流され男のエチュード




  【1】



 わりと緩い表情がふつうの男が真剣な顔をすれば、周りの者は何かあったのかと身構えるのは自然な流れではある。
 だが問題は、彼の話す内容が、身構えるどころかその表情にはまったくつりあわないたわ言だったという事だ。

「なぁ、シーグル。おまえだってさー若いんだし、それなのにそんな清く規則正しい生活なんかしてたらだ、その……やっぱいろいろ溜まるっていうか欲求不満になったりしないか? そういう時ってどうし……」

 てる、という言葉と共に、ロウは足を引っかけられてその場に倒れた。

「お前の場合……真剣な顔してる時程、くだらない話なんだな」

 心底呆れた、といった顔で、足を引っかけた当人のシーグルが深いため息を上から落とす。

「何だよっ、若い男同士の話っていったらこういう話題はお約束だろ」

 がばりと起きあがったロウは、ひたすら冷たい青い瞳に怯みそうになりながらも睨み返すと、その場であぐらをかいて居直った。
 だが、相手にされず、その場を銀髪の青年が通り過ぎていけば、その後ろについていくシーグルの部下の騎士達が、それぞれ彼に言葉を掛けていく。

「ま、真っ昼間からする話題じゃぁないわな」
「ガキじゃないんだ、そーゆーのはせめて酒の席にしとけ」
「唐突すぎてわざとらしーんだよ、お前のは」
「隊長にそういう話ふる自体、実はお前本当は嫌われたいんだろ」
「なんだロウ、隊長に罵られたいのか、まぁ、そういうのに目覚めたなら仕方ないな」
「ロウ、本物のヘンタイなら隊長には近づくんじゃねーぞ」

 皆、容赦なく、酷い言いようである。というか、ロウに対するシーグルの隊の面々の態度は基本容赦がない。なにせ、彼らが慕っている――慕っているを通りこして、崇拝の対象でさえある者もいる――隊長の幼なじみで、身分もなにも気にせず友人つきあいをしている彼に、皆なにかしら腹に据えかねるものがあったりするのだ。
 それでも彼がまだ本気で彼らからの嫉妬の怒りを買っていないのは、彼がシーグルに猛烈なアプローチをしては、足蹴にされて情けない姿を晒すのが常であるからだった。

「ちっくしょー、人を勝手にヘンタイにすんじゃねー。それに酒の席ってシーグル付き合ってくんねーし、昼間しか会う機会ないんだから仕方ねーだろっ」

 だが、地面にあぐらをかいたまま、去っていく一団に怒鳴りつける彼の後ろで、腕をくんで見下ろしている人物が一人。

「ロウ、前から思ってたんだが、一つ聞いていいか?」
「へ?」

 シーグルの隊の者は、皆一緒に去ったものだと思っていたロウは、掛けられた声に間の抜けた返事をする。声にぐりっと顔を向ければ、そこにはシーグルの隊の中でも不良中年として名高い、もとい、色恋い事の経験豊富な親父騎士がたっていた。

「なんだ、テスタのおっさんか」
「なぁ、ロウ、お前さんもそこそこにゃ遊んでてンなウブじゃねぇとは知ってるが……」
「るっせ、本気の相手はいねーぞ、俺の本気はシーグルだけ……」
「いや、問題はそうじゃなくてな」
「じゃなんだよ、俺のそーゆー過去をシーグルに言うとか言うのかよ」
「ったく、そういうんじゃねーっていってんだろ。いいかお前、隊長にアプローチして、あの人の事抱きたいって思うはいいんだがな、そもそもお前……男の経験あんのか?」

 途端。
 口をあけたまま声も出ずに、ロウの目が文字通り丸くなる。

「この際上でも下でもいいからよ、お前経験あんのか? ちゃんと男の場合のやり方分かんのかよ。やらせろっていっときながら、まさか経験ねーとかはないよな?」

 ロウは固まったまま、ひくっと口元だけを緩めて笑顔のような顔を作った。
 それを見たテスタは、眉間を軽く押さえて大きく息を吐き出した。

「……まぁ、そうだろーなーとは思ったけどよ」
「……そんなに、女とは勝手が違うもんですか、先輩」

 訴え掛けるような目で見上げてくる青年に、テスタは口を思い切りへの字に曲げてしゃがみ込んだ。

「なーにが先輩だ、こういう時だけ調子がよすぎだろ」
「いやその、だってこういうのってそうそう聞けるモンじゃないでしょ」
「ま、少なくとも、俺以外のウチの隊の連中に聞いた日にゃ、お前間違いなく袋叩きだ」

 今はまだ、シーグルに相手にされてなさすぎるから笑っている連中も、そんな具体的な話をされたらキレるだろう事はロウでも予想できた。

「まぁ女相手するよりゃ、いろいろ準備やら知っておかなきゃならねーことが結構あるからなぁ、なにも考えずにいざ本番なんてことになったら、盛り上がったとこで失敗しまくって萎えて終わりってのも珍しくない」

 ロウは青くなって、テスタの肩を掴んだ。

「脅さないで下さいよ、もし直前で萎えて終わったら、絶対次がなさそうじゃないですか、あいつの場合っ」

 涙目になっているロウを見て、テスタは殊更顔を顰めて見せると、芝居がかった口調で大きめの声で呟く。

「隊長の腰は細いし尻は小せぇし、あれは相当ちゃんと考えてやらないと難しいだろうなぁ。あの人は痛くても苦しくても文句いわねぇだろうけど、その分我慢してちっとも良くしてやれなくて終わっちまう事もありえるよなぁ。あの綺麗な顔が苦痛でゆがむのもそりゃー色っぽいだろうけどよ、やっぱあの顔を快感に染めあげてこそだな……」

 尚も調子に乗ってしゃべろうとするテスタの前で、ロウがうずくまるように小さくなる。それを見たテスタは、やっと自分が少し調子に乗りすぎた事に気がついた。

「ま、若ぇなぁ」

 ロウがきっと顔だけをあげて、不良親父騎士を見上げる。

「あんた、俺を煽りたいのか、落としたいのかどっちなんだ?!」

 テスタはにやっといい笑顔を浮かべて答えた。

「そりゃもちろん、どっちもだ」

 ロウは恨みがましい目でじとりとテスタを睨み、それからちょっと困った事になった下半身を押さえてがっくりとうなだれた。
 その背を、陽気な親父の手がばんばんとたたく。

「おっし、ま、そういう事でだ、これからいくか」
「……どこへ?」

 おそるおそる顔をあげたロウに、やはりテスタはいい笑顔で答えてやる。

「そりゃもちろん、花街の方へな。だーいじょうぶだ、初めてでもちゃんと教えてくれそうな、いい子を紹介してやっから」
「え、いや俺は、そのっ、男はシーグルくらいしかやりたいと思った事はないしっ、そのっ、別にそこまでしてまでっ」
「だーいじょうぶ任せとけってぇ、ちゃんと男は初めてでも勃つようなのを選んでやる」

 それでもまだロウは思い切れない。と、いうか、突然の展開すぎて、覚悟が出来ていなかったといったほうがよかった。なにせ今まで、ロウにとってその手の相手といえば女性ばかりで、シーグル以外では男相手にそんな事を考えた事もなかったのだ。しかもシーグルは子供の頃から想い続けていた分別格すぎて、男とか女とか、そういう意識もなく盛り上がっていたというのもある。
 だが、未だに頭が思い切れないロウに、テスタが今度は肩を竦め、押しとなる一言を告げた。

「なんだよ、隊長以外の男を抱くのはそんなに嫌か。んじゃしょうがねぇ、だったら俺と寝るか?」

 ロウは瞬間硬直した。
 本気で思考が停止というより考える事を拒絶して、表情から手足すべてが固まった。

「言ったろ、上でも下でも経験ありゃいいって。俺個人的にはお前さんみたいなのはそこまで好みでもないんだが、ま、そこは経験的にどうにかしてやる」

 テスタの言葉を理解して、固まっていたロウの時間が動き出す。

「あ、そうか、俺が下か……」

 ロウの頭が自動的に拒絶した想像は、自分よりガタイのいい親父をロウが組み敷く姿だった。

「ばっか、誰がお前みたいなへたくそただで相手にしたいかよ。やんならてめぇが下に決まってっだろ」
「あぁだよな、そりゃー確かに……」

 と、幾分かほっとした顔で呟いてから、ロウは本当に事態を理解してまた表情をこわばらせた。

「って、いやいやいやいや、そりゃ無理だ、絶対無理、俺に女役ってそれはさすがに無理です勘弁して下さいっ」

 一人で青くなったり赤くなったりしているロウを面倒そうに見て、テスタはまた大きくため息をつくと、ロウの頭に手をぽんとおいて真っ直ぐに目と目をあわせた。
 
「んじゃ選べ、男買いにいくのと俺に抱かれるのと。好きな方で付き合ってやるよ」
 
 ロウは固まったまま暫く顔をひきつらせて、それからじっとテスタの顔を見てその本気具合を確かめると、がっくりとまたうなだれてから力なく答えた。

「買いにいく方で、お願いします……」
 




 
 言っておくが、ロウは真面目という訳でもないし、ましてやシーグルのように清い生活を送りたがるような潔癖さは全くない。だから、花街に来て、一夜の相手とその時だけのお楽しみ……という経験は一度だけなんて言わず何度かある。それどころか、シーグルと再会してからは、どうしても手が届かない相手を考えて妄想しすぎてちょっと困った事になって、後腐れのないその場限りの相手を探しにくることも少なくなかった。
 だから、こういう場所も慣れてない訳ではない。
 相手が男だろうと女だろうと、目的が同じ以上、そういう意味で通される部屋なんてのは同じものだ。
 薄暗い明かりに、香の匂い。柔らかい布が幾重にも下がって部屋の入り口を塞ぎ、中にいるだろう人物のシルエットだけを浮かびあがらせる。初めてではないはずの状況なのに、ロウは今、胸がとんでもない勢いでどくどくと騒いでいるのを感じていた。

「それじゃぁ、ごゆっくり」

 案内の男は、部屋の前までロウをつれてくると、そう言って奥へと下がっていってしまう。ロウはごくりと唾を飲み込んで、入り口に下がる薄い布を捲りあげた。





 部屋に入って、その相手を見た途端、ロウは、あの親父やりやがった、と心の中で不良親父騎士に呪いの言葉を吐いた。

「なーにそんなとこでつったてるの、覚悟決めてこっちきなよ」

 くすくすと、男とは思えない可愛らしい笑い声をあげて、男娼の青年はロウを手招きする。青年、といっても、おそらくはまだ成人前。ほっそりとした男らしくない体に、薄い布を纏うような露出の多い格好は、男と分かっていても目の毒だ、と思うくらいには扇情的だ。
 だがもちろん、ロウがテスタを呪いたくなったのは、青年のそんなところではない。
 この男娼の青年の髪が銀髪というところだ。
 もちろん、同じ銀髪といっても微妙に色味は違う。瞳の方は流石にシーグルのようなくっきりとした青ではないが、少し緑かかった青灰色で、顔は全く似てはいなくても、きつい系の美人、といえるのが更に困る。
 そんな銀髪の青年が、色っぽい格好で、自分を誘うような仕草をすれば、嫌でも、まったくデレてくれない想い人を思い出してしまうじゃないかと思う。

「ほら……」

 じれた青年が、優雅に立ち上がって、直立不動のままだったロウの腕に触れてくる。そのまま軽く掴まれて腕を引かれれば、ふらりと誘われるままにロウの足も動きだした。
 気づけば、ベッドの上に座って、その横に青年が座っていた。ふうわりと香る香水の香りは、娼婦の女達がよくつけているものとは違ってそこまで甘ったるいものではなく、少し柑橘系の刺激があって、素直にイイ香りだと思える。思い切って青年の方を向けば、きつめではあっても女性めいた顔立ちがにっこりと優しい笑顔を向けてくれる。……あぁシーグルも、子供の頃はこうして思い切りの笑顔をたまに見せてくれたんだけどなぁ、なんて事を思い出して、ロウの頭の中までほわんと花畑が広がっていく。

「にーさん、男相手は初めてなんでしょ?」

 頭がほんわりしてるところにそう言われて、ロウは途端、顔を真っ赤にした。

「あ、えぁ、うん、まぁ、そう、だけど。その、女はあるし、まったく知らない訳でもない、んだ」

 なにどもってるんだと自分につっこんでも、言っている内容も結構支離滅裂で、我ながら自分の動揺ぶりに呆れてしまう。
 そんなロウに、青年は楽しそうにまたくすくすと笑った。

「うん、大丈夫、分かってるよ。僕ね、そういうお客さんに指名される事結構多いからさ。だっから任せて、ちゃーんとにーさんがいいようにしてあげる」




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はい、ロウさんの馬鹿話です。
テスタ×ロウの方が見たかった人はすいません。次回はロウ×男娼さんのエロです。




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