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 妻帯推進計画 

仲秋 憬




                  <2月15日>



 御堂一哉の二月の行事はバレンタインデーだけでは終わらない。

 むしろその四日後の誕生日こそが本番だった。


 二月になってから日に日に増えてきた郵便物の数が、誕生日の数日前から尋常ではなく

なる。

 あまりの多さに郵便受けに入りきらず、配達時に呼び鈴を鳴らされ、毎回直接受け取る

ほどだ。年賀状でもここまで多くない。半分以上はエアメールだ。

 学園等で恋愛感情がらみで直接プレゼントを渡そうとされれば受け取りを拒否するが、

世界中から次から次へと届く誕生日カードや花までは、一哉もさすがに送り返さない。

 祝いの言葉はありがたく頂戴し、放っておけば枯れてしまう花々は、むぎの世話で冬の

御堂邸のそこかしこを彩ることになる。



「仕事関係は社のアドレスに電子メールでかまわないんだがな……」

 山と届いたお祝いカードの整理を、自室の机でむぎに手伝わせながら一哉がつぶやくと、

彼女はすかさず反論する。

「だってお誕生日ってプライベートなことでしょ? そんなの味気ないし、変じゃない。

こんなにお祝いしてくれる人がいるってことを感謝しなきゃ」

「……プライベートね。意味をわかって言ってるか?」

「あったり前でしょ! バカにしないでよ」  

 ふくれるむぎを鼻で笑い、一哉は届いた封書を開けてカードを一瞬ながめてから、差出

人をチェックし振り分ける。

「これはAだ。……次はD。こっちはCの箱。あとで礼状を送るリストを作らせるから間

違えるなよ」

「あたしが?!」

「俺のプライベートに社の秘書を使うわけにはいかないだろう。だったらお前の他に誰が

いる」

「う……、そっか。わ、わかった」

 納得すれば素直なところは、むぎの長所だ。 

 もくもくと整理を続け、ようやく今日届いたカードに全て目を通し、片付ける。

「三日前でこれじゃ当日なんかすごいだろうね」

「さあな。それほどでもないだろう。片が付いたなら、コーヒー。濃いのを頼む」

「はいはい。人使い荒いんだから」

「はい、は一度でいい」

「はぁーい」



 むぎが立ち上がったところで、扉がノックされて、羽倉麻生がやって来た。

「御堂! 昨日の話、絶対無理だ! あんなことさせられるなら、俺は無条件ですっぽか

すからな!」

「……やかましいぞ、羽倉。落ち着いて話せないのか」

「これが落ち着いていられるか! 無茶苦茶じゃねーか。大体な、この俺が鈴原のちっち、

ちちお……」

「あたしが、どうかしたの?」

「鈴原いたのかよっ!?」

 真横に立っているむぎにようやく気付いた麻生は、途端に顔を赤らめて口ごもる。

「一哉くんがあたしのことで何か言ったの?」

 尚も問うむぎに、麻生ではなく一哉が口を開いた。


「松川さんは、この家の唯一の成人だから証人になってもらわないと困る。一宮は演奏。

残るはお前しかいないだろう」

「だからって、なんで俺が……ぜってーイヤだ!!」

「むぎ、羽倉はお前の家族代わりにはなりたくないそうだ」

 驚いていただけのむぎの表情が一哉の言葉で曇るのを見て、麻生が大声で制止する。

「そうは言ってねーだろ! 誤解するようなこと言うんじゃねーよっ」

「断るなら同じだろう。普段、面倒ばかりかけているくせに、頼み甲斐のない奴だな。…

…仕方ない。学園長にでも……」

「だーっ! わかった! やるよ。やりゃイイんだろう」

「別に嫌々してもらわなくても構わん。こいつの家族になりたい者など、いくらでもいる

からな」

「やらせてもらおーじゃん!」

「最初からそう言え」

 あっさり誘導されたと気付いた時には後の祭り。

 訳のわからない内に、御堂の依頼を断り損ねた麻生は、肩を落として部屋を出て行った。

 残されたむぎが、一哉に尋ねた。

「麻生くん、何を嫌がってたの? あたしのこと?」

「この家のことだ。気にするな」

「そうなの? あたしの家族がどうとか……変じゃなかった?」

「面倒がいやなだけだろう。最後はやると言っていたし問題はないさ。それよりコーヒー」

「あ、うん……今、淹れてくる」

 首を傾げつつ台所へ降りていくむぎの足音を聞きながら、一哉は大きく息を吐いた。

 2月18日まで、あと三日。







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