WEB拍手お礼シリーズ29
<シーグル出兵時のお話>








○戦場へいく彼らに○ (1/3)

 シーグルがノウムネズ砦へと出兵する事が決まった後、誰もいない筈の元黒の剣傭兵団内の西館の中は、微妙に賑やかな事になっていた。
 というのも、ここ西館は外から見張っているものにも見えず、秘密の通路を使って入ってこれると言う理由があるという事で――傭兵団から今回の戦いに参加する者達は、首都にきて出発の日までここで待機をする事になったのだった。
「なンかここが騒がしいってのは見慣れなくて違和感ばりばりっスねぇ」
 ヘタに外に出る訳にもいかない為、昼間っから飲んでるものさえいる光景は、かつてここがちゃんと機能していた時期からは考えられないモノだった。
「仕方ないです、他の建物を使うと外に見えますから」
 前の時も西館の住人だったクーア神官の少女にそう言われて、フユは呆れたため息をついた。
「お嬢ちゃんの部屋の掃除は終わったんスかね」
「はい、軽く拭いて埃を払うくらいですから」
「まぁ、ここを出たら当分ゆっくり寝れないっスからね。ちゃんと寝とくんスよ」
「はいっ」
 どうせ彼らがここにいるのも2日程。元々が西館所属でない者達はこの館のあちこちを見て回られると面倒な為、一番広い部屋である食堂に纏めて押し込んである。ただ元からこちらに住んでいたソフィアは、自分の部屋を本人の責任で掃除して使用していい事になっていた。
「まったく、これも全部あの坊やの為だってんスからね」
 ソフィアなどあの青年を助ける為に、男のふりをしてわざわざ傭兵として参加するらしい。
 それでふと、フユは彼女にきいてみた。
「そういやお嬢ちゃんは、ねぇさんとこでいろいろ習ってたっスね」
「はいっ、強くなりたかったので、鍛えて貰いました」
 それで今回、この戦いに出る事を許されたというのなら、相当のところまではもっていったのだろうとフユは思う。カリンはこの少女の事を可愛がってはいるが甘くはない。特に命が掛かるような時には、いくらソフィアが頼んだとしても納得しなければ実践許可を出す筈がなかった。そんな事を考えていたフユの心でも読んだように、少女はクスリと苦笑する。
「……勿論、皆さんの戦力になれる程の力は私にはないです。けど、私ならではの戦い方をカリンさんが考えてくださったので、役には立てると思い……ます」
 そうして少女はそっとこちらの耳に口を近づけてくると、こっそりとその『戦い方』に関して耳打ちしてくれた。
「――成程、考えたもんスね」
 フユが笑った事で少女も笑う。その誇らしげな、嬉しそうな少女の笑みを見てフユは思う。
 フユもカリンも暗殺者として育てられた。だから強くなる為に教えられるものはその為の技しかない。けれどカリンは極力この少女に直接人を殺させたくなかったのだろう。自分と同じ道を歩ませたくなかったという事だ。この娘がクーア神官だった事も幸いしたか。
 だがそう思った後で、フユはこうも考える。
 この娘は我々とは違う、たとえ人を殺す技を教えたとしても――最初から大切な人を想う心があるから、かつての自分たちとは同じにはならないだろう、と。



○戦場へいく彼らに○ (2/3)

 ノウムネズ砦にシーグルが出兵するにあたって、黒の剣傭兵団の者達も数人それに傭兵として参加する事になった。その為、一時的に首都に滞在する場所として、彼らはかつての彼らの根城、傭兵団敷地内の西館にいるのだった。
「クリムゾンさん、何故こっちに?」
 元から西館の住人でない者は皆食堂で寝泊まりする事になっていたのだが、何故かそれに当てはまるクリムゾンは彼らとは違う西館の別の部屋にいた。
「ここは元フユの部屋だ、奴に許可は取ってある」
「……そうですか」
 そう言われれば、元から西館の住人な為自分の部屋を使っているソフィアには反論する言葉はない。
「でも、その、クリムゾンさんはその……いつも、皆から離れているんですね」
「群れたくない」
「けど……今回は同じ仕事をする訳ですし……皆と協力する為にも多少は話とかしておいた方が」
 実は傭兵団の中でも、クリムゾンはラタと組むか単独の仕事が多く、殆ど他の団員と交流がない。だからこそ彼女も遠慮がちにそう言ってみたのだが。
「協力などする気はない」
 そうばっさり切り捨てられて、さすがにソフィアの声にも怒りが入る。
「クリムゾンさんっ」
 とはいえそれに、クリムゾンは表情を変える事もなければ、言った言葉を訂正する事もない。じっと睨みつけるソフィアに向かって当然のようにさらりと答える。
「勿論、こちらに都合がいいなら使ってやる。その剣でも、その命でもな」
「命も、ですか」
「お前もそう思え。仕事はあの貴族の坊やを守る事、重要なのはそれだけだ。その為には仲間も敵も関係なく、利用できるものは使う。あれもこれもと気にしていたら失敗する。今回の優先順位は、あの坊やの命、自分の命、その他の命だ」
 仲間と敵の命を一緒にするのは納得いかないと思っても、クリムゾンの言葉は非情ではあるが当然でもある。そしてソフィアもまた、今回の目的――シーグルを助ける為なら、自分の命を利用されても構わないと思うからこそそれに納得出来てしまう。
 そこでふと、彼女は思いついた言葉を彼に掛けてみた。
「クリムゾンさんは……その、例えば、マスターが目的の為にクリムゾンさんの命を利用しようとしたら……どう、思います?」
 すると、今までずっと表情の変わる事のなかった赤い髪の剣士が、その唇にゆるいカーブを作る。
「あの人が目的の為に俺の命を利用するのは当然だ。俺はあの人の道具だ、この命を必要としてくれるならいつでも差し出す」
 わずかに細めた赤い瞳はまるで陶酔しているようにも見えて、その顔は彼女が見たこともない程嬉しそうに見えた。



○戦場へいく彼らに○ (3/3)

 ノウムネズ砦に出兵する兵士達のパレードを、フユは珍しく相方のレイと共にとある家の屋上から見ていた。
「あ〜せいせいした。これでやっと奴らのメシ係から解放されるというものだな」
 今回傭兵参加する団員達は、一時的にかつての傭兵団の建物内に滞在していたのだが、その間レイは彼らの食事係をしていたのだった。
「そうっスねぇ。俺もこれで暫くは一番重要で一番厄介で一番気を使うお仕事から解放っスね、いやぁせいせいしました。少しのんびりとレイと遊ぶ時間も出きるってものっスね」
 いいながらにっこりと笑うフユに、レイは顔をひきつらせる。
「さぁ〜ってこんなにゆっくり出来るのは久しぶりっスから、どんなプレイをしましょうかね。まずはまたちょっといろいろ仕込みにいってきましょうか」
 だが顔をひきつらせつつも、レイは偉そうに腕を組んでふんぞりかえった。
「ふん、そうして俺がつぶれてる午前中は、必ずシルバスピナの屋敷行って様子見てくるんだろ?」
「……なんのことっスかね」
「ふっふっふー、俺が気づかないと思ってたんだろうが、この腕利き元暗殺者レイ様の目は欺けないぜっ。お前な、あの坊やが地方へ仕事で出てく度に、これからしばらくお休み〜とかいいながら俺をアレしてアレな目にあわせてだな、朝にこっそり抜け出してシルバスピナの屋敷周辺に異変がないか見に行ってたろっ。ついでに夕方も食事の買い出しとかいいつつ見に言ってるだろっ」
「なんでそれがシルバスピナの屋敷だと?」
「だって、お前が行くとこなんてそれしかないだろっ」
「根拠なしで言ってたんスか」
「ふっふっふ、このレイ様には証拠などなくてもすべてお見通しだっ」
 全部予想で決めつけて、それで当たってるんだから大したものというか……さすがレイだとなんだかフユは笑ってしまう。ただシャクではあったので、フユはふんぞりかえるレイの鼻を指で摘んだ。
「いででででっ」
「仕方ないでしょ、なにせあの坊やを守るにはあの坊やの回りから守らないとでスね、無茶して勝手に自分の命を危険に晒してくれるんスから」
「いでーいでっ、ぼぉれざまのうづぐしいはながまがっでしばっだらどうずるんだっ」
「いえいえ、もっと高くなると思うっスよ」
 声を出してまで笑いながらフユも思う。まぁ結局は、自分も変わったという事だ、と。人を大切に思う気持ちなんてのが分かってしまったせいで、あの最強の男がどれだけあの青年を失う事をおそれているかとか、あの青年がどれだけまわりの人間の為に無茶をしてしまうとか、そういうのが分かってしまった。
「さぁってレイ、とりあえず今晩は縛って目隠しってのでどうっスかね?」
 フユはレイの鼻から手を離すと、鼻を押さえて涙目でいる彼ににっこりと笑ってみせた。
「え? えぇぇ? ちょおま……」



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続編8話、ノウムネズ砦にシーグルが出兵する時のお話。

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