最強の剣が迷う時
『7章:憎しみの剣が鈍る時』の中で、熱が出ているのに仕事に出たシーグルを無理矢理傭兵団に連れて来た時のお話



  【2】



 主のお供で馬に乗って堂々と後ろを走る――なんてのはどれくらいぶりだろうか、とフユは考える。
 まず自分の役目として普段は隠れて移動することが多いから、誰かについてなんてこともない訳で、しかもそれが主となれば……もしかしたら初めてかもしれない。なにせフユは基本、ちょっと面倒な仕事を単独で行うのがいつもの事だ。セイネリアが冒険者としての『仕事』に連れていくのは大抵傭兵団内の『腕はあるが評価がイマイチ』な連中で、半分彼らの評価上げのためにセイネリアが付き合ってやっているというのがある。団として本気で傭兵参戦する場合、彼について行くのはエルの役目であるし、どう考えてもこういう表の仕事のお供にフユを連れていくのはない。

――あー……でもまぁこれは表には言えない仕事っスねぇ。

 一応他人の仕事の肩代わり、というのも上級冒険者同士であれば違反にはならない。低レベル冒険者でそれを可とすると貴族のボンボンが金で別冒険者を雇ってポイントを稼いで上級冒険者になる――なんて事が出来てしまうから許可されていないが、上級冒険者であればそこまでして必死にポイントが欲しい訳ではないし、上級冒険者同士の助け合いの手段として許可されているらしい。勿論貰える評価ポイントは半減となるから正直頼む方も殆ど旨味はないが、いわゆる急の事態で仕事のキャンセル手続きまでしていられない時の非常手段として使える。……例えば、今回のように。ただ仕事を肩代わりしてもらうなど不名誉な事であるのは間違いないので、あまり大っぴらにするものでないのは確かだ。
 とはいえ今回は急ぎの仕事の分、数日単位で放置となれば違反となってシーグルのポイントが減るからこれはやむを得ない事ではある。シーグル自身が成果をすんなり受け取ればそれで問題のない話だ。

――まぁ、それをあの坊やが良しとすればの話っスけど。

 彼は別にポイントが欲しくて仕事をしている訳でもないので、ポイント半減自体は気にしないだろうがプライド的に怒るだろうなとは思う。

――それくらいボスが分かってない筈はないと思うスけどね。

 それでも律儀に単身でセイネリア・クロッセスが仕事を肩代わりしてやるなんて……そこまでして『彼の為』に何かしてやりたいのだろうか……と考えるとフユとしては笑えばいいのか頭を抱えればいいのか悩むところだが。
 あの男が本気であの青年に執着しているとして、あの男がどこまでそれを自覚していて、どこまでおかしくなっているのか。それを考えると部下としては気が重くなるのは仕方がない。

 森の中へ入ってから暫くして、セイネリアが馬の足を緩めたからフユもそれに従う。周囲を見渡していた彼はやがて馬を止めて地面へと降りる。当然フユも馬から降りれば、黒い男は馬から荷物を下しながら言って来た。

「馬はこの辺りに置いていく、あとは歩きだ」
「了解っス」

 エレメンサのエサとしてわざわざ差し出すつもりもなければ、それは当然の事だろう。とはいえセイネリアが馬から下した包みを広げて、それが弓だった事にフユは少しばかり首を傾げた。

――まさかエレメンサを弓で落とすつもりじゃない……っスよね?

 視線でそれに気付いたのか、セイネリアが弓を肩にかけてから笑ってこちらを見てくる。

「別にコレでエレメンサを倒すつもりはない。奴をおびき寄せるエサ取り用だ」
「あぁ……なる程」

 言うと彼は矢筒から矢を数本取り出して、それを見て少し考えてからまたこちらを見てきた。

「フユ、神経毒を持ってきてるか?」
「え? あぁはい、あるスけど」
「なら貸せ、生餌じゃないと食わんだろ」
「そうっスね」

 ちなみにフユはエレメンサ退治は初めてで、実を言えばこの手のマトモに冒険者らしい仕事からして初めてだ。化け物退治自体は初めてではないが、狩り、としてやるのは初めてである。
 当然主の狩りの姿を見るのも初めてな訳で――なんとなくだが、彼が少し楽しそうなのも分かってしまった。

――そういやボスは昔、森の樵のトコにいたって話だったスね。

 手際よく狩の準備に取り掛かるセイネリアを見て、そこでフユはやっと今回のコレは彼の気分転換でもあるのだという事に気が付いた。そしてまた、このいつでも冷静で尊大な男が実は今、相当精神的に参っているというのも分かってしまって……感情に乏しいフユでさえため息を吐きたい気分になった。

――ヘタをすっと、俺らの運命もあの坊や次第になるっスかね。

 いつものように冗談めかしてそう心で呟けば、それがシャレにならないのを実感して、フユは背にうそ寒さを感じる事になった。







「どうにか準備が間に合ったな」

 陽(ひ)が傾きかけた空を眺めてセイネリアがいえば、フユが聞いて来た。

「ボス……もしかして俺についてこいっていったのは、道具箱代わりっスか?」

 少し拗ねたような声にも聞こえるが、これは彼の演技だ。フユのお調子者じみた口調も笑顔も、大げさな反応も全て作り物というのは分かっている。

「まぁそれもあるが、お前は足手まといにはならんだろ、不満か?」
「いやいいっス、誰が付いてきてもボスがいれば仕事はないと思うスから」

 フユやカリン等、裏の連中――特に元ボーセリングの犬の連中は、基本様々な薬品や薬草、後はロープや針、予備の投擲用ナイフ等と、いざという時に必要な細かい道具を常に持ち歩いている。だからそれらを自分で用意する代わりにフユについて来いと言ったのは確かなので道具箱扱いも間違いではない。
 ただ彼は能力的に団でもトップクラスであるから、当然戦力としても期待している。勿論、彼の武器や戦闘スタイルからして、期待しているのは主にサポート的な部分ではあるが。

 エレメンサをお引き寄せるためのエサとしてシカを捕獲し、奴の狩場であるアウグスト山麓の森……その中でも木がまばらになっている辺りにそのエサを置いた。神経毒が入っているから殆ど動けず地面でもがいているのは、エレメンサから見れば病気か怪我で弱った個体だとでも見えるだろう。楽に獲物を獲れるこの機会を見逃すとは思えない。

 ドラゴンならともかくエレメンサは臆病なモノも多いから、エサだけ置いてこちらは別々の木の影に隠れる。今回の相方はフユであるから、彼にわざわざ気配を消せなんて指示を出す必要もない、そこは楽だ。
 そこから間もなく、太陽が少しオレンジ色に変わり高い木の下に落ちてくる頃になって、アウグスト山方面を見ていたセイネリアは空を飛ぶ影を見つけた。剣を抜いてフユの方を見れば彼も気付いたようで、手に石を括り付けたロープを持って待っていた。

 空から獲物を物色しているエレメンサは、いきなり獲物にがっつかずに最初は頭上を通り過ぎた。けれど戻ってくると周囲を警戒しているのか2周程上空で旋回し、それから改めて獲物に向かって下りて来た。

――確かに……エレメンサだが、かなりでかいな。

 エレメンサは動けずもがいているだけのシカの傍に下りて近づき、首を伸ばして匂いを嗅いでいる。
 シカがびくりと動けばエレメンサも一瞬首を引くが、それも一度切りで次からは獲物の反応を気にせず匂いを嗅ぐ事を続ける。やがて問題ないと判断したのか、エレメンサがその目の下あたりまで裂ける大きな口を開いてシカの首に噛みついた。
 そこで、セイネリアは走り出す。
 僅かに遅れてフユも木から飛び出したのを視界の端で確認し、セイネリアはエレメンサの反応を見る。
 口に獲物を銜えているだけあって、エレメンサは行動を一瞬躊躇した。その停止して考えた僅かな時間で、セイネリアは十分に化け物に近づけた。勿論、フユも。セイネリアはわざとエレメンサの目に止まるようにその顔に向かって音を立てて走っていたから、後から回り込んだフユの姿はまったく気づかれていない筈だった。
 こちらに攻撃するか、獲物を持ってそのまま逃げるか――迷った末、エレメンサはまず獲物を口に銜えたまま威嚇に羽を広げた。その直後、ロープが宙を舞ってエレメンサの羽に絡まった。

――さすがに、狙いも正確だな。

 ロープを投げたのはフユで、そのロープの両端には重りの石がついている。エレメンサ――ドラゴン族は飛べるぎりぎりの体格を持つ生き物であるから、羽が傷ついたり余計な重量をもっていれば飛べなくなる。特にこのエレメンサは大型だから、ロープだけでも厳しいところに重りの石付きは致命的だ。
 エレメンサは驚いて獲物から口を離して叫んだ。
 そこへすぐにフユの二投目が飛んで、もう片方の羽にもロープが絡まった。こうなればもうこのエレメンサは空に向かって逃げる事は絶対に出来ない。それはエレメンサ自身も分かったようで、戦闘体勢に入ってセイネリアに向けて口を開いた。火を吐くつもりだ。

 セイネリアは盾を構える。どのみち一発は正面から食らうつもりだった。

 対火魔法がこもった盾は、数回使えば終わりの使い捨てなら手軽に手に入る。なにせ鍛冶屋は基本火の神の信徒か神官であるから火耐性の品物は自前で簡単に作れる。勿論長く使えるようなモノになれば高価であるしセイネリアなら買えるモノだが、普段団員を連れていく時は火体制の術を掛けられる者を連れて行くから必要もなく買っていない。
 それにそもそも、セイネリアにとっては例え耐火盾がなくても倒せはする。

 盾の上から火を浴びて、セイネリアは腰を落として盾に体を隠した。待つのは大した時間ではなく、火はすぐに途切れる。そして奴らは連続で火を吹く事は出来ない。つまり火を吐いた直後は火を無視していいという事だ。
 火が途切れたところで一気に立ち上がって走り込む。
 そうして未だに口を開けていた間抜けな化け物の口の中に、持っていた剣を突きさした。
 エレメンサが濁った悲鳴を上げる。
 それから即、セイネリアは剣を抜いて後ろへ下がった。
 喉を貫かれた化け物は、大型だけあって簡単に死にはしない。痛みに暴れて広げた羽と尻尾を振り回してセイネリアに向かってくる。

「フユっ」

 名を呼べば、彼が投げるロープがまた宙を舞い、今度はエレメンサの足に絡まった。
 化け物の体が派手に転ぶ。羽が最大まで広がって周囲の草や藪をなぎ払っていく。ここまでくれば後は死ぬまで放置しておいてもいいのだが、セイネリアはその体の後方に回り込むと、倒れた背中に足を掛けてエレメンサの頭を剣で刺し貫いた。
 既に喉を貫かれていた化け物の悲鳴は小さく、間もなくエレメンサは絶命した。



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セイネリアとフユのやりとりが書きたかったんですが……あまりにもBL要素なさすぎですね。



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