嫌われ子供の子守歌





  【2】



「いやぁ、本当にお若い、そして見目麗しい方ですなぁ」

 ははは、と豪快に笑う相手に、シーグルは苦笑で返すしかない。
 この一帯の領主、バーグルセク卿の館はテッセンの街中にあり、この街の繁栄ぶりを示すように、彼はいかにも裕福といったでっぷりとした体格の男であった。
 山合いの神殿都市クストと首都の中間にあるテッセンの街は、丁度ラーン河の分岐点にある街だけあって河を使った運搬の中継地点として賑わい、街の風景は少しリシェにもにているところがある。
 その街の領主であるバーグルセク卿の館は立派で大きく、贅を凝らした館内の装飾も、大量に行き来する使用人達も、彼の裕福ぶりをよく表していた。
 栄えた貿易の街の領主というのは普通はこういうものなのだろう、とシーグル個人的には思わず苦笑してしまうところもあったのだが。……首都に一番近い港町リシェのシルバスピナの屋敷は、この館のような華やかさなどどこにもないから。
 だからと言ってシーグルは、別にバーグルセク卿を悪く思っている訳でもなかった。
 貴族というより商人に近い彼の気質は、宮廷貴族共と比べればまだ話していて疲れず、価値観と損得勘定がハッキリしている分わかりやすい相手といえた。

「私はテッセンには初めて来たのですが、賑やかな街ですね、ここは」
「いやぁ、クリュースの玄関口であるリシェに比べれば田舎ですよ、ここも」

 シーグルは別に嫌味を言いたい訳ではなく、ただ素直な感想として述べただけだったので、彼にそう返されると少々居心地の悪さを感じる。
 申し訳なく思っていたのか顔に出ていたのか、バーグルセク卿は唐突に気づいたように苦笑して、今度は謝りだした。

「いやその、特に含みがあって言った訳ではないですよ。……ふむ、なるほど、貴方は少し勝手が違うようだ」

 何か納得したように顎をさする彼は、少し考えた後に頭を掻く。

「いやぁ、貴族の偉い方というのはですな、まぁなんというか適当におだてておけば大抵角が立たないものなのですよ。だが貴方はそういうのはお好きではないと見える」

 そこでシーグルは、先ほど彼がリシェの街を引き合いに出したのは、シーグルに対してのおべっかだったという事を今更ながらに理解した。

「申し訳ない……その、そういうやりとりはあまり慣れてないので、回りくどく言うよりは、普通に思った事をそのまま言ってくれた方がありがたい。こちらに何か落ち度があった場合や、ここに滞在させて貰う上での注意などあったら遠慮なく言って欲しい」

 真剣にそうシーグルが言えば、バーグルセク卿はまた豪快に笑う。
 
「いやいやいや、お美しいと思っていたら、中身は随分と可愛いらしい方だ。そういう事でしたら、こちらも遠慮なく言いたい事は言わせて貰いますので、そちらも何かあったらこちらに何でも言ってください」

 それで背中をその豪快な笑い方のままに叩かれたのには少々参ったが、彼の発言にはほっとして、シーグルもまた笑顔で改めて宜しく頼みたいと告げる。

 ……勿論、可愛らしい、という言葉には内心少し動揺してはいたのだが。






「なんかバーグルセク卿は随分隊長と楽しそうに話しているな」

 マニクが不機嫌そうに言いながら肉を噛みきれば、その横でセリスクもまた少し顔を顰めて、マニクと同じ方向を見つめる。

「そりゃー、隊長を傍におけりゃ楽しいでしょうよ」
「隊長気に入られたかなー」
「そりゃー、気に入るでしょうよ」

 なんだか違和感を感じてマニクが友人の顔をみれば、顔を顰めているというより目が座っていて、そういえばこいつはそこまで酒は強くなかったなと顔を手で覆った。
 この状態の彼には、何を話しかけたところで無駄だろうとマニクは肩を落とす。

「まぁ、安心しろ。卿が隊長を見てる目はヤバイ意味じゃねぇから」

 そういって肩を叩かれて、マニクが顔を上げれば、そこには自分の父親くらいの歳の同僚がいた。

「ありゃーな、おっさんが若いモンを見て可愛いじゃねーかって微笑ましく思ってるってぇそんな目だ。グスの野郎がよくやってる目と一緒だぁな」

 マニクの肩を叩いたグスの横から、やけに機嫌の良さそうなテスタがそう言いながら顔を出す。

「悪いなおっさんで。ったくお前酒が入ると更に口に歯止めが利かなくなるな。そもそもな、おっさんってのはこいつらに言われるなら分かるが、お前に言われるのは納得いかねーぞ」

 グスが言いながら、裏拳でテスタの額を叩く。大げさにのけぞったテスタは、そのままそこでうずくまった。

「隊長はな、あの見た目とは違って子供っぽくてやけに素直だからな。いいおっさんには、それが可愛く映るもんだ」
「隊長が、可愛い、ですか……」

 グスの言葉にマニクは顔をひきつらせる。
 正直マニクには、可愛いという言葉とあの隊長のイメージとがどうしてもあわなかった。
 マニクからみたシーグルは、いつでも背筋をぴっと伸ばして凛々しくて、冷静で強くて、そして思い切りの美人だ。あのきつい瞳と、表情がそうそうに崩れないあの人を見て、『可愛い』という言葉はまずでてこない。

 そう思いながら改めて隊長の方を見れば、背を叩かれた彼は少し困ったようにしながらも、落ち着いてバーグルセク卿に何かを言っていた。
 だがその時、マニクの頭は上から降りてきた手で掴まれて、そのままぐしゃぐしゃとすごい勢いで撫でられた。

「ちょ、やめろって。おいおっさんっ」
「まーあれだ、お前はその隊長よりももっとガキで、しかも可愛くないガキだってこった」

 手を掴んで離そうそうとするが、不利な体勢ではそれも難しい。
 テスタだけじゃなく、実はグスの方も相当酔ってたらしい、とマニクは今になってこの親父共と話をした事を後悔した。






「しかし、なんというか、貴方は余程真っ直ぐ育てられたのでしょうなぁ」

 雑談から、ドラゴンの噂話について一通りバーグルセク卿に聞いた後、話が一段落ついた時点で、唐突に彼はシーグルを見てため息をついた。

「いや、私にも貴方とは3つしか違わない息子がいるのですが……その、お恥ずかしい事に、貴方とはかけ離れたように、いつまでも言動が子供で……そのくせに捻くれていてですな、正直……父としてどう接していいかわからないのですよ」

 シーグルの3つ下と言えば、丁度弟のラークと同じくらいの歳だろうか。確かにあの年頃は難しいのかもしれないと、いつも顰めっ面の弟の顔を思い出してシーグルも真剣にバーグルセク卿の顔を見つめる。

「それでですな……これは個人的な話でとても申し訳ないのですが……出来れば一度、うちの息子に会ってやってくれませんでしょうか。私の話など全く聞いてはくれんのですが、歳が近い貴方ならあいつも話をしてくれると思うのですよ」

 弟と同じ歳、と言われればシーグルにも人事のように思えない。更にはそこでバーグルセク卿が続けた話で、シーグルは完全にまだ会ってもいないその少年に同情してしまう事になる。

「あいつも、捻くれるのは仕方がないのですよ。なにせあれの母親はあいつがまだ小さい頃に、突然ここを出て行ってしまいましてな。以来、私の事も軽蔑して、懐こうとはしませんでな……正直、どう接していいか分からずにこうして時間だけが過ぎていきまして……」

 母親のいない寂しさは、シーグルには分かり過ぎるほどに分かる。
 だからシーグルは卿の顔を真っ直ぐに見返して、はっきりとした声で答えた。

「分かりました。機会があれば、必ず」




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エロが後半に集中する構成になっちゃってるので、出来るだけさくさく前半は行きたいなと。




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