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花 霞  ─八人のいとこ─




「ここであってる……のかなぁ。この塀、全然途切れないんだけど……」

 少女は初めて、この町へやって来た。住所と簡単な地図を見たところでは、もう

とっくに目的地に到着しているはずだった。

かれこれ10分近く塀の周囲をひたすら歩いているのだが、まだ目指す屋敷そのも

のが見えない。石のブロックと鉄柵の向こうに見えるのは木々ばかりで、まるで大

きな公園の周りを歩いているようだ。

 公園を歩くつもりなら、もっとふさわしい格好がある。一見、制服かと思われる

ような、濃紺のセーラータイプの大きな衿がついたダブルのブレザーとプリーツス

カートに革靴ではなく、キュロットかミニスカートに短めの丈のかわいいジャケッ

トでもはおって歩きたかった。

 しかし、これから世話になろうという初めて訪問する家に、そんなにくだけた服

装で行くわけにはいかない。

 肩につくかつかないかの長さの、くせのない明るい色の髪を揺らし、少女はあた

りをきょろきょろと見回しながら歩いていた。

「どこから入ればいいの……? だいたい門はどこ?」

 駅から乗ってきたタクシーから途中で降りてしまったのは失敗だったかもしれな

い。そもそも、迎えを寄越すと言われたのを、途中見て回りたいところもあるから

と断ったのが間違いだったのか。

 少女は途方にくれかけた。 



 その時ふわりと春風が吹いて、どこからか桃色の花びらを連れてきた。

「あ、桜があるんだ……」

 立ち止まってきょろきょろと見回すと、突然、頭の上から大声がした。

「おい、そこどけよッ! あぶねーぞ!!」

 かなり高さのある鉄柵の上に、赤みがかった髪を逆立てた見るからにはしっこそ

うな少年がいる。

「あぶないって、あなたの方が……ねえ、落ちたら大変……」

 無意識に、届くわけのない手を差しのべるようにして少女が柵に近付いた。

「いいから、どけってば!」

 少年は大きく叫ぶと、高さ3メートルはあろうかという柵の上から、少女の立つ

道路側へと飛び降りる。

 思わず後ずさった少女の前に、彼はくるりと前方宙返りをして鮮やかに着地した。

 呆気にとられて見ている少女に目もくれず、着地に膝をかがめた姿勢からすいっ

と身を起こして、彼がその場を立ち去ろうとしたところへ、柵の向こう木々の間か

ら声がした。

「イノリ君! どこ行くの? ダメだよ。本邸で待っていなさいって言われたじゃ

ない!」

「やべっ。見つかった」

 反射的に新たな声が聞こえた方を見れば、そこには外国映画のスクリーンから飛

び出してきたような金髪碧眼の美少年がいた。

 少女の目の前に飛び降りていた赤毛の少年は、うんざりた様子で自分が飛び越え

てきた柵を振り返り、金髪少年と目を合わせた。

「オレ、そーいうのめんどくさい。お前らにまかせるよ。どうせその内、いやでも

顔合わすだろ」

 すぐにでも話を切り上げ逃げ出したいのがありありとわかる態度で、赤毛の少年

は言葉を返す。同じ年頃らしい二人の少年は柵を挟んでやりとりを始めた。

「ダメだってば。家族を亡くして、たった一人で、ここへ来て、初めて親戚に会う

んだよ。仲良くしたいじゃない」

「別にオレは、今まで会ったこともない、いとこなんかと無理に仲良しこよしした

かねーよ」

「イノリ君!!」

 金髪少年が両手で目の前をはばむ柵の鉄棒を握りしめ、声を張り上げた。

 
「あの……すいません、ここの家の方ですよね……?」

 場違いなテンポで、少女がおずおずと二人の会話に割って入ると、金髪の少年は

初めて少女の方へ顔を向け、笑顔を見せた。それはさながら天使の微笑みで、少女

は見とれてしまった。こんなに綺麗な外国の男の子を実際に目にするのは初めてだ。

「ええ、そうだけど、何かご用事ですか?」

 少女にとって、これぞ天使のお導き。

「じゃあ橘さん? あぁ、よかった! あの、入口、教えてくださいっ!! 私、今

日からここでお世話になる元宮あかねです!」

 二人の少年は、目を丸くして、迷子の少女を見つめ直した。





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