矢乃波波木神
ヤノハハキノカミ
別称:波比岐神(ハヒキノカミ)性別:系譜:大年神の子神格:箒神、産神、屋敷神神社:伊勢神宮・内宮
 矢乃波波木神は、民間信仰では箒神として知られる神である。箒とは、いうまでもなくゴミを掃くときに使うあのほうきのことで、竈神と同様に非常に身近な家の神であり、ごく日常的な道具から発した神さまだ。日本では、どんなものにも神さまが宿ると考えられてきたから、箒に神が宿っても不思議はない。しかし、我々の感覚からすれば、箒というのは非常に便利だがありふれた道具であって、それ自体にことさら神秘性は感じられない。これは、電気掃除機に慣れてしまったせいだろうか。
 とにかく、ありふれた掃除用具から発生した神が、人々に広く信仰されているのはなぜか。それも人間の生と死、とくに出産という重要な場面に関わってくるのだ。その理由には諸説あるが、一般的には女性の産むという機能と深く関係していると考えられている。つまり、「掃く」の名詞形はハハキで、その音は「母木」に通じる。そこからハハキ=生命を産む木と考えられ、お産のときに妊婦と赤ん坊を守護してくれる神として信仰されるようになった。ゴミを掃き出し掃除する力は、容易に胎児を外に掃き出す(安産)呪力、あるいは穢れを払う呪力を連想させる。
 また、ゴミを掃き寄せるという行為が、俗信では霊魂をかき集める機能とされることによって、箒は不思議な力を持つ呪物となり、いろいろな呪い行為に使われることも多い。箒で妊婦の腹を撫でて安産を願ったり、座敷箒を逆さに立て、手ぬぐいをかぶせて長居の客を早く掃き出したいと願う、といったことも呪的行為の一種である。さらに、福をかき集めるというような連想から、家に繁栄をもたらす福神的な性格も備えるようになった。

 矢乃波波木神は、天照大神が静まる伊勢神宮の内宮に祀られている。その役割は、天照大神の坐ます宮の建つ敷地を守護するというものである。古来、朝廷において伊勢の宮地の神霊として崇め奉ったとされており、本来、屋敷神、土地神の性格を持つ神だったことがうかがえる。
 土地の神という性格から矢乃波波木神の原像をたどっていくと、そのもともとの姿として産土神が見えてくる。ただし、矢乃波波木神=箒神が産土神と同じかというと、そう単純なものではなく、産土神の機能の中でとくに生命を生み出す力の部分が独立して信仰されたのが産神で、それと箒の掃き出す力とが結びつくことによって箒神という神霊が発生したと考えた方がより正確だろう。なお、矢乃波波木神と同じように箒神として信仰されている神に、高忍日売命(タカオシヒメノミコト・愛媛県伊予郡松前町の高忍日売命神社祭神)神功皇后(神戸市灘区大和町の徳井神社祭神)がいる。