日替わりげしょ定食

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1999/10/11 234 もうかりません (テーマ:ねずみ講)

まさか、自分が勧誘されるとは思っていなかった。こう思ったのは、わたしだけではないだろう。インターネットというものはいろんなものの距離を近くしてくれる。しかし、近づいくるのはいいものばかりではない。いいものはほんの一握り、残りは良くないもの、そしていいのか良くないのかよくわからないものだ。

良くないものの一つが、インターネットを悪用したねずみ講だ。ネットで知り合った友達の掲示板を見に行くと、たまに「楽に、しかも合法的にお金儲けができる方法があります」などとうたって、そのやり方が詳細に書かれていたりすることがある。メールで送られてくることもある。しかしこの手の勧誘は、ほぼ100%が違法なねずみ講勧誘である。インターネットを使い始めるまでは、この手の勧誘には全くあったこともないという人も多いだろう。わたしもそうであった。

ねずみ講がなぜ違法かというと、始めた人しか儲からないからである。ねずみ講を始めた人から見れば、たしかにこれは楽して金儲けができる方法だ。だが、その勧誘がめぐりめぐって我々に回ってくる頃になると、それから話に乗っても絶対に儲からないのである。詳しい説明は省くが、とにかくそういう仕組みになっているのだ。平等に金儲けができる方法ではないからこそ、違法ともされる。

はっきり言って、この手の勧誘はなくならないだろう。泥棒をするよりも、されるような不用心のほうが悪いと言われる世の中だ。なんとか自己防衛するしかない。もっとも、自己防衛と言っても、うまい話には乗らないようにする、というそれだけのことなのだが。知らない人からのものはもちろん、知り合いからの誘いにも気を付ける必要がある。金のからむ話には用心しよう。



1999/10/15 235 ライブやって人としゃべってただけでした (テーマ:学園祭)

世間はすっかり学園祭シーズンである。学園祭といって思い浮かべるものはいろいろある。キャンパス内に出る屋台や、各サークルの出し物、実はやっている学術的発表、有名タレントの招待、などなど。学園祭のときはキャンパスの中をぶらぶら歩くだけでも十分楽しいもの、らしい。こういう書き方をするのは、わたし自身がそういう楽しみ方をしたことがないからである。これでは非常に書きにくい。テーマを決めてからちょっと失敗したと思った。

まず、他の大学の学園祭というものにほとんど行ったことがない。大学に入る前は、大学の学園祭に遊びに行くという発想自体がなかったし、大学に入ってからも、他大学の学園祭だけのために都内に出る、という面倒なことはやろうとは思わなかった。近所の大学の学園祭に遊びに行ったことが1度だけあったが、これはどちらかというと友人に会いに行く感じで、学園祭を楽しみに行ったのとは少し違った気がする。

自分の大学ではジャズ研に所属していて、学園祭の期間はジャズ研で出しているジャズ喫茶にずっと入り浸っていたので、他の企画や店にはほとんど行かなかった。今年はOBとして参加するチャンスだったのに、疲れていたので大学まで行くこともできなかった。そういえばうちの大学は金がないので、普通学園祭で呼ばれるような有名タレントは来ない。こんなことも学園祭の企画を見て回らなかった原因なのかもしれない。一度のっぽさんが来たことがあったが、眠かったので見にいけなかった。

学園祭の楽しみ方というのは人それぞれ、また大学によっても違うのだろうが、わたしには「学園祭」を楽しんだ、という感覚はあまりなかった。まあ、学園祭期間を単なる休日として寝てる人よりはましだったのかもしれないが。今後は自分が有名人になって招待でもされない限りは、学園祭には行かないかもしれない。



1999/10/29 236 この存在感が (テーマ:自衛隊)

自衛隊といえば思い出すのが高校時代だ。といっても、自衛官養成系の高校に行っていたわけではない。高校のすぐ近くに自衛隊の基地があって、校内に武器が隠されているという噂が立ったり、即位の礼の時に隣の公園から基地に向けて迫撃弾が発射されたり、授業中ヘリの音がうるさくて授業にならなかったりと、自衛隊にはなにかと縁があったのである。おかげで自衛隊にはあまりマイナスのイメージはなく、むしろギャグのネタとして活用させてもらっている。

しかし、普通の人にとっては自衛隊はあまり縁のある物ではないだろう。富士山で演習やってるんだな、とか、ゴジラには歯が立たないとか、災害救助や不発弾処理ででてくるとか、やはり日常生活とは絡み合ってこない。日常的にニュースで入ってくるのは、憲法9条がどうだとか、防衛庁長官の変な発言とか、物資納入の時の不祥事とかそんなものばかりだ。これらにしても日常とは関係ない。

しかし、自衛隊が日常と関係があったらどうなるだろう。自衛隊に食べ物や服などを納めている、などの日常的関係ならまだいい。日常的に他の国が攻めてくるとか、日常的に災害や不発弾が出てくるとか、日常的にゴジラが襲ってきたらちょっと大変だ。いや、とてつもなく大変だ。平和ボケしていると言われる日本人にはたまらないだろう。

そういうわけで、自衛隊はいざという時のために存在している。また、いざという時が来ないように存在している、とも言える。そういうところで、わたしは自衛隊の存在意義を認めたい。戦力を持て余してるなら海外派遣もいいだろう。ただ、核武装はあまりいざという時に関して役に立たないと思うので反対だ。



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