嫌われ子供の子守歌





  【1】



 予備隊といえば、ひたすら訓練。訓練こそが、予備隊の仕事みたいなものだ。
 と、言われる事が多いくらい、普段はひたすら訓練に明け暮れるのが首都の騎士団本部の中でも予備隊と言われる彼らなのであるが、国内のトラブルに派遣されるのも主要な仕事の一つであった。

 今回の仕事はオラクスの村からの依頼による、ドラゴン退治。
 一般的に、この手の仕事は騎士団ではなく、村自体が冒険者事務局に依頼してどうにかする事が多く、騎士団に回ってくる事はそう多くもない。と、いうのも大抵は危急を要するものであるから、面倒な手続きと下調べが入って、動くまでに時間が掛かる騎士団の方に依頼している余裕がないからだ。どうしても金がなくて国に嘆願書を送った結果、実際に騎士団が行く頃には村が壊滅していたという事も少なくない。
 ただ今回、こうして騎士団が動くまでどうにかなっていたのは、被害者がそこまで多くない事と、特定の場所にしか出ないからそこにさえ近づかなければどうにかなるという事情があるからという事だった。
 最初にそのドラゴンが出た時からは1年程が経っているらしいので、確かにその時間を見れば普通は騎士団に頼るのなどバカバカしくなるのもわかる、とシーグルは思う。

「しっかしまぁ、この手の仕事はよくウチに来ますなぁ」

 言いながらテスタが馬を並べてくる。
 とはいえ、彼は、実は理由をちゃんとわかっていてその台詞を言っているのだ。一言でいってしまえばそれは、早くシーグルに手柄を立てさせて昇進させたい貴族院の思惑によるものである。
 この隊の隊長であるシーグルは、騎士団に入る前は冒険者として高い評価を受けていた。その時の仕事として一人で小型のドラゴン退治くらいは請け負っていた為、こういう仕事がわざわざこの隊に回されてくるのだ。

「ま、そんな顰めっ面しないで、この手の思惑にゃ素直に乗っかっときゃいい」

 更に馬を並べてきたグスが、笑って言う。

「見えているのか?」

 驚いてそう返したシーグルに、グスは笑う。
 なにせ全身甲冑装備のシーグルの顔は今、銀色の兜で口元以外は覆われているからだ。

「いんや、そうなんだろうなってのは見なくてもわかりますよ」

 シーグルはそれで、口元に苦笑を浮かべた。
 年の項とでもいうべきか、人生経験の差ともいうべきか、やはり部下とはいえ年長連組の者達にはかなわない、とシーグルは思う。
 ただ彼らのそんな茶化してくるような発言も、大抵はこちらを和ませる為の好意的なものだと分かっているから、それを不快に思う事はまずなかった。年上の人間には、同等かただ厳しくされるだけか多かったシーグルとしては、こういう感覚は慣れなくてどうにも気恥ずかしい時もありはしたが。

「とにかく、偉くなって損はないですからな。大丈夫、貴方は偉くなればそれだけ世の為になる人物だ」
「あまり買いかぶって貰っても困る」
「真実ですよ。ウチの隊長さんはもう少し自信を持ってくれるといいんですがね」

 それだけ言うと、グスはそれ以上の反論を拒否するように、馬の歩みを早めて前に行ってしまった。
 こんなやりとりは今更だから、これ以上長々話すことではないとはシーグルも分かってはいる。だが、このやりとりの度に、いつも妙に言い負かされた気分になるのは何故だろう。
 シーグルは別に、偉くなりたいとか、騎士団を改革しようとかそんな大きな目標があって騎士団に入った訳ではなかった。どちらかといえば家のしきたりに従っているだけで、ある意味自分で選択して入った訳ではない分、入った時の志は他の貴族騎士以下だとも言える。ただ、例え与えられただけの役目であったとしても、自分のすべき事には最大限の努力をするようにしている、それだけだ。
 幼い頃から自分で生き方を選ぶ事が出来なかったシーグルの、それが唯一の自分を主張する手段だとも言えた。
 それでもこうして部下達が自分に好意的に接してくれるのは、自分がしている事に対する評価のようなものだろう。それはただ嬉しいとシーグルは思う。

「しかしあれですな、ドラゴンってのはやっぱ相当ヤバイ生き物なんですかね」

 グスが去った場所に今度はマニクがやってきて、シーグルにそう聞いてくる。

「さぁな、それは実際見てみないと分からないな。なにせ大きさだけでもピンからキリまでいる。エレメンサならそこまでヤバイという訳でもないが」

 ドラゴン、と一括りにされる化け物の中でも、頭から足までが人間サイズ周辺のものはエレメンサと呼ばれ、一番数も多く、大抵の場所で家畜や人を襲うのはそれである。彼らは知性も低く、持つ魔力も恐れる程ではないので、各地で雇われた上級冒険者によってよく倒されていた。シーグルも冒険者時代は何度か戦った事があり、戦い方がある程度確立されている分、焦らなければ一人でも倒せるくらいの自信はあった。
 今回も、今までの被害の程度を見れば、おそらくエレメンサではないかと予測はしている。
 一応、ピンからキリの上辺にあたるような大物がいた場合は出直して戦力を整える、という事にはなっているから、シーグルは手柄にはやって無理をするつもりもなかった。
 それに。

「……そもそも、本当にドラゴンかどうかも分からない。鳥類の化け物かもしれないしな」

 ドラゴンなど見たこともない村人の証言など、恐怖ばかりが先行して信憑性は薄い。実際行ってみたらただの大鳥だったというのは珍しいケースでもなく、シーグルも実際の仕事であったことだ。

「まぁ、そういう事もあるんでしょうねぇ。かくいう俺も実際見たことないんですけどね」

 頭を掻いて笑う彼には苦笑するものの、それも無理ないとは思う。
 小型とはいえやはりドラゴンは化け物の中でも別格で、実際に戦闘経験がないものはまずドラゴン退治など引き受けない。シーグルの場合はたまたま、教育係りだった騎士が若い時分はよくエレメンサ退治を請け負っていたという事で、訓練の合間、半分息抜き程度にその戦い方を教えてくれたのだ。
 とはいえ、だからといって最初からエレメンサ退治を引き受ける程、シーグルだって無謀ではない。別の仕事でエレメンサと戦わざるえない状況になって、それで倒してから受けるようになったのだ。一人でも受けるようになったのは、それからかなり後の話だ。
 ただ、安めの報酬でも危険なエレメンサ退治を引き受けていた所為もあって、年齢の割には異様な早さで評価に星印がつく上級冒険者になれたというのはある。
 だから、殆どの者なら見た事もないドラゴンを、エレメンサであれば割とシーグルは見慣れていた。

「どちらにしろ、まずは慎重に下調べからだ。油断してとんでもない大物だったら、ウチだけでは無理だからな」

 シーグルが言えば、まだマニクの反対側で馬を並べていたテスタが大声で笑う。

「なぁに、被害からいっても、最悪の敵でエレメンサってとこでしょう。そんなら隊長殿だけでも楽勝でしょうし、帰ったら皆で隊長の昇進祝いですな」

 それで傍にいたマニクだけではなく、他の者も馬上から次々に歓声を上げるのだからシーグルとしては頭が痛い。能力でも人間としてもシーグルは部下達を信用しているが、この、何かの折りにつけ騒ぎたがるのだけは困るのだ。飲めないシーグルとしては、毎回どう言って断るかで頭を悩ませることになる。

 ふと視線をずらせば、少し前でグスが肩を震わせて笑っている。彼は隊で唯一シーグルが下戸な事を知っている人物で、今まで何度か助けて貰っているから、笑われても仕方がなかった。
 なにせシーグルは、酒に弱い、というレベルではなく、本気で飲めないというか少量でも飲んだらまずいのだ。いくら部下たちを信用していても、一口でも飲んだらいつの間にか意識がないという状況を分かっていて飲む気はない。
 それでも一応、シーグルとしても、かつては克服する気もあったのだ。だが、どうやら祖父に確認しても飲めないのはシルバスピナ家の遺伝らしく、医者にも止められた事もあって、こればかりは負けず嫌いのシーグルも諦める事にしていた。
 何故か、兄弟で一番下のラークだけは普通程度に飲めるのは納得いかないが、それを本人に言うと、『どうせ俺は高貴なお貴族様の血が一番薄いからだろ』とふてくされられるのでそうそうそれが羨ましいとも口に出せない。
 ……まぁ、彼の場合は、シーグルが何を行っても機嫌悪そうに返すのだが。前程敵対心丸出しにされる事はないが、やはりまだ、下の弟には嫌われているらしい。
 シーグルは盛りあがる部下達を見ながら、一人こっそりとため息をついた。
 飲む店の話までしている他の者達は、いつも凛として動じないといった顔をしているシーグルが、酒の話になると内心相当動揺しているという事を知らない。

 ともかく、その日も行きの彼らの道中は、いつも通り、明るく騒がしいものであった。






 目的地であるオラクスの村は、首都から馬で1日弱の距離になる。途中小休止を挟んだとして、朝騎士団を出発すれば、太陽が沈む前にはどうにかつく距離だ。
 その程度であるから一気に村に行ってもいい事はいいのだが、ただの視察とは違って腰を据えて調査と討伐をするのだから、当然このあたりの領主に挨拶にいかねばならない。
 それに、今回は挨拶だけで、勝手にやってくれと言われている訳でもない。

「へ、領主様ンとこに泊めてもらえるんですか?」

 この手の仕事は野営が当たり前だと思っていた部下達は、それで歓声を上げる。
 このあたりの領主であるバーグルセク卿は、討伐隊についての通達に、ならば是非領主の館に滞在してくれと返してきたらしい。

「そーなると、今夜は歓迎のご馳走が期待出来るって事ですね」

 一人が言えば。

「ばーか、ご馳走されんのは隊長だけかもしんねーぞ。あんま期待すんなって事だ」

 と、いうやりとりに皆が笑っている中、シーグルはまたこっそりため息をつくしかなかった。
 ご馳走、もシーグルとしては困る。
 シーグルは子供時代の事情から極端な小食であった。今は昔よりもマシにはなってはいるのだが、それでも騎士でこの歳の男としては異常な小食である。兄の作る料理だけはどうにかまだ食べられるのだが、外での食事はいいところスープとパン一欠けか、ケルンの実という携帯食で済ましていた。

「ま、俺たちは屋根のあっとこで安心して寝れるってだけでよかったと思ってりゃいいさ」

 彼らはそれで納得していたが、実は馳走とか酒宴とかいう話になったら、せめてシーグル一人だけでなく隊のもの全員であってほしいと、一番強くこの中で願っているのはシーグル本人だったりした。

 その、シーグルの願いが聞き届けられたのか。

 バーグルセク卿は気前の良い人物で、シーグル達一行がつくと大いに歓迎してくれて、シーグルだけではなく、部下達にも大部屋とはいえベッドのある部屋を用意してくれた。更に夜は皆に酒宴の席をもうける事を約束してくれ、隊の者達は皆が皆、旅の疲れも忘れて喜びに沸いた。

――仕方ない、卿にははっきりと飲めない事を告げよう。

 と、喜ぶ皆とは逆に、礼の言葉を言いながらも声が沈みそうになったシーグルは、心でそう決意していたのだが。
 ちなみにシーグルは冒険者時代、危険なエレメンサ退治をした後開かれた酒宴で、馳走と酒を断るのにいつも苦労していた覚えがある。
 自分が断れば部下も気兼ねなく飲み食い出来ない……それもわかっている分、前のようにただ断るだけも出来ないだろう。
 やっかいだ、と思ってから、シーグルはふと気がつく。
 これで更に偉くなっていったら、もしかしてこういう機会が増えてしまうのではないかと。



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新エピソードです。今回は、冒険譚風のお話と、シーグルにがっつりエロ担当をやって貰う予定。
現地キャラと、シーグルの隊の連中だけのお話になります。



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