第9場 3・誓いの日 - 第10場 第11場

パウルとエリーザ、ユリウスとティアーナ、4人の午餐は打ち解けて、和やかに進んだ。パウルとユリウスは相変わらず、平然ときついことを言い合っていた。戸惑うティアーナにエリーザが笑いながら説明した。

「ティアーナ、放っておいていいのよ。この二人いつもこうなの。わざと悪い口のきき方をして、楽しんでいるんですから」

パウルが横から口出しした。

「わざとじゃないよ、エリーザ。本音を言い合ってると言って欲しいね。まっ、それだけ仲がいいということさ」

「フン、仲がいいのは、おまえの都合のいい時だけだろう」

ユリウスが鼻で笑ってまぜ返した。

でもほんとに仲がいいんだわ――確かに口は悪くても、楽しそうな二人の態度で、ティアーナにもそれはわかった。金髪に明るい水色の瞳、雄弁で表に立つ人間であるパウルと、黒髪に黒い瞳、寡黙で影のような存在であるユリウス、この何かと対照的な二人が一緒にいると、まるで引かれ合う光と闇のようだとティアーナは思った。

パウルがずっと黙って会話を聞いているだけのティアーナに、話をふった。

「ティアーナ、あなたはわたしとユリウスがどうして友人になったか、知ってる?」

「えっ、ええ、だいたいは」

「へえー、ユリウスがあなたに話したの?どういうふうに?」

大きな声で聞かれて、ティアーナはどぎまぎした。

「どうって……、子供の頃の話をしてもらった時に……」

パウルは声を上げて笑った。

「子供の頃の話だって?ハッハッハッ……、これは愉快。こいつが自分から話すとはね。こりゃ本物だ!」

ティアーナは何と言っていいかわからず、下を向いた。

「こいつはね、めったに自分のことなんて話さないやつなんだよ。わたしだって、こいつの口から聞いたことはないんだから。黙っていて済むことなら、黙ったままで済ませてしまう。口をきいたって減るものじゃないのに、口は閉ざしていた方が得と、こいつは思っているみたいでね。その貝の口をやすやすと開かせるとは、あなたはすごいな、さすがだ」

「すごくなんかないです」ティアーナは一生懸命反論した。

「ユーリは話しかければちゃんと答えてくれるし、聞けば話してくれます。それはわたしじゃなくても、誰にでもそうだと思います」

「それは話の内容によるんだよ、ティアーナ。確かに彼は無口ではない。よく話す時もある。でもそれはおしゃべりじゃない。ただ説明好きなだけだ」

パウルはおどけた表情で、ティアーナに言い含めた。

「誰が説明好きなんだ、パウル」ユリウスが口を挟んだ。

「おまえがだよ」

「大きなお世話だ」

パウルはニヤッと笑って話を続けた。

「わたしは友人としてこいつの将来を考えて、以前から結婚しろと忠告してきた。だが、こいつはわたしの忠告に、決して耳を貸そうとはしなかった。気がない、興味がないと言ってね。だからこいつの結婚話を聞いて、正直言って驚いた。喜ぶより先にね。あなたはこの男にいったいどんな魔法をかけたんです?」

「魔法なんてかけてませんわ。わたしたち、そんなんじゃないんです」

「どういうこと?」

「………」

困惑してうつむいているティアーナを見て、パウルはただ照れてうつむいているだけではないことを察して、追求するのをやめた。

「どういう事情があるにせよ、動かしがたい事実がここに二つある。一つはあなたが今確かにユリウスの妻だということ。そしてもう一つは」

パウルは言葉を切ってティアーナを見つめた。何を言い出すのだろうと思ってティアーナがパウルを見ると、パウルはニッコリ笑って言った。

「大学の老師たちをも凌ぐであろう力の持ち主と恐れられている、名高い賢者ユリウス・アルクルトその人を、ユーリと愛称で遠慮なく呼んでいるのは、あなた一人だけだということ」

ティアーナは恥ずかしさでまた顔を赤くした。

「わっ、わたしはただ……」

後の言葉は続かなかった。ユリウスが見かねて助け船を出した。

「ティア、こいつの言うことなんて、真に受けなくていいんだからね」

「そうよ、ティアーナ。パウル、ティアーナを困らせないで」エリーザも加勢した。

「事実を言ったまでだよ」パウルは澄まして言った。

「あなたは言い過ぎなのよ、いつも。黙っていれば、ハンサムで立派な公爵さまなのに、ひとたび口を開くとこれですもの。そのねじ曲がったお口、どうにかなりませんこと?」

エリーザにやり込められているパウルを見て、クックッとユリウスが笑い出した。自分の意見が認められなかったパウルは仕方なさそうに肩をすくめた。その時、食事はあらかた終わった頃と見計らって、侍女がミカエルを連れて入ってきた。ミカエルは母親に飛びつき、まとわりついた。エリーザはやさしく子供の頭を撫でた。

「いい子にしてた?あ、そうだ、ティアーナに遊んでもらいなさいな、ミカエル。ねえ、ティアーナ、いいかしら?」

「ええ、いいですわ!」

ティアーナは天の助けとばかりに嬉しそうに席を立ち、ミカエルを連れてテラスへ出て行った。ミカエルに話しかけるティアーナの明るい声が次第に遠くなり、やがて聞こえなくなった。

「おやおや、小鳥を逃してしまったね。まだ話したいことがあったのに」

パウルは残念そうにエリーザに言った。

「あなたがあんまりかまうからよ」エリーザがあきれて答えると、「ああいう正直な人を見ると、ついかまいたくなるんだよ」と言い訳がましくつぶやいて、パウルは黙って事の成り行きを眺めていたユリウスを見た。

「おまえもわたしがかまいたくなるタイプの人間だよな」

「ほんとに、何とかして欲しいね、おまえのその性格」

ユリウスは白けた表情で言い返したが、パウルはニヤニヤしながらユリウスを見ているだけだった。

「しかし、彼女はなかなか面白い女性だね。すぐ赤くなるけど」

しばらくして、またパウルがユリウスに話しかけた。

「面白い?」

パウルはティアーナの出て行った明るい外の方を、目を細めて見ていた。

「パッと見た目には、おまえが前に言っていたとおり、ごく普通の女だよ。会見に列席してた連中も、期待はずれだったんじゃないかな。だが、彼女の良さは面と向かって話してみないとわからない。あの会見の場でそれがわかったのは、きっとわたし一人だね」

「わたくしも数に入れていただきたいわ。もっとも、わかったのはあなたより先ですけど」

エリーザが我が意を得たりという顔をしてパウルに言った。パウルとエリーザは顔を見合わせて微笑み合った。

「おまえは?数に入れる?」パウルはユリウスに水を向けた。

「好きにしてくれ」ユリウスは気のない返事をした。

「そっけないね、おまえは」

つまらなそうに言って、パウルは立ち上がり、エリーザの側へ行った。

「もう少し彼女の良さがわかりたいのですが、話をしてきてよろしいですかな?奥さま」

「あまり、いじめないでね、わたくしのお友達なんですから」

「はいはい。ユリウス、奥方をちょっとお借りしますよ」

「どうぞ」

パウルはテラスへ出て行った。残された二人はしばらく黙ったままだったが、やがてエリーザがユリウスに話しかけた。

「ねえ、ユリウス、あなたとパウルは見かけも性格も正反対だけど、妙なところが似てるわね」

「どういうところ?」

「身近な人への愛情表現が苦手なところよ。パウルは言い過ぎであなたは言わなさ過ぎなの。あなたがた殿方同士のお付き合いは、それでいいかもしれないけど」

エリーザはユリウスをじっと見た。

「お気をつけあそばせ。女はそれじゃ済みませんことよ」

エリーザはピシャリと言った。一瞬、ユリウスの頭の中を、今朝のばら色の頬をしたティアーナの姿がよぎった。

「あなたはどうなんです、エリーザ?」

「わたくし?わたくしはもう、パウルとは長い付き合いですもの。子供の頃からので、誰があんな人と結婚するものですかと思った時期もあったけど、結局、パウルもわたくしもお互いが必要だった。それがわかったから歩み寄れたのね、きっと」

エリーザは艶然と笑った。

「愛情表現か……、一番難しい課題だな」ユリウスは視線を落としてつぶやいた。

「賢者であるあなたにも、苦手なことはあるのね、ユリウス。確かに、誰だって自分の想いを、正直に相手に伝えることがうまくできない時はあるわ。でも、やってできないことはないのよ、そうでしょう?」

エリーザは少しきつい表情になって、ユリウスを問い詰めた。

「そうですね……」

ため息とともにユリウスは言い、後の言葉は心の中でつぶやいた。

(問題は自分の想いの方か……)

「ユリウス?」

「いえ、努力してみますよ、わたしなりにね……」

どこか頼りない様子のままでいるユリウスに、エリーザは気遣わしげに念押しした。

「そうなさって、ティアーナのために、お願いよ」


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