケン・リュウ、劉慈欣など中国SFの三部構成となりました。
リュウは1976年中国生まれ。11歳のときに両親と共にアメリカに移住します。ハーバード大学の英文学科とロースクールを卒業後、2002年に作家デビュー。11年発表の短篇「紙の動物園」がヒューゴー・ネビュラ・世界幻想文学大賞のトリプルクラウン(このほか星雲賞の海外短編部門も受賞)を達成したことで注目を浴び、その後数年間は年間20篇もの短編を量産しますが、現在は長編中心の執筆にシフトしているそうです。
古沢嘉通さんがはじめてリュウ作品を読んだのは11年1月。作品は現・東京創元社編集部の石亀航さんが勧めていた「結縄」でした。感想をツイッターに上げたところ、殊能将之さんや酉島伝法さんからも高評価が。とかくするうちアンソロジー『THE FUTURE IS JAPANESE』に収録された「もののあはれ」翻訳を早川書房から依頼され、リュウ作品とのつきあいが始まります。
そして15年には日本での第一短篇集『紙の動物園』が刊行。同書は発売3日目で重版が決定、さらに又吉直樹さんの推薦という追い風もあり、海外SFの短篇集としては異例の売れ行きを記録します。ただ表題作の印象が強すぎて〝エモい作家〟のイメージが定着してしまったことについて、古沢さんは不満そう。
その後も日本オリジナル短篇集『母の記憶に』『生まれ変わり』を刊行しますが、「ケン・リュウの言うことを聞いていたら分厚くなってしまった」と古沢さん。そこで『宇宙の春』では、内容から長いこと翻訳を見合わせていた「歴史を終わらせた男——ドキュメンタリー」を収録することと、とにかく薄くすることを目標にしたとか。

映画『Arc アーク』ですが、これは石川慶監督自身が惚れ込んで企画を持ち込んだものだそうです。映画のできばえについては、古沢さんも大森望さんも太鼓判を押します。映画公開に合わせて刊行される『Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ』は、古沢さんいわく「エモさに振ったセレクション」で、ケン・リュウと石川監督の対談、主演の芳根京子のメッセージつきです。

さて、リュウが編集した『折りたたみ北京』ですが、リュウはもともとアンソロジーの企画を考えていたわけではないそうです。きっかけは自作が掲載された〈科幻世界〉を読んでいたところ、中国作品にも面白いものが多いことに気づいたから。単発で訳した短篇の数が揃って、読者にも浸透した時点で出たのが同書でした。

梅田麻莉絵さんによれば、日本でも最初は1冊まるごと翻訳する予定はなかったとのこと。収録作から最初に〈SFマガジン〉に訳載したのは陳楸帆の「鼠年」でしたが、これが好評で読者賞を受賞します。当時すでにケン・リュウ ブランドが定着していたことから、ケン・リュウ番外篇の位置づけで刊行したところ、編者の名前とは関係なく売れたそうです。

翻訳家としてのリュウですが、英語の訳文は非常に明晰でわかりやすいといいます。ただ中国作品は政治的事情から国内向けと国外向けでは改変されていることも珍しくない(「紙の動物園」の最初の英訳では、主人公の母親がベトナム出身になっていた!)そうです。
そんなわけで『三体』の英訳も、リュウがかなり手を加えているのではないかと大森さんは思っていたものの、実際に訳してみると原文に忠実な内容でした。なお『三体』が英訳からの重訳でないのは、劉慈欣の意向で、中国語版から直接訳すことになったそうです。そして日本語訳は、中国で日本語を専攻している学者も細かくチェックしてくれているのだとか。いろんな立場の方々が力を合わせて、日本語訳『三体』ができているのです。
そして待望の『三体III 死神永生』ですが、巻頭には、I と II のあらすじが掲載されているので内容を忘れてしまった人でも大丈夫という親切仕様。早川書房ではこの後も日本オリジナルの劉慈欣短篇集、『三体』の公式二次創作の邦訳が控えるなど、まだまだ劉慈欣祭りは続きそうです。

ご協力いただいたゲストの皆様、参加者の皆様に感謝いたします。ありがとうございました。

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 ■6月例会レポート by

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■日時:6 月19日(土)14:00-16:00
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:SFファンのための絵本サロン
●ゲスト:藤田一美さん(「えほんや なずな」店主) ほか

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今回のテーマは絵本です。
高校時代からSFファングループに参加していた藤田一美さんが絵本と関わるようになったきっかけは引っ越しでした。
結婚相手(ちなみにそのファングループの主宰者です)が転勤族だったため、6年に1回は住所を変える生活。2013年、12年ぶりにつくば市に戻ってきたところ、以前は歩いて行ける範囲に何軒もあった本屋が全滅していました。大人ならアマゾンなどネット書店が使えますが、特に小さい子どもはそうもいきませんし、何より店頭で手に取って買う本を選ぶことができません。
若いお母さんから「どこに行けば本が買えるの?」と尋ねられたこともあり、ベビーカーを押して行ける範囲に絵本のお店があれば、と決意。14年に絵本講師の資格を取得し「えほんや なずな」を開店します。
さて、具体的な絵本の内容ですが、藤田さんによれば安野光雅『ふしぎなえ』、かこさとし『だるまちゃんとかみなりちゃん』のように半世紀以上にわたって親子何代にも読み継がれているロングセラーがある一方、近年の作品ではLGBTQや環境問題など社会的な関心事項が反映されているものも出版されているそうです。
たとえば『地球のことをおしえてあげる』は、「宇宙人に地球のことを教えるとしたら?」というテーマを作者が子どもたちと練り上げながら描いたもので、ページをめくるうち地球のさまざまなことを感得できるようになっていますが、ここでもエコロジーや多様性が強調されています。「三体人に読ませたらいい(笑)」との声も。
また科学系の絵本では、なんと乳幼児向けに相対性理論や量子力学のものも出ており、幼稚園児がブラックホールとかダークマターとか言い出す大変なことになっているそうです。『たくさんのふしぎ ブラックホールってなんだろう?』は刊行直前に偶然ブラックホールの撮影が成功したこともあって話題になりました。こうした本は事前取材に何年もかかるのですが、恐竜関係は最新情報の更新が速いので大変みたいです。下手すると子どものほうが詳しくて、古いものを読ませると間違いを指摘してくることもあるとか。
もちろんおなじみのおとぎ話を再話した昔ながらの絵本も健在です。ただ作者によって解釈が異なってくるわけで、松谷みよ子の『ももたろう』などは、一人の作者が書いても複数のバリエーションが存在します。影山徹(この人は筒井康隆や横田順彌の本の装画も手がけています)『空から見た桃太郎』は、桃太郎の誕生から鬼退治までをドローン撮影のように見開きの俯瞰図で追った作品ですが、鬼が降参した後は周囲に鬼の死体が累々という世にも恐ろしい光景になっています。
絵本はまず第一に子どもが読むものですから、見開きに文章が収まるようにとか、子どもの手でもめくりやすい造本になっているとか、さまざまな工夫がなされています。特に文章は読み聞かせが基本なのでリズムや韻が重視されます。最近はQRLコードなどで音声が付録となっているものもあります。
この読み聞かせという行為がキモで、絵本の良さは黙読しただけではわからないといいます。大人でも他人に読んでもらうことで、子どもと同様にその世界に入っていけます。

絵本とは子どもだけのものではなく子どもと大人が共有するメディアであり、想像力を働かせられる余地のあるのが良いという藤田さんの指摘が印象に残りました。

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 ■7月例会レポート by 

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■日時:2021年7月22日(祝・木)夜(SFセミナー合宿企画枠内)
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:百字でつくられる世界――北野勇作と一〇〇文字のSF
●ゲスト:北野勇作さん(SF作家)、鈴木力さん(聞き手/ライター)

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今回の企画はいつもと違い、SFセミナー合宿企画の一環として催されました。
ゲストはマイクロノベルの伝道師・北野勇作さんに、ご本人がツイッター上で続けておられる「ほぼ百字小説」についてお伺いしました。
北野さんは最初ツイッター上で自作へのリンクを張っていたそうですが、これではなかなか読まれない。そこで小説を直接ツイートしたのが始まりでした。
初めて投稿したのは2015年10月16日。当初は「句読点などで文字数のカウントが変わってくるから」と「ほぼ100字」だったのが、途中から「100マスぴったりに収める」と方針転換。縛りを設けた方がパズルみたいで面白いし、文章の推敲なども100文字に収めるというコンセプトが優先されるためあきらめがつくそうです。この形式は自分に向いていると語る北野さんですが、あまりにも100文字に慣れすぎてしまったため、1500字の依頼とかが来ると「なっが!」と思ってしまうことも。
影響を受けたのは桂枝雀師匠のSR(ショート落語)。師匠は笑いを「緊張が緩和されたときに起こるもの」と定義しましたが、本人はその定義にはこだわらず、緊張が持続したままオチらしいオチのつかない噺などを多数創作しました。また眉村卓さんが晩年に書いていた私ショートショートにも近いテイストがあり、そちらにも影響を受けたといいます。

さてその創作方法ですが、何と北野さんが経験した出来事をそのまま書いたものが相当数あるそうです。そもそも最初の投稿にしてからがそうでしたし、むしろ積極的に本当のことを書いてきたといいます。「本当にあったことこそSFなんです。頭で考えると当たり前の話になってしまう」と北野さん。ちなみに単行本での作品配列は一部を除き原則発表順。日記代わりに書いている側面もあるので、順番に読んでいくと地層の下から過去の自分が発掘される感触があるそうです。
また北野さんは「文章を読んでいて、次はこうくるんやろなあ、と予想すると違う展開が待っている。そのギャップが小説の面白さだと思う」とも言います。具体的には何も考えずに1行書いて、その続きを1行、それからちょっとひねって次の1行……と書いていくのですが、小林泰三さんからは「長編と同じ書き方をしている」と指摘され思わず納得してしまったそうです。
「ほぼ百字小説」がはじめて活字化されたのは、2016年に創元SF文庫から出た『アステロイド・ツリーの彼方へ 年刊日本SF傑作選』(創元SF文庫)。収録したいと申し入れがあったのは始めてから半年未満のころで「見ている人は見ているんやなあと思って嬉しかった」。続いてキノブックスで、北野さんが読者応募のショートショートの審査員をしていた縁から児童書として3冊刊行されますが、会社の方針転換に遭い、担当編集者も退社してしまいます。そこで北野さんがツイッターで呼びかけたところ、手を挙げたのが〈SFマガジン〉編集長の塩澤快浩さんでした。
『100文字SF』刊行に際し塩澤さんからは、カバーの表紙と裏表紙に載せる作品の書き下ろしを依頼されます。しかも表紙分に関しては「100文字SF」と「北野勇作」という言葉を必ず入れてほしいという無茶振り。苦労して書いて送ったところ、今度は「100文字SF」は文章の冒頭に、「北野勇作」は終わりの方に入れてくれとまたまた無茶なリクエストが来て困ったとか。
北野さんは自作の朗読も積極的に行っていますが、「ほぼ百字小説」は朗読に向いているそうです。「朗読って、普通400字詰め原稿用紙1枚を1分くらいで読むでしょう。それだとショートショートでも15分くらいはかかってしまう」。企画の最後は北野さんからの提案で、昨年亡くなられた小林泰三さんを偲ぶ5作を北野さん自ら朗読し幕となりました。

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 ■8月例会レポート by  

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■日時:2021年8月21日(土)15時〜16時30分
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:SFと自由意志
●ゲスト:大野万紀さん(翻訳家、書評家)、牧眞司さん(SF研究家、文芸評論家)

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今回はまず、司会をつとめるファン交スタッフの河田さんから問題提起がありました。河田さん自身が本業で研究している医療倫理・研究倫理の分野でも自由意志の問題が近年では扱われることが多くなっているそうです。ではどこまでを自由意志と見なすべきなのでしょうか。
これに対して、「現代思想」8月号の自由意志特集にSFの立場から寄稿した牧眞司さんからお話がありました。
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「現代思想」2021年8月号 特集=自由意志 ↓
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3584
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牧さんが原稿で最初に取り上げたのはイーガン「ぼくになることを」。作中で人々は、生まれると同時に宝石と呼ばれる、意識をバックアップするデバイスを脳に植え付けられます。そしてある程度の年齢に達すると、もともとあった脳を取り外して擬脳を装着し、宝石に蓄えられた意識をコピーします。脳は年齢とともに劣化しますが擬脳ならいくらでも取り替えがきくので安心。いいことずくめのようですが、主人公はそこで自分が自分である根拠とは何なのかと不安を抱きます。牧さんはそこからディック→クラーク→レム→ヴォネガット→ティプトリー→伴名練→チャンとSFにおける自由意志の問題の系譜を辿っていきます。
もともと牧さんがこの問題に関心を抱いたのは、中学生のとき『都市と星』を読んだことがきっかけだったそうです。主人公のアルヴィンはダイアスパーの中でイレギュラーな存在とされ、自分の意思で外に出ますが、実はそのこと自体ダイアスパーの創造者によってはじめからプログラムされていました。こうした設定が、「自分とは何なのか、自分の考えはどこから来ているのか」という思春期の疑問と結びついたといいます。

これに対して大野万紀さんは、自意識のあり方から自由意志の問題にアプローチしていきます。
まずチャーリー・ワッツ『エコープラシア』、伊藤計劃&円城塔『屍者の帝国』など意識があるように見えながら実は意識がないという「哲学的ゾンビ」の例を挙げ、「それで何がいけない?」と問いを立てます。「宇宙にとって意識は必要か」というワッツとテッド・チャンの見解の相違に触れつつ、SFにおけるさまざまな意識のありようについて言及します。例えばソラリスの海や『幼年期の終り』のオーバーマインドには意識があるのか。また機械が意識を持つのはSFでは当たり前としつつも、個々の要素は意識がないにもかかわらずネットワークが意識を持つ可能性もあると言います。大野さんによれば自由意志とは自意識が外界に作用するとき生まれるもので、自意識と自由意志に乖離があるときSFのテーマになるそうです。

今回、お二人が共に言及していたのはベンジャミン・リベットの実験でした。これは山本弘や伊藤計劃も作品で取り上げていたからご存じの方もいるでしょうが、人間が意識の中である決定を下す前に、脳の方が反応しているというものです。これは自由意志の存在を科学的に否定したものとして有名ですが、牧さんも大野さんも、仮に決定論が本当だとしても人間にはそれが知覚できないことから、自由意志はあると考えています。
お話はその後、世界の中における自由意志の問題に移りました。牧さんはオーウェル『一九八四年』のニュースピークを例に、体制が言葉を通じて個人の内面に社会規範を植え付けた場合、なかなか自覚することができないと語ります。ただし言葉には個人の内面を規定する一方、それを相対化する二面性もある、とも。またコードウェイナー・スミスやアシモフの『銀河帝国の興亡』にも自由意志の問題があるといいます。
大野さんは、意識とは脳がさまざまな刺激をVR的に編集したものとしながら、自由意志には決定とそれによって変化した世界という問題が付随することから、タイムトラベルテーマや平行世界テーマとも関連があると指摘します。また「以前の自分は今の自分と同じである」という意識を担保するものとして記憶の重要性に注目します。

今回はSF大会の企画と合わせたためやや変則的な時間でしたが、終了後も参加者からの質疑を交え続きました。ご協力いただいたゲストのお二人、そして参加者の皆様に感謝いたします。ありがとうございました。

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 ■9月例会レポート by  

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■日時:2021年9月18日(土)14時〜16時
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:Sto lat!スタニスワフ・レム
●ゲスト:芝田文乃さん(翻訳者)、清水範之さん(国書刊行会 編集者)、岡本俊弥さん(SFブックレビュア)

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今年はスタニスワフ・レム生誕100周年ということで本国ポーランドでは大規模な催しが開かれたそうです。日本でも9月からレム・コレクションの第II期が始まるということで、ファン交でもレムの企画を立てました。
ポーランドでは国民作家の扱いを受けているレム。芝田さんによれば、彼が住んでいたクラフクでは未来学会議が開かれたほか、街中には訳書のパネルが掲示され、また映画祭・演劇・子ども向けワークショップ・動画配信など文学以外の分野にも脚光を当てる試みがなされたといいます。
その芝田さんがレムを意識するきっかけになったのは、高校時代に学校の図書室で読んだ世界SF全集版の『ソラリスの陽のもとに』。英米のSFとはまるで違うことにショックを受けて読み始めたそうです。外語大学でもポーランド語を教えていなかった時代なので、大学卒業後に働きながら私塾でポーランド語を学び、1992年に念願かなってワルシャワへ留学。以後毎年行くようになりました。
岡本さんからは日本におけるレムの翻訳史についてお話がありました。日本で海外SFの本格的な紹介が始まった1960年代初頭、英米の作品に対置するかたちで共産圏の作品というカテゴリがあり、ソ連のエフレーモフとポーランドのレムが代表的作家とされていました。
レムの初邦訳は61年の『金星応答なし』。これは同作の映画化『金星ロケット発進す』の公開に合わせたものだったそうです。その後、SFマガジンに連載された『ソラリスの陽のもとに』で評価が高まると、世界SF全集ではレムの巻が2番目に刊行されました。ちなみに最初の刊行はハックスリー『すばらしい新世界』とオーウェル『一九八四年』の組み合わせで、その裏にはSFを文学として認知させたい早川書房の戦略があったとか。

次は清水さんによるレム・コレクションのお話です。SFの本流を早川書房に押さえられていたため、国書刊行会が目をつけたのが『完全な真空』『虚数』といったメタフィクションでした。ここでポーランド語の翻訳者とつながりができて、第1期の企画がスタートするのですが、沼野充義さんの原稿が遅れに遅れて完結まで10年以上かかることに(沼野さんは頼まれると断れない性格で、そのせいで仕事が集中してしまうそうです)。ソダーバーグ版の『ソラリス』では肝心の邦訳が公開に間に合わず、存在しない本がエンドロールに原作としてクレジットされたことも。第2期も生誕100周年に合わせた訳ではなく、後へ後へずれていった結果このタイミングになったといいます。
第II期のトップバッターは『砂漠の惑星』を新訳した『インヴィンシブル』。従来のロシア語からの重訳に代わり、ポーランド語からの直接訳です。『ソラリス』に比べるとロシア語版で削除された箇所は少ないとのことでしたが、それでも原典訳でイメージがスッキリしたそうです。芝田さんが訳した『地球の平和』は泰平ヨンシリーズ最後の作品で、冷戦を背景にAIによる軍拡競争が描かれます。邦訳では一人称が「我輩」のせいでおじさんのイメージが強いヨンですが、実際には年格好の描写はないとのこと。今回芝田さんは「私」と訳したといいます。
第II期には生前のレムが翻訳を許可しなかった初期作品が入っているのも特徴です。ただ長編『マゼラン雲』には、遺族側が指定した解説文をセットで訳すという条件がついたそうで、共産主義イデオロギーを無批判に描いたことへのレムの反省がうかがえるとのことでした。
そのほかにも企画の一環として、国書刊行会史上はじめてTシャツとトートバッグという関連グッズを発売するという力の入れようで、今後の刊行が楽しみになるお話でした。
ご協力いただいたゲストの皆さま、そして参加者の皆さまに感謝いたします。ありがとうございました。

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 ■10月例会レポート by  

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■日程:10月7日(土)夜(京都SFフェスティバル合宿企画内)
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:野崎まどの正解
●出演:らっぱ亭さん

※参加には京都SFフェスティバル合宿への参加申し込みが必要です。

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ファン待望のラファティ・ベスト・コレクションが、いよいよ10月から2カ月連続で刊行となります。そこで今回のファン交では、ラファティ愛好家の皆さんにお話をお願いしました。
まずは編集を担当した牧さんから。そもそもこの企画は、2014年に〈SFマガジン〉でラファティ生誕100周年企画を組んだところ好評だったことから、梅田さんより提案があったそうです。当初牧さんの構想では、単行本未収録・未訳の作品で、全3巻・60篇というものでしたが、現在は『九百人のお祖母さん』も『どろぼう熊の惑星』も品切れだと言われ方針変更。「未訳の作品よりもポピュラーな作品を優先させたかった」と梅田さん。次の構想では、

1『ファニーフィンガーズ』 テーマ:かわいい
2『町かどの穴』 テーマ:こわい
3『秘密の鰐について』 テーマ:ふしぎ

となり、さらに紆余曲折を経て現在のラインナップとなりました。他の本との兼ね合いから収録を断念した作品もあるということです。特に青心社のコレクションから採らなかった理由については「あれは井上さんのコンセプトアルバムだから、まとめて読んでほしい」と牧さん。
作品の配列にも工夫が凝らされていて、『町かどの穴』では、ラファティの世界観が窺える重い話を終わりに置いたとのこと。また2巻目『ファニーフィンガーズ』の最後に置かれた「寿限無、寿限無」には、ラファティは永遠に続くという意味があるのだとか。
後半はゲストの皆さんからさまざまなラファティ情報が。まず松崎さんからは書影など画像の紹介がありました。ラファティは近年コードウェイナー・スミス再発見賞に選ばれるなど、アメリカ本国でもメジャーとは言い難い存在ですが、熱心なファンは世界各国にいてオランダやロシアでも翻訳があるといいます。またファン限定のコンベンションLAFFCONも開催されています。
柳下さんは国書刊行会「未来の文学」で『第四の館』と『宇宙舟歌』を訳しましたが、もともとはラファティ選集を出す企画があったそうです。ところが、さすがの国書でもムリだったらしく横滑りしたのが先の2冊になったのだとか。柳下さんはSFの枠に収まりきらないファンタジーが好みで、訳してみたい作品にネイティブアメリカンの神話を題材とした「Okla Hannali」を挙げました。他にも未刊の作品にイルカの話があって「これは絶対おもしろいはず」。
ラファティと長年文通をしていた井上さんは、貴重な書簡を披露しました。手紙を送るとすぐ返事をくれる筆まめな人だったそうですが、使用していたタイプライターはオンボロで、ところどころ手書きの修正もあって読みにくいことおびただしい。特に印象に残っているのは信仰について悩み事を相談したとき、背中を押してもらったことだといいます。また「カトリックについて知りたかったらこれを読め」とチェスタトンの本をプレゼントされたことも。
ラファティが敬虔なカトリック教徒だったことは有名ですが、彼が進化論を攻撃したこと(柳下毅一郎「ホントは怖いラファティ」、〈SFマガジン〉2014年12月号参照)に対し、井上さんは、ラファティは単純な創造説支持者ではなかったと言います。神の思し召しはわからないとするのがラファティの立場で、彼は科学を認めていましたが、より高次な神の秩序を信じていたのだと。この件に関しては、近く〈SFマガジン〉に井上さんのエッセイが掲載される予定です。
これについて牧さんはレムとラファティを比較し、よって立つところは違うものの、二人とも俗流の唯物論を超えた英知を持っていたと指摘します。また柳下さんによれば、ラファティの信仰は中世のキリスト教哲学者に近く、あきらかに現代人のものとは違っているとのこと。
さて、ラファティに関する今後の展開ですが、来年3月には早川書房から井上さんセレクションの短編集が出ます。しかもすべて初訳とのことで今から楽しみです。

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 ■11月例会レポート by  

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■日時:12021年11月20日(土)14時~16時
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:『デューン 砂の惑星』の魅力を語る
●出演:添野知生さん(SF映画評論家)、酒井昭伸さん(翻訳家)、中村融さん(翻訳家)

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10月15日にドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『DUNE/デューン 砂の惑星』が公開されました。そこで今回のファン交では、映画と原作の両面からお三方にお話し頂きました。
前半は添野知生さんによる『デューン』映画化の歴史です。書きかけの段階からハーバートの周囲では「これは映画化の話が来る」と囁かれていた『デューン』は、果たせるかな1965年に刊行されるとSFの枠を超えたベストセラーとなり、70年代初頭には早くも企画が立ち上がります。
最初に手を挙げたのは、20世紀フォックスで『猿の惑星』を当てたプロデューサーのアーサー・P・ジェイコブス。監督には『アラビアのロレンス』のデイヴィッド・リーンが予定されていました。続いて『エル・トポ』などで知られるアレハンドロ・ホドロフスキー監督が映画化に乗り出しますがこれもポシャります。
ようやく劇場版が日の目を見たのが84年。ラファエラ・デ・ラウレンティス製作、デイヴィッド・リンチ監督のコンビでした。最初は原作が長すぎるとしてハーバート本人に脚本を依頼しますが上手くいかず、他にも撮影のためメキシコに1年半足止めを食ったり、難解な内容を補うためポストプロダクションで大量のナレーションをつけたりと、さんざん難航した末での公開でした。

『デューン』は2000年にはテレビドラマ化されています。長尺の原作でも省略せずに映像化できるのがテレビドラマの強みですが、今見るとCGの技術などがツラいとのこと。
そしてヴィルヌーヴ監督の登場です。彼は少年時代、学校の卒業アルバムに『デューン』からの引用を書くほどのファンでした。『メッセージ』『ブレードランナー2049』などでキャリアを積み、今回の映画化に取り組みます。『灼熱の魂』『プリズナーズ』など旧作を今見ると、『デューン』に通じるテーマがあると添野さんは指摘します。
残念ながら日本における今回の興行成績は今のところ芳しくないそうです。試写を見た段階から当たらないだろうと思ったという酒井昭伸さんは「日本ではピーキーなキャラクターがいないと受け入れられない」と指摘、一方中村融さんの印象は、60~70年代の映画を今の技術で撮った感じで「俺の知ってるデューンだ」と思ったそうです。

後半は原作についてのお話です。矢野徹訳から40数年ぶりに新訳を担当することになった酒井さん。現在は固有名詞の語源についてなど、原作に関する様々な研究が進んでいて(アラビア語・スペイン語など多国籍の言語が含まれているそうです)、そうした最新の研究結果と旧訳とのギャップをいかに埋めるかに苦労したそう。
今回は酒井さんから興味深い指摘がありました。原作の造りは小説より戯曲に近く、地の文も芝居のト書きとして読めると言います。そのため、登場人物の動きは描けても世界設定まで盛り込むことはできず、膨大な用語解説が必要になったのではないか、とのこと。

実はハーバートはシェイクスピアの愛読者でした。すると原作もあるいは、1616年に没したシェイクスピアがピューリタン革命を目撃したらという仮定で書いたのでは、と酒井さん。
ここで酒井さんから原作と史実の対照表が提示されますが、ポール・アトレイデス→クロムウェル、シャッダム4世→チャールズ1世、CHOME→東インド会社などひとつひとつが符合するので、参加者の間からは「すごい」という声が漏れていました。
続いて中村さんからは原作発表時の評価の話がありました。原作は『アナログ』に連載されたせいで、当時はハードSFの文脈で見られていました。そのため地球外の惑星で封建的な宮廷劇が繰り広げられることに違和感を持った読者も少なくないようで、単行本は22もの出版社に断られたすえやっと児童書向けの出版社から出て、サム・モスコウィッツも『21世紀潜水艦』の方を高く評価していたといいます。
風向きが変わったのは作品の内容が時代とシンクロし、SF以外の読者が注目し始めてからでした。新聞記者だったハーバートは以前からエコロジーを勉強していて世界トップクラスの学者と渡り合えるほどでしたが、折しも62年にレイチェル・カーソンの『沈黙の春』が刊行され、エコロジーが人々の関心を集めていました。また60年代に隆盛を極めたドラッグカルチャーとの親和性もあってベストセラーになります。現在のSFでの高評価は、こうした外部からの評価が逆流したものと中村さんは言います。

気になるヴィルヌーヴ版の続編ですが、幸いにも北米ではそれなりにヒットしたので、これから撮影に入るだろうとのこと。順調に行けば23年に公開予定です。

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 ■12月例会レポート by  

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■日時:12月19日(土)14:00-17:00
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:SF短編映画『オービタルクリスマス』のキセキ
●ゲスト:
堺三保さん(製作・監督・脚本・原作、よろず文筆業)、キムラケイサクさん(特撮監督監督)、池澤春菜さん(作家、声優) ほか

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今回は12月ということで、映画『オービタル・クリスマス』がテーマです。

以前から短編SF映画の製作を目指しシナリオを書いていたという堺さん。クラウドファンディングで資金集めを始めたものの、当初は400万円の予算で半分を特撮に回し、残りの200万を使って堺さん自身がそれ以外のスタッフの仕事を全部こなすつもりでした。ところがいざフタを開けてみると予想以上の額が集まったため方針を転向。アメリカ留学時代の友人にプロデューサーを依頼し現地で会社を設立する一方、SFやアニメの仕事で培った人脈をフル活用しスタッフを集めます。
当初はアメリカ以外でも撮影する予定でしたが、すると契約したアメリカの俳優組合から「それでは話が違う、このままではウチの俳優は出せない」とクレームが。そのためせっかく日本で撮影したシーンをボツにしたり、アメリカと日本の間で何度も電話やメールをやりとりしたりとドタバタがあったそうです。
ここだけ聞くとアメリカの映画関係者は杓子定規な人たちのようにも見えますが、実はメリットもたくさんあるといいます。労働条件について細かく決められているため、日本のように撮影がダラダラ延びて現場がブラック企業化することはなく、スケジュール管理もシステマティックなので楽なのだそうです。また演技指導も、役者がケガなどしないよう安全を重視して行われるとのこと。
本作ではCGを担当したキムラさんは、堺さんとは直接面識はありませんでしたが、堺さんと近しい人とはつながりがありました。そこでクラウドファンディングのことを聞くと、今回のスタッフでは唯一、自分から名乗りを挙げて参加したそうです。加藤直之さんにはイメージボードを描いてもらいましたが、その通りに画を作ると手間が大変になるので、どこで線引きするか苦労したそう。
特に工夫したのはクライマックスに登場する軌道上のクリスマスツリーで、「大きくて、すぐ造れて、環境に優しい」が条件。さまざまな案を検討したすえ、最終的にサランラップ状のナノマテリアルを宇宙空間に撒いて発光させるというアイデアで解決しました。

最後はノベライズを担当した池澤さんのお話です。最初大森望さんから話を振られたときは「その場のノリだと思っていたのに、気が付いたら退路を断たれていた」。一方、池澤さんと一緒にイベントをやっている堺さんは、「ノベライズなら内容に関して自分が責任をとれるし、池澤さんが書いた方が話題にもなる。それに自分は映画製作中に何度もシナリオを読んでいて、もう読み直したくなかった」と言います。
映画からの大きな変更点は、作中の少女を少年にしたことですが、池澤さんは女性の立場から「もし宇宙空間で成年の男性と二人きりになったら、怖いだろうと思った」と言います。(ただし映画も、脚本の段階では少年と少女、どちらでもいいように設定してあり、オーディションの結果女の子の出演に決まったそうです)
作品としての時間制限が厳しく、削れる箇所は徹底的に削った映画に対し、池澤さんは登場人物の背景の描き込みに注力したそうです。特に主人公の家族には筆を割き、宗教については詳しく取材したとか。それはラストシーンで読者に感情移入させるためであると同時に、他の宗教を尊重する立場からも必要だったといいます。なお作中におけるダイバーシティについては、堺さんも留学中にさまざまな国家・宗教・人種の人々と生活した経験が元になっていると発言していました。
こうして完成したノベライズでしたが、収録されるはずの『NOVA』の刊行が伸びに伸びてクリスマスには間に合わないことに。そこで河出書房新社のサイトで昨年12月に公開したところ、ネットということもあり広く読まれ、星雲賞日本短編部門を受賞する結果になりました。

最後は加藤直之さんにも少しお話しいただいたほか、ノベライズの中でも特に書き足したという箇所を池澤さん本人が朗読して幕となりました。

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