親愛なる魔物様へ





  【7】




「オリベラは、炎を使うのが得意な、優秀な魔法使いだったんだ」

 ずっと泣きつづけていた魔物は、落ち着いてくるとぽつりとそう呟いた。

「自信家でさ、でもちゃんと実力があった。顔もすっごい僕好みだったし、あっちも良くてさ、僕の一目惚れみたいなもんで使い魔になったんだよ……」

 どれだけ優秀な魔法使いといえど、けれど老いには適わない。だからこそオリベラもまた、他の魔法使いのように不死の研究をしていた。だが不幸な事に、研究の途中で彼は体を壊し、一番手っ取り早い方法である剣に魂を移す程度の術に頼るしかなかったのだ。
 魔物は、契約の解除を拒否し、剣に取り込まれる魔法使いを追った。そうして、術の発動に半端に巻き込まれた魔物は、半端に剣に取り込まれた。

「剣に取り込まれた後さ、オリベラの意識が殆ど感じられなかったんだ。急いで行った術だから失敗したのかもしれないって、それが哀しくてさ。哀しくて哀しくて、誰にも見つからないところに行って、ずっと泣いて剣を抱いてた。多分僕は、そのまま眠りについて、自分で全部忘れたのかもしれない」

 記憶を取り戻した途端、哀しそうに剣を抱き締めたままの魔物を、ファルスはずっと見ていた。
 そうして、一つの決心をファルスは固めていた。







「俺、村を出て冒険者になりたいんだ」

 言った途端、ファルスの予想に反して、両親は笑顔で応えてくれた。

「行っておいで。後のことは心配しなくていいよ」

 しかも両親は、ファルスの旅の準備の為にと既に用意されたものを次々と出してきて、ファルスは気が抜けるを通りこして呆気に取られるしかなかった。
 どうやら、リーンや他の自警団の若者達から、最近ファルスが冒険者になることを決めたらしく、いろいろ影でがんばっているらしいと聞いていたようだった。更にいえば、魔物のおかげで体中に痣を作っていたのさえ、両親は、影で必死に自己特訓している証拠だと思ったらしい。
 お陰で、言い出すまで決心に決心を重ねたファルスの意気込みは空回りしただけで、驚く程とんとん拍子で村を出て行くという話は進んでいった。

 そうして、村を出て行く日、ファルスは両親に見送られて家を出た後、村を出てすぐの道の上にいた。

「なんだ、気合入れてた割りには随分と腑抜けてるじゃないか」

 村を出て行くと決まってから、調子を取り戻したように元気になった魔物は、ファルスの後ろをついてのんびりと歩いていた。
 魔剣はまた布でぐるぐる巻きにしてファルスが背に担いでいるが、実は魔剣を魔物が手放したのは、出発が決まってから暫くした、つい、2,3日前の事だ。それまで魔物は魔剣をずっと抱き締めたまま離さないで、ファルスが触るのさえも嫌がったのだ。

「いやまぁ、出て行くべくして出て行くようになったのかなって思ってさ」

 ファルスが言うと、魔物は少し面白そうにファルスの顔を覗き込んできた。

「平凡な俺だったけどさ、魔剣を手に入れた時点で、もう平凡じゃなくなったんだよなって。あの時点で、こうして村出て行くのだってなるべくしてなったというか、決まってたのかなと」

 あれだけ自分を平凡としか思わず、全てを諦めてきたファルスであったが、今回思った事があるのだ。
 何かを成し遂げるのは、もって生まれた特別な物を持っている者。だから平凡な自分では、物語の主人公になれないと思っていた。けれど、魔剣を手に入れるなんて偶然に見舞われたのなら、そこで既に特別を手に入れているのだと。実力は努力でどうにでもなるけれど、運というのはどうにもならない。その運があるのなら、それに掛けなくては男じゃないだろう。全てにおいて平凡な自分だけれど、魔剣を手にいれたのなら、物語の主人公になれるように努力しなくては、成ろうとして努力して挫折した人に申し訳ないじゃないか。
 そう考えたから、ファルスは今から変わる事にしたのだ。平凡な自分を平凡でなくする為に。

「まぁ、僕はどちらにしても、お前が村に篭らないで広いとこに出て行ってくれるならいいよ。何処かには、僕が望むことを知ってる奴がいるかもしれないしね」
「望む事って、何だ?」
「それは、秘密」

 言って妖艶に笑う魔物からは、あの時の泣きじゃくる姿は想像がつかない。魔物らしい赤い瞳は、美しいけれどじっと見つめつづけるにはどこか怖くて、本能的な不安を煽る。
 けれどあの時の魔物は、本当に魔物とは思えないくらいに、純粋な子供のような顔で泣いていたのだ。ただ、好きだった人を失った哀しみを思い出して。
 だからファルスも決心したのだ。この魔物の為に、やれる可能性があるならがんばってみるかと。一世一代の決心だった。
 だが、そんな事を回想しながら歩いていたファルスは、村の農道から街道へ出る森へ入るところで、見知った人物を見かけて足を止めた。

「ファルス、遅いっ。あまりのんびり歩いてると、いつまでたっても首都に着かないぞ」
「リーン、なんでここへ」

 驚いて口を開けるファルスに、リーンは笑ってその頭を小突いた。

「俺はずっと冒険者になるって言ってたろ。お前が行くなら丁度いいしな、俺も思い切って出てきたのさ。それにお前に付いていった方が、何か面白い事が出来そうだからな、魔剣の主殿」

 そういってにやりとするリーンは、確かにファルスの秘密を知る者だから、一緒に行くには都合がいい人物ではある。ある、が……。
 ちらりと伺うように魔物を見れば、魔物は物色するようにリーンの姿を上から下までじっくりと見つめていた。魔物が追い払えとすぐに言い出さない辺りにファルスはほっとするものの、彼がリーンについてどう評価を下すかが重要であった。

「ファルス、こいつお前より体力あるよな」
「そりゃー、俺と違って、リーンはずっと冒険者になる為に鍛えてるからな」
「大ボケマヌケのお前よりは、腕が立つし勉強もしてるよな」
「そりゃー、リーンはその為に勉強してた訳だから」
「ついでにいうと、お前よりは顔もいいよな。女の子とも付き合った事ありそうだし」
「……まぁ確かに俺なんかよりずっとリーンのが女の子にモテたよ」

 ちょっと不貞腐れたように口を尖らせれば、赤い魔物は魔物らしい妖艶な笑みを浮かべてリーンの傍に近づいていく。
 そして、どうする気なのかとハラハラと見守っていたファルスの前で、魔物はリーンの唇に唇を重ねた。

「……って、えぇ?」

 ファルスが驚いて近づくと、ゆっくりと唇を離した魔物を、リーンがじっと見つめている。魔物はファルス以外には見えない……筈なのだが、リーンの目はちゃんと魔物の姿を映していた。

「お前、が、剣の魔物?」

 リーンがそう呟けば、魔物はわざと赤い髪の毛を手でかきあげてリーンに笑いかける。

「そう、僕が魔剣に宿ってる魔物だよ。あの頼りない下僕だけだと足りないからさ、お前がいると丁度いいかなとか思ったんだ」

 言いながらに再び唇を合わせてくる魔物を、リーンは拒まずに魔物を抱き寄せてまで受け入れる。目の前で、魔物とリーンが唾液の音をさせてまで深いキスをしているのを、ファルスは何もいえずに見ているしか出来なかった。


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※次は魔物とリーン+ファルスのH。






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