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夢かうつつか
仲秋 憬 




 「こんなことってないですわ! わたくし友雅殿を絶対に許しません!」

  はじめて見る藤姫の剣幕に、あかねはまるで自分が怒られているような気になって、い

 ささかの気後れを感じていた。


  あかねと新床の後朝の別れを惜しんでいた友雅が、藤姫の早朝の訪問に、姿を見られて

 も、何処吹く風と軽くうけながして帰っていったあと、残されたあかねは、目の前で藤姫

 の幼げなかわいらしい顔が、あっけにとられた様子から、みるみる曇っていくのを、ぼん

 やりと見ていた。

  実のところ、あかねは昨夜の夢うつつの初夜の名残で、どうにも身体はだるいし、ひど

 く眠かった。

  藤姫には本当に申し訳ないけれど、碁を打つ約束も次にまわしてもらって、ちょっと横

 になって休みたいというのが本音なのだ。

  それに、なんというか……思い出すと恥ずかしさでいたたまれなくなりそうだけれど、

 初めての余韻に、今日はこのまま埋もれていてもいいかなあという、そんな気分も少しあ

 る。

  胸の動悸は、まだ早いままで、ふわふわと頼りないような、地に足がついていないよう

 な、心許なさ。身体のどこかに、友雅が残していった熾火がまだちらちらしていて、それ

 があかねを離してくれないのだ。とても覚えたばかりの碁を打てる状態ではなかった。


  とはいえ、褥(しとね)の上、すっかり乱れ、友雅の単衣をかけられただけの様子だっ

 たのを、よってたかってあっというまに女房たちに身繕いされ、袴に単衣と透ける紗の袿

 だけ、という夏の身軽な装束を着せつけられる間、あかねはなされるがままになっていた。


  そうして、用意された朝餉の水漬け飯や数種の瓜などを味もろくにわからず口に運んで、

 ようやくひと心地つき、ふと気が付くと、目の前には、何やらずっと怒ったままの藤姫が

 残っているというわけなのだ。


  さっきから朝餉もそこそこに、藤姫が怒っている理由が、今ひとつあかねには、わから

 ない。あかねのために怒ってくれているのは、感じているのだけれど。

  あんまりしっかりしているので、つい忘れそうになるが、藤姫は、あかねより、まだず

 っと幼い少女なのだ。あんな風に、共寝の朝の後を目の当たりにさせたのは……まずかっ

 た気がする。

  彼女を傷つけたりはしなかっただろうか。

  ようやくそんな事にも気がまわってきて、あかねは赤面した。恥ずかしいのにもほどが

 ある。


 「神子様、私、お姉さまともお慕いしている神子様が、この家に男君をお迎えする時は、

 それはもう充分にお支度して差し上げて、『めでたしめでたし』の物語みたいにお幸せに

 なっていただくつもりでしたのに。神子様が京を救ってくださったこと、そしてこの地に

 とどまってくださったことを思えば、それは当然のことですわ。なのに友雅殿は!」

 「ふ、藤姫……」

 「こんな抜き打ちみたいに神子様に通われるなんて! いったいどういうおつもりでしょ

 う。あまりといえば、あんまりな仕打ちですわ!!」

 「そんなことは……」

 「いいえ、神子様はお優しすぎますっ!」 

 「ごっ、ごめんね、藤姫、わたしものすごく迷惑かけちゃってるね」

 「なぜ神子様があやまりますの? 違うんです。わたくしは友雅殿に怒っていますのに!」

 「でも……友雅さんにお返事しちゃったの私だし、それに……」


  別に無理強いされたわけではない。

  きっかけこそ、あかねの無意識の産物であったし、そこに至る導き手は、確かに友雅で

 あったけれど、初夏の夜、二人は明らかに共犯者だった。

  しかし、そういう男女の事を藤姫に告げていいものか。

 あかねは途方にくれていた。自分自身も何がどうだったのか、まだよくわかっていないと

 いうのに。

  藤姫がやってきても隠れもせずに平然としていた友雅を、はじめて恨みがましく思う。

 (もーっ! 友雅さんのばかぁ。なんだってあんな平気な風だったの〜!)


 「神子様が婿君をお迎えになるのでしたら、お衣装だって、お道具だって、全部新しくし

 て……、特別の香だってたきしめたいし、お火の番だって夜通しさせて……とにかく、そ

 ういう準備を何ひとつさせてくださらないなんて、友雅殿ともあろう方が!」

  藤姫は、ますますやっきになって言いつのるので、あかねもたじたじだ。

 「も、もう充分よくしてもらってるのに、これ以上藤姫に何でもしてもらうなんて申し訳

 ないってば。私なんか役立たずで、この世界のこと何にもわかってないから………なのに、

 こうしてお姫様みたいに扱ってもらって、申し訳ないけど、すごく感謝してるよ」

 「神子様……、神子様はもっと多くをお望みになられてもよろしいんですのに! わたく

 し、友雅殿を見損ないましたわ。八葉となられてからの友雅殿は、ずいぶんとお変わりに

 なられた、神子様のことは、本当に特別に大事に想われているのだと思ったから、こちら

 へ足繁く来られるのも、お止めだてしませんでしたのに!!」

 「……それは、えっと、私も…………会いたかったから……さ」

  だんだん小声になるあかねに気がついたらしい藤姫は、さすがに態度を改めて、声の調

 子を落とした。

 「神子様がそうおっしゃるなら、わたくしにお止めする道理はございませんけれど……、

 でも、やっぱりくやしいです。差し出がましい話ですけれど、神子様の京での唯一の肉親

 代わりとして、許せませんわ。……だいたい、このお文!」

 「この文って、何か問題ある……の?」


  藤姫は文箱の上にあった友雅から送られた文をあらためて取り上げた。

 「──初夏の夢の浮橋渡らせば弓張月の入るにまかせて──だなんて、ずいぶん破調のお

 歌ですわ」

 「は、破調……」

 「普通、『〜せば』と仮定できたら、『〜まし』と受けるものですの。なのに、このお歌

 は言いっぱなしですもの。意味がちゃんと通っていないんです。それだけ、こう……力強

 いと言うこともできますけれど」

  そういうものなのか……。歌の意味はわからないままだったので、あかねは、ただただ

 感心して聞きいった。

 「上の句は『もし、初夏の夢の浮橋を渡れるのだとしたら』と仮定のお話をしているわけ

 です」

 「なるほど〜」

 「で、下の句は、これを受けないで、いきなり、弓張月……これは弦を張った弓のような

 形の月のことですわ。ちょうど今は下弦の月ですから、弓張月ですね。その弓張月の『い

 る』、これは月が『入る』と、弓を『射る』をかけている掛詞。ですから、通して見れば、

 弓張月が入るように自然にまかせて弓を射ることだ……というような意味でしょうか」

 「???」

 「神子様……ようするにこれは、弓張月の夜、自然に弓を射るように、初夏の夢の浮橋を

 渡れるならばなあ、というようなお歌ですのよ! 私は弓を射らんばかりになっています

 よ、という謎かけと申しましょうか……。でも初夏の夢の浮橋だなんて、言葉は美しいで

 すけれど、なんとなく行く末が頼み難いですわ」


  わずか十歳の女の子に恋歌を、それも、かなりあからさまな恋歌を解説してもらう恥ず

 かしさは! あかねは真っ赤になってしまった。


 「そんな歌に神子様ったら、あのような返歌をなさるなんて……。友雅殿がいい気になり

 ますわ」

 「……そんなに変だった?」

 「いえ、変ではありませんけれど……。──いま来むと言ひしばかりに水無月の有明の月

 を待ちいでつるかな──。これからすぐに行くよと言ったあなたを待って、とうとう水無

 月の有明の月が出るまで過ごしてしまいました、という歌でしょう。とても女性らしい想

 いのあふれたお歌でした。でも……」

 「で、でも?」

 「夢の浮橋を渡れたら、というお歌に、有明の月まで待っていたのに、という返歌をされ

 たんですよ! 有明の月といったら、明け方の白い月ですわ。私は一夜をともに過ごすの

 を待っていたのに、とお答えしたことになってしまうじゃありませんか」

 「う、うん……」


  まあ、それは身をもって、友雅にさんざん教えられた。あかねが知らないで、どれほど

 友雅を煽ってしまったかということは。

  そうか、あの歌はそんな裏の意味があったのか。知らないでやったこととはいえ、自分

 が恐ろしい。あかねはただ恥じ入るばかりだ。穴があったら入りたい……。


 「最初から色好いお返事なんてしなくていいんですわ。でも、その一度のお返事で、いき

 なりこちらに内緒で忍んでいらっしゃるなんて性急すぎます。友雅殿は神子様のご事情を

 ご存じのはずですのに。やっぱりここはきちんと、あの方に反省していただかないと! 

 ねえ、神子様、聞いていらっしゃいますか?」

  また話が戻ってしまった。

  藤姫はよほど腹に据えかねている様子だ。どうも彼女は理想の恋愛をあかねの上に見て

 いるようなところがあって、それが彼女の思い描く予定通りにいかないのが、不満なのか

 もしれなかった。ずいぶん大人びていて、男女のことも耳年増になっているらしいのに、

 そんな風に生真面目に憤る様は実にかわいらしく、少女の潔癖さの現れのようである。


  そんな時、使いの女房から声がかかった。

 「姫様、神子様にお文が参りました……左近少将様からです」

 「まあ、もう来たんですの」

 「来たって何が?」

 「後朝の文でしょう」

 「きぬぎぬの文って?」

 「……一夜を共にした朝に男性から女性に贈る文ですわ。早いほど誠意があるということ

 になっているんです」

 「…………!!」

  まったく次から次へとあかねの熱が醒める間もありはしない。

  橘の枝に結びつけられた白の料紙もまぶしい文が、あかねに手渡された。結びをほどく

 と、銀砂子で霞たなびく山並みが描かれ、金銀の箔散らしと取り合わせている美しい紙に、

 歌が一首書かれてあった。相も変わらず達筆で美しいかな文字で、当然ながらあかねには

 読めない。

 「神子様……拝見してもよろしいですか?」

  藤姫が神妙な様子で尋ねる。

 「うん。私読めないし、読んでくれる?」

  ここまで来たら恥も何もない。また意味がわからなくて失敗したりするといけないので、

 あかねは素直に藤姫に頼んだ。

  藤姫は声を出してその歌を読んだ。


  ──橘の下に隠せどあかねさし照れる月夜に人見てむかも──


  ほうっと一斉に周囲に控えていた女房たちからため息がもれた。この歌は、あかねにも

 なんとなくわかるような言葉を重ねた歌だ。

  藤姫は、また少し眉をひそめた。

 「人見てむかも……って、よくもしゃあしゃあとおっしゃいますこと」

 「……これ、どんな意味なのかな」

  おそるおそるあかねがつぶやくと、藤姫は、ためらいもせずに教えてくれた。

 「これは聞いたまま受け取ればよろしいようなお歌ですわ。──橘の木の下に隠したけれ

 ど月の照る夜だから人が見たろうか──神子様のお名前の『あかね』を含んだ枕詞を織り

 込むなんて、なかなかのお作と申し上げてもよろしいかと思います」


  こうやってすぐ読み解いてしまうのが姫君の教養というものだろうか。

  あかねは、すっかり藤姫の忠実な生徒だった。

 「友雅殿らしいお歌のような気がしますわ。少し古代ぶりの調子がまた何とも。『橘』で

 友雅殿ご自身を表して、神子様のお名前と重なる『あかねさし』を持ってくる……。『あ

 かねさし』は『照る』の枕詞なんです。ずいぶんと凝った部分と、やさしい言葉で、つな

 げていく部分の両方があって、読んだ時の響きも、よろしいですし。……でも友雅殿は、

 このお歌を、わたくしが見るのを知っていて詠んだんですわ。『人見てむかも』なんて、

 本当は、わざと見せつけてらしたとしか思えません!」


  ……それは、おそらく事実だろう。

  それにしても、こういう雅な段取りはあかねの手に余る。色恋もこんな風に進めると、

 全然いやらしい感じがしないのはすごいと思うが、よくよく考えると、こうして後朝の文

 というものが来て、みんなで読んでいるというのは、自分の秘め事を、大声で発表してい

 るようなものではないか!! 

  そんな心構えは、まだできていない。恥ずかしすぎて死にそうだ。

  いったいこの後どうすればいいのか。

  羞恥と混乱がまた蘇ってきて、いっそ逃げ出してしまいたいほどだ。


 「ご返歌なさいます……? 神子様」

  返歌! そうか。返事を出さなければいけないのか。でもあかねは、ここで臨機応変に

 歌を詠めるこの世界の姫君ではない。ただでさえ恥ずかしくてどうにかなりそうなのに、

 慣れない歌どころではない。

 「藤姫ぇ……」

  あかねはすっかり血が上って頬を紅潮させ、ほとんど半泣き状態の顔を藤姫に見せた。

 「わ、わかんないよ……どうしたらいいの? 歌なんて、そんな詠めないもん。昨日出し

 たのは、あれはまねっこなの。私のいた世界で、昔の歌として伝わってたのを借りたの。

 意味はよくわかってなかったけど、言葉がきれいでお返事にいいかなと思って書いたんだ

 もの」

 「神子様、そうでしたの……」

 「なんだかここにいるのってずっと夢みたいで……友雅さんと一晩一緒にいたのだって、

 夢だったか本当だったか…………」

 「神子様、そのお気持ちを、そのまんま歌になさったらよろしいんですわ」

 「え?」

 「夢かうつつか、というお気持ちを書けばいいと思いますわ。友雅殿もそれを知って反省

 なさったらよろしいんです!」

 「……ふ、藤姫」

 「わたくしが何をしたところで、どうせ友雅殿は今夜もいらっしゃるんですもの。でした

 ら少しでも、神子様のお気持ちが伝わるようにしたいですわ。わたくしも及ばずながら、

 できるかぎりお世話させていただきたいんですの。神子様が悲しむのは、わたくし耐えら

 れません」

 「藤姫、ありがとう……藤姫がいなかったら私何もできないね。すごくうれしい」

 「神子様……!!」

  なんとなく女の子同士盛り上がってしまったが、返歌は……せねばならないだろう。


 「歌……どうしよう」

 「神子様がさっきおっしゃたのをそのまま歌にすればよろしいですわ。文ってそういうも

 のですから」

  藤姫は文机に向かって、硯箱から筆を出すと、そばにあった料紙にさらさらと筆を走ら

 せた。一気に書きつけた歌を声を出して詠み上げる。


  ──有明の月待つまでも添ひふして夢かうつつか寝てかさめてか──


 「いかがでしょうか?」

 「すごくきれいな感じ……」

 「神子様がお詠みになった歌ですわ。わたくしは形をととのえただけですもの。難しくは

 ないんです。──有明の月を待つあいだまで寄り添って寝ていたのは、夢だったのか本当

 なのかはっきりしないのです──って、そのままでしょう?」

 「……うん……。ありがとう、本当に」

 「じゃあ清書してお出ししましょうか。相模はいたかしら? 彼女は美しい字を書きます

 から……」

 「あ、藤姫、自分で書くよ。ヘタだけど……きれいじゃなくても、でもそれくらいは」

 「まあ、神子様…………。本当に……友雅殿がうらやましいですわ……」

 「えええっ? 藤姫が友雅さんをうらやましいの? なんで?」

 「わたくしも神子様とお文のやりとりをしてみたいです」

 「え? ……私のへったくそな文をもらっても自慢にならないよ? 藤姫みたいに、かわ

 いい本物のお姫様だったら、じきにたくさんお文とかいただくようになるんでしょ?」

  あかねの返事に藤姫はため息をついた。

 「神子様ったら本当にご自分をわかってらっしゃらないんですのね。神子様のお文だから

 ほしいんです。他の方の文なんて、どんなにたくさんいただいたって何の意味もありませ

 んわ。友雅殿だってそうですわよ、きっと」

  さりげなくものすごいことを言われたような気がして、あかねは、またさっと頬を赤ら

 めた。

 「……じゃあさ、今度またいろいろ歌とかも教えてもらって、それでかな文字の手習いす

 る時は一緒におつきあいしてくれる? それで私がもっとうまく書けるようになったら、

 その時は女の子同志でたくさん文の交換しようよ。ね? こういうこと藤姫としかできな

 いもの」

 「本当ですか、神子様! わたくし、とてもうれしいです!!」

  藤姫の顔がぱぁっと花が咲いたように輝いて、つられてあかねも微笑んだ。

  この京に藤姫がいなかったら、彼女が龍神の神子に仕える星の一族でなかったら、きっ

 とさみしくて辛くて、京も救えずにくじけていたかもしれないと、あらためてあかねは思

 うのだった。





 「姫様、左近少将様からまた文使いがまいりましたわ。神子様あてのお文です」

 「なんですって?」

  あかねの部屋を辞した後、自室に下がっていた藤姫に、この突然の報告は予想もしてい

 ない知らせだった。

  あかねの書いた後朝の文の返しはとっくに送った。

  未の刻を過ぎてその返しにまた文が来るなんて、そんなことは、まずないことだ。

 「いったいどういうことかしら。神子様は今お休みになられているのに……」

  しかし、ことは大事な後朝に関わること。

  あかね宛の文を勝手に開くのはためらわれるので、やむをえず休んでいるはずのあかね

 のもとへ文を携えていく藤姫だった。



 「神子様、お休みのところ申し訳ございません。友雅殿から神子様あてに、またお文が届

 きましたの。ご覧になられますか?」

 「…………な、なに? 文って……一日にそんなに何度もやりとりするものなの?」

  褥に横になって午睡を取っていたあかねが眠そうに眼をこすって起きあがるのを、申し

 訳なく思いながら、藤姫は、ふわふわした花をつけたねぶの枝にそえられた文を持って、

 あかねの目の前に進んだ。

 「いえ、こういうことはあまりないことなんですが……とにかく夜には、またお見えにな

 るわけですし……」

  藤姫自身もこの友雅の二度目の文を扱いかねて、つい歯切れが悪くなる。

 「とにかく見てみないと始まらないよね」

  あかねはそう言って、藤姫が一緒に見られるように文を開いた。


  ──有明の同じながめは君も問へ夢うつつとは今宵さだめよ──


  草書のかな文字をあかねが読めないのはわかっていたので、声を出して文を読み上げた

 途端、藤姫は顔色を変えた。

 「神子様…………」

 「藤姫……、これって、なんか、まずい……の……?」

 「神子様、わたくし、今夜は絶対に昨夜のようなことにはさせませんわ!」

 「藤姫?」

 「きょうはお火の番も、お衣装も格別に……、ああ、お道具の新調はさすがに間に合わな

 いのが、返す返すもくやまれますわ! 友雅殿も今夜はお供を連れていらっしゃるでしょ

 うから、振る舞い酒や、おもてなしの準備もしないといけませんわね。先ほど指示だけは

 しておいたのですけれど、きちんとできているか確認させないと。こういうことは神子様

 のお立場にも関わりますわ」

 「……ねえ、藤姫……」

 「こうしてはいられませんわ! 神子様、神子様は、どうぞお休みになってくださいな。

 父上はおろか、実はかしこきあたりからも、神子様のことについては、すべて良きように

 はからうようお言葉をいただいておりますの。……本当に友雅殿は、ずるい方ですわ」

 「ず、ずるい……? 藤姫、この文は……」

 「大変! 神子様、わたくし、あちこち申しつけなければなりませんので、これで失礼い

 たしますわ」

 「あ、藤姫! 藤姫ったら」



  藤姫は、みるからにあわてて部屋を出ていってしまい、あとにはわけがわからず呆然と

 するばかりのあかねが残された。


  友雅から届けられたこの文……さっき藤姫が読んでくれた内容は、わりとわかりやすい

 ものだったような気がする。


  ──夢うつつとは今宵さだめよ──だったな。

  自分はなんて書いたんだっけ。──夢かうつつか寝てかさめてか──だ。

  その返事で今宵さだめよってことは……………………。

  !!!!!!!!!


  たったひとりで、卒倒しそうなほどの恥ずかしさに襲われて、あかねは、そばによけて

 いた衣をかぶって床の中でぎゅっと身をすくめた。もう心臓が早鐘どころの騒ぎではない。

  こんな思いをさせられ続けていては本当に死んでしまうかも。

 (も〜っやだやだやだっ! なんで!? なんで、こんなに恥ずかしいことになっちゃう

 の?! あんまりだよーっ! 友雅さんのばかばかばかばか…………)


  日が沈むまでには、まだ間があるが、今宵も有明の月まであかねが眠れないのはすでに

 決まったようなものだった。 




                  【 終 】



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