嫌われ子供の子守歌

※この文中にはそのままのシーンではないですが、性的表現を含む箇所があります。読む場合は了解の上でお願いいたします。



  【14】



 未だじくじくと、燻るように体中の感覚が快感を求めている。油断すればすぐに精神まで引きずられそうになるその感覚を抑えて、シーグルは少年に出来るだけ優しい笑みを浮かべてやる。

「なんで? だってエネルダン様はこれでシーグル様は僕のものになるっていったんだ。僕じゃまだ、貴方のオトコにはなれない? だったらもう少し大きくなってもいいよ、シーグル様の為なら……」
「そういう問題じゃない。俺には俺の役目がある、君のものになってずっと傍にいてやると約束してはやれない」

 いくら彼に同情していたとしても、シーグルは彼の望む返事を返してやる事は出来なかった。体の感覚に崩れそうになる笑みを堪えて、シーグルは少年の瞳をじっと見つめる。必死に縋りついてくる少年のその手に思わず喘ぎそうになりながらも、シーグルは少年の瞳から視線が外れないようにじっと見つめ続けた。

「いいよ、今はまだ約束してくれなくても。だってここにシーグル様をずっと閉じこめておけばいいんだもの。ずっと閉じこめて僕と愛し合ってれば、そのうち僕のものになってくれるもの」
「それはない。……俺は、あきらめて君に従ったりもしない」

 息が乱れそうになる。声が震えそうになる。
 それでもシーグルは、笑みを浮かべ続けた。

「どうして? だって……」

 泣きそうな顔の少年に手を伸ばし、柔らかな髪を撫でてやる。
 それだけの動作でも、体は重く、甘い疼きが全身を駆け巡る。

「ネイグス、君の本当の望みはなんだ? さっき言っていたじゃないか、母親を探して、教えてもらった魔法を見せるんだと、褒めて……貰うんだと」

 撫でていた手に少年の手が触れてくる。
 そんな事にも声が出てしまいそうで、思わず手を払いたくなる自分を抑えた。

「母さんに会いたいなら、探せばいい。その時に、君がすっかり成長していたって……母親なら絶対に君だと分かる、大きくなった君を喜んでくれる。ちゃんとした魔法使いになって、母さんに立派な姿を見て貰えばいい」

 言葉を言い切っても、もう声の微かな震えは誤魔化せなかった。
 あともう少し、持たせろと心で自分に言いながら、シーグルは少年に笑みを向けつづけた。
 少年は、けれども、唐突にシーグルの顔から瞳を逸らして下を向くと、弱々しい、今にも消え入りそうな声で呟く。

「……でも、でももし、母様が僕をいらないっていったらどうするの? いらないから出ていったんだって……」

 多分、その不安が、少年が前に一歩踏み出す足を阻んでいる。その所為で、優しい誰かが傍にいればそれでいいと少年に思わせてしまっている。
 だから、その不安に立ち向かう勇気を彼に教えなくてはならない。そうしなければ、彼は大人にはなれない。
 震える声をそれでも出来るだけ力強く、明るく聞こえるようにして、シーグルはネイクスに伝える。

「そんな事を言ったなら、母さんに文句の一つでも言ってやればいい。それから、君がどれだけ会いたかったか、大好きだったか言えば……きっと分かってくれる」
「でも、でも……」

 少年は不安そうに瞳に迷いを浮かべ、シーグルを縋るように見返してくる。
 シーグルにはわかる、大好きな人に拒まれる事を恐れる気持ちが。
 シーグルだって怖かった。怖いからなかなか一歩を踏み出せなかった。兄が自分を本当は嫌ってないと言われていたって、優しい兄を信じていたって、もう一度、拒絶されるのが怖かった。大好きな人に、きっと自分を愛してくれているだろうと思っていた人に拒絶されるのは何よりも辛い。
 それでも、踏み出さなければ、前に進む事は出来ない。

「ネイクス、君は母様が教えてくれた魔法を、一生懸命自分で練習してそこまでにしたんだろ? それは何の為だ? 俺なんかを手に入れて満足する為じゃないだろ」

 それでも、少年は泣きそうに大きく開いた目を潤ませて、じっとシーグルに不安な心を訴える。

「大丈夫だネイグス、君の力は素晴らしい。君が努力して身に付けたその能力は誇っていいものだ。それはこんな馬鹿な事に使う為じゃなかったはずだ」
「でも、僕の力は怖いって。館の皆も、父様も……」

 ついに少年の瞳から涙が零れる。
 ネイクスも、本当に心から父親を嫌っている訳ではない。きっと、何かの折りに父親が見せてしまった彼への恐れの表情に傷ついて、幼い少年は自分の心を守る為、自分の方から嫌いなのだと思い込む事にしたのだ。

「それは、君の力を使うべきところを間違っているからだ。君の力はちゃんと人の役にだって立つ、君が使い方を間違えなければ誰も君を恐れたりなんかしない」

 少年は叫ぶ。

「でも皆、僕の事嫌いで、やっかいものだって目で見るんだ」

 そうして、少年はシーグルに抱きつくように縋りついて来て、思わず上体を支えていた腕から力が抜けそうになる。今の彼にその意図がなくても、快楽を求めて荒れ狂う身体は、少年の手の感触に浅ましく熱を拾おうとしてしまう。
 それでもまだ、後少し。まだ、彼の前で崩れてはいけない。
 シーグルは、縋りつく少年の頭を撫ぜて言ってやる。

「っ……そ、れは、君がまず彼らの事を嫌っているからだ」

 少年は顔を上げる。
 シーグルは彼に出来るだけ優しい笑みを浮かべてやる。



 ――けれども。

「ネイクスっ、耳を貸すんじゃない。……全く、騎士様がそんなにおしゃべりだとは思いもしませんでしたよ」

 もう、帰ってきてしまった。
 それを悔しく思いながらも、シーグルは最後の気力を振り絞って、魔法使いの青年を睨む。
 青年は、整った顔に不釣合いな醜悪な笑みを浮かべてシーグルを忌々しげに見つめると、舌打ちした後、表情をさも馬鹿にした笑みに変えてシーグルに向かって歩いてくる。

「ほら、ネイクス。偉そうに君を諭している騎士様の本性を見てごらん」

 言いながらエネルダンという魔法使いは、持っていた杖でシーグルの腕を叩く。
 辛うじて上体を支えていた腕がそれに耐えられるはずはなく、シーグルの体はベッドに沈み、倒れた衝撃が肌に全て快感となってシーグルに押し寄せる。

「んぁっ、く……ん……」

 耐えようとして、びくんびくんと痙攣するように震える体をどうしようも出来なくて、シーグルは自らを押さえ込もうとして両腕で自分の体を押さえた。

「ねぇ、今の彼はね、きっと痛みさえも最高に感じてしまっているよ」

 そうして魔法使いは笑い声を上げると、今度は杖でシーグルの体を叩きだす。叩かれるたびに、シーグルは痛みではなく快楽の甘い声を漏らし、上気した白い肌には叩かれた跡があちこちに浮かび上がった。

「ほら、ほら、浅ましいなぁ、本当にとんだ淫乱だ」

 シーグルにはもう、魔法使いの言葉さえ理解している余裕もない。ただ、狂ったような青年の笑い声の中、叩かれる衝撃に肌を震わせ、痛みがじんわりと快感に変わっていくのに身悶える事しか出来なかった。

「やめて、やめて、エネルダン様っ」

 ネイクスの、泣き声混じりの訴えが聞こえる。

「放すんだネイクスっ、何も知らずお綺麗な事言ってる騎士様にはさっさと壊れて貰った方がいい……あぁ、そうだ、さっさと壊してしまおう」

 そうして青年は何か思いついたのか、まるで唇が裂けたかのように大きく両端を釣り上げた笑みを浮かべる。その顔には、端正だったはずの平時の青年の面影さえなかった。

「悶え狂ったまま、ただのおもちゃになってしまえ」

 感覚から正気をどうにか手繰り寄せようとしているシーグルには、その青年の不気味な気配も分からなかった。だから、身を丸めて歯を食いしばっているその下肢に、硬い木が押し付けられた事だけを感じて、覚悟するように目をきつく瞑った。

「や……だめっ、やめてやめてっ」
「煩い」

 魔法使いは縋りつく少年を、持っていた杖で殴り飛ばす。
 小さな体が部屋に転がる音に、固く目を瞑っていたシーグルが僅かに目を開けようとする……だが、その直後に片足をつかまれて持ち上げられ、曝された箇所を酷い痛みが襲った。

「ぐ、うぁああああっ」

 何か、とてつもなく大きなものが後孔に押し付けられている。入る筈がないような質量が、入ってこようとそこを広げている。

「大丈夫だよ、きっとこんな事さえ気持ち良くなるから」

 部屋の中を満たす嘲笑と、シーグルの唸り声が混じりあう。
 魔法使いは完全に狂人の笑みを浮かべて、持っていた杖の頭をシーグルの秘所に押し付けていた。

「ぐ、うぁ、ああああっ、やめっ……無理だ……や、ぁ……」

 シーグルにはそれの大きさを見る余裕もない。けれども、みしみしと、体を引き裂くようにただ広げられていく感覚は、シーグルに恐怖さえ感じさせる。

 例え、体が使い物にならなくなっても、シーグルは絶望はしないと誓える――けれども、ここで自分に致命的な何かが起これば、あの少年の心が癒えない傷を負ってしまう。それが、シーグルは悔しくて、見開いた瞳が涙を滲ませた。

 だが、部屋の中を満たしていた青年の嘲笑が、唐突に悲鳴に変わる。

 言葉にならない、醜く、高い、狂人の悲鳴が部屋に響き渡ったかと思うと、青年は急に自分の体を掻き抱いて、そのまま床に倒れこんでのたうち回りだした。

「エネルダン……様?」

 恐る恐る呼ぶネイクスの声さえ聞こえていないのか、魔法使いは狂った悲鳴を上げたまま、床をごろごろと転がり痛がる。
 何が起こったのか分からず困惑する少年が立ち上がろうとしたところで、廊下から人の気配がして、部屋の扉が開いた。

「おや、防御する余裕もなかったんですか、そりゃー痛かったでしょうねぇ」

 部屋の中に入ってきた人影は、最初は一人。
 魔法使いらしいローブを着て背丈程の杖を持っている青年は、入ってきてすぐ、床でのたうち回るエネルダンに侮蔑の視線を落して言った。

「すっかり油断してましたねぇ、結界が強力であればあるだけ、壊された時の反動が酷い事くらい知ってるでしょう? そんな事にさえ気が回らない馬鹿者だとはねぇ」

 けれども、ひぃひぃと未だ痛みに引き攣る相手へはすぐに興味を失ったのか、その魔法使いは、急いで何かを探して部屋の中を見回し出す。
 そうして、ベッドの上のシーグルの姿を見つけた魔法使いは、思い切り顔を顰めて大きな溜め息をついた。

「キール、隊長はっ……」

 それから声と共に大勢の足音が押し寄せてきて、ドアの入り口に鎧姿の男達が姿を表す。
 だが、それを確認してすぐ、のんびりとした動作だった魔法使いが素早く動いたかと思うと、開け放たれていたドアをすごい勢いで閉めた。
 ドアが閉まった所為だけではない、確実に何かに派手にぶつかった音が響き、それに悲鳴というか怒声が続く。
 けれども魔法使いはそのドアを押さえつけ、ふぅと一つため息をつくと、ドアの外に向かって大声で叫んだ。

「はいはーい、騎士の皆さん方〜、貴方達のお仕事はなさそうなのでぇ、少々そこで待機しといてくださぁ〜い。ここの馬鹿間抜け魔法使いと領主のご子息さんは魔法ギルドの方で一度引き取りますんでぇ、とにかく入ってこないでくださいっ、あんたらいるとシーグル様の容体が見れないんですよっ」

 最後にはただの怒鳴り声になって、それを聞いた、ドアを叩いたり怒鳴っていた向こう側が静かになる。
 一息ついた魔法使いがドアから離れ、顔を窓際に向けると、そこにはいつの間にか、2人のやはり魔法使いらしき人物が立っていた。
 何処から来たのか、何時からいたのか、まるで気配をさせずにそこにいた彼らにネイクスは驚いたが、彼らは言葉を話すこともなく、すぅっと滑るよう移動すると、未だ床でのたうち回るエネルダンの両脇に立ち、彼の体を持ち上げた。それから、何か術を唱えて軽くその体を杖で叩けば、痛みにひくひくと痙攣していた魔法使いの姿は光に包まれて消える。

「エネルダン様っ」

 消えた彼に思わずネイクスが立ち上がると、二人の魔法使いは今度はネイクスの前にやってきた。

「あー……多分、正式に魔法使い見習にさえなってない坊やは特に罰せられたりしなくて済むと思いますんでぇ、ちぃっとギルドの方に付き合ってもらえませんかね? あの馬鹿魔法使いが何やったかってぇ証言と、坊やの魔力とかいろいろ調べさせて貰いたいんですけどねぇ?」

 シーグルの傍にいるキールの口調は穏やかではあるものの、ネイクスの前に立ちふさがる二人の魔法使いは険しい顔でネイクスを見ている。それに怯え、助けを請うように少年はベッドを見たが、息も絶え絶えな様子のシーグルに更に表情を強張らせる。

「シーグル様は?」
「この人は大丈〜夫、ちゃんと責任もって私の方でどうにかしますよぉ」
「本当に?」
「えぇ――大丈夫です」

 そうすれば少年は、安堵に表情を和らげてから涙を拭いて、少年を待っているらしい二人の魔法使いの方に向き直る。

「行くよ、それが今、僕のやるべき事なんでしょう?」

 言えば魔法使い二人は少年の肩に手を置いて、一度キールに目礼をしてから呪文を呟く。今度は連れて行く少年だけでなく、彼ら二人も共に光に包まれる。
 そうして、その光が弾ければ、部屋に残るのはキールと、ベッドの上のシーグルだけになった。



---------------------------------------------

事件は割合あっさり解決(==
う、うん……シーグル喘がせたかった、ってのが分かるお話ですねぇ。
後数話程後日談ぽいのがあります。



Back   Next


Menu   Top