72. 瑕疵(かし)担保特約の効用 (2000/8/10)


戻る前回次回

私は自分が国粋主義者だと思っており、それを誇りにしているのであるが、たまに方向性から外れたことを言いたくなることもある。

■特殊な契約により損をしない新生銀行

瑕疵(かし)担保特約と呼ばれるものが騒がれている。旧長銀つまり新生銀行が、リップルウッドなどのグループに売り払われたときに、売るからには旧長銀の価値を保証しなければならないとの理由でつけられた契約のことである。どんなものかというと、旧長銀の持っていた不良債権を、ある条件が満たされたときに国が補填してやるというものであるらしい。その条件というのが極めて緩く、新生銀行の経営者がその気になれば次々と不良債権を我々の税金で処理できる仕組みになっているらしい。

つまり、新生銀行は税金によって利益が出ていると言っても良いのである。

しかも最近になって、そんな新生銀行の利益の中から、身内のコンサルタントに対して 57億円だかの報酬を払っていた、という報道があった。現在の世論は、なぜ国はリップルウッドに対してここまで恵まれた条件を提示する必要があったのか、そして国から報酬つきで助言を求められたメリルリンチだかなんだか忘れたが外資系のコンサルタントはなぜこのような馬鹿げた契約に反対しなかったか、と怒りで沸いているようである。

多少冷静な論調に目を向けてみると、日本の法律上仕方が無かったのではないか、と述べている人もいる。つまりどういうことかというと、このような不良債権を持った企業をどこかに売却する際には、売却元は全額ではなく確か 85%くらいまでなら補填する、という条件にすることが国際的に常識となっているようなのである。ところが日本の法律ではこのような契約が成り立たないらしいので、急いでいたこともあって仕方なく全額補填という甘い契約になってしまったということらしい。

私も最初は国粋主義者としてなんとなく腹が立っていたのであるが、そのうちある意図が見えてきた。これは日本再生のためのショック療法なのではないか。

■民間銀行の企みが停滞を生んだ

不良債権を抱えた銀行をうまく機能させるために、兆単位の税金が銀行に投入されたのだが、結局のところこれだけの金を出したにも関わらず一向に銀行が機能を回復させたわけではない。銀行は、沢山金を貸している企業に対して、回収の見込みがないにも関わらず、損失を確定するのを先延ばしにするために放っておいている。逆に、回収の見込みがそこそこあるのだが債権の額が小さいような中小企業から金を引き上げてきたのは、それだけ確定損失が少ないからである。確定損失の大きい企業に対しては、これから銀行が国からもらった金を運用して儲けてから損失を確定させれば良い、と考えているのであろう。

そうなると、既に死んでいるといってよい巨大なゾンビ企業がこれからもしばらくずっと生き延びさせられることになる。そんな企業は、競争過多や時代にそぐわないなどの理由で、そもそも生かされたところで社会にあまり貢献しないどころか、生かさせるために公共事業を割り当てられて税金を浪費したり、社員の士気と給料が上がらないままダラダラと無駄な雇用が維持されるのである。それならいっそ潰してしまい、新しい産業に雇用を吸収させるべきである。ところが、無駄な公共事業などに金を使うため、新しい産業の創出を怠ってきた日本に、いまさら新しい雇用をどれだけ作れるというのだろうか。

■日本経済の強引な外科手術

そんな停滞した状況を打破するのに良い方法がある。しかも一粒で二度おいしい素晴らしい方法である。それが、旧長銀などのような不良債権を山と抱えているような企業を外資に買収させることではないだろうか。外資は当然、不良債権を抱えているような銀行なんて、1ドルたりとも払ってまで入手したいとは思わないだろう。銀行は中央銀行から金を借りて、その金で各企業に金を貸しているのだから、不良債権の多い銀行というのはつまり借金の多い銀行ということである。まあ 1ドルくらいだったら私が買ってすぐに潰しておしまいなのだが…。

不良債権を抱えた銀行を外資に買収させ、不良債権により損をする分は税金で全額補填してやる。よく報道されているように、この方式だと、債務を持っている企業を潰せば潰すほど儲かるらしい。儲かるというのが私には理解できないのだが、確か潰した企業を安値で買い叩くから儲かるらしい。それなら外資に安い値段で買わせるのではなく、同じ日本企業が彼らを買えば良いではないか。結局のところ、一度倒産した企業を利用するだけの力量が日本の企業にないからこそ、外資が買い叩くのではないだろうか。

ともかく、本来銀行というものは、金を貸した先の企業がうまく返済してくれることによって利益を得るのであるが、彼らは「仕方が無かった」という姿勢を演出することにより、金を回収できなくても損失を日本という国から補填してもらえるのである。そうなると、いつまでも不良債権を持っておく必要は無い。銀行には自己資本比率と呼ばれる国際的な競争基準があるので、不良債権はさっさと償却したほうが国際的な業務を行う上で有利に決まっている。そこで、彼らは次々と日本のゾンビ企業を倒していくのだろう。

■巧妙にごまかす官僚

この状況の巧妙なところは、非難の矛先をある程度外資に向けることができる点である。本来ならば、このような甘い条件をつけて売り払った国が悪いのである。ところが、現在の状況ならば、国は「まさかあそこまで外資が冷淡だとは思わなかった」と表明することで、自身の責任をごまかすことができるのである。

そこまでしてまで国が行いたかったのは、ゾンビ企業の整理に他ならないのではないだろうか。国は、新生銀に引きずられて税金を出すしかない…、出すしかないように見せかけて、実はこれも当初の目論見どおりなのではないだろうか。国は金を新生銀に支払いつづけるしかないように見えるが、そもそも銀行が日銀から金を借りて金貸しをやっているのだから、帳簿上は単なる数字の操作に過ぎないのではないか。

そもそも最初の金融再生のための方策は、銀行に兆単位の金を出してもほとんど意味がなかったのである。ところが、これから新生銀行に支払われる額が仮に兆単位になったとしても、その効果は確実に現れることが保証できるのだ。これまでにいくつかのゾンビ企業が倒産したことから、既に効果は実証済みだと言えよう。銀行に金をばら撒いて銀行任せにしたところで意味がなかった。恐らく官僚はいまごろ、銀行なんていう民間企業に金融再生を任せたところで意味が無いんだから、結局はうちらが直接手を下さなければダメだ、と思っているに違いない。

気の毒なのはむしろリップルウッドの方なのではないか。彼らがコンサルタントに対して 57億円もの報酬を払っていた、という記事は、ひょっとしたら日本の官僚が仕掛けたイメージ工作の可能性もある。外資は日本人の恨みの的になるのだ。こうしてまた日本は、官僚に統制された経済による成長を目指すことになるのではないか。

■日本の銀行が一番悪い

いかにリップルウッドの経営者や株主が儲けようとも、その額は比較的知れているのではないだろうか。我々はここ最近の税金投入により金銭感覚が若干麻痺しているが、少なくともリップルウッドが三年で数千億円も儲けることはないだろう。世論は、無責任な国と冷淡なリップルウッドに怒りを向けるかもしれないが、何よりも狡猾なのは日本の銀行なのである。

日本の銀行は、自らの経営責任の上で多額の不良債権を抱えてしまったにも関わらず、金融の正常化が景気回復には欠かせないということを掲げて、大量の税金を獲得することに成功した。彼らが不良債権を抱えたのは、一般にも言われるように、有り余る金をどこに投資するか、当時の日本人の誰もが悩んだ末に行き着いた土地という投機商品をバブル化したことによると言っても良いだろう。しかし銀行は今に至るまで経営者にロクに責任を取らせていないし、行員の削減も微々たるものである。一般の企業であれば猛烈なリストラが行われて全ての経営陣が入れ替わってもおかしくなかったのである。

しかし銀行はほとんど現状維持のまま生き残りつづけた。彼らはこう主張する。銀行は一般の企業とは違う。日本の経済を立ち行かせるための特別な企業なのだ。我々は真っ先に力強く立ち直るべきだ。でなければ他の企業が立ち直るはずがない。現に日本興業銀行の行員たちは、自分たちが日本を産業国家として大成させたと信じているようである。私は彼らを積極的に否定する気はない。銀行が興国の礎となったことは確かであるからだ。しかし残念ながら、復国の導き手となるには身勝手が過ぎたと判断せざるをえない。

彼らは、自分たちが特殊な企業だという自負はあるのだが、都合のよい時だけ「自分たちは民間企業だから儲けなければ存続できない」と言い、国が彼らに託した金を臆面もなく運用にまわしている。興国の御旗は納屋でホコリをかぶったままなのだろう。

*

新生銀行が一つ企業を潰すと、当然他の銀行もその企業に金を貸しているので、他の銀行の持っている債権もパーになる。当然それらの債権は元々不良債権なので、他の銀行は損害が確定するだけというか、実質的な損害を隠すために追い貸しをして損害を増やすことも無くなるので、日本という国全体からすればむしろ得なのである。あまり確定しすぎると、他の有望企業に貸し付けたり運用したりする金が無くなるので、当然経営は厳しくなる。それでいくつかの銀行が潰れてくれるとさらにいい。

銀行が減ってきたら、トヨタやイトーヨーカ堂などの金のある企業グループが銀行業に本格進出すればよいだけのことである。または、いっそイギリスの金融ビッグバンのように外資に競争させれば良いのである。


戻る前回次回
gomi@din.or.jp