或る朝の話
クリスマス企画。騎士成り立てシーグルのちょっとしたエピソード。





  【3】



 その後は、警備隊の者に彼女を出来るだけ手厚く葬ってやる事を約束させて、シーグルはその場を離れた。
 不思議な事に、つい先程殴り掛かってきた男達は、彼女に祈った後のシーグルに対しては神妙な顔をして深く礼をしてきた。
 離れる時も、周りの見ていた人々もまた警備兵達のように深く礼をしてきて、なんだか居づらくて、シーグルは逃げるように急ぎ足でその場を離れてしまった。
 それでも、気になって去り際にちらと振り返ってみれば、警備隊に運ばれる母の傍で、大人しく彼らについていく少年の姿が見えた。ちゃんと警備隊の兵士達も少年を邪険にせずに、頭を撫でて声を掛けているその様子にシーグルは安堵する。

 人々の目が無くなってから、フードをかぶり直してマントを整え、シーグルは急いでこの地区から出ていく為に軽く走り出した。
 貴族騎士だという事がばらされてしまったのなら、性質のよくない連中に目を付けられる可能性もある。少なくとも厄介事に巻き込まれない内に、この場を早く立ち去ったほうがいいだろう。
 帰りは当然上り坂が多くなるから、走りっぱなしはそれなりに息が弾む。陽が高くなってきたといってもまだ冷たい空気の中、吐き出す息で視界に白い靄が掛かる。とはいえ、それでも程なくして西門から中央へ続く大通りに出てくる事が出来れば、後は事務局へ言って報告さえ済ませば今回の仕事は終わりだった。

 だが、そうして報告を終え、事務局を出てきたところでシーグルは声を掛けられる事になる。




「よぉ、シルバスピナの若様、ちょいっといいかな?」

 腕に自信のありそうな、小柄だががっしりした体つきの冒険者の男。
 身構えたもののその顔には見覚えがあって、シーグルは礼を返した。

「先程は助かりました、ありがとうございます」

 今さっき、西の下区で後ろから殴られそうになった時、その警備隊兵を殴り倒してシーグルを手助けしてくれた男だった。
 男はシーグルの丁寧な礼に照れくさそうに頭を掻くと、言いにくそうに口を開いた。

「んー……実はな、そんな丁寧に礼言われる立場じゃねーんだよ、俺は。……ったく、本当におもしろいな、あんたは。貴族様が俺みたいなのにそんな馬鹿丁寧な言い方するだけでも驚きだ」

 日に焼けた浅黒い肌、この寒い時期に割合薄着の為、小柄でも筋肉に覆われた体格がよく分かる。短く刈られた赤茶色の髪、灰色に近い水色の目は明るく気さくそうで、歳は20代中頃だろうか。
 その男がにかっとした人なつこそうな笑みを浮かべて、シーグルの顔をまっすぐ見る。

「んでなっ、さっき俺があんたを助けたのには実は事情があってさ。その事情についてと……まぁ純粋にあんたと話がしてみたいってのあってな、ちょいっとどっかで一杯つきあわないか? 勿論こっちのおごりでいい」

 シーグルは考える。
 いかにも腕っ節だけで生きてきたという雰囲気の男は、言い方は悪いがあまり頭を使うタイプには見えず、何か企んでいる様子はないとシーグルは判断する。
 それでも考えている様子のシーグルに、男は少しだけ不安そうに眉を寄せて、フォローなのかすごい勢いでしゃべりだした。

「あーいや、そんな警戒しないでくれ。なーんも企んじゃいねぇよ。いやそりゃあんたみたいな綺麗な顔してたら、下心ある連中がいろいろ誘ってきたりして警戒すんのも無理ねーとは思うがさ。……まぁ俺だって、あんたみたいなんだったらそういう意味でおつきあい出来るならそらー嬉しいとこだけどなぁ……あ、いやいや、無理強いとか騙しとか趣味じゃねーし、今回はそういう意味はまったくなしだ。ただ純粋にあんたって人間に興味が湧いたんだ、信じてくれ」

 表情を次々変えて、まるで一人芝居でもしているかのように一人でしゃべっている男を見て、シーグルも軽く破顔する。
 こんな正直な男では、確かによからぬ企みがあるとは思えない。

「分かった」

 言えば男は、本当に満面の笑みを浮かべてシーグルに向けて手を出した。

「グリュー・ノル・ルーだ。仲間はグリューか、言いづらい奴はルーって呼ぶ。好きな方で呼んでくれ」

 シーグルは顔に笑みを残したままその手を握る。

「俺は、シーグルだ」

 言えば男は口をあけて歯を見せた。

「知ってるよ。シルバスピナの若様」







 首都の中でも事務局に近いその一帯は、主に冒険者相手の商売をしている店が軒を並べている。
 ただし、武器やら道具、携帯食などを売っているのは主に道の両側にそって並んでいる露店ばかりで、きちんとした店を構えているのは、宿屋や酒場、後は特殊用途や高級品を扱う店、そして裏通りの怪しげな店ばかりになる。
 グリューがシーグルをつれてきたのは、事務局に近い、冒険者達でにぎわう酒場の一つで、それなりに広い店構えではあるが特にこれといった特徴があるでもない一般的な店だった。
 席につけば、すぐにシーグルくらいの歳の少女が注文を取りにやってきて、グリューは即座に酒を注文した。のだが、少女からその酒の数を聞かれた途端、彼は一瞬考え込んで視線をシーグルに向けた。

「えっと、俺と同じ……って訳にゃいかないか」

 素顔を見ているなら、シーグルが未成年だというのは分かるだろう。それ以前に、シーグルの名を知っているのだから、正確な年齢も知っている可能性は高い。

「俺は水で」

 シーグルが即答で返せば、グリューは笑顔を引き攣らせる。

「あー……うん、仕方ないか。あ、せめてミルクにするか?」
「水でいい」
「じゃ、せめてなんか好きなモン食ってくれ、ってこの店にありそうなモンならだが」
「いや、いらない」

 沈黙が下りる。
 だが、流石にこれは自分が悪いとシーグルには分かっていた。いつもの事で慣れていたというのもあるが。
 気に入らない連中ならば誤解したまま怒らせてもいいのだが、彼は好意で勧めてくれているのだ、ちゃんと説明はしなくてはならない。

「すまない、酒は未成年だし、食事は極端に小食なだけなんだ。好意だけはありがたく受け取っておく、出来れば気にしないで貰いたい」

 グリューはぽかんと口をあけて、シーグルをまじまじ見返す。

「そりゃー腕の割にはほそっこいとは思ってたが……そんな食えないのか?」
「あぁ、食べたい、と滅多に思えない。味云々よりも、食べてるだけで食べるのが嫌になってくる。あんまり無理に食べようとすると吐き気がしてくるくらいに。……だから、俺には気にせずそっちは好きに食べてくれ」
「あ、あぁ……そんなら、まぁ……」

 グリューは気まずそうな顔をしながらも、傍で立って困った様子の少女に注文確定させていい由を告げると、彼女が立ち去ったのを見計らって、少し声を潜めて聞いてきた。

「それで、そこまで食えないってんなら、どうやって体維持してんだ?」
「多少は食べられそうなら食べる。後は……ケルンの実だな」

 気の良さそうな男の顔は、途端に思い切り顰められる。

「あれ、そんなしょっちゅう食ってるのかよ。おまえそれじゃ、食欲以前に舌がおかしくなるぞ」

 非常用携帯食としてはポピュラーなケルンの実だが、味の酷さでも有名で、あれを食べる事態になるなら食事を抜くという者も多い程だ。

「別に。俺にとってはケルンの実の方が薬だと思って食べられる分、気が楽だ」

 シーグルが平然と言えば、男はまだ顔を顰めたまま、少しだけ辛そうにシーグルの顔を見ていた。

「なんていうか……貴族様なのに、苦労してそうだな、あんた」

 シーグルに好意的に話しかけてくる人物は、食事の話をすると大抵同情してくれる。ただシーグルにしてみれば、食事の件とその所為で体力のないこの体はコンプレックスではあるものの、辛い、と思う程ものではない。

「もう慣れている」
「でも、もったいねぇよな。貴族様なんだからさ、本当は、こう、俺らじゃ食えないような美味いモン食う事だって出来るだろうし……そもそも、食うに困るような環境じゃねーのにさ、食えないってのは……」
「今更……」

 そう、今更だ。そんな事で悔し涙を流すのは、幼い頃にやめてしまった。嘆くだけでは何も進まないのだ。細い、体力のない体でも、それを馬鹿に出来ないくらいに強くなればいい。
 それに、こんな状態でもマトモに生きていられるというのが貴族だからというのもシーグルには分かっていた。ケルンの実はそこまで高額という訳ではないが、これだけ常用するにはそれなりの基準以上の暮らしをしていなければ無理だ。

 シーグルがそれきり黙れば場は静まりかえってしまい、目の前の男はどう返せばいいのか困ったように唸る。だが、そんな彼には救世主だったのか、丁度そのタイミングで少女が酒を持ってきて、グリューはほっとした笑顔を浮かべた。

「ま、とりあえずは乾杯だ。そっちは水で申し訳ないが、未成年に勧める訳にゃいかないからなぁ。そんじゃ、おまえさんと俺の出会いを祝して」

 グリューが杯を掲げるのにあわせて、シーグルも水の入ったコップを軽く掲げる。小柄だが筋肉質な男は、その見た目に似合うくらい豪快に杯に口をつけると、ごく、ごくと喉を大きく揺らし、そのまま半分くらいまでは一気に飲み干して気持ち良く息を吐き出しながら杯をテーブルにどん、と置いた。
 呑めないシーグルでも、彼のこんな様子は、いわゆる気持ちいい飲みっぷりという奴なのだろうと思って自然笑みが湧く。

「うん、んじゃあさ、俺があんたの名前知ってる理由とか、なんであそこにいたかとか、その辺話すかな」
「あぁ、そうだな」

 確かにそれを聞く為にここにいるといってもいいのだと思い出して、シーグルは笑みを収める。

「まぁ、その。仕事探しに紹介所行ったらさ、ちょっと提案された訳なんだ――」

 意外なその話に、シーグルは僅かに眉を寄せる。
 つまり――酒を飲みながら少し話が脱線しつつ、話した彼の言葉をまとめるとこうなる。

 グリューは前の仕事で雇い主を殴って信用が落ちたらしく、中々次の仕事にありつけなくて困っていた。
 そんな時、いつも通り紹介所で話をしていたら、事務局員が彼に提案してきたのだという。
 今、シルバスピナ家の子供に西の下区への仕事を紹介したのだが、あんなのがあそこにいけばトラブルに巻き込まれる可能性が高い。だがもし、それを助けたなら、シルバスピナ家から謝礼が貰える筈だ、上手くすればそれで信用を上げる事が出来るかもしれない――と。

「成る程、それで俺をつけてきた、というところか」
「ま、そういう事」

 恐らく、勢いでシーグルにあんな仕事を紹介したものの、あの事務局員は不安になってフォローをしておこうしたのだろうとシーグルは思った。シーグルに何かあった場合、あの事務局員が責められるのは必然だ、それが怖くなったのも無理はない。

「なら、手助けをしてくれた礼を、俺がすればいい訳か」

 話の筋からそういう流れだと思ったシーグルが言えば、途端に男は身を乗り出してシーグルを止めるように手を伸ばす。

「いやいやいや、あんなのわざわざ礼される程のモンじゃないだろっ。基本的にはあんたっ、トラブルはちゃんと自分でどうにかしちまったじゃないか」
「だが――」
「いやいや、いいんだって。俺感動したんだからさっ」
「感動?」

 シーグルが訳が分からず聞き返せば、少し酔いが回って赤くなった顔を涙ぐませてまで、男はシーグルをじっと見つめてくる。

「そうだよ、最初は感心したんだ。貴族の若様がごろつき共を上手くあしらいやがった、やるじゃねーかって。そんでな、その後あんたが、見ず知らずの女の死体の為に出て行って警備隊にくってかかっていった時には感動したんだ。あんたが弔いの祈りをしてやった時なんかさ、俺涙出てきちまったよ」

 言いながら本気で涙を流し出した男を見て、シーグルは困って視線を辺りにさまよわせる。何があったのかと、こちらを見てくる視線が気になって、滅多にうろたえる事がないシーグルは、この時は本気で焦っていた。

「分かった、分かったから泣くのはやめてくれ」

 乗り出した男の体を押して座らせ、シーグルは溜め息をつく。
 男は未だに涙ぐんではいたが、それでも酔った瞳でどこか遠くを見つめながら、今度は静かな声で語りだした。

「まぁなんだ、貴族様ってのにはあんまいいイメージなかったからさ。あんたみたいなのもいるんだなってのが嬉しかったんだよ。それにさ、俺の母親も娼婦で、俺は母親の死に目にも会えなかったからさ、あんたが弔ってやってるの見たら、俺もすごい救われた気がしたんだ。あんた気付いてたか? あそこで見てた連中も皆、すっげぇ感動してたんだぜ」

 男の言葉は嬉しくはあったが、シーグルはそこまで褒められる程高尚な理由で行動した訳でもなかった。だから、こんなに感動されるのは違うと思うし、気分的には気まずく思うのだ。

「俺は――俺も母親を思い出してしまったから、な、だけだ……」

 下を向いて呟けば、グリューはそのシーグルの肩にがっしりと手を置く。
 シーグルが顔を上げれば、人の良さそうな笑顔を浮かべた男の顔があった。

「それ聞いてさ、余計あんたって人間を気に入ったよ俺は。普通そういうのって、かっこつけて言えないもんだろ。すっげー根が正直で素直な人間なんだな、あんた」
「いやっ……」

 正直なのはそちらの方だ、と。
 シーグルは顔を赤くして、思わず男をそう怒鳴りつけようとしてやめた。
 シーグルからすれば、本当は事務局員の依頼でついてきたという事など、言わなくてもいい話をしゃべってしまうこの男の方が正直者ではないかと思う。
 男はシーグルの顔を見て、にこにこと赤ら顔に笑みを浮かべていて、再び気持ち良く喉を鳴らして杯を飲み干すと、歩いている少女に追加の注文をしていた。
 一言でいえば、気のいい冒険者という奴だろう。
 正直で、裏表のない、というか裏が作れないタイプの人間だ。
 貴族間の世界ではあえない、こういうタイプの人間を、好ましいとシーグルは思う。
 だから。

「一つ、提案があるんだが、聞いてくれるか?」

 男は驚いて、だが、話を聞いた後は笑って、そうして二人は握手をした――。





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