第2場 6・夢を解く鍵 - 第3場 第4場

邪気――偏りが余りに大きいため、調和をなさず乱れ濁った気――だけを持つ、特異な生き物、それが妖魔だ。病と名のつくものがすべて、邪気で成り立っていることを思えば、妖魔もまた、その場に巣くう病と言えるだろう。その現われ方や形態も病と同じように様々なのだ。ユリウスが以前滅した食人鬼は、飢えた巨大な砂豹が邪気を帯び、突然妖魔に変化したものだった。それに比べ、夢食いの木は普通の木として生育するが、ひとたび動物の夢を食らうと、妖魔に変化する特殊な生物だった。

200年前までは、ユーレシアの地にも妖魔は現われたが、それ以後は大学の努力もあって、妖魔の存在は皆無だった。だから、まだ若いマチアスが、書物や図説でその存在を知っているとはいえ、現実に初めて妖魔の奇怪な姿を目の当たりにして、恐れおののいたのは無理もないことだった。

夢食いの木の赤く染まっていた花は、また緑に戻っていた。まぶたは相変わらず閉じられている。ユリウスはほっとして、青ざめた表情を見せるマチアスに説明した。

「あそこに囚われているのは、わたしの妻だ」

「えっ、奥さまが!?」

「そうだ。あの木はまだ眠っているが、あの2本の触手は起きていて、獲物を守っている。いいか、まずあの触手をわたしが呪縛する。おまえはこの杖を持って、その力を維持してくれ。その間にわたしは妻の夢を解く」

「杖をわたしが!?」

マチアスはごくりとつばを飲み込んだ。大賢者の杖を持ったのは、誓約式のとき一度きりだ。そのときは杖の計り知れない力の重みを受け止めるのに、精一杯だった。そんな自分に、杖を扱うことができるだろうかとマチアスは思った。しかし、ユリウスは軽く微笑んでマチアスを見た。

「大丈夫だ。おまえにはその力がある。ただし、維持するだけだ。おまえにはまだ、杖の力を使いこなすことはできん。あくまでも杖の力を保つ、そのことだけに集中してくれ」

「はい!」マチアスはかすれた声で返事をした。

「思う存分、力を発揮するがいい。では、始めよう。結界の中に入る前に、邪気除けを忘れぬようにな」

ユリウスは木を見上げた。マチアスが緊張してユリウスを見ると、ユリウスはもう一度マチアスを振り返った。

「マチアス、これは14年前、わたしが今のおまえと同じことを望んだ結果だ」

「えっ!?」マチアスは驚きと困惑の表情で聞き返した。

「わたしも14年前、自分の力を知りたいと望み、それを誤った方法で実行してしまった。それが巡り巡って、こんな事態になってしまったのだ。妖魔を放ったのは西の森の魔女だが、大元の原因は14年前のわたしにある。必要以上に力に望みを持てば、必ずその報いが来る。そしてけりは自分自身でつけねばならない。よく覚えておけ」

言い終わるとユリウスは再び木を見据え、杖を握り締め、呪文をつぶやいた。杖の光が大きくなり、彼は光を持ったまま、結界の中に入った。邪気の中でも、杖の光は少しも失われることはなく、ユリウスは半ば杖に引かれるように跳び上がり、妖魔の木の花と対面できる枝の上に乗った。そして、向かってくる2本の蔓を呪縛すると、マチアスを呼んだ。マチアスが同じ枝の上に跳び乗ると、ユリウスは枝をマチアスに持たせた。

「くれぐれも杖を使おうとするな。落ち着いて、維持することだけを考えろ。もし何かあったら、すぐに心話で呼びかけて起こしてくれ。おまえは絶対に手出しするな」

「わかりました」

「杖はこの邪気の中にあって、わたしとおまえと、結界を支えるライシャの力の供給源となる。頼んだぞ」

「はい!」

マチアスは真剣に返事をすると、目を閉じ呪文を唱え、集中した。ユリウスはそっと手を離し、わずかの間様子を見ていたが、「いいぞ、その調子だ」とマチアスにささやくと、その場を離れ、ティアーナを包む膜を支える枝に跳び移った。心なしかティアーナの顔色が悪いように見え、ユリウスははやる気持ちを抑え、深呼吸をすると、先ほどと同じようにして、彼女の夢の中へ沈んでいった。


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