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◆   古風なロマンス
 Romance antique de Monaco
 ◆

   仲秋 憬


<月曜日>



「で、あかねは何でパリから帰るのをやめたって?」

 パリに向かう飛行機の中で天真は詩紋を問いただしていた。あかねの航空券をキャ

ンセルするまでもなく、すでに手続きは他人の手で完了していた。


 フジワラのトランスポーターは、とうにモナコを離れ、レーサーもすぐに次のヨー

ロッパGPに向けて動き出す。

 頼久はいったんロンドンのアパートに戻って行った。

 次のレースは、彼の正念場になるだろう。初めて走ったモナコでポイントを獲得す

るという離れ業をやってのけたルーキーを今の内につぶしておけと厳しくマークされ

るのは間違いない。もう少しでモナコの表彰台に乗るところだったのだ。

 この六日間、共に過ごしたモータホームに別れを告げ、天真は頼久と頑張れよと握

手をかわして別れた。すぐに追いついてやるから、と。


 詩紋とあかねも来るはずだった。しかし宿泊先のホテルからやって来たのは詩紋ひ

とり。日本への帰路を男ふたりでむなしくたどることになろうとは。


「友雅さんが送っていくからって……ニースからミラノに。……それでミラノから直

行便で帰ってくるって」

「どうしてそこで止めないんだよ、お前は!」

「できないよ。アランチャーノはフジワラの筆頭スポンサーだよ?! 仕事を仕切って

る鷹通さんが絶対無茶はさせないからって言うし……」

 天真は苦虫をかみつぶしたような表情になった。

 詩紋は、あと一言何か決定的なことを告げれば泣き出しでもしそうだ。

「あかねちゃん……日本に帰ってくるよね……」

「でなきゃどうするんだよ」

「そのままミラノで……」

 詩紋の声の最後は、か細く消えてしまった。

「学校いつまでもさぼってられねぇよ。あかねも、そこまでバカじゃないだろ」

 ぶっきらぼうな天真の物言いに、詩紋が顔を上げる。

「頼久さんのF1デビューで、モナコに行くか迷ってた時、学校なんかさぼれさぼれ、

なんならやめたってかまわないって言ったの天真先輩じゃない!」

「それは絶対帰ってくるのが決まってるからだろ! 旅行先で駆け落ちするなんて、

誰が思うかよ!」

「……駆け落ちじゃなくて玉の輿かも……」

 確かにアランチャーノは世界に名だたるデザイナーズ・ブランドだ。しかも当主は

貴族で、金も地位も名誉もありまくり。

 自分たちと同列に物を考えられるわけがない。


 だが、しかし──。


「あーもう、これだから恋愛沙汰はヤなんだよ! ロマンスとか何とかごちゃごちゃ

騒ぎやがって。周りの迷惑を少しは考えろってんだ!」

「ボクたち完全に脇役だったものね……」

「ふん! すぐに見返してやるさ。日本に来たら見てろってんだ」

 天真はふくれて、シートでふてねを決め込む。

 詩紋は小さくため息をつくと、冷たい飛行機の窓に手を当てて空をながめた。



 彼らの行く手にも、雲海は広がっていたが、その雲の切れ間を照らす光は、どこま

でもまっすぐに、まぶしい未来を指し示すようだった。





                                   【 終 】



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