黒い騎士と黒の剣




  【4】




 次の日は、最初から道のない森の中を進むだけあって、体力的にはかなり大変なものであった。
 おかげで、体力のない魔法使い組は何度も休憩を申し入れ、たびたび一行の足は止められた。

「全く、術を使えばわざわざ歩かなくてすむのに」

 何度も愚痴を言って一番休憩を頻繁にさせていたのは、雇い主である魔法使いのメルーだった。
 彼女が言う通り、魔法使いならこの手の道をゆくために体を浮かせて動く術もあるらしいが、今は極力術は使わないようにしている為、基本は歩くしかなかった。
 なにせ、ここは樹海である。あちこちに魔法を妨害する鉱石があり、急に魔法が無効化される可能性がある。更に言えば、魔法でなければ対処出来ない化け物がいる事も確認されている、いざという時の為に魔法は温存させておこう、というのが最初の話し合いで出た結論だった。
 いくらおしゃべりといっても流石にペラペラしゃべるような体力もないのか、今日の彼女はあまり口を開かず、黙々と歩いている事が多かった。

「んー……こりゃ流石に魔法使いさんに自力は無理かね」

 目の前に現れた、大きく木の根が地面からせり上がって人の身長の倍程にまで高く前を塞いでいる場所で、エルがそう言った。

「これは術使うしかないわね」

 そう言うや否や、嬉々としてメルーは術を唱え、ふわりと自分の体を持ち上げると、あっと言う間に根を飛び越える。

「……ったく」

 俺たちが先にそっちの安全を確認してからいけよと、エルが向こう側にいる彼女に聞こえない声で呟いた。

「ほら、いつまで私一人にしておく気よ、さっさと来なさいよ」

 怒って言ってくる彼女には、へいへいとエルが返す。
 それじゃまずさっさと先に行けとクリムゾンにエルが言えば、恐らく身軽さではこの中で一番の彼はあっさりと根に登り、向こう側へと行く。次にはウラハットが根によじのぼり、彼もクリムゾン程ではないが、危なげなく向こう側へ着く事が出来た。

「じゃ次は、お嬢さんに先、行ってもらうといいかな。……と、いけるか?」

 聞けば魔法使い見習いの少女は、申し訳なさそうに首を左右に振った。

「すいません、私はそういう術は使えなくて……」
「あぁ、そっか……」

 空間制御で守りの術しか使えない、と言っていた事を思い出したのか、エルは頭を掻くとセイネリアに視線を移した。

「んじゃ俺が上にあがって引っ張る役やるわ。セイネリア、あんたは自力でいけない連中を俺の手ぇ届くとこまで持ち上げてくれるか?」
「あぁ」
「んじゃ、ウラハット、あんたは下でおろす時に受け取ってくれ」

 向こう側からの返事を聞いてすぐ、エルは根の上にまでよじ登る。それを見たセイネリアは、少女の体を抱き上げると、エルに向かって押し上げた。
 途中、悲鳴を漏らした彼女に、エルからセイネリアに文句が出たが、とにかく無事に彼女は向こう側に行く事が出来たようだった。

「あー、僕も頼もうかな」

 言って前に出たのは魔法使い見習いのサーフェスだった。セイネリアはエルを見て、彼が了解と言ったのを聞いてから、彼を持ち上げてエルに渡す。
 そうして、彼も無事向こうへ行けた事を確認した後で、セイネリアはまだ残っていた、一応戦力枠という事になっている男を見た。

「……お前も、持ち上げてやったほうがいいか?」

 にやりと笑って見せれば、ラスハルカは顔をひきつらせる。

「えぇまぁ……誰かさんのせいで正直ちょっときついですけど……どうにかしますよ。立場上、ここで持ち上げて貰ったら確実に役立たずの烙印を押されますしね」

 小声でセイネリアだけに聞こえる声で呟いたラスハルカは、そうして根によじ登る。それを見たエルは向こう側に降りたようで、セイネリアはラスハルカに続いてすぐ根に登り出す。
 ついでに、なかなか上がっていかない彼を後ろから押してやる。

「ほら、さっさと上れ」
「本当に、意地悪ですね、貴方は……」

 そう言いながらも、ほっとした声を出す彼に、セイネリアは笑う。

 結局、その日は悪路が続いたせいであまり進めず、メルーが言うところの予定外の場所で野宿をする事となった。
 見張りは昨日の通りの組み合わせで、アリエラの結界術のせいか、その夜も何事もなく終わる事が出来た。






 翌日も変わりない風景を見ながら、ひたすら樹海の中を歩く事となる。
 ただ、前日に比べてメルーは上機嫌で、彼女だけが道を知っている分、もしかして目的地がもう近いのかと皆に思わせた。が、その理由は昼を過ぎた頃に明らかになる。
 樹海の中、代わり映えのない木と木の合間。
 ひっそりと緑に埋もれた建造物が見えて、一行は活気づく。
 ……ただし、遺跡かと思ったそれは近づいてみればそこまで昔のものではなく、少なくともここ百年程に作られた、ただの古い家だと言うことがわかった。

「……でもこれ、魔法使いが住んでた家だよね」

 傍まで来て、じっくりとその建物を眺めていたサーフェスが言う。紫の髪に紫の瞳という特徴的なパーツを持つ彼は、言動だけなら魔法使いであるメルーよりも余程賢そう見える。
 彼がいうところによれば、家の外壁に掛かれている魔法陣や呪文らしき文字は、間違いなく神官魔法ではなく魔法使いのものだと言う事だった。
 だから最初に家の中を調べるのは魔法使いの仕事だと、メルーとサーフェスがセイネリアを護衛につけて、まずは中に入る事にする。

「いーい、魔法関連の資料は全部私のものって契約ですからね」
「わかってるよ。僕の今回の目的はお金だからね。後は樹海の植物を採集出来ればそれでいい」

 確かにサーフェスは、道中ちょろちょろと足を止めては生えている草を採集していた。
 植物を採集しているという事はそれ関係の魔法使いなのだろうとは思うが、まだ見習いである以上、正直セイネリアは彼には魔法に関して役立つ事を期待してはいなかった。ただ、知識量と頭の回転はなかなかのもので、それなりに『使える』タイプの人間だとは思っていたが。
 メルーはサーフェスのその返事で満足したらしく、一人急いで中へ入っていき、そのあたりに積まれた書物を腕に抱え込む。彼女が動く度に辺りに埃が舞うのだが、いつもなら汚れると文句を言う彼女も、こういう時は気にならないらしい。

「あれさ、自分で持たずにあんた達に持たせる気だよね」

 黙って彼女を見ているだけだったサーフェスは、部屋の入り口で様子を伺っているセイネリアをそう言って振り返る。

「苦労するねぇ、あんた達も」
「別に、それくらいは契約の内にしてやるさ。まぁ、何か問題が起きたら荷物なんぞ知らんが」
「だよね」

 くすくすと笑っているサーフェスだったが、部屋を漁っていたメルーが、荷物を積み上げた後に手で空間に大きく丸を描くに至ってそちらへ注意を向けた。
 しばらくすると、彼女が描いたそのままの軌跡が浮かびあがるように、空中に光の円が現れる。
 すると彼女は積み上げたその荷物を、その円の中にどんどん入れていく。積んでいた荷物をすべて中に入れると、彼女は円の中に手を入れ、円は空間から消えうせた。
 そうしてから、彼女はくるりと振り返って他の二人に目を向けた。

「驚いたでしょう?」
 
 ふふんと、腰に手を当てて得意そうに言う彼女に、殊更冷たいサーフェスの声が返す。

「異空間に箱を作って、そこにカギを関連付けしてるのかな。そうだよね、弟子のアリエラが空間魔法なんだから、貴方も空間系の魔法使いじゃないとおかしいし」

 それでメルーが不機嫌そうに眉を顰めたのを見れば、それは当たっているのだろうとセイネリアは判断する。
 メルーが説明するより早く、サーフェスがセイネリアに振り返って説明を始める。

「ほら、集まった時に彼女が、仲間の印だから絶対無くすなって木で出来たカギを配ったでしょ。あれに魔法が掛かってるのは分かってたけど、何だったか分からなかったんだよね。多分、あれがさっきの空間のカギなんじゃないかな」

 確かに、集まった直後、彼女は各人に木製のカギを渡していた。
 不機嫌そうに顔を顰めていたメルーだったが、気を取り直したのか、やはり偉そうに胸を張ってサーフェスの言葉に続ける。

「そうよ、遺跡についてから説明しようと思ったけど、後で外に出たらカギの使い方を皆に教えてあげるわ。このカギがあれば、いつでも同じ空間に繋げる事が出来るの。そこを使えば、荷物持ちなんて余計な仕事は必要ないの。それにね、向こうの空間はこっちよりもずっと時間の流れが遅いから、痛んだ本がこれ以上痛むことを防ぐ事も出来るのよ。どう、便利でしょ?」

 今度はサーフェスが不機嫌そうに顔を顰める中、セイネリアは彼女の望む通りの言葉をいってやる。

「あぁ、確かに便利だな。余分な荷物を持たなくて済むのは楽でいい」
「そうよ、これがなかったら、貴方達が荷物で身動きとれなくなる係でしょうからね。感謝しなさい」
「あぁ、そうだな」

 セイネリアの声には全く抑揚がないのだが、サーフェスに見せつけるように威張る彼女にはそれでも問題はなかったらしい。彼女は上機嫌で体の埃を払うと、当然のように次の部屋へと向かった。
 後の二人も、彼女を見失わないように、すぐに部屋を移動する。

「あんた……思ったよりは、融通が利くんだね」

 途中、サーフェスは呆れながらもセイネリアにそう言ってきた。

「なに、使えるものは使う主義なだけだ。女の機嫌を曲げると、後先考えずにアレを使わせんと言いだしかねない。言葉程度ならあわせてやるさ」
「ふーん、女性慣れしてるって奴だね」
「さぁな」

 セイネリアが、いかにも適当にあしらうようなあやふやな返事を返せば、サーフェスは別段気にした風もなく彼女を見て軽く笑う。

「てか馬鹿だよね、折角時間の流れが違って保存に使えるっていうなら、まず最初に食料入れてくだろうにね、普通」
「まぁ、専門馬鹿という奴だろ。魔法使いって奴は特に、自分の専門知識外はガキでも分かる常識がない奴が多い」
「はは、確かにね」

 自分も魔法使いに入るだろうに、紫髪の魔法使い見習いの青年は、さも楽しそうに笑う。
 思ったよりもこの青年は魔法使いとしてはマトモらしい、とセイネリアはそれで思う。これなら、思った以上に有能そうだとも。
 彼らが話している間に、メルーはまた勝手に次の部屋に向かおうとしていて、彼らはまたそれを追いかけることになった。





 結局、一通りの部屋を確認して、セイネリア達が元魔法使いの廃屋から出てきた頃には既に陽が沈みかける時刻になっていた。
 家から出てきたメルーは、約束通り、まずはカギの使い方を皆に教え、それから今日はこの家自体に結界を張って、中で夜を過ごす事を皆に伝えた。
 家の中は確かに外見の割にはしっかりしていて、魔法使い連中が調べたところでも、特に変な仕掛けはないという事だった。であれば、使っても問題ないだろうと、大抵の者は納得する。しかも暖炉は使えそうで、更にアリエラの結界についても、建物を媒介として掛けた方がより安定する、と聞くに至って反対するものはいなくなった。
 とはいえ。

「見張りなしかい。そんならせめて、皆同じ部屋で寝た方がいいんじゃねぇか」

 エルがそう言えば、メルーは少し怒ってそれに返す。

「折角部屋が複数あるんだもの、久しぶりにムサいあんた達の顔なんか見ないでゆーっくり寝たいわよ。いーい、雇い主は私なんですからね、この程度はこっちの言い分聞いて貰うわよ。だーい丈夫よ、ちゃんと家の中は調べたし、アリエラの結界があるんですもの。皆今日はゆっくり寝ればいいじゃない」

 家の中には部屋が4つあって、彼女は弟子の少女と一緒に、恐らく昔は寝室であったろうと思われる場所で寝る事を宣言していた。
 後は勝手に決めろといわれて、暖炉の部屋で見張りも兼ねてエルとウラハットが寝る事にし、セイネリアとラスハルカ、サーフェスとクリムゾンで部屋割りをすることになった。



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うん、ただの道中の話なんで、おもしろくないですね(==;;。
次回は、エルの事情の方にスポット。



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