古き者達への鎮魂歌




  【13】



「えー皆で逃げ回った上に、文官殿の魔法でなんか全員の姿に残像みたいなのがついて見えるようになってたンで敵の魔法使いもなかなか捕まえられなくなった訳ですよ。そンで奴が気を取られてる隙にシェルサが杖を落したっ……とこまでは良かったんですが、それでもあンの忌々しい蔓は止まらなくてですね。ンでまぁ最後の手だった俺が出て行く事になった訳です。あのシカの上に俺が乗ってる姿を文官殿の魔法で作り出して貰ってですね、それに奴が気を取られたところで俺がこの石砕杭で壊したんです!」

 ちなみに石砕杭というのは石や岩を砕くための使い捨ての魔法アイテムで、鉱山では良く使われているシロモノだ。今回は柘榴石の鉱脈調査という事で持ってきていたのだが、なければあの大きな柘榴石を砕くのは相当大変だっただろう。
 あの時どうやって石を砕く事が出来たのか――それを聞いたらその時の事をマニクが話出したのはいいとして、お調子者の彼が調子に乗り過ぎた為、その演技掛かった話し方に皆がやんやとヤジを入れる。

「いやーあれはいい演技だったよな、あのシカが!」
「えー、俺じゃないのかよっ!」
「お前はこっそり壁伝いに歩いてただけじゃねぇか」

 まるで宴会のように楽しそうに笑う彼らに、シーグルもつられて笑ってしまう。少なくとも今回の件も、終われば彼らにとっては笑い話になる事だったというのが分かればシーグルとしては安堵する。
 ただ、真面目なシーグルとしてはどうしても、無事で終わったのだからそれで全て良し、とは出来なかったが。

「今回は、本当に皆には迷惑を掛けた」

 マニクの話が一段落してからシーグルがそう言えば、隊の面々は途端に慌てて大騒ぎになった。

「隊長が謝る理由なんかないです!」
「そうです、そもそも俺達がもっと早く隊長がいなくなった事に気づかないとならなかったんですし」
「申し訳ありません」
「え、あ、いやランを責めてるんじゃなく……」

 特に若い連中は懸命にシーグルを擁護しようとして話が別の方に行ってしまい、それのフォローをしようとして収集がつかなくなる。彼らの必死な様子に少しだけ笑ってから、シーグルは改めて部下達に向けて頭を下げた。

「いや、今回はすべて俺の所為だ。俺には魔法使いに狙われる理由がある、今回もそのせいで皆を巻き込んでしまった」
「隊長ぉ〜」

 部下達――主に若手連中は、それを受けて更に慌てる、だが――。

「これからもそういう事がある可能性は高い。その度また皆に迷惑を掛ける事があるだろうが、それでも俺についてきてくれるだろうか」

 シーグルがそういえば、今度は別の意味で彼らは騒ぐ事になる。

「勿論です」
「そうです、隊長のためなら迷惑だなんて思いません」
「はいっ、むしろ何かあった時は俺達をいくらでも使ってくださいっ」

 先を争うように言ってくる彼らの反応に軽く息をついて、シーグルは一度肩の力を抜く。だがもう一つ、彼らには確認しておかなくてはならない事があった。

「……それに、今回は皆に見苦しい姿を見せて……落胆、させたと……思う」

 蔓達に嬲られていた最中、シーグルは意識が飛んでいたから正直記憶はまったくない。だが助けに来てくれたのなら彼らにあの姿を見られた可能性は高い。たとえ見られていなくても装備を持ち帰った段階で服を脱がされた事は分かっただろうし、それで何をされていたのかもおおよそ想像出来ただろう。

 慕ってくれている皆に、いつかは言った方がいいとは思っていた。自分はそこまで綺麗な人間ではないと、崇拝する程の目で見てくれるに値する存在ではないと――今回をきっかけにして、打ち明けたほうがいいとシーグルは思ったの、だが。

「見苦しい姿、なんのことです?」

 それを言ったのはグスだ。

「えぇ、俺達は何も見ちゃいないですよ」

 すぐにテスタが続けて、更に他の面々も口々に言ってくる。

「俺は外で待ってただけなのでまったく、何も」
「俺も隊長のお姿を見れたのはあのウロから出てからですから」
「中に行って隊長を見たとしたらグスさんとテスタさんとアウドさんとマニクだけじゃないですか。俺達はまったく見てません」

 セリスクの言葉にグスの方を見れば、彼は軽く笑って言ってくる。

「確かに俺達はあの魔法使いのとこまではいきましたがね、すぐ捕まって外に放り出されました。貴方の姿なんて見せてさえもらえませんでしたよ」
「だぁな。隊長迎えにいくのも大人数でわらわらいっちゃまずいって言われたしなぁ」

 その後ろでアウドが頷いていた事で、シーグルは今度こそ本当に安堵の息を漏らした。






 隊の中ではグスは何をやるにしてもテスタと組むことが多い。歳の近さもそうだが長年一緒に組んできた仲だそうで、だからちょっとした用事にグスが出かける時は大抵テスタを連れていく。
 それがわざわざ自分を呼んで付き合えと言って来たのだから話があるのだろう――アウドはそう理解した。
 案の定、ちょっとした事務の手続きにつき合わされた後、もう少し付き合えと人気の少ない厩舎の裏へ連れて行かれ、そこで彼に話を切り出された。

「正直言って、お前さんの事は最初からちょっと胡散臭い男だとは思ってた」
「だろうな」

 アウドは素直にそう返した。彼と最初に会ったのは後期の隊にいた時だから、あのころはまだ精神的に荒んでいたのもあるし当然だ。

「前期組に移動になるって話も俺は隊長から聞いた時に反対した。ただあの人が大丈夫だってやけに自信たっぷりに言ってくれたから了承した。正直、現状はもうお前さんが何か企んでるんじゃねーかとか、隊長に対してなにかしでかすつもりじゃねーかって疑いは持ってない、少なくともお前が隊長を何があっても守ろうとしてるってのは信じてる」
「……それは、有り難い」

 グスはそこで一旦口を閉ざすと、今度は言い辛そうに言葉をつづけた。

「ただ……お前は隊長の――今回のような姿を知っていて、隊長自身もそれを分かってるって事だな?」
「あぁ――そうだ。そもそも俺は、かつてあの人を無理矢理ヤった人間の一人だ」
「――ッ」

 いくらシーグルのそういう事情を知っているとは言ってもまさか加害者だった人間だとは思わなかったらしく、グスがこちらの服を掴んで睨んでくる。だが反射的に振り上げた手はこちらに向かって振り下ろされる事はなく、彼は大きくため息をつくと手を離した。

「殴ってくれていい。それに関しちゃどんな非難でも受け入れる」
「……るせぇ、それでもあの人がお前を傍に置いてるならあの人が許したって事だろーが。俺がどうこういう問題じゃねぇ」
「あぁ……俺はあの人に救われた」

 グスが再び大きくため息を吐く。ついでに『ったく本当にどこまでお人よしなんだあの人は』という呟きが聞こえて、アウドは苦笑する。

「堕ちるとこまで堕ちて、最低人間になってた俺にあの人が誇りを取り戻させてくれた。だから俺はあの人のために生きると決めた。あの人を助けるためなら俺は喜んでこの命を差し出せる」

 グスはそこで今度はため息というよりはぁっと大きく声を出して、それから顔に笑みを浮かべて言ってくる。

「ンならそれでいい。隊長が俺達に見せたくないトコを見せられる存在としてお前がいンなら俺らは安心して知らないフリが出来る」

 そこまで考えてあの時見ていないフリをしてくれたという事だろうか、とアウドは思う。そうであるなら有り難い。

「……見てないと言ってくれたのは感謝してる」
「は、お前に感謝される理由はねぇな、隊長の為に決まってるだろ。……ったく、やっぱさっき一発くらいは殴っときゃ良かったぜ」
「どうしても殴りたいなら仕方ないが――まぁ既に痛い目にはあってる」
「どういう事だ?」
「いや……隊長から股間を蹴られて悶絶した事があってな……」

 そこでグスが無言でこちらの顔をじっと見つめてくる。それからぶっと吹き出して、大声で彼は笑った。

「そうかそうか、そりゃぁキツイの貰ったな。まぁそんくらいは当然だぁな」

 やけに嬉しそうな彼の顔につられて笑ったものの、あの時の痛みを思い出してどうしても顔は引きつる。それでもそれを笑い飛ばす気にはなるくらい、自分は今の状況に満足しているのだとアウドは思った。







 有難う、と言えば、自分付きの文官である魔法使いはいつも通りのとぼけた声で返してきた。

「えぇ〜え、今回はちょっと苦労したので感謝の言葉はいくらでも受け付けますよ〜」

 そんないつも通りの彼の言い方にシーグルは安堵して笑った。
 実は洞から地上に戻って皆に顔を見せた後、とりえず朝までシーグルは休ませて貰って、そこから霧が晴れた朝になって谷を下りる事にしたのだが……実はその前にちょっと顔を洗ってきたいといって、予めキールに言われていた場所にアウドに運んで連れて行ってもらったのだ。
 そこで見たのは――たくさんの動物たちの姿で、更にアウドが指さした方向を見ればキールとあの魔法使いがいた。魔法使いは動物たちの方だけを見ていてこちらに気づく事はなかったものの、その顔には確かに笑みがあった。
 やがて動物たちの姿は嘘のように消えてしまったからあれは魔法で映しただけのものだと理解したが、となればあれが自分のためにキールが行ったあの魔法使いを前向きにさせるサービスという奴だったのだろう。

「あの映像は……お前の能力か?」

 聞けば彼は頭を掻きながら少しだけ迷う素振りを見せて、それからそれを肯定した。

「え〜ぇ、そうですよ。あの場が記憶している過去の映像を見せる事が出来る……それが私の能力です」
「そうか……」

 ならきっと、あれはあの谷から出て行ったと言っていたかつての彼の友達達なのだろう。それを見る事で彼が前向きになれる……というのは理解できる。

「それで彼はどうしたんだ? 確か一度魔法ギルドに連れていくという話だったが……ギルドで罰されるようなことがあるんだろうか?」

 その質問にキールは呆れたようにため息をついて肩を上げた。

「ほんっとーに貴方は……まぁいぃいでしょう、教えて差し上げますが、あの魔法使いは別に魔法ギルドの禁忌を破った訳ではあ〜りませんから、ギルドから罰せられるような事はありません。もし罰せられるとすれば貴方があの男を訴えた場合……くらいですねぇ」
「何故俺が?」

 キールは芝居がかったように大きなため息をつくと、そこで頭を抱えて見せる。

「次期シルバスピナ卿に危害を加えたのですよぉ〜、そりゃぁ罰せられても当然じゃぁないですか」
「……あぁ、そうか」

 それを言われて初めて気づく辺り、自分の感覚がズレているのだという自覚は流石にシーグルもある。

「まぁ貴方がそんな事で訴える事はないと分かっていましたので〜ギルドにあの谷と壊れた石の事を報告して終わりですよ」
「そうか」

 今度は安堵してそう言えば、キールは一瞬視線をどこかへ飛ばして、それからゆっくりとこちらを見てくる。

「あの石は彼が見つけて彼と繋がっていた、という事でギルドとしてはぁ彼の権利が認められましたからねぇ、砕けた石の内一番大きくて一番魔力が残っている欠片は彼に渡しました。それだけで納得して彼は権利を放棄しましたから、後は今回のこちらの仕事の成果となったのは貴方も知る通りです」

 今回の仕事だが結局、砕けた柘榴石の欠片達と周囲にある鉱脈はシーグルの隊の発見として上には報告された。あの魔法使いの事を考えるとそれでいいのかと不安になったが、彼に一番魔力が残っている石が行っていたと聞けば感じていた罪悪感が軽くなる。

「放棄したのはぁあの魔法使いなりに、貴方への感謝と謝罪のつもりでしょうねぇ。貴方には謝っておいてほしいと私は頭を下げられましたし。貴方の事ですから怒ってないとはわかってましたので素直に受けておきましたけれどですねぇ」
「……今回は、いろいろすまなかった。ありがとう、キール」
「えぇぇ、それじゃぁ感謝ついでにキスのひとぉつでも〜というのは冗談として、暫くはぁ大人しぃぃく事務仕事に専念して頂きましょうかねぇ」

 まさか礼がそこへ返ってくると思わなかったシーグルは即答できずに、ぐっと言葉を詰まらせた。キールはそれに楽しそうに笑う。シーグルはそれを見て諦めるように、わかった、と呟いてため息をついた。

 けれど……楽しそうな彼を見て、ふとシーグルは考える。

「キール、お前は……見た通りの年齢ではないのか?」

 キールの顔から一瞬、笑みが消える。けれど彼はすぐにいつもの緩い笑顔を浮かべると、シーグルに向かって言ってくる。

「えぇ、そうですよ。まぁ不老には程遠いちょっとした引き延ばし程度ですが……少なくともこの見た目で想定出来る生まれ年ではありませんねぇ」

 ならば、お前は既に知人に置いていかれた事があるのか――とそれを言葉にしようか悩んでいたシーグルだったが、すぐにキールが言って来た言葉でそれを聞くタイミングを失くした。

「そういえばぁ、あの魔法使いに渡した柘榴石の欠片ぁですが、彼は残った石の力をあのシカに使うそうですよぉ。あのくらいの魔力なら、丁度人間と同じ程度の寿命に延ばすくらいは出来るんじゃぁないでしょうかねぇ」
「……なら、彼は一人じゃないんだな」
「えぇ、二人、というか一人と一匹で仲良く旅だって行きましたねぇ」

 それにシーグルは笑う、頭に浮かんだ言葉は『良かった』とそれだけしかない。

「……シーグル様、貴方なら……長い寿命とご家族や部下達、どちらを取りますか?」

 唐突なその質問にシーグルは戸惑ったが、答えは迷う必要がなかった。

「当然、家族や部下だ。人以上の生を求めたいなんて思わないさ」
「やはり、そう……でしょうねぇ」

 キールはそれで話を終わりにしたが、いつでも緩い笑みを浮かべている彼の顔からまた笑みが消えたのをシーグルは見ていた。




END.
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やーっと終わりました。エロが書きたくて始めた割にはそこまでその手のシーンが書けなかったのが残念……。



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