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● ライナーノート ●

菊花の露

初出 : 2000年9月10日 『月影夢想』




  9月9日、重陽の節句の話です。
  平安時代の秋の行事がらみで最高に甘い話を書こうと思い、仕上げた作品です。
  狙い違わず、裏すれすれ、新婚さんいらっしゃい状態の話になってしまったのは、ご
 覧の通り。でも、この甘やかさが友雅×あかねの醍醐味のひとつかなと思うので、書い
 た本人は、わりと気に入っている話です。

 『遙か』のゲーム本編の恋愛エンディングでは、とりわけ、あかねちゃんが京に残るエ
 ンディングが私は好きですが、その先には、いくつもの可能性がありますね。
  大きいところでは、あかねちゃんは、そのまま左大臣家で暮らして、友雅さんが婿と
 して通ってくるのか。それとも友雅さんが当時の常識なんのそので、自邸にあかねちゃ
 んを引き取って北の方として秘蔵してしまうか。
  どちらもそれぞれ味があり、捨てがたいので、私も両方の行く末を書いていますが、
 この話は後者の幸せな構図ということになるでしょうか。

  私のいやらし度が露呈しますが、書き出す前から狙っていたのは、菊のきせ綿で膚を
 なであいっこするという場面です。うーん、なんてエッチなシチュエーション!
  また友雅さんが実に楽しそうではないですか。もう幸せの絶頂ですね。こういった、
 いちゃいちゃを書くのは、それはそれは楽しいです。これが様になるのも、やはり友雅
 ×あかねならでは、かしら。

  いつも思うのですが、必ずしも濡場を露骨に表現することがエロティシズムを生むと
 は限らない、むしろ露骨は、そのうち刺激に慣れて飽きるもの、と私は考えているので、
 直接描写をしないで、いかに色っぽい雰囲気を出せるかというところに、しつこくこだ
 わります。
  え? 何やってんの? もしかしてめちゃめちゃエッチなことしてるんじゃ?! と
 いう感じがするソフト・フォーカスな描写と言えばいいのかな。その方がくり返し見た
 くなったりしませんか? 素っ裸より、薄物一枚羽織っていて、それがはだけていたり
 する方がやらしいでしょう? まず、隠すところからエロティシズムというのは生まれ
 ると思うんですよね。
  友雅さんのくどきや、きわどいセリフも、いつもそういう表現を意識します。単語ひ
 とつひとつは別にどこもいやらしくない普通の言葉。なのに、選び方、並べ方ひとつで、
 いかようにも色っぽくなるのが、言葉の不思議さですよね。
  この話では、それを表ぎりぎりのところまでやってみたつもりです。もしかして裏棚
 に置くべき話ではないかとも思うのですが、どうでしょうか? だんだん自分で判断が
 できなくなっていて困りものです。笑ってごまかしちゃおう。

  さて、引用のご紹介に移りましょう。
 「菊花、須(すべから)く満頭(まんとう)に挿して帰るべし」というのは『三体詩』
 という唐詩選集の中に上ある杜牧(とぼく)の『九日、斉山の登高』という八句からな
 る漢詩の一文です。重陽の名作ですね。
  この詩の三、四句目の対句が特にきわだった、いわゆる名句で、原文は、こうなって
 います。

  塵世(じんせい) 口を開いて笑うに逢い難し        塵世難逢開口笑
  菊花 須(すべから)く満頭(まんとう)に挿して帰るべし  菊花須挿満頭帰

  このけがれた世の中、口を開いて笑う楽しいことはめったにないもの、この日こそは
 菊の花を頭いっぱいに挿して帰ろう、というような意味です。

  菊は中国伝来の花で、長寿をもたらすものと考えられていました。9月9日の重陽節
 に菊酒を飲んだり、宮廷の宴飲で詩を作らせ読んだりする行事も、かなり早い時代に、
 中国から日本に伝わっていたようです。
  菊の露が長寿をもたらすというのも中国伝来の観念で、それにもとづいたものに『き
 せ綿』があるんですね。9月8日に綿で菊の上を覆い、翌日その露を吸った綿で体をぬ
 ぐうと若返るという風習です。『紫式部日記』に紫式部が藤原道長の妻倫子から重陽の
 日に菊のきせ綿を贈られたという記述もあります。「これは使える!」と、私が思うの
 も当然でしょう。

  和歌の方は、古今和歌集にある紀友則の歌です。是定親王家歌合で詠まれた歌。

  ──露ながら折りてかざさむ菊の花老いせぬ秋のひさしかるべく──

 (露をおいたままの菊を折って髪に挿そう、老いることない秋が長く長く続くように)

  中国風な漢詩の趣がある歌だと思います。私は上記の杜牧の詩と近い物を感じたので
 並べて友雅さんにつぶやいてもらいました。漢詩を和歌に読み直すということもよくあ
 ることですしね! うまく雰囲気を盛り上げていたらいいなと思います。

  いずれにせよ、もう誰にも邪魔されない幸せいっぱいの話というのは、書いている間、
 筆者もシンクロして幸せになれるので、いいですね。
  読んで下さった方も幸せな気分を少しでも味わってくださったら嬉しいです。







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