第5場 5・大切なもののために - 第6場 第7場

ウィレムは揺り起こされて、目を覚ました。あたりはまだ暗かったが、東の空がほんの少し白んでいた。

「起きなさい。まだ暗いが早めに出発しよう」

たき火の始末をしながら、ユリウスがウィレムに言った。ウィレムははれたまぶたをこすり、明け方の冷気に身震いしながら起き上がった。火の始末が終わると、ユリウスはデューカに鞍をつけ、綱を解き、たてがみや首筋を丹念に撫でながら話しかけた。

「さあ、デューカ、今日はちょっと重くなるけど、がんばっておくれ。頼むよ」

ユリウスはデューカに少年を乗せ、自分はその後ろに乗った。

「しばらくは街道を行くんだね?」

「はい、街道が南へ向かう所でわき道に入って下さい」

「わかった。じゃ、行くぞ」

ユリウスはデューカを早足で進めた。街道はしばらくの間、林の中を通っていたが、林を抜けると数軒の集落があり、その中で西から南へと向きを変えた。ユリウスたちは街道を外れ、ようやく目覚め出した集落を抜けて、畑の中の道をたどった。ウィレムはよく道を知っていて、途中でわからなくなりそうな小さな農道を右に左に折れながらも、確実に南西に向かって進んでいった。

大きな集落の手前で、野菜や果物をたくさん積んだ荷車が前を行くのを見て、ユリウスはちょうどいいと言って、馬を速めて荷馬車を呼び止めた。荷馬車の農婦は声をかけてきた人物が賢者だと知って、びっくりし、おどおどしながら応対した。

「おいしそうなりんごだね。2,3個分けてくれないか?」

ユリウスがニッコリ笑って言うと、農婦も安心したように笑顔を見せた。

「ええ、どうぞどうぞ、召し上がって下さいな」

ユリウスが金を払い、りんごを受け取っている間、農婦の目は、口元が切れ、腫れ上がった青あざのあるウィレムの顔に向けられた。

「ああ、この子は昨夜、たちの悪い連中にやられてね。わたしが通りがかって助けたんだ」

ユリウスが説明すると、農婦は眉をひそめた。

「あのゴロツキども、また出たんですね。まあ、かわいそうに」

「よくこのあたりに出没するのか?」

「ええ、最近じゃ、皆、夜は出歩かないようにしてるんです」

「しょうがないなあ。すぐ取り締まるように、わたしからバイオン公に伝えておくよ」

「賢者さま、よろしくお願いします」

切望するように手を合わせていう農婦に、ユリウスは笑顔で答え、荷馬車を追い抜いた。

「食べなさい、腹、減ってるだろう?」

りんごをウィレムに渡すと、自分もりんごをかじりながら馬を進めた。やがて、太陽が群雲の上に姿を現わし、彼らを照らした。ユリウスはデューカが疲れないように速度を調節し、休みながら進めていった。ウィレムは道を指示するとき以外は、姉のことを思っているのか、親方のことを思っているのか、ずっと黙り込んだままだった。

ウィレムの言った通り、4時間ほどで西の森に隣接するディンカース村に着いた。ウィレムは集落の中の一つの路地の前で馬を飛び降りると、路地を走っていき、一軒の小さな家の戸を叩いた。すると、中からはたち過ぎぐらいの娘が飛び出してきて、ウィレムを抱きしめた。娘は心配そうに彼の顔に触り、彼が訳を話すと、二人は路地の前で待っていたユリウスの所に来た。ウィレムの姉はユリウスに丁重に礼を言い、頭を下げた。

「いや、なに、わたしもウィレムには世話になったから、礼には及ばない」

姉にそう言ってから、ユリウスはウィレムの方を向いた。

「間に合ってよかったな」

「はい!」ウィレムは顔をほころばせてうなずいた。

「ウィレム、もう家出はやめにしたか?」

ユリウスが聞くと、ウィレムは照れくさそうに、またうなずいた。

「それはよかった。では一つ、わたしの頼みを聞いて欲しいのだが」

「何でしょう?」

「この馬を、デューカを預かって欲しい」

「賢者さまの馬を?」

「わたしの馬じゃない。妻の馬だよ。おまえがバイオンに帰るときは、この馬を使っていい。わたしはバイオンに戻ったら、おまえの所へ引き取りに行くから、それまで預かってくれないか?」

「わかりました。お預かりします」

ウィレムは賢者の頼みを、重大な任務を与えられでもしたかのように、緊張して引き受けた。

「デューカ、ご苦労様。しばらくこの子の所にいておくれ。この子の言うことをよく聞くんだよ」

ユリウスはデューカの鼻面を撫でながら、言い聞かせるようにささやくと、手綱をウィレムに渡した。

「妻が大事にしている馬なんだ。よろしく頼むよ」

「はい、確かに」

「おまえのバイオンの住所は?」

「ロカ通り、スーラ横丁のトマスの工房です」

「わかった。それじゃ、わたしはこれで」

「賢者さま!」

行こうとするユリウスをウィレムは呼び止めた。振り返るユリウスに、ウィレムはおずおずと言い出した。

「もし……、よかったら……、おれも賢者さまに一つお願いしたいことがあるんです」

「何だ?」

「あの……、西の森の魔女から、賢者さまの大切なものを取り戻せたら、それを見せてもらえないでしょうか?」

「ほう」ユリウスは面白そうに目を見張った。

「恐いもの知らずだな、おまえは。力のない者が見たら、目がつぶれるぞ」

「えっ!!」

ウィレムが色を失ってうろたえるのを見て、ユリウスは明るく笑った。

「ハッハッハッ……、冗談だよ。わたしの大切なものはそんな恐ろしいものじゃない。とても優しいものだよ。いいだろう、デューカを引き取りに行くとき、見せてやろう」

「ほんとですか!!」ウィレムは嬉しそうに目を輝かせた。

「ああ、約束するよ。じゃあな」

「賢者さま、お気をつけて!」

ウィレムと彼の姉に見送られて、ユリウスは村の道を森の方へ歩いていった。


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