記憶の遁走曲
※この文中には、未遂くらいの性的シーンがあります。苦手な方はご注意下さい。




  【14】




 空の色はもう青ではなく紺色で、ただ、つい先ほど城の城壁へと隠れた夕日の名残で、西の隅だけはまだ青と言える明るさを残している。東側はもうほぼ夜の濃紺で、そこに届くまでの紺色の美しいグラデーションが今の空全体を覆っていた。
 そんな、ほんの僅かに明るさを残した空を眺めて、シーグルは僅かに唇を綻ばせる。今日は少し早く帰れそうだ、と。
 何せ、待たなくていいと言っているのに、ぎりぎりまで兄達が夕飯を待っていてくれるので、遅くなると彼らに悪い。
 だが、外の廊下を過ぎ、訓練場の横を通り過ぎようとしたシーグルは、遠くに人の気配を感じて足を止める。
 それから、目をよく凝らして訓練場の隅を見つめ、口元に深い笑みを浮かべた。




「熱心だな」

 夢中で足捌きの訓練をしていたアウドは、突然掛けられた声が誰のものか即座に分かって、口元に苦い笑みを浮かべた。

「……あんたには見られたくなかったんですがね」
「そうか、すまなかった」

 中途半端な体勢で止まったせいか、アウドはぐらりとよろけてその場にどっかりと座り込む。そのまま、乱れた息をすぐに整えられずに下を向く彼には、シーグルがどんな顔で自分を見ているかは分からない。いや、分かりたくなかった。
 だから、黙ったまま、ただ荒い息を吐いて時間を稼ぎ、この青年に何を言えば誤魔化せるかを考える。

「悔しかったか?」

 互いに迷って何も言えなかった中、そう言ってきたシーグルの声に、アウドは下を向いたまま口をぎゅっと閉じた。実は、もう息は大分整っていたのだが、言う言葉が思いつかなくて、わざとまだ整わない振りをしていたのだ。

「……まぁ、そうですね」

 とりあえず、誤魔化せる言葉が思いつかない為、アウドはぼそりとそれだけ返した。

「悔しかったから、一人で訓練してたんだろ、違うのか?」
「ただの気の迷いですよ」
「ずっと、足捌きの訓練をしていた」
「冷えると、怪我した足が痛むんで、あっためてただけです」
「せめてもう少し、右足を速く動かせる自信があれば、と思ったんじゃないのか?」

 この青年は何を言いたいのだろう。
 アウドには分からなかった。シーグルにとって、アウドは憎むに十分すぎる理由がある。ちゃんとした勝負なら全く相手にならない実力差があると、お前などその程度だと、こちらをあざ笑って、徹底的に貶めて恨みを晴らすだけの理由が彼にはあるのだ。

「仕方ないですよ、これは元には戻らないって言われましたから」

 だから、好きなだけ笑ってくれと、投げやりにそう答えたアウドに、だが、この強い青年はあくまでも優しい声で聞いてくるのだ。

「本当に、仕方ないと思っているのか?」

 アウドは顔を上げる。

「お前は怪我くらいで諦めてはいない筈だ。諦めていたら、怪我をした時点で、あっさり予備隊の後期組に移動していたんじゃないのか。聞いた話だと、治療が終わった時点では真っ直ぐ歩く事さえままならなかったんだろ。それを足周りの筋力を鍛えて、お前はそこまでにしたんだ」

 シーグルの瞳は、じっとアウドの瞳を見据える。強い意志と、曇りない深い青色の視線は、まるで心に突き刺さるように痛くてたまらなかった。

「あぁそりゃね、俺だって諦めきれなくてがんばりましたからね。でも、誰も認めてはくれなかった、もう使い物にならない欠陥品はさっさと辞めろって言われましたよ」

 耐えきれなくて、アウドは顔を逸らす。
 古い傷を抉られた心は悲鳴を上げ、感情の行き場がなくて、彼は忌々しげに、思うように動かない右足で地面を蹴る。

「認めなかったのは――お前がもう欠陥品だと決めつけたのは他人だけだ。お前自体はまだ諦めてはいなかった。自分はまだ強くなれると思ったんだろ。だから、団に残って予備扱いを受けるくらいなら、冒険者として認められてやると思って辞めたんだ」

 確かに、彼の言う事は間違っていなかった。
 アウドは怪我を克服する為、そして守備隊に残る為に死ぬ思いで鍛えた。筋力で補えば、かなり元に近い位置まで戻せるかもしれないと、そう言った医者や治療師の言葉を信じた。そして、地道な努力の結果、前のように走れはしなくとも、それを補えるだけの力と技能を身に着けたと自負できるところまでにはしたのだ。けれど、仲間も、上司も、彼を蔑むだけで、その実力を見てくれさえしなかった。しかも、守備隊に置いておけないといわれた直接の理由が、行進時に皆と足を揃えられないから、と言われた時には馬鹿馬鹿しくて反論する気力さえなくなった。
 だから、自分を追い出した連中を見返すために、冒険者としての仕事をがむしゃらにやった。上級冒険者になり、それなりに認められて……王族に順ずるほどの名家であるヴィド卿に召抱えられる事が決ったときには、自分を認めなかった連中を笑ってやりたい気分だった。
 だが――。

「なぁ、アウド。どうして、ヴィド卿の下での仕事を辞めようと思ったんだ? 俺の所為というなら……俺は、詳しい理由を知りたい」

 アウドは静かに顔を上げ、自分を見つめてくる、どこまでも強く、澄んだ、青い宝石のような瞳を見つめた。真っ直ぐ見つめてくる、ただ強い意志を宿して輝く瞳を、アウドは目を細めて辛そうに見つめた。

 ……この瞳が絶望に堕ち、意志の光さえ消えたその時をアウドは知っている。男達の欲望の瞳に囲まれ、体を蹂躙され、泣き叫び、喘ぐしかなかった哀れなこの青年の姿を覚えている。その時に感じた欲望の滾りと、その後に押し寄せた虚しさを、アウドはまだ、覚えている。

「アウド? ――ッ」

 一歩、近づいたシーグルが軽く屈もうと腰を落とした瞬間、唐突にアウドがその腕を掴んで引っ張る。半端な態勢であったのもあり、力ではアウドに負けるシーグルは、そのまま地面に引きずり込まれるように倒された。
 倒れた体を押さえ込むように、すかさずアウドがシーグルの上に被さる。服の前を外していき、現れた首元を舐めて、吸う。当然シーグルは暴れてアウドの体を押し退けようとするが、体格も体重も上の相手ではただでさえ難しい上に、アウドの抑え込む技術も高い。それはかつて、自分から動くのが難しい分、捕まえた相手を離さないように研究し、特に握力を鍛えた彼の成果であった。

「どういうつもりだ?」
「この態勢、聞くのは野暮ってものでしょう? 油断しましたね、不用心に近づいたあんたの落ち度だ」

 睨み付けてくるシーグルの青い目には、強い意志の光が満ちている。この瞳でさえ、かつて闇に堕ちていったのだと、アウドは思う。

「放せ。ここで放さなかったら、お前は最後まで欠陥品扱いのままだ」

 シーグルの声はまだ落ち着いている。
 だがアウドは、それが何故か悔しくて、顔を睨み返して叫ぶ。

「どうせもう、俺はどうにもできない。欠陥品の、クズのまま終わるしかないんですよ」

 そうして、僅かに開いた彼の胸元に無理矢理手を突っ込む。
 滑らかな肌を撫でて、指にひっかかる突起を押しつぶす。それから指の腹で先端を擦り、くるくると弄り回す。
 触れる肌と、見下ろす青年の瞼がぴくぴくと反応を返し、熱を含んだ吐息が僅かに漏れる様に、アウドは唇をつり上げた。

「やっぱあんた、体はもうヤられる事に慣れてるんですね。頭は正気を保てても、体はこんな簡単に反応する」

 アウドは更にシーグルの服を広げる、尚も暴れるシーグルを下半身で押さえ込みながら、両手で強引に胸から腹にかけての肌を露わにさせる。そうしてから両腕を押え、舌に唾液をたっぷりのせて、その白い胸を舐めたくる。

「や、め……ンッ」

 乳首を吸って、舌と歯で嬲ってやれば大きくシーグルの背が撓る。散々曝された肌を舐めてから、また体を上にずらして彼の体の上に完全に被さる態勢にする。
 体で押さえ込めば、腕を押さえなくても彼の自由は奪える、自由になった手を、だからアウドはシーグルの下肢へと伸ばしていく。

「やだっ、くそっ、やめろっ、アウドっ」

 その叫びをアウドは無視して、シーグルの耳たぶをちゅぷと音をさせて吸ってから、耳に直接囁き掛けた。

「そういえば、ちゃんと自慰の仕方は分かりましたか? あれからご自分でここを慰めましたか?」

 アウドの手が言いながらシーグルの性器を握る。やわやわと形を分からせるように軽く揉むように撫でて、それから先端を強く擦る。びくんと、シーグルの体が跳ねるが、完全に押さえ込まれている状況ではアウドの体はびくともしない。

「感じる場所は分かっているのでしょう? そこを擦ればいいんですよ、簡単でしょう? まさかした事がないとはいいませんよね?」

 全体をゆっくりと擦り上げながら、耳にずっと吐息を吹きかけて囁く。手の中ではっきりと昂ぶっているいるシーグルの雄の反応にほくそえみながら、アウドはその手で動きを速くしていく。やがてそこから湿った音が聞こえてくれば、更に口元には昏い笑みが湧き上がる。
 ふとシーグルの顔を見れば、きつく瞑った彼の瞼はぴくぴくと揺れ、顔も肌も快楽の印に軽く朱に染まっていた。
 アウドはそこで手を止めた。

「そういえば、貴方はこちらも弄って差し上げなくては」

 体をまた少し下へとずらし、濡れた手を彼の尻の間に押し込む。
 はっと息を飲んだシーグルがきつく歯を食いしばるのを見ながら、アウドは指をシーグルの中へと埋めていく。まだ湿り気のない、きつい肉壁は、拒絶するようにアウドの指を押し返そうとするが、指のぬめりで強引に中へ入れてしまえば、食いつくようにぎゅっときつく包み込んでくる。

「はは、さすがすごい締め付けだ。ここに男が欲しい欲しいって指を銜え込んでますね」
「は、う……」

 更にアウドは指を2本に増やし、少し激しく出し入れさせる。

「ン……うん……やぁ……」

 ぐちゅぐちゅと、指は濡れた音を鳴らす。
 押さえ込んだ体の下で、彼が体を固くしているのが分かって、アウドは更に指を増やす。

「ふぅんぅっ」

 歯を噛みしめているシーグルは、それでも甘い声を抑えきれない。
 散々嬲った中は締め付けてはきても滑りが良く、アウドは更に深くまで指を突き入れる。

「おひとりの時には、ここへご自分の指を入れていますか? 男に犯された時の事を考えながら、ここに指を入れて前を弄ればとても気持ち良いでしょう? たくさんの男達にめちゃくちゃに犯されている貴方は、泣き叫びながらも感じまくっていましたっけね」
「あ、……ぐ……」

 びくりびくと、今にも達しそうに全身を震わせる彼に自らの股間を擦り付け、アウドもまた興奮していた。

「ふ、う、ん……ぁ」

 やがて、きゅうっと、指を強く締め付けてシーグルが達する。体から力が抜けていっても、まだ柔らかい中はアウドの指をびくびくと締め付けていて、それを愉しむように、アウドは指で奥を突く。
 それから、完全にぐったりとした彼を確認すると、アウドは体を軽く浮かせて、シーグルの戒めを解く。
 すっかり興奮しきった瞳で、自分の服を寛げようとしたアウドは、だが、直後に視界が白く弾けて世界が反転した。

「が……つぁ……」

 股間を押さえて体を縮ませたアウドを、更にシーグルの足が横に払うように蹴る。そうなれば、地面に倒れてのたうちまわる事しか出来なくて、騎士らしい、立派な体躯の男の体が、みっともなく地面をごろごろと何度も左右交互に転がる事になる。




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シーグルさんが何したかは分かりますよね? そりゃもう痛いでしょと。
次回でアウドさんの話が纏まって、後はちょっとだけ後日談入ってこのエピソードは終わりです。



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