古き者達への鎮魂歌




  【9】



 空はそろそろ暗くなってきて、谷に日が落ちる頃。
 隊の残り組の連中と、ウロから逃げて来たマニクは、とりあえず一旦馬のいる場所まで戻って火を囲んで話し合っていた。

「……で、文官様はなんだって?」

 グス達がウロへ入った直後、キールから返信代わりに呼び石が使われて、即座にランが器に水を張ってその中へ連絡用の石を入れた。この魔石は水の中に入れるとその水面を使って互いの音と画像をやりとりできる便利な通信手段だが、結構高価なためそう簡単に使う訳にはいかない。勿論今回は緊急時だからシーグルの許可を取らずに使ったが仕方ない。

「バシクラズまでは来ているそうで、場所の特定もおおまかには分かっているそうです。ただこの谷には結界があるから歩いてくるしかないという事で、もう少し……来るまでは掛かるらしいです」
「確かに、こんな時間でも霧が晴れてないからな」

 もう夜になろうというのに、谷の外は霧しか見えないからへたに出ていく事も出来ない。マニクの話からするとグス達は捕まったと思った方がよく、とりあえず危険だろうとウロからは離れたものの谷の外へは逃げられなくて結局ここにいるしかない、という状況だった。

「夜なら、むこうが油断してる……可能性はあるかな?」
「どーなんだ?」

 傍で休んでいるシカにマニクが話しかければ、シカは頭を上げて言う。

「わからない、かな」

 うん、聞いても無駄だったなとがくりとマニクが肩を落とせば、シェルサが聞いて来る。

「そういやお前、蔓って通路にもびっしりだったんじゃないのか? よく無事に出てこれたよな」
「あー……うん、大丈夫だったな、いや走ってる周囲で蔓動いててこえぇって思ったんだがなんか襲われはしなかった」

 実際、周囲がうぞうぞ動きだしてヤバイヤバイと思いながら走っていたのだが、結局蔓はこちらを襲ってくることはなかった。その状況を思い出して、マニクはふと気づく。

「あー……もしかして、お前と一緒だったから蔓は襲ってこなかった、とか?」

 そうしてもう一度シカの方を見れば、シカはまたキョトンしたした顔をしてから答えた。

「うん、トレムは僕らのトモダチだから」

 考えれば途中からマニクはずっとこのシカと一緒に走ってきた。勿論シカの方が足が速いから、行きと同じく向うは何度も足を止めてまってくれていたのだが。

「となると、こいつが一緒に行ってくれるならあの蔓を避けられるかもしれないって事だよな」

 そうマニクが言った途端、ずっと黙っていたこの隊一の大男が無言で立ち上がった。

「俺が行く」

 そこで今すぐにでも行きそうな様子のランを、皆は必死で止める事になる。

「まてまてランっ、まだ何も決めちゃいないだろっ」
「そうですよランさんっ、せめて段取りとか決めてからでないとっ」
「てかなんで一人が行く事になってるんだっ、誰もいってねぇっ」

 いやランはそもそも俺達の止め役として残されたんじゃなかったのか――とひそかに思いながら、マニクは隊一の大男で力も当然隊一である男を止めた。四人がかりでどうにか宥めて座らせる事には成功したものの、立場が逆だろと言いたくなる。

「ともかくっ、向うは魔法使いだ、なんの策もなしで突っ込んで全滅は絶対だめだ。……安全策を取るならやっぱ文官殿が来てからってのが一番だとは思うが、そこまで待って隊長が無事かって問題もある。……って事で、何か考えがある奴っ」

 なんで自分がまとめ役をしなくちゃならないんだと思いながら、考えれば例えランがグスが言った通り残りの連中のまとめ役をやってくれたとしても、無口な彼は会議の進行役は出来ないなと改めて思う。

 だが、手を上げて他の連中の発言を待っていても皆考え込んでいるだけで意見が出てこない。

「策っていってもなぁ……」
「とりあえず行ってみないと何も分からないんじゃないか?」
「……っておいラン、だから待てって」

 再びランが立ちそうになってまた全力で止める事態になる。……なんだかそのやりとりだけでもすさまじく疲れた。
 だが、それでちょっとげんなりしていたマニクは、いつの間にか他の連中の視線が自分に集まっている事に気づいて驚く。更には焦って目を泳がせたら、皆に揃って問い詰められた。

「そもそもマニク。お前だけが中の様子を見て分かってるんだ、お前以外に策なんて考えられないだろ」

 作戦立てるとかいつもの俺の役目じゃねー……と心で叫びながら、冷たい皆の視線を受けてマニクは冷や汗を流すハメになった。






 一方、穴に落とされたグス達は、深い穴に落とされて大怪我……をする事はなく、蔓を編み込んで作ったような長い長いトンネルをひたすら落ちていた。どれくらい長い間落とされていたかは分からないが、いい歳の男3人の悲鳴のあとやっと終点にたどり着いて吐き出された先は、暗い穴の中ではなく、うっすら霧につつまれた……恐らくは外だった。

「いっでぇっ、重い重いってめぇ殺す気か」
「仕方ねぇだろっ不可抗力だっ」
「うがぐえぇっ」x2
「あ……悪ィな」

 テスタ、グス、アウドの順に吐き出されたから、その順に重なって落ちるのは仕方がない。最後に落ちたアウドは一応急いで退いたが、一番下になったテスタは二人が退いた後も暫く起き上がれなかった。

「……とりあえず、谷の外に放り出されたってとこか?」
「だろうな、この霧の感じだと結構谷から離されたと思うが」

 辛うじて日はまだ落ちていないから周囲は真っ暗という訳ではない。おかげで辺りが霧に囲まれてはいても周囲の木のシルエットくらいは分かって、それなら谷から結構離れているのだろうと予想出来る。

「今の俺達にゃ馬がねぇし……谷に戻るのはきついかね」
「だがどうにかして行くしかねぇだろ」
「そりゃそうだがよ……」

 そこでやっと起き上がったテスタが、難しい顔をしているグスとアウドに向かって苦笑する。

「あー……なんだ、まずはちっと休憩しねぇか? 歩くにしちゃ俺ァ腰痛ェし……後はほら……収まるまでな。……お前らだってやべぇだろ?」

 グスもアウドも無言のまま、三人で暫く見つめあって……それから各自、背を向けて座り込む。だがその時間は割合早く終わりを告げる事になった。

「おやぁ、なぁぜまぁたここにあなた方がいるんでしょ〜かぁ」

 特徴のある間延びした声に皆が顔を上げる。霧の中に浮かんだ光を見つめればそれは近づいてきて、よく知る魔法使いの姿を浮かび上がらせた。

「私はて〜っきり全員谷にいると思ってたんですけどねぇ」

 馬を引いて歩いてきたらしいキールの姿に、全員自分の状態を忘れて駆け寄った。





 あぁ、やっぱり年の功っていうかグスはすごかったんだな……なんて事をマニクは考えていた。
 確かに現地の状況を知っているのはマニクだけだが、蔓が動きだしてすぐ逃げろといわれたからロクな情報を持っている訳ではない。確かに行くまでの道順とか中の風景とかは分かっているが、そこは例のシカがいる段階でマニクの知識が特に使えるとはいえない。っていうかその程度知っているからといって何か案が出る訳はない。

「えー……と。で、結局、とりあえず行ってみるって案しかない訳だが……」

 残った連中は実際の計画を立てるのが苦手な連中ばかりで作戦を立てようとしても立てられるモノじゃない。泣きたい思いでなんかもうとりあえず突っ込むか、という気分になっていたマニクだったが……そこで天からの助けとしか思えない声が聞こえて霧の方へ顔を向けた。

「……ーい、お前ら―」
「全員いるかー」

 ちらちらとランプの明かりが近づいてくる。
 やがて走ってきた親父連中の姿を見て安堵で気が抜けたマニクは、その後ろから杖を持った人物もやってくるのが分かって涙が出て来た。







 美しい銀髪の青年は眠っていた。
 いや、正確には体力を使い果たして気を失ってしまい、そのまま眠りについている。

――やっぱり、やり過ぎだったな。

 こんなペースで摂取していたら、遠からず彼は死んでしまうだろう。
 眠ってしまった所為で食事も一回だけしか与えられていないから、これでは絶対に長く持たせる事は出来ない。早く彼の正気を飛ばしてしまいたくて、最初だけだからと言い聞かせて無理をさせたが、明日は一日休ませたほうがいいかもしれない。
 体もちゃんと洗ってやるべきだ、食事も食べさせて、休ませて……そうだ、いっそ摂取は一日おきにすればいいのではないか。もし満月の時に大量に魔力が貰えるなら、その量によってはいっそ満月以外は殆ど摂取しない、というのもありなのでは。
 トレムは考える、彼から出来るだけ長く、多くの魔力を補充しなくてはならない。そのためにどうすればいいか……そして、何も言わず眠る彼を見れば見る程、次に目が覚めた時、彼が正気でなければとそれを願わずにはいられない。

 彼が正気を失ってもう手遅れになってしまえば――こうして、迷わなくて済むのに。

「大切な人、なんだろな……」

 必死で彼を呼んでいた男達の声と顔を思い出す。事情を知らないくせに、なんて――そりゃ知ったら出来ないから、としか答えようがない。
 トレムは膝を抱えて顔をそこに埋める。はぁ、と息を吐いて自分に言い聞かせる。

 誰もが全員幸せになる、なんてことは出来ない。誰かの幸せの為に誰かが犠牲になるなんて当たり前にある話だ。何かを選ぶ事は何かを捨てる事である、自分の一番大切なものを守る為なら犠牲を考えてはいけない。

 けれども、彼を助けにきた者達の必死さからすれば諦めてはくれないだろう。そして彼も――あれだけやっても正気を手放してくれないのは、自分を待つ人、助けようとする人達の為だろう。
 それでも、彼を犠牲にして望みを叶えたいと思うのなら、彼らよりも自分が強く思わなくてはならない。意志が弱ければ、きっと負けてしまう。

「俺はもう、失いたくないんだ」

 トレムは強く掌を握りしめる。
 そうして……ふと顔を上げた。

「魔法使い? どうやって、ここへ?」



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やっとこさシーグル救出に話が向かいます。



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