憬文堂
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祝 う 日
仲秋 憬 



 「……んっ、あ……あっつ……い………」

  汗で肌にからむ絹を引きはがす。

  暑くて目が覚めた。

  きょうはどこへ行こうか。まだ怨霊を封印してないところは……。


  はっと気付いて、がばっと寝床から起きあがる。

  もう終わったんだ。昨日の戦いで、とにかく京は救えたんだった。

  昨日は大変な一日だった。鬼との最終決戦で、どうにか勝利を納めて、最後には八葉みん

 なの力も借りて、それで京を救うことができた。


  そうして龍神の神子に選ばれていた私、元宮あかねも、神子としてのお勤めは果たしたこ

 とになって、元の世界に帰れたと思うんだけど……私は時を隔てたこの京に残ることにして

 しまった。

  元の世界には懐かしいすべてのものがあるけれど、あの人がいないもの。

  私ひとりが情熱だと言ってくれた、誰よりも大好きな友雅さんが。




 「神子様、きのうは本当にありがとうございました。わたくし、神子様に、こうしてお仕え

 できたことを誇りに思います。そうして、この京にお留まりいただけるとのこと、こんなに

 嬉しいことはございませんわ。どうぞいつまでも、ここを我が家と思って、お過ごしくださ

 いね」

 「藤姫……」


  朝起きるといつも藤姫と顔を会わせて、それから一日の行動を決めてきた。

  それは、きょうも同じなはずなのに、もう朝から次の間に八葉のみんなが控えているって

 こともなく、こんなあいさつをされてしまうことが、なんだか妙な気分だった。


 「すぐにでも八葉の方々ご同席で祝宴なりとも開きたく思いますし、帝からも直々に神子様

 を内裏の宴にお招きしたい、とのお言葉があったそうですわ。父が申しておりました」

 「みっ、帝って、すごく偉い方なんじゃ……」

 「ただ、あいにくと本日は水無月の十一日で、年に二度の月次(つきなみ)の祭りに当たる

 日ですから、帝も『神今食』(じんごんじき)の儀式を執り行われることでしょう。お招き

 も、もう少し先のことになるかと存じます。きょうは、友雅殿はこちらへ、いらっしゃられ

 ないかもしれませんわ。近衛のお勤めが、あるでしょうから」

 「えっと……よくわからないけど、とにかく内裏で大事な儀式があって、お仕事があるだろ

 うってわけなのね。そっかあ、そうだよね。もう八葉の役目からは解放されたんだもんね。

 ……大変なんだね。確かきょうって友雅さんはお誕生日じゃなかったっけ。お祝いとかしな

 いのかな。まあ昨日まで戦ってたし、それどころじゃなかったか」

 「友雅殿のお誕生日? 神子様、よくご存じですね」

 「だって、私の誕生日だって会ってすぐに聞かれたじゃない? 占いに必要だとか、なんと

 か言って。物忌みの日とかも関係してるんでしょ? ひとつ歳をとるって、おめでたいこと

 だから、お祝いとかしないの?」

 「もちろん占いには生まれた日を知る必要がありますけれども、みなお正月を迎えれば一斉

 にひとつ歳をとるんでもの。とりたてて誕生日にお祝いはございませんわ。友雅殿も四十の

 賀の祝には、まだまだでいらっしゃいますし」

 「あ、そうなのか……。私そういうことも何にも知らないからなぁ。まあ、大人の友雅さん

 に、お誕生日祝いってのもおかしいかな、とは思ってたんだけど」

 「神子様、何かお祝いをお考えになっていらしたのですか?」


  うーん、それをどうしたものかと思っていたのよ。

  誕生日のお祝いって考え方がないなら、それはそれでよかったのかもしれない。

  それこそ鬼との戦いで手一杯で、プレゼントなんて用意できなかったもの。

  だからちょっと困っていたんだ。


  突然、昨日の戦い後の友雅さんとのやりとりが思い出されて、たまらなく恥ずかしくなっ

 た私だった。

  私が友雅さんにあげられるものなんて、本当は私のこれから全部の時間くらいしかないの

 は、わかっているの。それを思うとやけに恥ずかしい。


 「とにかく、神子様は当分の間、ごゆっくり疲れを癒されるのがよろしいかと思いますわ。

 きょうは冷たいものでも用意させますからゆっくりなさってくださいな」

 「じゃあ、藤姫も一緒に、ね! それで、いろいろ教えてほしいな。これからどうするかも

 考えなきゃね」

 「はい、神子様!」




  そんなわけで、その日は何するでもないことになってしまいそうだったけど、同じ屋敷に

 いる天真くんと詩紋くんは、部屋へ寄っておしゃべりしていってくれたし、頼久さんも、ご

 機嫌伺いみたいに顔を出してくれて「お出かけになられる時は必ずお声をおかけください」

  なんて、相変わらず、まじーめに訴えてくれた。


  イノリくんは、たまたま左大臣家に刀鍛冶の師匠の使いがあったとかで、帰り際に、詩紋

 くんと同座してひとしきりおしゃべりしていってくれたし、泰明さんは、自分のお仕事の行

 きがけに寄り道してくれたらしく「鬼との戦いに一応の終結をみたと言っても、まだまだ神

 子の周囲には未曾有の不確かな力が満ちている。故に、ここの結界を張り直す」とかなんと

 か言って、もくもくと部屋中のあちこちで印を結んでから、「また来る」と挨拶していった。


  永泉さんと鷹通さんからはお文が届いて、藤姫に読んでもらったら、いずれも「本日は伺

 えないけれど、また、すぐ近い内に」というような内容で、神子の役目がなくなったからと

 いって、みんなに見捨てられたわけではないみたいで、少しほっとした。



  日も高くなるとますます気温は上がったようで、暑いね、暑いねと騒いでいたら、藤姫は

 夏装束を用意してくれた。

  そう、格好だけでも夏らしく涼しくしたいよね。そもそも、こっちに残ることを決めたか

 らには、いつまでも、あっちの制服に上だけミニ着物、みたいな格好でいるわけにいかない

 もの。

  なんでもかんでも藤姫に用意してもらっちゃって、これでいいのかなぁとは思うんだけど、

 こと京での暮らしについては藤姫を頼るしかないわけで、藤姫もそうしてくれって言うし、

 ありがたくお世話になってしまう。


  で、その夏装束なんだけど……。

 「えええええ! なに? こんなんでいいの? ねえ、間違いじゃないの?」

 「まあ、神子様! 神子様はお肌が雪のように白くて、つややかでいらっしゃるから、本当

 にお美しいですわ。それに、これなら少しは涼しくおなりでしょう?」

  涼しくおなりでしょうって、藤姫……。

  これっていわゆるトップレスにシースルーってヤツでは……っ。いくらなんでも、いきな

 り、こんな大胆なのは、まずいよ〜。恥ずかしすぎるって。

  だってちゃんと着てるものって袴だけなんだよ! 

  ハイウエスト気味に着た赤い袴だけ! 

  それで上半身裸で、薄くてスケスケで、なんだか虫の羽みたいに軽くてきれいだけど頼り

 ない着物を一枚はおるだけで、いいっていうんだよ!

  帯もなんにも締めないで、はおるだけ!

  たったひとりで留守番してる時のお風呂上がりでもなかったら、こんなスゴイ格好のまま

 でいることないって。

  ネグリジェよりエッチじゃないかな、これじゃ……。


 「藤姫は、もっとちゃんと着てるじゃない。私だけこんな格好じゃ……」

 「わたくしもきょうは薄物の小袿のみで楽にさせていただいておりますわ。どうぞお気にな

 さらずに。きょうは、もうお客様もないでしょうし」

  たしかに、藤姫もすけすけの着物だけど、でも下に着てるよ、白い単衣っていうのを。

  いいのかなあ。まあ、もう女の子ばっかりだからいいか……。

  どうにも午後になってますますひどくなる暑さには勝てないし、私も昨日の今日で、開放

 感にうかれていて、ちょっぴりハイになっていたかもしれない。


  それでもって、ちょうど着替えて、わたわたやってるところへ出されてきたものが、すご

 かった。うかつにもそっちに気を取られてしまったのね。


  私の部屋に女房四人がかりで運び込まれたのは、それはそれは大きな氷の塊だった。

 「まあ、ようやく届きましたのね」

 「うわ、すごい……」

  大きな盥に花と一緒に据えられた、高さが1メートル近くもありそうな氷の柱は、ひんや

 りした空気を運んできてくれて、見ているだけで汗も引いて、すーっと気持ちがよくなる。

  冷蔵庫なんてないこの世界で、これだけの氷を用意させることができるって、ものすごい

 ことなんじゃないかな。つくづく藤姫の家ってお金持ちなんだ。これなら、私ひとりくらい

 面倒みるのは、別になんてことないことなのかもしれないって思える。


  そんな大きな氷にさわったり、ふざけて端っこを割ったりして、女の子だけで気楽にきゃ

 あきゃあ言ったりできたのは、本当に久しぶりで楽しかった。

  おやつには、削った氷に甘い蜜をかけて、味はシンプルだけどおいしいかき氷をいただい

 たりしちゃってね。あー、生き返るなあっと。


 そんなこんなで薄暗くなるまで氷の溶けていくのを見て楽しんで、すっかりくつろいじゃっ

 てたから、忘れていたのも無理はなかったのよ。自分がどんな格好していたか、なんて。




 「私の神子殿のご機嫌はいかがかな? すっかり来るのが遅くなってしまって」

 「友雅さんっ?!」

  日も落ちて、庭には篝火がたかれ、廊の灯籠、部屋の燈台にも明かりが入ったころにやっ

 てきたのは、きょうは来ないはずの友雅さんだった。

  藤姫はもう部屋に戻っていたけど、確か女房の人は何人か近くに控えていたはずなのに、

 何の予告もなしって、そうだ、八葉である友雅さんはフリーパスなんだった!

  友雅さんはいつものことだけれど、遠慮も何もなく、平気で御簾をくぐって、私の部屋に

 入ってきた。


 「きょうは特別のおみやげがあるんだけれどね……おや、氷水(ひみず)を楽しまれたのか

 い? きょうは暑かったものね。ちょうどいいな。これを冷やさせてもらおうか」

  部屋の真ん中に残された盥の中の氷はほとんど水になっていたんだけれど、まだ心地よい

 冷たさの名残を残していたから、そのままにしていたのだ。

  友雅さんは、その冷水に、手にしてきていたみずみずしい青竹の竹筒をひたしてしまうと、

 私の方へ向き直った。

 「大きい氷だったんですけど、もうほとんど溶けちゃって……って、友雅さん、きょうは、

 お仕事じゃなかったんですか?」

 「ああ、まあね。帝が斎戒されるというのに、近衛がお守りしないわけにもいかないからね。

 けれど全員がはりついていたところで、神とお食事をともにされる帝に、仇なすような者は

 いないだろうから、私ひとり抜け出したって、どうということはないさ」

 「そうなんですか……」


  友雅さんの言ってることは、よくわからないことが結構多くて、私はいつも面食らう。

  真面目なんだか、不真面目なんだか。いつだってこんな感じだったのに、こんなに好きに

 なっちゃってどうしようって思う。


 「それにしても、これはこれは……なんともなまめかしくて美しいね。羽衣をまとった月の

 天女もかくや、というお姿を見ることができるとは。万難を排して抜けだしてきたのは、正

 しかったというわけだ」

  友雅さんは、それは見事に非の打ち所のない感じでにっこりして、私をながめている。

  私は何を言われてるのか、わからなくて、一瞬ぼけっとして、自分の格好に視線を落とし

 た、その瞬間、

 「……え? え、あ、きゃあぁぁぁっ!!!!! うそっ! やだっ! いやぁ! あっち

 向いてくださいっ、いやーんっ!!」


  なんてこと! なんてこと! なんてこと! 

  私ってば、きわどいスケスケ・シースルー・ルックだったんじゃないの!

  む、胸だってモロ見えちゃう恥ずかしい格好だったのよ〜〜〜っ!!!!!

  こ、こ、こんなかっこ見られたら、もうお嫁に行けない〜〜っ!


  あわてて両手を交差させて前をかばって、後ろの几帳に逃げ込もうとしたのに! 

  友雅さんは私の言うことなんか全然聞いてなくって、平気で私の手首をつかんだりするの。

 「どうして逃げるんだい? こんなに美しいものを、雲居に隠してしまうのは、罪というも

 のだよ」

 「なっ、なっ、何を……どこ見てるんですか! いやぁ、友雅さんのエッチ! ばか、ばか、

 ばか! 離してくださいってばっ!」

 「つれないことを、お言いでないよ。これから先、ずっと一緒に過ごしていこうと約束した

 のは昨日のことだというのに、この姫君は、もう忘れたのかな? ならば思い出させてあげ

 ようか」


  私が逃げようとしたって、力で友雅さんにかないっこない。すっかり腕の中に抱きしめら

 れてしまって、真っ赤になって恥じ入るしかなかった。

  こんな裸同然の格好を見られるなんて、もしかして、すごーく恥知らずで、たしなみのな

 いことなんじゃないの? ど、どうしよう。もう死んじゃいたい。

  顔から火が出そうなほどカァーっとなって、情けなくて涙が出そうだ。

  なんとか離れようとしてるのに、もがけばもがくほど友雅さんはぎゅっと力をこめて私を

 抱き込んだ。そうして抱き込まれていれば、とりあえず胸を見られることはない……んだけ

 ど、でも! はおってる薄物なんてめくれちゃいそうだし、抱かれてる背中は直に肌を触ら

 れてるのと変わらないじゃない。

  どきどきしすぎて、心臓がどうにかなりそう。誰か助けて! 


 「そんなにあわてなくても大丈夫。今宵の私は月読だ。月の姫君が月に見られたからといっ

 て、何を恥じ入る必要があるんだい?」

  友雅さんは落ち着き払って、私の耳元でそんなことをささやく。

  私が友雅さんに耳元で何か言われたら力が抜けちゃうって、知っててやってるとしか思え

 ない。

 「かっ、からかわないでください!」

 「からかってなんかいないさ。そう……でも確かにこの雪の柔肌は、他人に見せるのには、

 あまりに罪作りだね。ことに君を恋い慕う哀れな男には。ふふ、私もずいぶん試されている

 気がするよ」

 「だ、だから、そういうこと言わないでって……」


  もうわけがわからなくなって混乱している私の耳元に、友雅さんはいきなり口づけた。

 「逃げないでおくれ。君はこの地にとどまると言ってくれただろう? ずっと私の側に、ね」

  そんなこと言われたら、もうあらがうことなんてできない。だってそれは、その通りだっ

 たから。


 「きょうは私の生まれた日を祝ってくれるんじゃないのかい? そんな話を聞いたら、夜通

 し内裏に詰めてなどいられなかったんだよ」

 「え?」

  びっくりしすぎて反射的に顔を上げたら、目の前に友雅さんの信じられないほど深い色を

 した瞳があって、息が止まりそうになった。

 「……なんで……それ……?」

 「つぼみの藤からたいそうな消息の文をいただいてね……」

 「つぼみの藤って……藤姫? どうして……」

 「数ならぬ現し身の私に、神子殿にさように想われる資格があるかと、それはもう、おかん

 むりのご様子で。大変なお目付役だね。こわいこわい」


  なんで藤姫が、いつのまにっ! それでどうして友雅さんが来ちゃうの? 

  だって結局、私には何もしてあげられることがないのに。

 「友雅さん、だって、こっちではお誕生日をお祝いなんてしないんでしょう?」

 「ということは、やはり君が育ったところでは、大人になっても生まれた日を、お祝いする

 わけだ」

 「!!」


  あー私ってバカだ。簡単に引っかかっちゃう。

 「えっとそれはそうなんですけど、でも私が、友雅さんにあげられる贈り物なんて何もない

 し、準備もできなかったから、困ってて」

 「私が本当に欲しいものはたったひとつだけだよ。それは今、私の腕の中にあるから……」

  自分で自分の顔が見えなくても、真っ赤になってるのがわかった。どうしてこの人は、涼

 しい顔してこんなこと言ってくるの? 


  日が落ちて暑さが引いたと思ったのは間違いだった。体中が心臓になったように、どくん

 どくんと脈を打つのがわかる。

  ううん、暑いんじゃなくて熱い。熱くてヘンになりそうだ。

 「ふふふ、首筋までこんなに赤くなって……。本当に君は可愛いよ」

 「とっ、とっ、ともまさサンっっ!」

 「なんだい、神子殿」

 「私に何かしてほしいことって……ありますか?」

 「そんなにうれしいことを言われたら迷ってしまうな」

  抱きしめられたままの体勢でこういうことを聞くのに、私はなけなしの気力をかき集めて

 るっていうのに、友雅さんって全然平気なんだもん。

  こんなのって不公平だ。

  いつだって私ばっかりどきどきして。


 「姫君の生まれたところでは、どんな風に生まれた日を祝うんだい? 贈り物をして? や

 はり、一献傾けたりするのかな?」

 「ええっ? そ、そうですね……。お祝いを言って……、贈り物したり、ケーキ……っとと、

 お祝いに特別の甘いお菓子をいただいたり……、大人ならお酒で乾杯だってしたりするかな」

 「そう、じゃあちょうどよかったかな」

 「なにがですか?」

  友雅さんは私を左腕で抱きしめたまま、右手を氷水の盥にのばして、さっきから冷やして

 いた青い竹筒を手に取った。

 「これはね、特別なものなんだよ。京を救ってお疲れであろう君に味わっていただきたかっ

 たんだけれどね……」

  友雅さんは、そう言って竹筒の栓を抜くと、ぽん、といい音が響いた。

 「飲んでごらん」

  抱かれたままで竹筒を口にあてがわれて、まるで、あかちゃんみたいで、かなり恥ずかし

 い体勢だけど、好奇心の方が勝ってしまって、素直に手を添えて竹筒を傾けてみた。

 「お、おいしい………!! これ、これなんですか? お酒じゃないですよね」

  それはとろりとなめらかな口当たりのする飲み物で、ふわっと甘酸っぱい、とても懐かし

 いような味がした。ヨーグルトに似てるけど、もっとこくがあって、一口飲んだだけなのに、

 体中にそのかぐわしい味が広がっていくような感じがする。

  私が今まで飲んだことのないものだった。

 「これはね、醍醐というんだ」

 「だいご……」


  ああ! 『醍醐味(だいごみ)』って言葉の元になったっていうものじゃないの? 

  言葉に表現できないくらいのすばらしい味わいだっていう意味だよね。

  うわぁ、感動……。


 「醍醐は五味の中で最高のあじわいを持つものというね。この世にある、あらゆる味の中で

 最高のものであり、諸病を除いて、ひとの心を極楽に遊ぶような気持ちにさせてくれるもの

 …………私にとっての君のような……ね」

 「あ…………」

  ひんやりした醍醐で引いた熱がまた戻ってきて、私はきっとまた真っ赤になってる。

  友雅さんの左腕はずっと私の肩を抱きよせたまま、手のひらは私の左頬にそえられていて、

 なんだか、この体勢って、とってもとってもアブナイんじゃ…………。

 「君から私にこの醍醐を賜ってほしい……お願いだ……私を祝ってくれるんだろう?」

 「……は…い……」

 「うれしいよ、私の……月の姫」


  友雅さんはあの声と視線で、まるで催眠術でもかけるように簡単に私を縛ってしまえるん

 だもの。抵抗なんてできるわけない。もう何を言われてるのか、よくわからなかった。


  友雅さんは、また醍醐の竹筒を私にふくませると、私がそれを飲み込む前に唇を合わせて

 きた。

  私の熱をもった唇に、友雅さんの舌がわけ入ってきて、とろりと甘い口の中の醍醐を分け

 合って………。


  何度もくりかえされる口移しのお祝いは、私をすっかりだめにしてしまう。

  唇から飲みきれない半透明の醍醐が首筋までこぼれると、友雅さんはその先までも舌で、

 なめとっていったのに、私はなされるがままだった。


 「まさに至福の味わいだね。どうにかなってしまいそうだよ」

  友雅さんの声がこれ以上はないくらい近くで響いて、私は醍醐の甘さと、わけあった熱に

 くらくらして、もう何も考えられなかった。


 「君は自分だけがこの恋にとまどってるなんて思っているね。そうじゃないよ。本気の恋に、

 君からすべてを奪ってしまうようなこの情熱に、とまどっているのは、私の方なんだ……」


  もう、とうの昔に醍醐の竹筒は空になってしまったのに、友雅さんは、私を離してくれな

 かった。


  そんな風にお祝いごとをした後に、友雅さんが私にどんなお礼をしたか。

  ふたりで、どんな風にさらなる熱をわけあったかは、誰にもないしょ……。



                   【 終 】



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