第六話 投入れやおなじ桔梗と女郎花

 立鉄は心から大坂の住居もならず、何をあてどもなけれども京へ出てみたところ、先々の知るべの方へは、はや大坂の噂が回って人も憎めば寄せ付けず、お蘭は心ならずもいざなわれてあちこちするうち、わずかの貯えさえも使いしまい、祇園新地に少しお蘭が近づきあるを幸いに、大坂でしなれた芸子の借り見世、立鉄は按摩取りと、いまさら男が悪いとて突き放されもせぬ仲となりて気も浮かばねば、芸の風も土地の気に合わぬや、思いの外、はきはき評判もなく、置屋の店からは「あったら器量持て、芸子よりはおやまに出やんしたら、はやることは請け合いじゃ」と、どこへいても勤めのほうをすすめるゆえ、立鉄に相談してみれば、ようように近ごろ持った、まだぬくぬくの女房をおやまの切り売りは無念千万なれど、いまの身の上、実は身のさしあわせ、ようよう合点して舞台飾り変えて、祇園町へつき突出しの白人、ものは拍子にて押立はよし、科白はあり、美しい上に床へ入ってからはなお上物と評判が高うなり、思いの外な大当たり。お蘭がお陰でいまは立鉄も黒い羽織に相口指で医師めかして歩きゆくようになりにけり。

 さるにてもお蘭は今年、二十三、四の勤め盛り。はやるにつけて華やかにはなるし、生まれついたる浮気より面白うなる客も出来かかれば、かの立鉄悋気して続いて十度も呼ぶ客があると、何のかの言うてつき歩きゆくゆえ、「女房を自前のおやまに出しておきながら愚痴な男じゃ」とやりなぐるお蘭が気性。
 何国にても色のただ中、このごろは役者の付き合いがはやり、今女形、京で立つもの山下の某と松城の一座から色事ができて、今宵は末吉町の路地のうち、いづ吉という小茶屋で出合う約束。かの女形の太夫どのは呂の羽織に頬かぶりの両端口にくわえて顔押しつつみ、こそこそこそと入らるれば花車が心得、訪うから二階で待てとの知らせ。段はしご足早に上がればお蘭は待ちかね、「ほんに引く手あまたの太夫。主は違うたものじゃ」とひぞり気味。
「これは迷惑。今夜は盆替わりの新物の稽古。ようよう終うて楽屋からすぐじゃもの。腹が立ったなら堪忍して」と粋な同士は科白も長からず互いに帯解く蚊帳のうち。
 真っ白によう肥えた奇麗な体。相撲取りにしてもよい恰幅は、滝川とやらんに似たとの噂。二人ながらおんなじような緋縮緬の二布(ふたの)ばかりになり、どちらがおなごじゃと言いそうな風情。何かなしにわりなきことなれば、お蘭はもとより大上の文弥、太夫どのも舞台の所作事よりはこの働きが巧者なやら、わざと女は片意地にとひとしおうらみ、何かなし、もつれにもつる口舌の最中。

 何国にて聞きつけたりけん、立鉄は坊主頭に鉢巻しめて、この家へつかつかと踏み込めば、折節、台所には誰もおらぬゆえ、そこら見回すうち、二階の泣き声。さてはと、いよいよ怒りの顔色。梯子がたがた、
「間男見つけた、動くな」
 と匕首抜いて飛び上がれば、二人ははいもう丸×。さすが女形の名人、身軽に窓から抜け出る。うろついているお蘭がたぶさひっつかんで大声に近所の騒動。
 折節、亭主も立ち帰りといろいろと取りさゆれど、半乱の立鉄。
「おのれ、女同前の身で人の女房を盗む間女形め。引き出し二つ」
 とわめくを押えて亭主が挨拶。
「貴様、最前からおれがあいさつも聞かず『間男、間男』と仰山に言われても、昔は女房にもせよ、いまはこの里のおやま。たとえ自前にもせよ、銀取りて身売るからは一夜流れの男はさまざま。役者にもせよ、女形にもせよ、このうちへ呼んだおやまの花代さえ払ったらいづ吉の客じゃないか。すりゃ、めったに間男呼ばわりおかれい」
 と亭主が理詰めに、気のつく立鉄。抜いた匕首収め、「はいはい」、こそこそこそとあわてて戻った後、島中にこの沙汰広く、「坊主の古手屋八郎兵衛じゃ」と唄に作って唄わるるは、大坂でも間男して追い出されてきた者じゃげなとお蘭が身の上、誰言ふらすとものうばたばたと客も落ち、この里に勤めもならず、七条新地へ出てみたたところが、折節、皮癬を患うて長々の浪人、立鉄も湿り病い。人の物盗んだ報い、また元の手と身になり、いず方へやら宿替えせしとなり。


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