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あふぎの泉
仲秋 憬 




                  < 二 >


  さて、まだまだ幼い新妻のあかねも、この時の友雅の様子が普段と違うと思わない

 でもなかった。

  いつもの友雅は、あかねが龍神の神子として動いていた時のように、気軽に外出し

 たり、人目に触れたりすることを厭う傾向が強い。何かと理由をつけて代わる代わる

 橘邸へとあかねに会いにやってくる他の八葉たちにも、いい顔をしない。あかねが、

 ただ庭をながめるだけでも、誰がのぞくかわからないから充分に気をつけておくれ、

 とたしなめるほどだ。

  その友雅が、屋敷の中とはいえ、壁もなく、庭の泉の上に張り出している泉殿で、

 薄物をはおるだけの格好で過ごそうと誘うのはおかしいと、あかねは気付くべきだっ

 た。

  しかし、京のうだるような厳しい残暑が、思考をまひさせていたのか、少女はただ

 ただ涼を求めて、自分の倍も年上の頼りとなる夫の言うままにしたくを調え、嬉々と

 して泉殿での夕涼みを楽しもうとしたのだが……。



 「友雅さん、琵琶を聴かせてくれるって言ったのに」

 「後でまたね」

 「うそつき……っ」

 「何とでもお言い。私は君との約束を違えた覚えはないよ。ほら、こっちを向いてご

 らん」

 「琵琶は聴くもので、見るものじゃないです」

 「おや、うまいことを言うね。ふふっ……いいよ、ならば、そうしておいで。その気

 が無くば、させるまでだ」

 「きゃっ……やぁ、な、何す……っ」

 「せっかくこうして二人で過ごせるのだからね。できるだけ君を感じていたいんだよ」

 「こんなところで……」

 「大丈夫だよ」

  一体、何が大丈夫なのか、まったく根拠も説明もない友雅の断言だが、その口調に

 は有無を言わせぬ響きがある。


  水がこんこんと湧き出て、周囲に流れを作っている泉殿の簀子縁の端。

  萌葱(もえぎ)色の地に、紺地に銀で唐花を散らした縁をめぐらせたあざやかな上

 筵(うわむしろ)を敷きのべて、白絹包みの木枕に頭を預けた友雅が、つややかな笑

 顔を見せている。

  枕元には帖紙(たとう)の上に鍔(つば)を預ける形で太刀を横たえ、その脇には

 さっきまでつま弾いていた愛用の琵琶が無造作に放り出されている。

  友雅は横たえた体に、銀地無紋の大袿(うちき)をひきかけているが、当然のよう

 に中は素肌のままだ。

  そうして、あかねの方は、友雅のその大袿の中に、しっかり捕らわれてしまって、

 身動きもままならない状態なのである。淡く透けた、薄紫の単衣をかろうじて身につ

 けてはいるものの、上半身はあらわに見え、男の目を楽しませていた。

  ちらりとのぞく蘇芳(すおう)色の袴こそ、まだ紐を解かれていないが、それも時

 間の問題だろう。


 「のどかわいた……」

  あかねが手近に置かれていた長柄のひしゃくを取り、友雅の大袿の中からなかば起

 き出て泉の水をくもうとした。友雅は背後から手をのばして、片手であかねの腰をさ

 さえ、もう一方の手を彼女がひしゃくを引き寄せる手に重ねて、水を飲むのを手伝っ

 た。正確には手伝ったと言えるかどうかあやしい仕草であったが。

 「おいしい? では、次は私だよ」

  あかねがこくんと喉をならして水を飲み干すと、友雅は間髪入れずに、まるで今、

 あかねが潤した口中から水を得るかのように、あかねを自分の下に押さえ込んで深く

 唇を重ねた。

  友雅と寄り添って横になることに、ようやく慣れてきてはいても、こうしたところ

 で睦あうことに羞恥を捨てられるようなあかねではない。

  やみくもに友雅の背中をたたいて、ようやく離れた唇に息を上げつつ、顔を赤くし

 て抗議する。

 「友雅さんっ! これじゃ、全然……」

 「全然、なに?」

 「夕涼みにならないですっ」

 「そうかい? 君のお望み通り、風も渡り、庭の木陰につながる場所じゃないか。私

 は、すこぶるいい気分だよ。こんなに心地よいことを、どうして今までしなかったの

 かな。水の音もさやかだし……聞こえないかい?」

 「あ……っ」

 「そうか……肝心な君の泉を枯らせていてはいけないね。……これは私が悪かった」

 「ちがっ! …………あぁ」

 「私の喉を潤してくれる泉は……ここにあったね」

 「やぁ……んんっ」

 「いいよ…………とこしえの……私だけの甘露をおくれ……」

 「な、……だめ……そんな……ダメですってば」

 「だめじゃないよ。ほら、こうすると……わかるかい? 尽きせぬ泉というのは、こ

 ういうのを言うのかな。こんなにあふれて……たまらないね。もっと欲しくなる……」

 「ともまさ……さん、ねぇ、も、ゆるし……て、あ、ああっ……は、恥ずかしいの…

 ………恥ずかしいから……っ……」

 「ああ、大抵の恥ずかしいことは、気持ちいいことなのだけれど、君は、まだ知らず

 にいたのだね。私にまかせて、そのまま感じておいで。死ぬほどよくしてあげるから。

 さあ……」


  汲めども尽きぬ泉のごとく友雅が繰り出す甘いささやきは、とめどなくあかねを煽

 り、しかけられる動作に乱れる息で、涼むどころか、体は熱くなる一方だ。相手を本

 気で苛み始めた男に、みるみるうちに溶かされた娘は、行き交う熱で互いの肌が汗で

 すべる行為も嫌がらない。二人は体中をあますことなく確かめあう快楽に溺れこむ。

  数え切れないほどくり返される音をたてた口づけを、あかねが無意識に返し始める

 頃には、友雅の方も限界を迎えていた。

 「あかね……もう、いいね。あぁ……なんて君は……やわらかいんだろう……。あん

 まりかわいくて、食べてしまいたいくらいだよ。こんなに私を誘って、どうするの? 

 うん?」

 「……っ」

  うるんだ目で自分を蹂躙する男を見上げ、声にならない声で返事をする。その様子

 に力を得た友雅が、さらに激しい情熱をあらわにしようとした、その時だった。


  二人が抱き合っている泉殿のごく近いところで、みしみしと木が傾ぐような音がし

 たと思うと、ずしんと大きな物音がした。一瞬、地震のように床が揺れたような感じ

 さえあった。

 「あ……な……何……?」

  遠のいていたあかねの意識が、その大きな物音で現実に引き戻されかけたが、友雅

 は、すぐさま彼女を元の高みへと追い返す。

 「近くの木から猫でも落ちたんだろう……それより、もっと君をおくれ……ね」

 「え……そんな音じゃ…………んんんっ!」

  友雅は、強引にあかねの口をふさいでしまうと、そのまま行為を続行した。この友

 雅に抵抗するには、あかねは、まだまだ経験が足りない。

  変だと思いつつも目の前の愛撫に酔わされて、結局は、すっかり日が落ち、夜風が

 汗を冷やす頃まで、ひとつ所で友雅になかされ続けたあかねであった。





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