古き者達への鎮魂歌




  【10】



 蔓で覆われた、というより、まるで蔓を編み込んで作ったような通路の中、グス達は再びシーグルが捕まっている場所に向かって歩いていた。ただし、今のメンツはグス、テスタ、ラン、アウド、クーディ、シェルサで、後は当然キールである。セリスクは最悪の場合の連絡役として残り、マニクだけは後から来る事になっていた。

『ご安心ください、魔法ギルドにはぁ連絡済みですので〜本当に本当の最悪の時は、ソレを使って助けを呼べばぁいい訳です〜』

 一通りの事情を聞いた後でシーグルを助ける作戦を皆に話したキールは、最後にその言葉で締めくくってこちらを安堵させた。どうやらセリスクに渡した棒のようなアイテムを折れば魔法ギルドに連絡が行って助けに来てくれるらしい。
 ただ、ならばさっさとギルドに応援を頼んだ方が確実じゃないのかとテスタの発言に対する返事は『おそらく、それで解決した場合はシーグル様が悲しむ事になると思うのですよぉ』で――グス達には訳が分からなかったが、シーグルの名前を出されたら反論出来る筈はなかった。

「しっかし、しっかりランプつけてこンなぞろぞろ歩いてて大丈夫なのかよ? もっとこっそりいかねぇとすぐバレて蔓に捕まンじゃねぇか?」

 今回シカは最後尾だから同じく最後尾についていたテスタがそう言えば、先頭にいるキールがやはり緊張感の欠片もない明るい声で返した。

「いぇいぇ〜、ざぁんねんな事にですね、私がいる時点でぇどれだけこっそり行っても無駄ですから堂々といくんですよぉ〜」
「はぁ?」

 歩く隊列の動きが一瞬止まる。

「向うがマトモな魔法使いさんでしたらぁねぇ、魔法使いがいればどこにいるかまぁ見えてしまう訳なぁんですよぉ」
「うえぇぇっ、じゃぁもう向うにゃ気づかれてるって事か?!」
「えぇそうで〜すよ〜」
「文官殿っ何で黙ってたんですかっ」
「では〜だぁからといって私が一緒に行かないという選択肢はあ〜りましたかぁ?」

 そう言われれば文句の言いようはなく、ただ考え方によってはそれを分かっていてキールは作戦を立てた訳だから大丈夫だろう……とグスは思い込む事にした。声だけ聞けば能天気過ぎるこのやりとりには激しく不安ではあったが。

「とぉりあえず、皆さんは言った通り魔法使いの杖を取り上げるのを最優先で〜お願いしまぁす」
「それは……分かってます」
「たぁのみますよ〜」

 この軽さが不気味なくらいだが、最悪のの場合は魔法ギルドが何があってもシーグルを助けてくれる、というのがあるからそこまで不安に駆られる事もない。

「さぁって、あそこでぇすね、では皆さん頼みまぁす」

 長い通路の先に行き止まりが見えて、キールが足を止める。
 それで前に出たランとアウドが、通路を塞ぐ蔓に剣を突きたてた。







 魔法使いトレムは追い詰められていた。
 この谷の霧には魔法の指向性を奪う効果がある。だから魔法使いは入ってこようとしないし入ってこれない筈だった。だが……谷の位置がはっきり分かっているなら魔法使いでも来る事は可能である。おそらく、ここにきた連中と繋がっている魔法使いがいたという事だろう。

 位置情報を一度掴まれてしまえば魔法ギルドはいつでもここへ人を送り込む事が出来るようになる。だからある意味、トレムの計画は既に失敗したとも言えた。望みとしては――やってきた魔法使いがまだギルドに位置情報を教えていない可能性だ。それなら、交渉するか、殺すかすればどうにかなる……かもしれない、が。

――そんな都合のいい展開はないか。

 とはいえ魔法使いをどうするにしても、魔法ギルド側に既に連絡済みかどうかだけは確認しなくてはならない。ヘタに問答無用で捕まえて、まだギルドに伝えていなかったのにそこで助けを呼ばれたらやぶへびというものだ。どんな能力の魔法使いがくるかによっても違うが、ここでなら大抵の魔法使いよりトレムが優位に立てる。まずは相手の出方を見るしかない。

 だからトレムは歓迎したくない客人達がくるのをただ待っていた。

 魔法使いには一定以上の大きな魔力が見えるから、通路を通って近づいてくる相手の魔力は勿論見えている。それは向うも同じことで、トレムの魔力と……相方の魔力も見えているに違いない。
 ガン、と雑な音が水辺の部屋に響いて、通路を塞いでいた蔓が大きく撓る。それをみたトレムが苦笑すれば蔓は剣に切り裂かれる前に自ら開いて客人達の姿を露わにする。彼らは一瞬、トレムの姿を見て構えたが、トレムが何も言わずに立っていると妙に間延びした声が聞こえてきた。

「あ〜まずは、私がぁ話しますよ〜」

 その声と共に、杖を持ったシルエットが見える。確実に魔法使いだ。こちらも、向うも、相手の要求は分かっていると思っていいだろう。トレムは大きく息を吸うと魔法使いに向けて声を上げた。

「あんたの望みは、あの人物を返せという事か?」
「えぇぇ、そのとぉりです」

 思った以上に相手は魔力が高い。少なくとも『本来の』トレム以上なのは確かで、ヘタをすると高位の術者かもしれない。年齢も確実に見た目よりは上な筈で、これはギルドの役職持ち……となれば既に魔法ギルドにこの場所は知らせた後かとトレムは思った。
 だが。

「ひとぉつ言っておきますとねぇ、まだこの位置はギルドにはぁ知らせていません。ですからぁ〜貴方がおとなぁしくシーグル様を返して下さるのでしたらぁ、ギルドには何も連絡せずにこのまま去っても構わないのですよ〜」

 そこで正直トレムは迷った。

「貴方ぁの目的は分かっています。分かっていまぁすがぁ〜いずれ終わりは来るものです。永遠など求められないのならぁ、ここらで割り切って頂く訳にはぁ……いきませんかぁねぇ」

 魔法使いなら分かる筈だった。この谷の魔力が全てトレムの相方――あの柘榴石のもので、トレムはあの石と魔力を繋げてここで長い時を過ごしている事を。そして今、その石の魔力が尽き掛けていることも。その為に、あの青年から力を吸い続ける必要があることも。

「あんたなら出来るのか? どうにか出来る手段があるのにそれを諦める事が。大切な者を失わなくて済む方法があるのに指をくわえて失くすのを待つ事がっ」
「……けれどそれは本来『失って当然な者』の筈です。いつまでも失いたくないと願う事それ自体が貴方のエゴではないのですかぁねぇ?」

 あぁやはり全部分かっているのだとトレムは納得する。つまりあの魔法使いは、このまま大人しくあの騎士様を返して緩やかな終焉を迎えていくだけで満足しろという訳だ。

「それを言ったら、魔法使いなど皆、自らのエゴで動いているんじゃないか? 失って当然の命を無理矢理生きながらえさせて……あんただって……」
「えぇ、それは否定しません。私はぁ別に貴方のエゴを否定している訳でもありません。ですがぁ貴方が諦められないようにぃ私達も諦める訳にはぁいかないのですよ。例え貴方がどれだけ正しくて私の方がエゴでもですねぇ、あの方を貴方に渡す訳にはいかないのです。……それに貴方ももう分かっている筈ですよぉ……私がここにいる段階でぇ〜少なくとももう、何があっても貴方が望む通りにはぁならない事を。どぉです、諦めてくださいませんかねぇ」

 魔法ギルドに谷の位置情報が伝わってしまえば、ここでトレムが何をしてももう無駄だ。あの魔法使いがそれを伝えようとしているのは分かっている、分かっている、が……。

「……もう、少し。もう少し、だけ、待ってほしい……」

 せめて満月の夜、彼から力を貰うまで。そうすればきっと数年分は引き延ばせる。

「それはぁ〜聞けない相談ですねぇ」

 魔法使いが言うと同時に、他の連中がこちらに向かってくる。すぐに蔓で彼らを捕まえようとしたトレムだが……そこで初めて、相手の魔法使いもまた幻術使いであるという事を理解した。
 連中の体がブレて見える。走り回る彼らの正確な位置が掴めなくて、蔓はなかなか彼らを捕まえられない。一人二人ならそれでもどうにかなったろうが、さすがに走り回る人間五人を追うのは厳しかった。
 走り回る彼らは、蔓から逃げ回って出鱈目な方向に走っている。それらを目で追う事に夢中になっていたトレムは、だからその内の一人が自分の背後にこっそり回り込もうとしているのに気付けなかった。

 一瞬、手に痛みを感じる。
 気づいて目を向けると、杖を持つ手を叩かれてトレムは杖を落していた。

 だが、それを理解したトレムの唇には笑みが浮かんでいた。

「うわぁぁっ」

 杖を落してそれを拾った男は、急いでそこから逃げようとした直後に蔓に体を絡め取られる。他の連中も杖を落した事で安堵して一度足を止めていたから、その隙に蔓に足を掴まれて動けなくなる。そうすればあとは体全体を拘束するのなんて簡単だ、逃げ回っていた連中はすぐ蔓に絡まれてもがく事しか出来なくなった。

「成程〜この蔓は貴方の力ではないのですねぇ」

 歩いて近づいてこようとした魔法使いにも蔓を向かわせれば、彼は抵抗せずにそのまま蔓に絡まれた。

「悪いな……もう少しだけ、時間をくれ……」

 せめて満月の夜まで……そう呟いたトレムは歯を噛みしめて顔を下に向けた。

「トレム、もう、いいよ。止めようよ」

 そこで声が聞こえてトレムは通路の方を見る。そこにはやはり彼の大切な友人であるシカがいた。

「シャーレ……」

 だがそこにいたのはシャーレだけではなかった。彼らの仲間の一人もいたことでトレムの表情は変わる。

――そうだ、確かにもう一人いた。

 見覚えのある顔はこの間の時も一人だけ逃がしてしまった男で――どうして気づかなかったのかとトレムは考える。
 通路周囲の蔓が動いて男に向かう。だが男はシャーレの上に乗り、友人であるシカはそのまま中に向かって走りだした。

「シャーレ、やめてくれっ、お前のためなんだっ」

 仕方なくトレムは大切な友人を蔓で止めようとする。けれどその動きは早く、それ以上に彼に怪我をさせないように慎重に蔓を動かしているからなかなか拘束することが出来ない。

「シャーレ、お願いだっ」
「トレム、お願い」

 何故彼が自分を止めようとするのかは分かっている。それでも大切な彼を失いたくないから彼の言う事をを聞く訳にはいかない。トレムは泣きながら大切な友人を目で追う。見ている内に涙が出て来て、視界が曇って、それでもトレムは同じことしか言えなかった。

「シャーレっ、止まってくれ、お願いだっ」

 けれど、何度目かのその叫び声の後、唐突に高い、大きな音が鳴る。まるで硬いモノ同士がぶつかったようなカーンと澄んだその音は――気づいたトレムは急いで彼の『相方』の方を見た。
 この部屋の奥、赤い光を放つ蔓に囲まれた場所。そこには何故かシャーレの上に乗っていた筈の男がいた。

「なん、で……」

 しかもその男は彼の大切な相方、この谷の魔力の源である大きな柘榴石に何かを叩きつけた後のような恰好で、更に何かを呟いた。それが何かは分からない、けれどトレムにはそれが何を意図したものかはすぐにわかった。

「やめろっぉっっ」

 高い音が鳴る。今度は大きな音一つではなく、パリパリと沢山の裂けるような小さい音が無数にして――そうして、彼の相方、普通ならあり得ない程の大きな柘榴石は砕け散ってしまった。



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 次回はシーグルが助かるところから。



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