騎士団狂想曲





  【4】




 朝一番の訓練開始の挨拶に現れた、この隊の隊長――つまりシーグルを見た隊員達は、言葉通り目を丸くして、口々に今日の日付を確認し始めた。

「おら、黙れ」

 というグスの一言でざわつきは収まったものの、彼らの表情に驚きは隠せない。
 その原因は一つ、彼らの前に姿を表したシーグルが、これから何処の戦場に行くのだという程かっちりと全身を甲冑で固めていたからだ。流石に兜は手に持っているだけだが、訓練用の簡易装備でさえなく実践装備で立っている彼に、そこにいる者は皆困惑していた。

 訓練、とはいっても、勿論実践を意識した隊員達は戦闘時の格好、つまり装備をつけて訓練を行うのが通常であるが、隊長以上の地位の者は騎士団外へ出るような訓練でない限りは平服でいるのが普通である。基本、騎士団内での訓練は、隊長は見るだけで参加はせず、それどころか最初の挨拶と指示だけで自分の個室に篭もってしまうので、わざわざ甲冑を付ける意味がない。
 だからやってきたシーグルの格好を見て、彼らは今日は外に出るような大きな訓練がある日だったのかと慌てたのだ。

「ところで隊長殿、今日は何処かへいくのでしょうか?」

 黙らせた分皆を代表してグスが言えば、シーグルは表情を変える事もなく答える。

「いや、今日はいつも通りの団内の訓練だけだ」
「となるとつまり、隊長殿も訓練に参加すると言う事でしょうか?」
「当然だ」

 皆の驚きの声がすぐにざわつきになる。

「今後、極力訓練には俺も参加する」

 ざわついた声の半分はあの美人の隊長をいつも見られるのかという喜びの声で、もう半分は訓練で手を抜けないという事への溜め息だった。

「若いねぇ、やる気満々じゃないか」

 後ろのグスに向けて、ちらとだけ振り向いたテスタが小声で言ってくる。
 グスはそれに言葉を返さず、にやにやと笑いながら顎をさする。
 ここは隊長さんの実力を見せて貰うかね、と心でつぶやきながら、この展開に年甲斐なくわくわくしている自分を自覚していた。

 さて。

 実際訓練が始まれば、まず最初は落胆の声が、それから感嘆の声が隊員達からあがる事になった。
 落胆の声は、訓練を開始した途端、シーグルが兜を被って顔を隠してしまったからである。訓練中、目の保養が出来ると思っていた者達は、期待を裏切られた事にあからさまに落胆の声をあげた。
 そして、感嘆の声が上がったのは、シーグルの実力を見たくて手合わせを申し出た隊員と彼との戦いが始まってすぐの事であった。

 シーグルに手合わせを申し出た隊員――マニクは今、呆然と地面に座りこんでいた。
 ちなみに、開始の合図をしてから、彼は隊長と2合も打ち合っていない。かろうじて一度剣がぶつかったのは、シーグルの方がわざと当てにいったのだと皆予想はしているところだったが。
 とにかく、速い。
 最初の踏み込みの時点で、既に勝敗は決まっていたといってもいい。
 あまりにも実力差がありすぎて、あまりにもあっさりと、マニクはまだ成人してもいない歳の隊長に打ち負かされた訳である。
 隊員達は感嘆の声を漏らしながらも呆然とする。

「見えたか?」
「全然」

 シーグルの実力を知らなかった、というよりも軽く見ていた隊員達は、そこまで真剣に見ていなかった事もあって、何が起こったのかさえ分からなかった者も多い。
 一応当事者のマニク本人は自分がこうして座り込んでいる原因は分かっているが、あまりにも自分が情けなくて口に出せないでいた。

「最初に刃が当たった後、そのまま刃を滑らせるように押されて、十字顎同士ぶつかったとこで絡めるようにして力を逸らされた。で、バランス崩したとこを追い打ちかけるように横から蹴り入れられた、ってとこだな」

 テスタが笑いながら言った言葉に、グスが肩を竦める。

「見えたかテスタ、流石だねぇ」
「いやぁ多分あれでも全然本気じゃねぇぞ。本気でやったら俺も追えないかもな」

 テスタは元狩人だったというのもあって、この隊でも目がいい。
 ただし、見えてはいても体が追いつくかは別問題だ、と若い連中に負ける度にいうのがお約束になっているのだが。
 ちなみに、マニクも決して弱い訳ではない。
 隊の若手の中ではかなり出来る方だ。なにより、素早しこさではこの隊では1、2位を争う。その彼が体捌きが全く追いつかなかった時点で、シーグルの速さが尋常ではなかったというのが分かる。

「納得出来ないならもう一度やるか?」

 倒れたマニクにシーグルが言えば、マニクは彼にしては珍しいくらい真剣な顔で答えた。

「納得は出来ました。でも出来ますなら、もう一回、手合わせ願いますっ」

 今度は見ている者達の表情も違う。
 先ほどのは、ほとんどの者達が何が起こったか分からない間に勝負がついてしまった。だから今度は皆目を凝らして、見逃すまいと集中している。

「いきますっ」

 マニクが剣を前に出して走り出す。
 それに合わせて、シーグルが受ける為の構えを取る。

 両手剣の場合、基本動作は攻撃よりも防御よりになる。盾がない分、攻撃時に防御が出来ず、身を守る事を考えると防御を優先しがちになるからだ。但し、甲冑で弾ける分は気にしなくていいので、甲冑が立派な程攻撃よりになれるというのはあるが。
 キン、と高い金属同士が当たる澄み切った音が鳴る。
 剣同士の戦いの場合、まずは剣を合わせるところから勝負になる。そこから、押すか引くか、刃を滑らせるか躱すか弾くか、剣を合わせた状態から即時に判断して相手の裏をかかなくてはならない。
 だが、これはそれ以前の問題だ。
 刃と刃が当たったのは一瞬の事。シーグルは突き出されたマニクの剣の軌道を逸らす為だけに剣に当て、突進してくる彼の勢いを利用してその体をやりすごし、裏から彼の足を掬うように軽く蹴る。
 勢いを殺しきれなかった上に足を崩されたマニクが、盛大に音を立てて顔面から地面に倒れた。

「あの細い体のせいもあんだろうけど、体捌きと判断の速さはえらいもんだ。判断は……あの歳で相当実践経験ありってとこかね」
「だぁな」

 テスタの言葉にグスは曖昧な返事で答える。
 今度は見えた者も多い。
 とはいっても、シーグルがまだまだ全然実力を出していない、というか出す余地さえないというは誰もが分かるところだが。

「まぁともかく、見ただけで分かったこたぁ……ここにゃあの人に勝てる奴ぁいないってくらいかね。まともに剣を打ち合えるレベルだっているかどうかだ」
「まったく」

 グスは肩を震わせて笑う。
 傍のテスタも笑う。
 周りにいた他の連中も笑い出す。

「んな笑わなくていいだろっ」

 グスに釣られた古参組が笑っているのを見たマニクが、自分の兜を取りながら抗議しにやってくる。

「マニクー、逃げ足の早さが取り得のお前さんがこけまくってるようじゃだめだろー」
「足もつれたかー。足腰の鍛えが足りないねぇ」
「るっさい、そんな訳あるかよっ」

 野次を飛ばしてる連中もそれが違う事は分かっているが、勿論揶揄う為に言っているのだ。笑われたマニクも分かっているが、顔を赤くして反論する。
 近づいて来たマニクに、グスは、お疲れさん、と告げると、拗ねたように唇を尖らせている彼の頭をぽんと叩いた。
 同時に誰に言うともなくマニクが呟く。

「ウチの連中じゃ誰も勝てねぇよ、あれ」

 言いながら不機嫌に座り込んだまだ若い青年騎士に、カラカラと笑いながらグスは返した。

「おー、あの隊長さんな、評価に星入った上級冒険者様らしいからな」

 さらりと言ったその言葉に、その声が聞こえた者が皆、驚いて振り向いた。

「え?」
「おいっ」
「ちょっ……」

 貴族は騎士になるだけなら特権で簡単になれる。が、冒険者としての評価はもちろん別で、こればかりは庶民同様実力で勝ち取るしかない。
 この国の首都周辺にいるものである程度以上の年齢の者は、ほぼ皆冒険者登録をしているといっていい。騎士団の任期中は仕事を受ける暇がないとはいえ、ここにいる者達も全員冒険者登録済みで冒険者として仕事をした事がある。
 だから、上級冒険者というのがなるのにどれだけ困難なものかというのは分かっている。

「って、あの若さでか? 隊長が冒険者登録したのはいくつの時だよ?」
「上級冒険者ってぇと、化け物退治レベルの仕事してたって事だよな?」

 皆が皆驚愕の表情でいるのを見て、グスは予想通りの状況ににやけが止まらない。

「おーら、お喋りはこんくらいにしときな。皆ちゃんと訓練始めとけ」

 まだ話を聞きたがっている連中を散らして、グスは体を解すように首や手首を回しだす。

 実は、シーグルに興味を持ったグスは、昨夜、今は冒険者をしている昔の仲間を呼び出して、酒を奢る替わりに冒険者としてのシーグルの話を聞いたのだ。
 あれだけ目立つ容姿の彼なら、必ず冒険者間でも噂話に上がっている筈だと思って――それは、思惑以上にいろいろな話を聞けて、今日の寝不足分の価値はあったのだが――厄介な噂話も聞いた分、いろいろ考える事も出来てしまった。

 ――ま、なんにせよ、実力も性格も信用出来るって点は確かそうだしな。

 ならばせいぜいあの貴族の若様には偉くなってもらおう、と。その為に、やれるだけの協力はしてやるさというのが彼の出した結論だった。

「グス、お前……調べたな?」

 グスと同じく体を解しているテスタが言ってくる。
 更には。

「で、隊長さんのお相手関係の話はどうだった? あれだけの美人だ、お誘いはあったろうしな」
「テスタ……なんだお前、本気で狙う気か? ……元気だねぇ」
「気分だけはな……で、どうだったんだ?」
「……ま、今度な」

 それこそが少々厄介な話だからな、と笑みから少し眉を寄せて呟けば、流石に彼もある程度は察したのかそれ以上は聞いてこない。
 だがと思い直して、グスはそれに一言付け足す。

「とりあえず、命が惜しけりゃ、ヘタに手ぇ出すのはやめとけ」

 その言葉の言い方に余程説得力があったのか、歳の割りにお調子者の友人は、大きく溜め息を付く事で返した。




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シーグルと愉快な仲間達(笑)。彼らの紹介は少しづつ増やしていく感じですかね。
予備隊は1つの隊で全部で24人、但し交代制なんで一度にいるのは12人。シーグルの隊は新しめで欠員がいるので今は全部で前期組9+後期組10の19人です。
恐らく、私の限界的に、話に絡められるのは片方の組の中の5,6人がいいとこでしょうね……
次はまたキールさんの出番。



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