真夏の夜の夢





  【前編】




 クリュース王国、首都セニエティ。高台から見るこの街の風景は久しぶりで、セイネリアでさえ思わず目を細めて感慨深くその眺めを見つめる、そして――。

「まったく、随分簡単に来れるものだな」

 嫌味まじりの口調で言えば、言われた女魔法使いは不機嫌そうに腕を組んだ。

「そりゃ私は空間を操る魔法使いだから……って言えればかっこいいんだけど、さすがにこれだけ距離が離れたところへ来るのはギルドのポイントを使わないとならないのよね」

 魔法ギルド所属であっても一応黒の剣傭兵団に在籍しているアリエラは、明らかに不本意だと言うように唇を尖らせた。魔法使いと言えば見た目と実際年齢が違うというのはお約束だが、彼女がまだ見た目通りの年齢である事をセイネリアは知っている。

「ポイントか。ギルドで持ってる特殊な魔法の移動経路みたいなものか」
「そんなとこね。体感だと一瞬で移動しているように感じるけど、実際は元の場所と転送先を繋ぐ異空間の通路みたいなのを構築して移動してきているの。ただ異空間も安全な場所ばかりじゃないし、途中に魔法を妨害するような場所に近いところとかあると、目的地にたどり着く前に放りだされる……なぁんて事が起こる事もあるのよね。だから、あらかじめ異空間に魔法で行き来する為の通路みたいなのが敷いてあって、魔法使いはそれを使えるから遠い所へも一瞬でこれる、と思って貰えればいいわ」
「成程、お前達には一瞬で着く専用道がある訳か。だが、自分で決めた特定の場所にいく事も出来るんだろ?」
「そりゃまぁ、自分で決めた場所へ、通路をあらかじめ作っておく事も勿論可能よ。安全にたどり着けるまでのルートを構築するのに、遠ければ遠い程とんでもなく手間が掛かるけど。まぁでもよっぽど頻繁に通うようなとこでもなきゃ、一番近いギルドのポイントまでいって、そこからその場でルートを作って跳ぶわね。あ、勿論それが出来るのは空間系の魔法使いだけだからっ」

 得意げに胸を張って言うその仕草は、偉そうというよりも子供っぽくみえた。

「ポイントを使わない場合は、クーアの術と同じようなものか」
「えぇ、似たような物ね。重要なのは移動するための安全なルートを構築する力なのよ、だから転送術が使えるクーア神官はセットで千里眼を持ってるでしょ」

 そうしてセイネリアは苦笑する。
 魔法使いというヤツは、自分の魔法について話す時は本当に嬉々として語り出す――特に若いアリエラにはそれが当てはまるらしく、昔から聞けば得意げに演説を始めるのが彼女のお約束であった。
 だからこそ、彼女をギルドに入れている意味があるのだが、とセイネリアは思う。
 セイネリアが黒の剣を手に入れた後、サーフェスとアリエラは剣の秘密を知ってしまった者として、見習いから魔法使いへ格上げされる事になった。サーフェスはその後、別件でギルドから追放処分となったものの、アリエラは普通に今でも魔法ギルドに所属している。彼女が黒の剣傭兵団に所属しているのは彼女自身の希望だからではあるが、ギルド側がこちらに繋がりを作っておきたいという思惑もあって許しているというのもあるのだろう。

――ただ今回は、こちらがそれを利用させてもらうがな。

 今のセイネリアは、正規ルートでこの街に来る訳にはいかなかった。
 アッシセグの方ではサーフェスがセイネリアの留守を誤魔化していてくれるからいいとしても、セニエティでは姿を隠しておく必要があった。だから今、彼は黒一色のフード付きのマントで全身を隠す姿をしているのだが、出発前のアッシセグでは、そのせいでエルやアリエラに散々暑苦しいと言われてきた。ただ、セニエティはアッシセグよりも湿度が高くない分、夏場は日よけに似たような恰好をしている者は少なくなく、そこまで目立つ格好という訳でもないのだが。

「それじゃ私は、導師の塔へ行って交渉してくるから、貴方はせいぜい目立たないように悪巧みの準備をしててちょうだい」
「あぁ、そうするさ」

 嫌味にもセイネリアが笑って返せば、アリエラはまた唇を尖らせて呪文を唱える。程なくして彼女の姿が消えたのを確認すると、セイネリアは再び眼下に広がる街並みを見つめた。

「マスター、とりあえずどうするの?」

 魔法使いがいなくなった事でやっと話しかけられると思ったのか、双子のアルワナ神官が不安そうに見上げてくる。今回首都へ行くとセイネリアが言った途端、二人揃ってついていきたいといい出したのには少しばかり驚いたものの、いればいたで彼らが役に立つ事は分かっている為連れてくる事にした。わざわざ言ってくるからには何か二人が計画している事があるのかもしれないが、問題が起きない限りは放っておくつもりであった。

「久しぶりの首都だからな。俺は顔を出しておくところがある、が……まずはフユと合流だ。お前達はどうする? 歩き回る用がないなら先に団の方にいっているか?」

 言えばあっさりと双子二人は答える。

「うん、僕らは先に団の方にいってるよ」

 首都にいた頃の団の建物は、結局売却する事もせずにそのまま黒の剣傭兵団の名前で残しておいてあった。首都に専用の転送部屋を残しておくのは意味があったし、また帰る事もあり得ると思えたからだ。
 現在、あの場所に常時住んでいる人間はいないが、ごろつきが入れないような結界は施してある為問題はなかった。それに、前から雇っていた掃除の者はそのままなので、彼らの仕事の日にはフユがついて敷地内の点検もしている。つまり、いつでもすぐ使える状態なはずであった。
 とはいえそれだからこそ、屋敷の傍には必ず監視の目があるともいえるのだが、それは首都にいた時からの事でもあるので、いくらでもごまかすための方法はある。

「そうか、ならフユにお前達を連れていくように言っておく。どこか寄りたいところがあるなら、あいつに直接言えばいい」

 双子達は、それに嬉しそうに了承の返事を返す。そうしてすぐに、セイネリアは予めフユと待ち合わせをしていた場所へ向かって歩きだした。







 空ではクーアの月が一番高い位置からもう下り出していて、大通りの街頭の明かりも少し暗くなる時間、人気のない西区の裏通りを抜けた大柄な黒い影は、傭兵団ではかつて西館と呼ばれていた場所へ続く隠し通路から敷地内に入ると、かぶっていたフードを頭から払った。

「この広さで人がいないと、さすがに廃墟のようだな」

 かつて住んでいた場所をみて、セイネリアは口元を皮肉げに歪める。
 そのまま西館の建物の横を通り抜けて、本館を目指す。
 本館にあるセイネリアの部屋は窓が中庭に向けてあるので、明かりがついていたとしても敷地外からは分からない構造になっていた。勿論、住む者達の立場上、西館の方の建物は全てそうではあるが、こちらは建物全体に掛けてある鍵の術を外すのが手間な為今回は使うつもりはなかった。勿論清掃も入っていないから本来は庭も荒れ放題な筈であるが、一応バラ園だけはフユがレイを連れて来て最小限の手入れはしているという事で、ロスクァールが泣く程荒れてはいないようではあった。

「あ、マスターおかえり〜」

 本館の建物に入ってすぐ、そう言ってバタバタと走ってきたレストを見て、セイネリアは僅かに目を細める。

「ラストはどうした?」

 聞けば双子の片割れの弟は、一度セイネリアから数歩離れた位置で止まっていた足を、一歩分だけ前に出して近づいてくる。

「ラストは寝てるよ」
「そうか」

 ひっかかりは感じたものの、セイネリアはそれ以上聞く事はしなかった。
 彼らが使っているのは2Fにある空き部屋の一つの筈で、そこに意識を向ければ確かにラストの気配を感じる、というかセイネリアには見る事が出来た。相手の魔力が見える――これも黒の剣の所為ではあるのだが、便利ではあるのものの、これが魔法使いの能力だというのを考えると少々気分が悪い事もある。

「僕ももう寝るね、おやすみなさい、マスター」
「あぁ」

 レストは言うとすぐに目を擦りながら、ラストがいる部屋に向かっていく。確かに既に子供が起きているような時間ではないから、ラストが寝ている事よりもレストが起きていた事の方が不自然ではある。
 去っていく子供を見ながらも僅かに考えたセイネリアだったが、それでもすぐに考える事を止めて自分の部屋へと足を向けた。
 けれど、目的のかつての執務室の前まできて、中に人の気配を感じたセイネリアは、ドアに手を掛けた時点で驚く事になる。
 まさかという思いと共にそれを開けたセイネリアは、そこに、いる筈がない……けれど一番彼が会いたいと思う人物の姿を見た。

「あぁ、やっと帰ってきたのか、セイネリア」

 銀色の髪、暗い場所で見ると黒っぽく見える程の深い青の瞳の青年が、当たり前のようにそう言って近づいてきた。服装はいつも通りの鎧姿ではなく、割合ラフにブラウスと乗馬用のズボンだけという姿で、それは確かに珍しいものの、本人ではないという程の理由にはならない。
 見間違える筈がなくそれがシーグル本人である事を察したセイネリアは、一瞬の放心の後、注意深く彼のその青い瞳の奥を見つめた。

「用があると呼び出しておいて、どれだけ待たせる気なんだ」

 不機嫌そうに険のある瞳をむけてくるシーグルのその口調には、少しの違和感がある。呼び出した、あるいは彼をここにつれてきたのはラストとレストの企みだろうという確信はあるが、違和感の理由をセイネリアは考えていた。

「悪いな、少しあちこちを回ってきたところだからな」
「呼び出しておいて忘れたのかと思ったぞ」
「俺は記憶力はいい方だぞ」
「そう願いたいな」
「まぁ、ちゃんと帰ってきたんだから怒るな」

 シーグルの口調の違和感というか、何が違うかは大体セイネリアも察しがついてきていた。というよりも、彼のこんな話し方には覚えがあった。

「そういえばシーグル、騎士団の方はどうだ?」

 だからそう聞いてみれば、シーグルは何故そんな事を聞かれたのか分らないという表情で眉を顰める。

「騎士団? ……そうだな、今の騎士団はあまり良い噂を聞かないが、実際のところどうなのかは知らないな。まぁ、どちらにしろ後2年すれば俺も騎士団に入る事になる」
「その前に結婚じゃないのか?」
「かもしれない……もしくは同時か。二十歳になったら祖父の言う通りの相手と結婚する事になっているからな」

 セイネリアは思わず口元を笑みに歪める。本当は声を出して笑ってしまいそうだったのをギリギリで抑える。

「だから、誰とも恋愛はしない。結婚する相手だけを愛する――か?」

 シーグルは明らかに驚いた顔をしてセイネリアを見返した。

「あぁ……お前に言った事があったか?」
「いや、だろうなと思っただけだ。それが……お前らしいからな」

 シーグルはまた、少し驚いたように見つめてきて、それから僅かに安堵したように表情を和らげた。明らかに、結婚の話をしてから妙に緊張を纏っていた彼の肩からその緊張が抜けていくのが分かった。

「実はな、俺はその……それを話したらお前が怒ると思ったんだ。……なにせ夢の中ではお前が怒って……」

 そこまで言い掛けてから、シーグルは顔を顰めて口を閉ざした。
 セイネリアはそれには肩を揺らして笑う。

「怒って、お前を押し倒して犯しでもしたのか、夢の中の俺は」

 シーグルの顔が明らかに赤くなる。

「いやっ、そのっ、すまない、ただの夢だっ。お前の事をそういう事をするような人間と思っていたとかではなく、俺も何故そんな夢を見たのかわからなくて……」

 それでセイネリアには、今ここにシーグルがいるそのカラクリが全部分かった。
 今、目の前にいるシーグルはあの時――セイネリアがシーグルを初めて犯した時からそれ以後の事を夢だと思っている。ラストとレストの能力を考えれば、おそらく彼は今、眠って夢を見ている状態なのだろう。実際の夢の状態を現実と思っているが故に、現実の方を夢だと思い込む――眠っている人間を操る事が出来るあの双子達なら出来ない事ではないと思えた。
 セイネリアは唇に自重の笑みを刻む。まったくあいつらは、と思いながらも、あの時の彼ならばどうしたろうとずっと考えていた事がある。確かめたい事があるのは確かだった。

「シーグル、それはきっと、お前が俺の考えている事を察したからだ」
「え?」

 僅かに顔を引き攣らせて、シーグルが見つめてくる。緊張が抜けた筈の肩がまた緊張に強張っていくのを、セイネリアは目を細めて見つめてから、静かな声で彼に告げた。

「俺が、お前を愛しているといったらどうする?」




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ここんとこ、セイネリアとシーグルの二人が会ってるシーンがないので、いい加減ストレスになってきたーって事でこんな話を作ってみました。
一応これは番外編という事で、本編中にあったお話という事になります。
時系列的には、続編の丁度終った周辺、シーグルの結婚直前くらいのお話になっています。

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