再会の日、始まりの出会い
『その濁りない青に』0話から1話の間、セイネリアがシーグルと再会する話。



  【8】



 戦闘が始まったのは、2日後の事だった。
 とはいえ最初は砦前の小規模な小競り合い程度のもので、少なくとも傭兵部隊に出番はなかった。戦闘自体もそこまで長くは掛からず、守備部隊が蛮族を追い払って無事終了となる程度で済んだ。だがその夜、近くの森に蛮族達の大部隊が集結しているという報告が入り、翌日、早朝から全部隊に出撃準備の号令が掛かった。

 蛮族達は、それから間もなく襲撃してきた。
 だが戦闘が始まってすぐ、報告にあったよりも敵の数が少なすぎるというのが戦っている兵達の間に広まった。
 その時の敵の撃退自体は楽勝という状況だったのだが、問題は戦闘開始から間もなく、砦の近くにある村が襲われたという報告が入ってきた事で、こちらを襲って来たのはただの足止めだったのと上層部も気が付いた。
 当然、そうなれば現在敵と交戦中の部隊と予備の戦力をいくらか残して、それ以外の兵は村へ向かう事になる。
 セイネリアの団が所属している部隊は、村へ向かう一団の先頭を任されていた。だから当然セイネリアは先頭に近い場所にいたのだが、どうにも彼は最初から面倒事になりそうな……なにか引っかかるものを感じていた。

 斥候の者から時折入る、敵の斥候を見たという報告――彼らはこちらを見つけるとすぐに逃げたという。それにこの部隊の指揮官を任された男が『追わなくていい』という指示を出すのは黙って見ていたものの、蛮族共がそこまでこちらの動きを調べる事だけに熱心というのはおかしいとセイネリアは考える。

 村を襲っているだろう蛮族達にとって、確かにこちらがどこまで近づいているのか把握するのは重要ではある。だが蛮族というのは例え偵察の為の連中であっても、敵を見つけて逃げるというのは珍しいのだ。数で勝てないと判断すれば逃げもするだろうが、偵察隊同士が出会った時はそこで軽く戦闘が起こるというのがいつもの事だ。それが戦闘を避けて逃げるだけ、というなら本当にただこちらの位置を確認したいだけなのだと思える。
 更に言うなら、前にも砦を無視して村が襲われた事は数度あるが、その時にこれだけ頻繁に斥候同士が会ったなんて話は入っていない。村が目的の場合は大抵、強奪するだけしてこちらが来たらすぐ逃げるか村で待ち伏せをするかのどちらかで、どちらになるかはクリュースの部隊が到着した時の蛮族達の状況によってとなる。後者の場合は蛮族共が偵察部隊を出す事はあるが、それは村を制圧しきっていて篭れる状態、つまり戦闘がとっくに終わってそれだけの時間的余裕がある場合だった。

 そう考えればおかしい。今回こちらは、村が襲われてすぐに向かっている、つまり蛮族達がまだ村を制圧しきっている筈はない。砦近くの村はこの時期、守備兵として冒険者を雇っている事が殆どで、更に村を柵で囲っているか堀を作っている筈であるからそこまで瞬時に落とされたとも思えない。少なくとも村にはリパ神官はいる筈だし、村人もちょっとした術で補助程度は出来るから、いくら大群で押しかけられてもある程度は持ちこたえられる筈だった。

――もっとも、向こうに頭のいい奴が現れて、今回はそれが指揮を取っているというならおかしくはない事ばかりだが。

 実際、砦に囮部隊なんてことをするだけでも今回の蛮族は多少頭があると言えた。
 だから突然、頭の回る奴が現れて……なんてことがあってもおかしくない。それなら面白いんだが、とセイネリアは考えたが――。

 それはある意味、期待するほどではないが当たってはいた、というのが正解だった。

 村へ向かう為長く伸びた隊列の中、後方で騒ぎが起こったのはそれから間もなく。
 成程そういう訳かとセイネリアは思ったが、それで動揺する前方部隊が後ろへいこうとしているところで、道を囲む周囲の木から一斉に矢が降ってきた。

「焦るなっ、盾で身を守れっ、魔法部隊はすぐ術をっ」

 すぐそう怒鳴った指揮官の男は少なくとも馬鹿ではなく、それなりに使える男だろう。矢が魔法で防がれ出すとすぐに敵は武器を持って突っ込んできて戦闘が始まる。後方と前方でそれぞれ戦闘が始まり、自然と部隊は二分される。

――蛮族共にしてはなかなか考えた作戦じゃないか。やはりいい『頭』になる人間が現れたか?

 セイネリアは馬から降りた。そしてすぐ、剣を抜いて前を駆け抜けていこうとする蛮族を斬れば、気付いた蛮族達はセイネリアのいる周囲を避けて騎士団兵の者達に向かっていく。ただし、敵が強そうだったらまたすぐ逃げる。魔法や装備の分を考えればクリュース側の兵の方が個としても強いが、蛮族達の方が身軽で逃げ足は速い。こう頻繁に逃げられると倒しきれずらちが明かない、さらに。

――人数も少ないな、こちら側は囮部隊か。

 つまり逃げ回っているのは時間稼ぎという訳だ。蛮族達が弱そうな者ばかりに見えたのも気の所為ではないらしい。
 思った時には、セイネリアは剣を納めてまた馬に乗っていた。

「おい、どこ行くんだ、お前はここの司令官の護衛だろっ」

 エルが追いかけっこをしていた蛮族を諦めて急いでやってくる。

「安心しろ、こっちは雑魚しかいない。俺がいなくてもどうにかなる」
「って言ってもよっ、あんたいなくなったら契約違反になンだろがっ」
「ようはここの指揮官様を守れれば問題ない。だから他の奴らに死ぬ気で指揮官様を守れと言っておけ。ここでちゃんと仕事を果たせれば、俺に恥をかかせた事は忘れてやるとな」

 あの決闘騒ぎの原因、元蛮族の男の剣を隠したのはあの男一人の仕業ではなかった。3人程が結託してやった上、その他の5人もそれ自体は知っていたという事で同罪扱いとした。それを忘れてやるというのだ、それこそ必死でがんばることだろう。

「……ったく、まったお前はお守りを俺に任せやがって」
「ちゃんとお前にはその分の報酬をやるさ。多分、出るだろうしな」

 笑ってそう返せば、エルは驚く。

「おい、どういう意味だよ」

 だがその時には既にセイネリアは馬を走らせていた。







 流石にこの状況は少し不味いな、とシーグルは思っていた。
 シーグルのいた場所は隊列の最後尾近く。いわゆる、旧貴族の直系であるシーグルを守る為に一番安全そうな場所におかれたのだが、蛮族達はわざとそちらを襲って来た、という訳だ。
 流石に最後尾部隊はそれなりの腕の者がいるから戦力にはなるが、シーグルのいる傭兵部隊と組んでいる騎士団側の部隊は典型的な貴族のボンボンに率いられた連中で、砦兵の中でもお荷物扱いではっきりいって足手まといだった。
 一応彼らの名誉の為に言っておくが、隊長付きの2人は護衛として付けられているらしく流石にまだ戦力にはなった。だが、それ以外は逃げ回って戦闘中に余計な敵を連れてくるわ、助けろと大騒ぎするわと、いない方がマシな連中ばかりだった。

 安全な筈――の場所だからこそ、戦わせたくない連中が集められたこの辺りの面子の中、それでもシーグルとその仲間たちがここに置かれていたのはある意味幸運だった。いなければ持たなかったろう、というのはここにいる者の共通認識だった。

「申し訳ありませんシルバスピナ様、そちら側は任せてよろしいでしょうか?」
「謝らなくていい、当然こちらの敵はこちらで受け持つ」

 現在、逃げる者や負傷した者を中央に押し込めて、戦える連中で囲って戦っているという状況だが、この陣形に収まるまでに実は相当の苦労があった。なにせ最初はやたらとシーグルを守らなくてはという連中がやってきて、無駄に怪我をしてマトモな戦力が減るという事があったりと、連携はまったく取れておらず陣形がぐちゃぐちゃで本気で酷い有様だった。
 シーグルがキレて守ろうとする兵の前に出て戦いだし、逃げ惑ってる連中を中央に集めろと言ってそこから最後尾部隊と連携を取り出してどうにかなった――という状態だった。

 シーグルが一瞬だけ前に出て、一度に二人程を斬り倒す。そこから一度引けば敵は押してこようとするが、そこをシャレイが前に出て倒す。シーグルは有り難く一息ついて、それから『盾の』術を唱え直してまた敵に向かう――その繰り返しで、どうにか自分でも自覚のある体力の低さをカバーしてもらっていた。
 蛮族達が狙うのは基本的に装備の良さそうな人間。特に貴族っぽく見える人間を率先して狙ってくる。だからシーグルを狙ってくる者は多く、いくら腕に自信があったとしても仲間に頼らないと持つ訳がないのは分かっていた。

――これで魔法鍛冶製の鎧を着ていたらもっと不味かっただろうな。

 つい最近、シーグルは旧貴族の証である魔法鍛冶の鎧を祖父から引き継いでいた。だが今回の仕事が決まった途端、祖父からも、依頼主である騎士団側からも、魔法鍛冶の鎧は着ない方がいいと言われた。
 大人しく従ったが疑問だったそれは、こういう場合の危険を考慮しての事だったのだろうと今では納得する。

「くそっ、前の連中は何やってんだよっ」

 唐突に、誰かが叫んだ。
 襲われた当初の頃は、すぐに前の連中がこちらに来るから大丈夫だろうと皆思っていた。ところがこちらにやってきた連中は思ったよりも少なく、聞けば前方部隊も攻撃を受けたらしいとの話で、いつまで耐えれば状況が好転するのか予想がつかなくなってしまった。
 とはいえ、見放される訳はない。
 貴族の子息が多いこの辺りの人間を見放したとなれば、他の連中は生き残っても相当の罰が待っている。だから助けは来る筈ではあった。

――それも、貴族という地位に対する甘えだろうか。

 シーグルはふとそう思ったが、貴族の地位でもなんでも利用出来る時は利用すべきだとすぐ思い直した。なにせそれで仲間が助かるのなら自分のちっぽけなプライドなんでどうでもいい事だ。

 敵は絶え間なく襲い掛かってくる。人数だけは向うの方が圧倒的に多いからこちらは気を抜く暇がない。

「シーグル、少し休めっ」

 その声が聞こえたかと思うと、隣にやってきたリューネイに背で後ろに押された。
 大丈夫だと返そうとしたシーグルだったが、自分が肩で息をしているのに気づいて、大人しく一旦下がる。
 座るのは我慢してその場で深呼吸をする。
 情けない、と思っても体力が持たないのは分かっていた。
 無理をするならここではなく、味方が抑えられなくなってからだ。
 だからシーグルは懸命に息を整えようとした。

 だが、皆が皆、目の前の敵に目いっぱいになっている状況で、シーグルは敵の後方――前方の部隊がいるだろう方角で騒ぎが起こっているのに気づいた。

――援軍か?

 やっと助けが来たかと思ったシーグルは、だがそこで信じられない光景を目にする。
 蛮族達の悲鳴が近づくにつれてこちらを包囲していた筈の彼らの輪が崩れ出す。ついにはその方向にいた蛮族達の壁が崩れたかと思うと、その空いた空間に一人の男が姿が現れた。

 セイネリア、セイネリア、と。蛮族達の言葉は分からないが彼らがあの最強の男の名を叫んでいるのは分かった。
 黒い騎士の姿が近づいてくる。それににしたがって蛮族達は左右に散り出す。悲鳴を上げて一目散に逃げだす者さえいる。あまりの蛮族の騒ぎぶりに、戦っていたこちら側の者達さえ呆然とするものが出てくるくらいだった。

 蛮族というのは敵を見て勝手に逃げる事はまずない。
 逃げれば臆病者のレッテルを張られる。そうすればそれだけで部族内で最下層に落とされる。
 どんな不利な状況でも上の撤退命令がない限り逃げる筈はない彼らが――セイネリアの名を叫んでパニックを起こしている。それほど、あの男は恐れられている。

 勿論、勇猛果敢にセイネリアに向かって行く蛮族もいる事はいた。

 だが斬りかかろうとした途端、虫でも追い払うように面倒そうに振った彼の剣の一撃でその蛮族は命を落とし、剣で刺し貫いたままのその死体は彼が剣を振り払った反動で仲間の元へと放り返される。
 全身、つま先から頭まで黒一色で固めた長身の騎士はこちらに近づいてくる。
 蛮族達は凍り付いて彼の為に道を開けるか逃げ惑う事しか出来ない。
 そうして彼は、こちらの陣形の前までくると足を止め、くるりと反転して蛮族達に向き直った。

「さっさと片付けるぞ。お前達もこい」

 声と同時に、黒い騎士の手が上がる。
 最強の騎士セイネリア・クロッセスは、そうして凍り付いている蛮族の群れに向かっていった。



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 あと一話、かな。
 



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