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  三十分以上のニュース番組、しかもキャスターに若手を起用し、アメリカ中を取材さ
 せる。こんなとんでもない番組に、どうしてスポンサーがついたのか。

  これは、ほとんど賭けそのものである。大バクチである。
  毎週火曜日に出るニールセンの視聴率で、数字が低迷すれば即打ち切りになる番組を、
 これ以上増やしてどうする。

  自分の名前がついた報道番組で、メイン・ニュース・キャスターになるのが、JJこ
 と、ジェイムズ・ジェンセンの夢である。

  おお! 素晴らしき報道最前線。

  ジャーナリストとして、大統領にインタビューできるようになれたら本望だ。
  その一生の夢が、こんなに簡単にかなえられてしまっていいのだろうか。いや、この
 番組で大統領にインタビューは、無理かもしれないが。

  努力と勤勉さを尊び、日曜日は必ず教会に行くこのJJ。ガッツは充分あるつもりだ
 が、残りのジャーナリスト人生を元手に、賭けに打って出るにはまだ早い、と考える。
  いまだ独身だし。そういえば、独身のメイン・ニュース・キャスターというのも、聞
 いたことがない。こんなことでいいのだろうか。

 「別にものすごい視聴率の人気番組を期待しているわけじゃない。これは1つの実験な
 のだ」
  月曜日の朝一番に社長室に呼び付けられ、社長直々に、こうも期待されたら逃げられ
 ない。
  肘掛けのついたデラックスな椅子に座っている社長は、上機嫌だ。まさか逃げ出した
 いという表情を見せるわけにもいかなくて、JJも作り笑いで対抗しようと思うのだが、
 どうにもうまくいかない。
  別に悪い事をしてるわけでもないのに、社長室ってのは、どうしてこう居心地が悪い
 のだろう。

  社長の後ろの窓のブラインドを閉めてほしい。朝日がひどくまぶしいから。

  JJのような平社員のデスクはグレーのスチール製だが、社長の机はしっかりした木
 製だ。マホガニーだろうか。

  いや、それよりも、机の上に広げられているのは、ニールセンの視聴率表じゃないだ
 ろうか。テレビ放送の初期の時代から、A・C・ニールセン社が週ごとに行い視聴率と
 占拠率の数値を発表する有名な仕組み……それがニールセン調査だ。
  やっぱり視聴率は重要なのだ。テレビ番組は、スポンサーが降りたら話にならないん
 だから。

 「この番組で、現代のアメリカを浮き彫りにしたいのだ。ニューヨークにも、マイアミ
 にも、シカゴにも、ロサンゼルスにも、すべて君が出向いて、その目で見てリポートす
 るんだ。ええ? わがアメリカは若い国だ。若いアメリカをリポートするのは、やっぱ
 り若い感性でないとな」

  そんなうまいこと言って、失敗したら全部こっちの責任じゃありませんか。
  ジョージ・ワシントンの桜の木のエピソードだって、彼が大統領になったから美談に
 なるのであって、そうでなければ、ただの子供のよた話だ。

  こんな大仕事を受けて失敗したら、JJの報道マンとしての未来はかなり厳しい。
  ああ、なまりのない英語をよどみなく話せる自分のテノールの美声が憎い。知らない
 間に、周囲から好感度を得ていたこの容姿が憎い。

  そんなに人気者だったなら、なぜもっと女性にもてないのか。
  これはJJの永遠の課題かもしれない。ジュニア・ハイスクールのシャイボーイじゃ
 ないはずなんだが。

 「全米中を飛び回ってもらうぞ。各地のアメリカン・ドリームをリポートするんだ。こ
 の番組が成功すれば、君こそがアメリカン・ドリームの実現者だ!! すばらしいじゃ
 ないか」

  ゴー! ベイビー ゴー!!

  1950年9月1日。
 『JJ・ニュース・ショウ』の第一回目の放映は、すでに決定していた。
  アメリカ三大ネットワーク・テレビ局が放映する夜の定時ニュース番組が、十五分間
 だった頃。
  テレビ・ニュースは、まだまだ当てにならず、ほとんどのアメリカ国民は、世の中の
 出来事をローカル新聞で知っていた時代である。





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