あかねが目覚めると、そこは抜け出したはずの山荘の臥所で、いつものように友雅の
腕の中だった。何度か達したあと、友雅に抱きかかえられ、ここへ戻って、さらに空が
白むまで続いた契りのなごりが、あかねの身体に残っている。
肩にかかる腕を外して、上半身だけをなんとか起こすとようやく周囲が見えた。枕上
には、脱ぎ去られた衣とともに、おびただしい花びらが散っていた。
桜にも香りがあると、あかねは初めて気がついた。
吉野へ来てからずっと包まれていた香りだった。
「風通う……寝覚めの袖の花の香に……かをる枕の、春の夜の夢──」
「夢ではないと言ったのに」
考え考えしながらつぶやいていたところに、突然声をかけられて、あかねは驚いた。
「友雅さん!」
「もう目が覚めたのかい? 油断がならないな」
「ゆ、油断って……」
あかねが頬を染めるのを、友雅はうれしそうにながめていた。
「──春風の花を散らすと見る夢はさめても胸のさわぐなりけり──」
どうかなという風に友雅がさらりと詠んだ。
「夢じゃないことを、確かめないとね。こんなに私の胸をさわがせる、その責任を取っ
てもらおう」
「あ……っ」
しっかりと引き寄せられ、からめられた腕から、抜け出すことはできなかった。
望みをかなえて花折る少将は、手折った花に溺れて、この花の褥を誰にも邪魔されず
過ごすのである。
春の思い出は末の後までふたりをつなぐ絆となり、形見となった。
【 終 】
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