記憶の遁走曲




  【12】



「なぁ、ウルダ」
「あぁ?」

 笑い終わった頃に名を呼べば、ウルダは片眉を上げてこちらに顔を向ける。

「男同士で、本気の恋愛ってあると思うか?」

 ウルダは一瞬だけは少し驚いたように固まって、それからにやり、といやらしい笑みを浮かべた。

「なんだリーメリ、俺の事本気になったとかいうのか?」
「馬鹿言え、俺達はそういう間じゃないだろ」
「だなぁ」

 見せつけるような嫌がらせの笑みを柔らかい微笑に変えると、背伸びをしながら、ウルダはベッドにまた寝転がる。

「まぁ、本気になる奴だっているだろ。人間ってのはいろいろある」

 リーメリは、ベッドの上で気持ちよさそうに目を閉じたウルダを見下ろして、その顔をじっと見つめる。そうすれば、眠るつもりなのか、ベッドの上で寝返りをうって、ウルダは背を向けてしまった。
 だからその彼に、リーメリの迷うような苦笑は見えなかった筈だった。
 
「……例えば、隊長みたいな人物にだったら、本気になる奴とか……いそうだな、とかさ」

 唐突に、目を開いたウルダがこちらを振り向く。そのせいで予期せず目があってしまって、リーメリは反射的に顔を逸らした。
 とても気まずい沈黙が流れた中、ウルダはゆっくりと頭を掻きながら起きあがった。

「まぁ……あの人だったら、本気になる奴の気持ちも分かる」

 その何時になく真剣な声に驚いて、リーメリもおそるおそる顔を戻して彼を見る。

「お前、まさか……」
「馬ッ鹿言え」

 これ以上なく不機嫌そうに顔を顰めた彼を見て、何故かリーメリはほっとする。

「あーゆーいつでも本気で真剣ってタイプはな、遊びじゃ付き合ってはくれないだろ」

 確かに、それはそうだ。
 それにはとても納得できて、リーメリは自分が今やけに動揺していた事を自嘲するしかない。

「そりゃ味見くらいはって思ったけどな、割り切って遊んでくれるタイプじゃなきゃ諦めるしかないだろ。……なにせ、騙してとか無理矢理あの人に手をだしたりしたら、俺は親父に殺される」
「そういやお前、父親からあの人の役に立てっていわれてるんだっけ?」

 シーグルと手合わせをした時、ウルダが言っていた事をリーメリは思い出した。

「あぁ。なにせ、リシェは商人にとっちゃ天国みたいなとこだからな。次代シルバスピナ卿の我が隊長殿も、あの性格じゃ真面目に歴代シルバスピナの掟を守ってくれるだろうし。リシェがあのままである為に、シルバスピナ家は何があっても守れってぇのが、リシェ商人組合員の暗黙の掟みたいなもんだ」

 裕福な商人であるリーメリの実家も、リシェの町の住人である。港があって首都が近いリシェは、便利な事も確かだが、商人組合が実質の街の運営を仕切っているだけあって、商売人を優遇する制度が多々ある。
 首都の騎士団本拠地も近く、領主が代々優秀な騎士であるという点から、街の防衛という点でも安心出来、確かに商売人にとってはリシェは天国と言うのも分かる。父親がリシェの街を称える言葉を言うのを、リーメリだって幼い頃からうんざりするくらい聞いてきていた。
 ただ、リーメリは商売というものに全く関心がなかったせいで、歳を取れば取るだけ、父の話を聞き流すようになってちゃんと聞かなくなったが。

「だから俺は、騎士になるって言ったら、シルバスピナ家の警備兵としてやとってもらえって言われた訳さ」

 つまり、ウルダは自分と違って父親とよく話をしていて、それなりにイイ親子関係を築いていたのだろう、とリーメリはそう結論づけた。確かにウルダは剣の腕もいいが、商人としての勉強の方もちゃんとやっていたのは、時折その言動で伺える。

「それで、どうするんだ?」
「ん?」
「父親に言われる通り、騎士団のおつとめが終わったらシルバスピナの警備兵になるのか?」

 そうすればウルダは少し考えるように顎に手を当てて、んーと軽く唸りだす。

「そうだなぁ、あの隊長殿の下につくのは悪くない、ってかいいよな、真面目で公正実力もあるっていうなら、あの見た目を除いたって理想の上司だ。ついでに言えば、あの人は商売っ気はなさそうだから、そっちでアドバイスすれば重用してくれるかもしれないしな」

 リーメリも、あの容姿を別としたって、上司としての彼を認めない訳にはいかない。

「ついでに家柄もいいからな、こっちでも相当上までいけるだろうし」
「そう、そこなんだよっ」

 呟き程度の声にウルダが大声で返してきて、更に指差されて、リーメリは思わず体を引いた。

「あの人、きっともっと偉くなるだろ。そしたら、折角リシェで直属の部下になったとしたって、街の方は留守しがちになって留守番ばかりになる。ならずっとこっちでこのまま隊に残るのもありだとは思うんだが、それもあの人が偉くなれば結局直の部下って訳にはいかなくなるよな」
「つまり……おまえは、部下になるなら隊長殿の傍にいたいという訳か」

 結局ウルダは今後もシーグルの下につく気満々な訳だと、リーメリは何故かため息をつきたいような気分になった。

「随分買ってるよな、隊長殿の事」
「まぁね、ま、親父も喜ぶしな」
「深入りはしないんじゃなかったのか? それとも、もう実は手遅れだったとでもいう気か?」

 言葉に険が入るのはどうしても止められない。
 実は、自分がなんでこんなに苛ついてるのか、リーメリ自身分からなかった。
 しかもまた、こういう時に、ウルダが狙ったようにろくでもない事をを言ってくるのだ。

「なんだ、妬いてんのか?」

 などと言われれば、思考するより先に、頭が怒りに染まるのは当然の事だった。

「誰が妬くかッ」

 叫ぶついでで蹴れば、ウルダはベッドから落ちそうになって、シーツにしがみついた。

「……じょーだんだって、ったく何怒ってるんだよ」
「怒ってない」

 言いながら更に蹴れば、今度こそウルダの体はベッドから落ちた。どた、という音の後、不機嫌そうにゆらりと立ちあがったウルダが、のたりとかったるそうにベッドにまた乗ってくる。

「……あのなぁ、前に、俺がガキの頃の話をしたろ。母さん死んで、強くなるんだって剣をちゃんと習いだしたって」

 ベッドの上で座り込んで、じっと不貞腐れたように睨んでくるウルダを、リーメリもまた睨んだ。

「きっかけがな、あの人なんだよ。初めてあの人の顔見た時にさ、丁度母さん死んで塞ぎこんでた俺に、親父が言ったんだよ。シーグル様はお前より小さいのに、母親と離されてずっと会えなくても、あんなに立派だって」
「母親と離された?」

 すかさずリーメリが聞き返せば、ウルダは顔を顰めてじっとその顔をのぞき込んだ後、大きいため息をついて首を左右に振る。

「なんだお前、リシェの人間なのにそんな事も知らないのか? あの人の父親は家出っていうか恐らく駆け落ち……してさ、で、父親はそのまま勘当で、そこで生まれたあの人だけが、跡取りとしてシルバスピナ家に引き取られたんだよ。……なんていうか、割と無理矢理連れてこられたらしいって話だ」

 リーメリは父の話を聞かなかった。商売の話も聞かなければ、父親が嬉しそうに話すリシェについての話も聞かなかった。しかも冒険者になると言って、さっさと首都に出て行ってしまったから、本当に最近の話は何も知らない。

「知ら、ないぞ……」

 呆然とした顔で呟いたリーメリを、ウルダは暫く見ていたが、やがて少し声のトーンを落とすと、彼にしては不自然な程、どこかたどたどしい口調で話し始めた。

「引き取られて来た時が確か4歳で……シルバスピナ卿は、結局最後まで息子夫婦を許さなかったからな……あの人はそれ以降両親には一度も会えてない筈だ。両親はどっちももう死んでて、死に目にも会えなかったって」

 いかにも育ちが良さそうに見えるあの青年がそんな境遇だったとは、リーメリにはまったく想像できなかった。あの、人が良すぎる性格からすれば、幼い頃など、たっぷり回りから愛情を注がれて育てられたに違いないと思いこんでいた。いくら冒険者としてきつい目にあってもあの性格が曇らないのは、そうして愛情に囲まれて生きてきたからだと思っていた。

「俺が親父に言われたのは12歳の時だから……あの人は8つかそこらだろ、それがもう、今みたいに背を真っ直ぐ伸ばしてキリっとした気の強そうな大人みたいな顔しててさ、騎士になるために訓練だってもうしてるって聞いたから、素直にすごいって思ったんだよ」

 4歳から8歳の頃といえば、リーメリにとっては、母親を一人占めして、一番楽しかった頃の事だ。勿論まだ将来の事なんて何も考えてはいなかった。今は嫌いな父親さえ、余り会えないから寂しいなんて子供らしい感情を持っていた時代だった。
 だから、リーメリは思う。
 もしかしたら、彼は子供の時から自分なんかとは比べ物にならないくらい、厳しい状況の中で育ってきたのかもしれない、と。彼もそれなりに苦労してきたらしい、なんて偉そうに思っていた自分が恥ずかしい程、世間知らずは自分の方だったのではないだろうか。
 ずっと幸せに過ごしてきた者が笑う事は容易いが、辛い目に会って来た者が笑うにはそれだけ乗り越えてきたものがあるはずだった。それくらいを理解出来る程度には、リーメリだって、世間で苦い思いをしてきている。

「それで俺も強くなるんだっていって、俺の護衛兼教育係りの騎士に剣を教えてくれって言ったのさ。……まぁ、途中いろいろあって俺は真面目にやってなかったりした事もあったけど、他人事ながら、あの人がどんだけ歳の割に立派なのかって話を聞くと嬉しくなったよ。……あの人な、騎士になったのは14、5くらいだけど、本来貴族ならパス出来る条件や試験を全部クリアして騎士になってるんだぜ、多分、相当の努力してる筈だ」

 顰めていた顔を嬉しそうに緩ませるウルダを見ていれば、なんだかリーメリは胸が苦しくなってくる。
 だから、その彼の顔を見ていて自然と出てしまった言葉は、言ってから直後に後悔する事になった。

「もしかして、お前が騎士になって騎士団入ったのは、あの人が騎士団入ったから、とかか?」

 聞いてみればウルダは、一度大きく目を開いた後に吹き出す。

「そりゃぁただの偶然だ。第一それじゃ計算が合わないだろ。俺の方が先に入ってんだからさ」
「あ、あぁ、そうだな」

 ウルダの指摘はもっともで、どうして自分がそんな事を言い出してしまったのか恥ずかしくなるくらいだ。
 リーメリが軽くそれで顔を俯かせようとすると、ウルダはにっかりとわざとらしいくらい満面の笑顔で、こちらの顔を覗き込んでくる。

「まぁやっぱり、どうせ誰かにつくなら、当然、綺麗な顔見てるほうがいいし、親父も喜ぶし、俺も実家から通えるかもですごい都合いいし」

 わざとらし過ぎる笑顔でそう返す彼の顔はどうも胡散臭げで、思わずリーメリは眉を寄せて彼を睨んだ。そうすれば彼の顔が苦笑いになり……そこからどんどん気まずそうに顔を引き攣らせていくと、がくり、と肩を落として下を向いた。

「んー……結局はさ、そんな深読みするような理由じゃないんだけどな」

 ふぅ、と一息ついて顔を上げた彼は、どこか寂しそうに、唇だけで微かに笑った。

「単に、小さい時からがんばってるなぁって思って見てて、なんていうか勝手に共感ってか、尊敬してたみたいなとこもあったからな。俺の力で役に立つんなら、手助けしてやりたいなっては思ってたんだよ。親父に言われるまでもなくな。実物を見たらさ、思った通り以上だったんで、まぁ、余計な」

 それはリーメリが知るウルダらしくない複雑な笑顔で、リーメリはまた、胸が苦しくなるのを感じた。

「思った通り以上で、本気になりそうになったんじゃないのか?」

 だが、呟くようにそう聞けば、ウルダは彼らしい、軽い笑みをへらっと浮かべて笑ってみせる。

「だから、そっちは無理だってわかってんだよ。俺は無理だってわかってるのには手を出さない主義だ。あの人なぁ、多分、俺なんかじゃまったく気にもならないくらい、本気の相手を知ってるんだよ」
「本気の、相手?」

 リーメリが聞き返せば、思わせぶりな口調のまま、彼はにかりと歯を見せた笑顔を作った。

「そう、つまりな……本気になりたくても、俺にゃ手遅れだったって訳だ」




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このエピソード中の、この二人のお話はここで終わり。
こんな感じで、この二人もシーグルのいい部下になってくれるのでした……ってとこで。



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