古き者達への鎮魂歌




  【12】



 トレムがこの柘榴石を最初に見つけた魔法使いになれたのは、本当にただの幸運だった。大抵の魔法使いは魔法が狂う霧を避けてここへは近づかなかったのをその原因を探ろうなんて無茶して入ってみて、それで偶然見つけたその霧の原因がこの柘榴石だった。
 おそらく、あまりにも規格外の大きさだったこの柘榴石はその所為で魔力をため込むことが出来たのだろう。
 トレムは喜んでこの魔石と自分の魔力を繋ぐ事にした。魔法使いなら誰もが寿命を延ばすなんらかの手段を見つけようとするものだ。その中でも大量の魔力を保持する何かを見つけてそれと魔力を繋げる事は最高の手段で、もとから大量の魔力を持っている魔法使い以外では禁呪を使わず百年以上寿命を延ばす唯一の手段だった。

 だから誰かに取られる前にとすぐにその魔石と魔力を繋げたが……後になってトレムはいくつかの誤算に気づく事になった。

 まず、柘榴石との繋がりを保つためには離れすぎてはいけない。更にいえば柘榴石自身も長くこの場所にあって土地と一体となっていたから移動させれば魔力が衰える可能性が高く移動は不可能だった。だからトレムはその石が影響を及ぼせる範囲――つまりこの谷の中から出て行けなくなった。
 ただそれはそこまで失敗だと思う程の事ではなかった。トレムはこの谷が気に入っていたし、もとから人づきあいは面倒な方だったから谷の動物と仲良くなって一生ここにいるのもいいと思っていた。

 けれど動物達の寿命は短くて――ただでさえ人間より生きない彼らは、魔石の恩恵で歳を取らないトレムにとってはあまりにも儚(はかな)すぎた。
 大切な友人達を何度も看取っている内に――トレムはとうとう耐えきれなくなって、その友人達も魔石に繋げ、彼らも自分と同じ時間を生きられるようにしてしまった。

 それからの数十年はトレムと友人達にとってとても幸せな時間だった。長い寿命を手に入れた彼らに言葉を教え、会話することも出来るようになった。
 けれどもそれも長くは続かない。谷とトレムの命を支えるだけでもかなりの魔力を消費していた石は、動物たちの命までささえるようになってから見て分かる程の勢いで日に日に魔力を失っていった。

 動物たちも谷の魔力が失われているのを肌で感じだし、その原因にもうっすらと気づいて谷から去っていった。もとから動物たちは老いたくない、長く生きたいという欲求があまりなかったから、トレムと谷のためには去った方がいいと判断したのだ。
 最後に残ったシャーレは一番トレムと仲が良くて、最初に話すことが出来るようになったシカだった。彼だけにはいかないで欲しい、それくらいなら石の魔力が切れて歳を取るようになっても構わないと思っていたところに――あの青年が現れたのだ。

「トレム、ごめん、ね」
「なんでシャーレが謝るんだ、全部俺が悪くて、全部俺のせいなのは分かってる」

 あの青年を犠牲にしてでも友達と長く生きたいなんて、それがただのエゴだというのは分かっている。例えあの青年から魔力を吸い続けたって、終わりまでの時間が多少延びる程度だというのも分かっている。

「どんなものだって、いつまでも……永遠に続くものなんてない。終わりはいつか来るんだ……そこから俺が目を逸らしていたせい、だ」

 石の魔力は感じる程度には残っているが、もう谷全体を霧で覆ったり、体の時間を止められる程の力は感じない。もちろん、石と一体となっていたここの蔓達も今はもう動く事はない。

「トレム、僕はトレムと一緒にいる、よ」

 その言葉にトレムは顔を上げる。誰より長い付き合いの友達は、少し首を傾げてトレムの顔をじっと見つめてきて、自然と魔法使いの目からは涙がこぼれた。

「それに、ね。もう、イシのチカラがなくなった、なら。きっと、皆も戻ってきて、くれる、よ」
「え……」
「だって戻っても、もう、イシのチカラは、減らないんでしょ?」

――あぁ、そうか。

 そこでトレムは自分がどれほど愚かだったのかを理解した。友達たちは石の魔力をこれ以上減らさない為にここから去って行った。ならば最初から石の魔力に何も繋げないようにすればよかったのだ。
 魔法使いの常識にとらわれて意地汚く長い生に執着したことがすべての元凶で、最初からそれを諦めれば友人達に置いて行かれる事はなかったのだ。

「トレム、泣いてるの?」
「あぁ……自分が馬鹿過ぎて……申し訳なさ過ぎて……泣けてくるんだ」

 長い長い友人は、トレムの涙を舐めてくれると体を擦りよせてくれた。

 ――それから、暫く時間が経って。
 友人に寄りかかってその体温をじっと感じていたトレムは立ち上がった。そうして、こちら不思議そうに見上げて来た座ったままの彼に笑いかける。

「いつまでも落ち込んでるだけじゃいられないしな。彼らにあってちゃんと謝罪して……ちゃんと罰を受けてこないと。これからの事を考えるのはそれからだ」

 それにシャーレも立ち上がったから、トレムはやはり笑って地上への通路を歩きだす。
 別にギルドの規則に反していないから、魔法ギルドからトレムが罰を受ける事はない。
 罰を受けるのはあの青年に関してで――トレムだっていくら長く世間から切り離されていたとしたって、彼が特別な地位の存在であるという事くらいは分かっていた。なにせあの鎧は王族かその直下の部下達しか持てないもので、なら彼がどれだけ重要な人物であるかは大体予想は出来る。彼を犠牲にしようと思っていた時は、あえてそれを考えないようにはしていただけだ。

 だから、その彼を捕まえて、あまつさえ廃人にしようとしていたなんてどれだけの罪に問われるか分からない。けれどそれは受けて当然の罰だから――それを逃れようなんて少しも思わない。

 洞(ウロ)から出れば、既に外は明るくなってきていて遠くに朝日が見えていた。まだ霧は晴れてはいないものの明らかに薄くはなっていて、久しぶりに見えた空にトレムはまた微笑んだ。
 だが、その時。

「はぁ〜やぁっと出てきましたかぁ」

 洞の出口近くで座っていた魔法使いが立ち上がって、大きく背伸びとあくびをする。

「まぁったく、なんで貴方のために私がぁこぉぉんなにがんばらないといけないのかぁと思いましたが、なぁにせウチの上司様の為ですからねぇ〜。ほぉんっとにあの方は優しすぎるというかぁ〜お人よしというかぁ〜」

 そこで勝手に愚痴を言い出した魔法使いに更に呆然としていれば、魔法使いは手招きをしてから歩きだした。勿論、トレムはあっけにとられてその場で突っ立っていたのだが、そうすれば魔法使いは足を止めて怒って言ってくる。

「なぁにしてるんですかぁ〜早くこっちへ来てくださいっ」

 正直まったく訳が分からなかったが、付いて来いというならついていくしかない。妙に楽しそうな魔法使いの後を追って崖の下の森を抜け、少し広くなって草原のようになっている場所まできてからトレムは足を止めた。

「え……」

 霧が大分晴れた朝の光の中、今はいない、たくさんの動物たちがそこにはいた。
 そのどれもが知っている姿ばかりで、トレムは思わず一匹一匹の顔を見ながら名前を呟いていた。ウサギのミナリ、エルジェ、トパ。リスのクラス、デルマ、エンダ、チリリ――……全てがかつてのトレムの友達で、その名の全てはトレムが付けたものだ。だが、その中に看取った筈の者達を見つけてトレムは気づいた、これは幻なのだと。おそらくはあの魔法使いの能力なのだろうとそう考えれば、先ほどまでの彼の愚痴の内容も分かる。

「トレム、皆、いるね」
「……あぁ」

 現実ではない、けれどかつての現実であった者達の姿。
 懐かしい、幸せだった時の光景を見ながら、トレムは隣にいるシャーレの首を引き寄せるようにして撫ぜた。互いの体温を感じながら共に懐かしい友人達の姿を見てトレムは目を細める。
 幻術でも夢でも、もう一度会いたかった彼らをこんなにハッキリ見る事が出来て、それだけで心に溜まっていた淀みが消えていく。まるで谷の空のようにトレムの心も霧が晴れていくようだった。
 動物たちに囲まれて笑って暮らしたあの日々を思い出す……それはとても、とても幸せな光景だった。

「どぉ〜です、感謝してまぁすかぁ?」

 暫く見ていれば、魔法使いから声を掛けられてトレムは振り向いた。
 トレムが使える幻術は、見せる対象へ暗示を重ねて幻像自体のあやふやさを補完するやり方だから、正直映像自体の精度はかなり低い。
 けれどこれは――暗示なしでも微妙な顔の違いがはっきり区別できる程正確な映像なんて、あの魔法使いはトレムなど足元にも及ばない相当の術者である事は確定だろう。

「あぁ、感謝してるさ。……ありがとう」

 言って頭を下げれば、魔法使いは少し演技掛かった動作で腕を組んだ。

「まぁ〜ここぉで大人しく礼を言ったのでいいことにしてあげましょうかねぇ。ではぁ〜そろそろ消してい〜いでしょうかぁねぇ?」
「あぁ、もう十分だ」

 ちゃんと目にやきつけて思い出した――トレムは目を閉じて胸を押さえる。そうして再び目を開けば……懐かしい幻像は消えていた。

「い〜いですか〜これは貴方が犠牲にしようとしてあ〜んな目にあわせたあの方が、あぁぁんまりにもがっくりしてる貴方を気にして気が晴れないようでしたから仕方なぁぁく見せてさしあげたのです。私ではなく、優しいあの方に感謝と謝罪をしてきてくださいませ」
「……分かってる。それに、彼にした事の罰はちゃんと受けるつもりだ」

 それに魔法使いは何も返さなかったが少し笑ったような雰囲気があって、その理由は後で分かる事になる。



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トレムさんの出番はここまで。残りはあと1話、シーグルや部下周りの後日談です。



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