第七話 心まで替る姿や秋の暮

 秋冬かけて長々の病い。川東にも住いかね、いくどころと宿替えもいまは二条松原あたりにかすかなる住家、お蘭は早う早う本復しても、立鉄は古湿病となり、針立の渡世もできず、長髪を直す還俗名も作兵衛と改め、北辺は火消しの鳶の者や城の二合半の寄合所、何国の浦でも色の世とよい嚊じゃにして遊び人もたえず、お蘭もあたら器量持ちながら世につれて、おつやという長家嚊となり下がり、ちとも小銭が貯れば、ところがらとて昼夜とも御法度の慰みごと。
 心からこそ身は賎しけれと、たとえに違わぬおつやが姿。昔に変えて引っこきの櫛巻髪に、青梅縞のうそよごれた綿入れ一つ細帯して、懐から手出して長い煙管をくわえながら女夫連れの博奕打ち。そこの盆家、かしこの寺とこの頃のへこまん。作兵衛はまた病気が起きて寝ていれば、おつやはこの身になっても昔残りし向こう見ずの太平楽。
今夜はわしがひと設け、と同じ長屋の二階で宵からの勝負事(ばくち)、しこりかかって張り込む丁半。胴前からは「もはや形がなければ三文も貸さぬ」と言うし、ここの半をも一杯つけこまいではと躍起となりて懐のうちから手を伸ばし、昔懐かしき七つ前ごろな色の変わった緋縮緬の二布引き解き、ぐるぐる巻きにして、「これで五百ばかし貸して下さんせ」と投げ出すは、さりとてはばれ切ったせんさく。ほどのう件の五百も張り込んで、見てばかりいる気の毒さ。陣笠の長蔵という江戸生まれの臥煙組、宵から仕合いよく、したたか勝ち込んでいる勢い。おつやにも一締めばかしになってある上、また銭締め投げ出して、
「おらあ、今夜は仕合いがいいから一締め貸してやるべい。一番思い入れ張ってみさっせい。おらあ、まずしばらく休むべい」
 とたらふくしめ込んで、それをしおにして二階をおり、門口通る夜なきのうどん三つ四つ、うち食ろうて、酒五合はり込み、盆家のうそよごれた蒲団に手枕して寝てしもうたところは、ほんの極楽世界なる楽なるべし。

 おつやは件の一締めで少々取り直し、四、五締めばかりにも組み上げたところで例の癇癪虫。丁にこじつけた半のやれ目にがらり取られてしまい、いまは取り付く島ものうけたいくそおこし、ぼやきぼやき小便におりる。ほのくらがりにている長蔵が脚に蹴つまずき、「誰様じゃ、許して」と言う声は、
「おつやぼうか、仕合いはどうだ、どうだ」
「いやも、散々散々。お前に借りた一締めもまたとうとう取られてしもうたわいな」
「はて、よいのさ。おらあ、手前たちに貸した銭、取り返そうとは思わねい」
 と、一杯機嫌もさすがは江戸っ気とおつやは裏口へ出て、小便担桶(しょうべんたご)またげて、何が宵から溜めだめの小便を長々とたれているうち、酔醒めの長蔵、井戸端へ水呑みきたりしが、月影におつやが真っ白な衣引きまくって用しているを見て、しきりに心乱れ、無分別起こして、そろそろとさし足。小便担桶の及び腰。まだろくろくたれ切れもせぬのを後ろからひんだかえ、無遠慮にふいと抱きつきたれば、おつやは驚き、「おお、これは誰じゃ」と振り返るを、
「これさ、黙っていやがれ、長蔵だわな。おらあ、二貫の銭の催促はしゃせないにょ」
 と言い言い、なおも放さねば、さすが鬼神に横道なしと世につれて二貫の恩につれのうも言われず、
「これ、いな、そんならまあ、そちらへ行ってから、あれあれ、小便担桶へはまるわいな」
「はてもうこうなっちゃ大家さまがきても待たれるものじゃねいのさ」
 と、何が陣笠と名を取りしほどの長蔵、大の強者。腕に彫り物のある力強、そのまま軽々とおつやを抱え上げ、裏口の竹椽の上へ連れゆき、あこぎの働きに、おつやはこの頃亭主の病気ゆえ、徒然の折から否応なし手ひどい目に出合いぬ。長蔵が首筋にと噛みつき、近所隣の聞こえもかまわず高なしの不様なり。
 長蔵も「こんな美人は広い江戸にもねいのさ。これが待らく(?)であるべい。うまい、うまい」と舌打ちしてなお上機嫌。
「おらあ、もう手前に惚れて惚れて可愛くってたまらない。何だか体うちが夢のようだ」
「わたしも生まれてからこんな嬉しいことは覚えぬ」
 と二貫の恩に否応なく否応なくこの頃中の思えたり。二布は外して質におく、頼を伝う涎水は竹椽から氷歯(つらら)の落ちるばかりなり。

 長蔵はおつやが手管の程に心をぬかし、「何でもかでも、こうなっちゃ手前を女房にせにゃ聞かないぞ」と滅法界の横車。おつやは患い者の立鉄に飽きはてている胴ぶくら。誘う水あらばとさっそくに相談が決まり、名からして飛び(鳶)の者とて脚速くおつやをひっかたげ、江戸へ駆け落ちとは、さてもすました身の上なり。


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