第9場 6・夢を解く鍵 - 第10場 第11場

ティアーナは叫んでいる自分の声で目を覚ました。最初に目に入ったのは、ひざと腕を折り曲げ、横向きに横たわっている自分自身の姿だった。

(白い鳥じゃない!!夢から覚めたの!?)

跳ね起きようとしたが、体が鉛のように重く動かなかった。彼女はそろそろと体を動かして、ゆっくりと起き上がった。すると頭からボロボロと木屑のようなものが落ちた。何がついていたのだろうと思って頭に手をやると、右手に赤黒い蔓が巻きついているのに気がついた。ティアーナはその蔓を解こうとしたが、蔓は堅く幾重にも巻きついて、彼女の手を離そうとしなかった。彼女は蔓の伸びている先を見た。それは下の方から、自分の載っている黄色っぽいぶよぶよとした膜のようなものを貫き、その下の方から伸びていた。その膜に食い込むようにして、同じような赤黒い枝が無数に絡み合って広がっているのが見えた。

(気味悪いわ……。何かしら、これ?)

ティアーナを包んでいた膜は、起き上がった彼女の肩の高さくらいから上半分が取れてなくなっていた。彼女は膜の外を見回した。黒っぽい霧に包まれた森と、赤黒い枝の奇妙な木、そしてその真ん中にある、緑の花びらに包まれた巨大な一つ目……。

「キャアアア!!」彼女は悲鳴を上げて、両手に顔を伏せた。

「何なの、あれ……、これは夢?まだ夢の中なの?」

声を震わせて彼女はつぶやいた。夢の中の一つ目の化け物がよみがえったのかと思い、恐怖におののいた。そのとき、「ティア……」と小さな呼ぶ声が聞こえ、彼女は声のした方を振り向いた。膜の外にうずくまるような人影があった。

「ユーリ!!」

ティアーナは側にいざり寄り、膜の外を見た。ユリウスが頭を押えながら顔を上げた。頭痛で半分顔を歪め、半分安心したように微笑んだ。

「よかった……、目が覚めたんだね」

「ユーリ!あれは何?これは夢じゃないの?わたし……」

それ以上声が出なかった。もっと聞きたいことがあるのに、息が続かない。ティアーナは苦しそうにあえいだ。息をするのもおっくうなほど力がなかった。

「ティア、これは現実だ。きみはライシャの罠にはまって、この夢食いの木に囚われていたんだよ」

「ライシャ?夢食いの木?」

「夢食いの木はセムの妖魔だ。ライシャは西の森の魔女。きみにはウェルタと名乗っていた」

「ウェルタさん!?」

そのとき、ユリウスは心話で呼びかけてくるマチアスの声を聞いた。

《先生!》

ユリウスはハッとして、そちらの方を見た。マチアスの杖を持つ手がガクガクと揺れている。杖が暴れ出そうとしているのを、必死に抑えているようだった。

「マチアス!」

ユリウスは跳び上がって、マチアスのいる枝に移った。マチアスの前に回ると杖をつかんで、呪文を唱えた。杖は動きを止めたが、ほっとしたのもつかの間、呪縛を解かれた触手が襲いかかり、1本はマチアスの背中をしたたかに打ち、もう1本は二人を枝の上から思い切り払いのけた。不意打ちをくらい、二人は枝の下に落ちた。杖がカッと光り、彼らは光に包まれてゆっくりと着地した。

「マチアス!大丈夫か?」

「はい……」

マチアスは苦しそうに息をした。

「結界の外に出よう」

ユリウスはマチアスを支えながら、急いで結界の外へ行き、木の側に座らせた。

「先生!すみません。あ、あいつが急に目を開いて、動き出したから、つい……」

「いいから、しゃべるな」

苦しそうにあえいでいるマチアスの背中に、ユリウスが両手を当てた。マチアスはウッとうめいて、大きく息を吐き出した。

「まだ痛むか?」

「いえ、大丈夫です」

「よし、おまえはここにいなさい。後はわたしがやる」

ユリウスは杖を手にして立ち上がった。結界の前まで進むとその場に止まり、杖を上下に構えて目を閉じた。呼吸が整うのを待ち、それから張りのある大きな声で呪文を唱えた。

「テンヲ メグルモノヨ!チニ ミチルモノヨ!ワレニ チカラヲ!!」

天に向けられた半球と、地に向けられた全球が星のように輝き、光の流れが起こった。光はユリウスと杖を包み、下から上へ向かって流れ、頭上で四方に球のように広がり落ちて、それがまた集まって下から上へ吹き上がっている。光の流れの中で、彼のマントと髪が、風をはらんだように浮き上がった。

「先生……、すごい……」

見ていたマチアスが驚嘆の面持ちでつぶやいた。ユリウスを取り巻く力場が安定し、光は流れを止め、球の形を保った。ユリウスは目を開いた。何の表情も映さず、ただ力の炎が燃えたぎるだけの瞳をして、彼は跳んだ。放たれた火矢のように、炎のかたまりとなって、妖魔の木に向かって飛んでいった。


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