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ウィレムは揺り起こされて、目を覚ました。あたりはまだ暗かったが、東の空がほんの少し白んでいた。
「起きなさい。まだ暗いが早めに出発しよう」
たき火の始末をしながら、ユリウスがウィレムに言った。ウィレムははれたまぶたをこすり、明け方の冷気に身震いしながら起き上がった。火の始末が終わると、ユリウスはデューカに鞍をつけ、綱を解き、たてがみや首筋を丹念に撫でながら話しかけた。
「さあ、デューカ、今日はちょっと重くなるけど、がんばっておくれ。頼むよ」
ユリウスはデューカに少年を乗せ、自分はその後ろに乗った。
「しばらくは街道を行くんだね?」
「はい、街道が南へ向かう所でわき道に入って下さい」
「わかった。じゃ、行くぞ」
ユリウスはデューカを早足で進めた。街道はしばらくの間、林の中を通っていたが、林を抜けると数軒の集落があり、その中で西から南へと向きを変えた。ユリウスたちは街道を外れ、ようやく目覚め出した集落を抜けて、畑の中の道をたどった。ウィレムはよく道を知っていて、途中でわからなくなりそうな小さな農道を右に左に折れながらも、確実に南西に向かって進んでいった。
大きな集落の手前で、野菜や果物をたくさん積んだ荷車が前を行くのを見て、ユリウスはちょうどいいと言って、馬を速めて荷馬車を呼び止めた。荷馬車の農婦は声をかけてきた人物が賢者だと知って、びっくりし、おどおどしながら応対した。
「おいしそうなりんごだね。2,3個分けてくれないか?」
ユリウスがニッコリ笑って言うと、農婦も安心したように笑顔を見せた。
「ええ、どうぞどうぞ、召し上がって下さいな」
ユリウスが金を払い、りんごを受け取っている間、農婦の目は、口元が切れ、腫れ上がった青あざのあるウィレムの顔に向けられた。
「ああ、この子は昨夜、たちの悪い連中にやられてね。わたしが通りがかって助けたんだ」
ユリウスが説明すると、農婦は眉をひそめた。
「あのゴロツキども、また出たんですね。まあ、かわいそうに」
「よくこのあたりに出没するのか?」
「ええ、最近じゃ、皆、夜は出歩かないようにしてるんです」
「しょうがないなあ。すぐ取り締まるように、わたしからバイオン公に伝えておくよ」
「賢者さま、よろしくお願いします」
切望するように手を合わせていう農婦に、ユリウスは笑顔で答え、荷馬車を追い抜いた。
「食べなさい、腹、減ってるだろう?」
りんごをウィレムに渡すと、自分もりんごをかじりながら馬を進めた。やがて、太陽が群雲の上に姿を現わし、彼らを照らした。ユリウスはデューカが疲れないように速度を調節し、休みながら進めていった。ウィレムは道を指示するとき以外は、姉のことを思っているのか、親方のことを思っているのか、ずっと黙り込んだままだった。
ウィレムの言った通り、4時間ほどで西の森に隣接するディンカース村に着いた。ウィレムは集落の中の一つの路地の前で馬を飛び降りると、路地を走っていき、一軒の小さな家の戸を叩いた。すると、中からはたち過ぎぐらいの娘が飛び出してきて、ウィレムを抱きしめた。娘は心配そうに彼の顔に触り、彼が訳を話すと、二人は路地の前で待っていたユリウスの所に来た。ウィレムの姉はユリウスに丁重に礼を言い、頭を下げた。
「いや、なに、わたしもウィレムには世話になったから、礼には及ばない」
姉にそう言ってから、ユリウスはウィレムの方を向いた。
「間に合ってよかったな」
「はい!」ウィレムは顔をほころばせてうなずいた。
「ウィレム、もう家出はやめにしたか?」
ユリウスが聞くと、ウィレムは照れくさそうに、またうなずいた。
「それはよかった。では一つ、わたしの頼みを聞いて欲しいのだが」
「何でしょう?」
「この馬を、デューカを預かって欲しい」
「賢者さまの馬を?」
「わたしの馬じゃない。妻の馬だよ。おまえがバイオンに帰るときは、この馬を使っていい。わたしはバイオンに戻ったら、おまえの所へ引き取りに行くから、それまで預かってくれないか?」
「わかりました。お預かりします」
ウィレムは賢者の頼みを、重大な任務を与えられでもしたかのように、緊張して引き受けた。
「デューカ、ご苦労様。しばらくこの子の所にいておくれ。この子の言うことをよく聞くんだよ」
ユリウスはデューカの鼻面を撫でながら、言い聞かせるようにささやくと、手綱をウィレムに渡した。
「妻が大事にしている馬なんだ。よろしく頼むよ」
「はい、確かに」
「おまえのバイオンの住所は?」
「ロカ通り、スーラ横丁のトマスの工房です」
「わかった。それじゃ、わたしはこれで」
「賢者さま!」
行こうとするユリウスをウィレムは呼び止めた。振り返るユリウスに、ウィレムはおずおずと言い出した。
「もし……、よかったら……、おれも賢者さまに一つお願いしたいことがあるんです」
「何だ?」
「あの……、西の森の魔女から、賢者さまの大切なものを取り戻せたら、それを見せてもらえないでしょうか?」
「ほう」ユリウスは面白そうに目を見張った。
「恐いもの知らずだな、おまえは。力のない者が見たら、目がつぶれるぞ」
「えっ!!」
ウィレムが色を失ってうろたえるのを見て、ユリウスは明るく笑った。
「ハッハッハッ……、冗談だよ。わたしの大切なものはそんな恐ろしいものじゃない。とても優しいものだよ。いいだろう、デューカを引き取りに行くとき、見せてやろう」
「ほんとですか!!」ウィレムは嬉しそうに目を輝かせた。
「ああ、約束するよ。じゃあな」
「賢者さま、お気をつけて!」
ウィレムと彼の姉に見送られて、ユリウスは村の道を森の方へ歩いていった。
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