記憶の遁走曲
※この文中には性的表現が含まれています。読む場合は了解の上でお願いいたします。




  【8】



――この時間では、もう隊の連中は解散しただろうか。

 冬の昼間は短い。
 前期ならかろうじて最後の挨拶くらいは間に合う時間の今は、後期なら既に解散となっている。
 折角、少しづつは今期の部下達の事を分かってきたところだから、シーグルとしてはくだらない会議などには出ないで、本当は隊の方に出ていたいのだ。グスの報告では、今年は雪が少ない為に割合訓練時間もあるという事で、思った以上に腕のいい者達の話など、聞く度にシーグルは自分も体を動かしたくなって仕方がない。考えれば、先ほどのリーズガンの件で思っていた以上に気分がささくれ立っていたこともあって、無性に体を動かしたくなってくる。
 だから少しくらい、と部屋に帰ろうとした足を止めて、シーグルはもう誰もいない事は分かっている訓練場の方に止めていた足先を向けた。キールを待たせる事にはなるだろうが、この気分のまままデスクワークにすぐ入る気にはなれなかった。
 この時間、訓練場へ向かう人影などまずいる筈がない。
 人を待たせている間だから急がなくてはならないと思っていたシーグルは、だからいつも以上に注意力が欠けてはいたのかもしれなかった。
 訓練場に近い、外に出る廊下の前には、倉庫代わりの小部屋がいくつかある。その一つの扉が開いたままでいたことを、然程気にする事なく通り過ぎようとしたシーグルは、唐突にそこから現れた、目の前を塞ぐ男の影に足を止め、誰何の声を上げようとした。
 けれども、その声はすぐに伸びてきた男の大きな手で出口を失う。

「――ッ、ゥ、ン」

 そのまま抱き込まれるように体の動きさえも封じられ、強引に小部屋の中に連れ込まれるまでは、ほんの一瞬、風が通り抜ける程度の出来事だった。
 部屋の扉が軽い音を立てて閉められていくのが見えた。
 廊下からの光が細く消えてゆき、部屋の中は暗くなっていく。
 相手の男の力は圧倒的で、その扉に向けて手を伸ばす事さえできなかった。
 真っ暗の部屋の中、男が笑う気配に、肌が粟立ち背筋に冷たい汗が流れる。――その感覚は、隊にいるとたまに感じるあの嫌な感覚と一緒だった。
 とにかく状況を打破する為には、押さえつけている人物から逃れるしか手はない。足をばたつかせ、押さえられている腕のかわりに肘で相手を叩こうとする。それでも、鍛えあげられた固い筋肉には中途半端な攻撃はダメージにならず、押さえる腕の力はシーグルよりも圧倒的に強い。
 暗闇の中、ぴちゃ、と耳元で音がして、相手が耳の下を舐めたのが分かった。
 はぁ、と生暖かい息が吹きかけられて、笑う気配を首筋に感じる。
 途端にぞわりと肌を総毛立たせたシーグルだったが、それで必死に暴れても、相手の腕はびくともしない。自分よりも大きな、ガチガチの固い筋肉で覆われた体が伸し掛かってくれば、片腕を外されたところで逃れる隙などある筈がない。
 押さえつけられたシーグルの体を、男の手が這っていく。手探りで衣服の留め具を外して、乱雑にそれを剥いでいく。せめて鎧を着ていれば、この暗闇では脱がすまでに相当時間を稼げたろうにと思うものの、今は多少の厚着とはいえ、布の服しか身に着けていない。手はすぐに、触れられているという感触が分かる場所にまで潜ってくる。
 暴れても暴れても、相手の手は止まらない。
 既に上着は脱がされ、シャツの前さえ開けられ始めている。鍛えられた者らしいごつごつとした大きな手が、開いた襟から入ってきて、直接素肌を撫でていく。それが指に当たった胸の尖りを摘み、びくんとシーグルは背を撓らせた。
 口を押えていた男の手が離れる。

「やめ、ろッ、貴様、やめ――ウゥッ」

 だが、自由になったのは一時の事で、すぐに口に――おそらく脱がされた服のどれかだろう――布が詰め込まれた。

「ウゥッ、ウゥッ、ウゥゥゥゥッ」

 叫んでも声はくぐもり、助けを呼ぶ程にはならない。
 先ほどまでずっと耳元で息を吐きかけていた相手の顔は、下に降り、シーグルの首元からなぞるように胸元へと唾液の線を引いていた。
 手が更に大きく襟を広げ、胸を外気に曝すと、今度はそこへ顔を寄せて、布から覗いた小さな朱い突起を嬲る。舌で押しつぶし、回りを舐めて、吸い上げ、軽く歯を立てる。そうしながら、手は更に服を広げ、自由になったもう片方の手はシーグルの下肢を服の上から擦る。圧倒的な力に征服されるのが悔しくて、シーグルの暗闇を映す青い目には涙が浮かんできていた。
 男の手は、わざと軽くシーグルの性器の上を撫で、その反応を楽しむように喉を震わす。手を離したかと思えば、遊ぶように自分の股間を押し付けてきて、服を挟んだ状態のままこちらを突き上げる動きをしてみせる。勿論それだけで終わる筈などなく、相手が腰を浮かしたのが分かれば、今度は力強い手が下肢の服を掴み、抵抗する間もなく一気に引き抜かれて簡単に脱がされてしまった。
 あまりにも無防備な自分の下半身の状況に茫然として、シーグルは闇しか見えない筈の目を大きく開く。その隙に相手はシーグルの体を一時的にひっくり返し、腕を後ろにまとめて縛る。そうして上半身の抵抗を封じた上で、男はシーグルの体をまたあお向けに戻すと、足を広げ、そこへ顔を近づけてくるのが、敏感な性器に吐き掛けられる吐息で分かった。
 瞳はいくら見開いても、闇しか見えない。かろうじて、立てつけのよくないドアから漏れる光で相手の男の動くシルエットが見えるが、その程度の光では顔が見える筈などない。
 男が、大きく開かされた足の付け根を舐め、そのまま吸う。そこから舌で中心に向かってなぞっていけば、意志とは関係なく、シーグルの性器は欲を溜めて膨らんでいく。掛かる息と嬲るように先端を軽く撫でられただけで、甘い感覚が体を走り抜け、シーグルは胸を大きく逸らし、布を詰められた口の中で甘い喘ぎを漏らしていた。
 嫌だと、どれだけ心が叫んでいても、体はその先の行為を期待している。
 膨れ上がる欲の証が男の口の中に引き込まれれば、その感覚にシーグルはぎゅっと目を閉じる。けれどもそれが嫌悪感だけではないと知っている体は、シーグルに拒絶を許さない。男が口の中でシーグルの雄を擦る度に、険しく寄せられていたシーグルの眉間は次第に力をなくし、ただ切なげに寄せられるだけのものになる。頬を染め、嫌悪感よりもまるでうっとりと目を閉じるように、表情までもが快楽に引きずり込まれていく。男の唇の動きに合わせて、首が自然と揺れていく。腰までもが淫らに動く
 零れ落ちる唾液とシーグルの先走りの液体を掬いながら、男の指が塗り込めるようにシーグルの後孔を撫でた。
 そうして指は、ぐずりとそのぬめりを借りて、シーグルの体の中へと、一気に深くまで入ってくる。

「ン、ンンンンンゥゥァッ」

 一際体を強く撓らせ、腰を浮かせて、シーグルは達する。
 男がそれを飲み干す音がして、暫く待てば、今度は喉を震わせる笑い声が下肢から響いてくる。
 シーグルは茫然と、暗闇を凝視することしか出来ない。

「余程ここに欲しかったようですね」

 呟く声はおそらく独り言なのだろう、やっと聞き取れるだけの、あまりにも小さな声だった。
 その言葉にさえ茫然として、シーグルは体から力が抜け、ただただ暗闇を見つめるだけだった。
 笑った気配のままの男の体が伸びあがり、改めて上からシーグルに圧し掛かってくる。広げられたままの足の間に、熱い他人の熱を感じる。その先がどうなるか分かっていて尚、シーグルにはどうしようも出来ない。はぁはぁと、布に絡めとられる荒い息を吐きながら、ただその時を茫然と暗闇を見つめて待つだけだった。
 熱が、体の中に入ってくる。

「ンンンンゥ……」

 目を細め、上げた声は、歓喜の声ではなかったろうか。
 ずるりと、体の奥にまで入り込み中を埋めた質量に、ぞくぞくと体中が甘く疼く。ぶるりと震える体のまま足を閉じようとすれば、意図せず男の体を挟み込むことになる。それを手を押さえられて、大きく開かされ、男が体重を乗せてくると同時に、奥深くを貫かれる。ぐぽ、とくぐもった肉が合わさる音が体の内から聞こえる。

「ウンッ、ンァッ……」

 深くを抉られるのは苦しい。
 けれど、苦しくても、中はもっと欲しいと蠢く。肌は震えて、背筋は痺れ、体中が疼くように、もっと快感が欲しいと体中が強請る。抵抗したくても抵抗を封じられてしまった事で、最後の精神の障壁さえ、快感の前に脆く崩れそうになっていた。

「すごいな」

 呟いた男の声が遠い。嫌悪感さえもが遠い。
 ただ体の中が熱い肉で埋められ、擦られ、ゆるやかな律動に合わせて押し寄せてくる甘い波に、シーグルは流され始めていた。
 もう、闇を凝視する力もなく、閉じかけた瞳は目前で揺れる男の影を見つめているだけだった。相手の欲を受け取め、腹から下肢へと波打つように腰を自ら揺らめかし、喉を鳴らしてシーグルは喘ぐ。揺れる男のシルエットに自分の動きを合わせ、だんだんと速く、強くなっていく快感を、目を閉じて全力で追う。

「あ、あぅ、アン、ふぁ……」

 いつの間にか、口から布が取り払われていた事にさえシーグルは気づいていなかった。感覚を追う事に夢中で、ただ腰を揺らす。唇が相手の唇でふさがれれば、求められるままに舌を絡め、擦り合わせる。

「ん、ん、ぁぅ、ん、んッ」

 よりリズミカルに、速くなっていく律動に合わせ、激しく舌も擦り合わせる。もし今、腕も自由であったなら、シーグルは我知らず相手に抱き付いていたかもしれない。

「あ、やぁぁああぁ、ふぁ、あ……」

 久しく忘れかけようとしていた、体の奥に注ぎ込まれる熱い感触。
 それに体中をびくびくと痙攣させて、シーグルは再び欲を弾けさせる。
 それだけでなく、未だに中にあるものを更に強請るように、締め付けて腰を押し付ける。

「ったく、たまんねぇな、相変わらず……」

 笑う男の白い歯だけが見えて、再び押し付けられてくる唇を茫然としたまま受け入れた。互いの舌をぬるぬると合わせ、唾液を交換しながらも、だがシーグルの中の熱は静かに下がっていく。
 闇の中、男の顔が離れていく。
 互いの唇を濡らす唾液が、糸を引いて光る。
 満足げな息をついて、髪に手を伸ばしてくる影だけの男に向けて、シーグルの声が尋ねた。




「……それで、お前は何者だ、アウド・ローシェ」




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唐突?なエロ回でした。
アウドさんの正体っていうか意図は次回。
ちなみに今回のエロのコンセプトは、嫌がってても段々気持ちよくなってきちゃうシーグル、でした。



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