古き者達への鎮魂歌




  【1】




 首都防衛部隊所属第7予備隊――つまりシーグルの隊であるが、予備隊と言えば平時の仕事は7割方が訓練で、後は公共施設の修理や雪かきのような雑用だったり、ごくたまに地方で起きた問題解決のために派遣されたりというのがある、というところなのだが。
 少なくともこの第7予備隊は、本来ならごくごくたまーにしかこない上記のどれにも当てはまらない『それ以外の仕事』がわりとくる隊であった。

 理由はたった一つ、隊長であるシーグルの存在である事は間違いない。

 騎士団というのは平民騎士にはまず基本的に出世のチャンスはなく、役職を貰えるのは貴族騎士だけなのだが……その貴族騎士も貴族としては『一応貴族』程度の連中ばかりで、家を継げない次男以降の馬鹿息子が食うために騎士団に入った、というのが定番だった。
 そんな中で貴族としては別格である旧貴族、しかも次期当主のシーグルの存在はどうしても『特別』になるのは仕方ない。
 なにせ、どこぞの領地へ調査でも、文書を届けるにしても、とにかく相手がそれなりにきちんとした貴族であるなら、騎士団の人間は基本的に見下されて殆ど相手にされない。たとえ騎士団内でどんなに役職が上であったとしても、領地持ちの偉い貴族様にとって重要なのは貴族としての『格』で、騎士団内の地位など意味がないからだ。
 調査に言っても非協力的なのは言うまでもなく、さっさと帰れと嫌がらせをされる事も多いくらいで……だから地方領主の領内での仕事は基本やり難くて困るところなのだが、これにシーグルがいけば態度が180度変わる。
 好待遇で歓迎されるのは当然、領主の屋敷に部屋を用意してくれるのも当然、頼まなくても協力を申し出てくれるしと――仕事のしやすさは当然として、騎士団側としても事前に領主に連絡を取る段階から話が簡単に纏まるという、貴族相手の仕事ではやたらと使い勝手のいい隊となっているのだった。

「ってことでまたお使いですか」
「そういう事だ」

 不機嫌そうに答えたシーグルにグスは笑う。
 まぁそらどんなに偉かろうが気難しかろうが、貴族相手ならシーグルを行かせれば間違いない――なにせ旧貴族の当主というのは王位継承順位が付けられる、つまり王族の次の地位にいる訳で、その跡取りであるシーグルは極端な話王以外には頭を下げる必要はないと言える。
 そんな人間がやってくれば、権威主義の貴族連中はこぞって尻尾を振って協力してくれて、仕事のやりやすさの面では他とは天地の差がある。

「……また、連中のおべっかを聞いて笑ったふりをしないとならないのか……」

 ふぅ、とため息を吐く憂いを含んだその顔もとびきり麗しい銀髪の青年は、馬の手綱から片手を離して額を押さえた。つくづくどんな格好でも絵になる人だ、というグスの感想は置いておいても、この彼の場合は歓迎されればされるだけ困る理由があるから難儀である。

「隊長が食べきれない分はいくらでも俺らが……って言えればいいんですがね。まぁ酒は理由つけて断れても食事は全部断る訳にはいかないですからね……」

 シーグルが行けば、まず相手領主は十中八九歓迎の宴を開いてくれる。
 酒に関しては毎回『仕事中は飲まない主義です』と言って断っているシーグルだが、食事は流石に出来るだけひととおり食べて、それなりに満足そうな顔を相手にして見せないとならない。

「噂に聞いた話ではダスディーアン卿は相当の酒好きという事で、今回は酒も断り切れるか怪しそうだ」

 本来なら一滴だって飲みたくないシーグルの心情が分かるからこそ、グスも困るしかない。飲めないこの青年を酒から守る為、グス達彼の部下はいつもいろいろ考えているのである。

「そういう時はですね、私の部下に大酒飲みがいまして、できれば酒飲み勝負をしてみませんか、と振ってみるんですよ」

 シーグルの馬からみてグスとは反対側に寄せて来たのはこの隊の年長(おっさん)組でありグスとは腐れ縁の相方でもあるテスタで、彼の言葉にシーグルは僅かに眉を寄せた。

「大酒飲み?」
「そらもう、ランですよ。あいつの飲める量はおかしいですから」
「なるほど」

 それでシーグルがクスリと笑って、グスも思わずつられて顔が笑う。なんというか、我ながら自分の子供でもおかしくない歳の青年の顔に見惚れたり、その笑顔に表情が緩んでしまうのはどうかと思うが、今の自分は彼の為になる事が最高の喜びなのだから仕方ない。

「それは頭に入れておこう。無理矢理飲まないとならない事態になったら、軽くダスディーアン卿をけしかけてみるとしよう」
「それがいいです。飲むのが好きで飲めると自負しているお人なら、そう言われて断る事はできませんからね」
「そういうものなのか」
「はい、そういうものです」

 ちなみに勝手に話に入れられているランは、おそらく話は聞こえているが無口であるから黙っている、ただその代わりに。

「隊長っ、何のお話しでしょうか」
「何か楽しい事が?」

 シーグルがこちらで談笑して盛り上がってるようだと見えたらいてもたってもいられなかったようで、マニクとセリスクまでもが馬を近づけてきた。

「まぁな。だがお前達には教えてやらんさ」

 それにはすかさず『ずるい』と文句の声が上がるが、グスはテスタ、そしてシーグルと共に笑いながら、話をそこまでにして誤魔化した。






 酒飲みで有名、と言われるダスティーアン卿はシーグル達一行をそれはそれは笑顔で歓迎してくれて、そしてやはり当然のようにその夜は酒宴が開かれる事になった。
 酒が入ってくると予想通りダスティーアン卿は飲まないシーグルにあれこれ言ってきては飲ませようとしてきて、穏やかに断り続けていたシーグルもさすがに泣きつかれるに至って事前にグス達と話していた『例の手』を使った、のだが。

「いやー確かに体に見合った大酒飲みだ、シーグル様はいい部下をお持ちのようですな」

 勝負が終わって見事勝った事でご機嫌なダスティーアン卿だが、流石に飲み過ぎたのもあって動作がゆるく大ざっぱになっていた。

「いえ、流石ダスティーアン卿です、私の部下は惜しくもかないませんでした」
「いやいや、良い勝負でしたぞ。私も危なかったです」

 実をいえばランには事前に『もしそういう事態になったら、ぎりぎりで負けるように』と頼んであったのだ。貴族のご機嫌取りなどシーグルもしたくはないが、それで仕事が全て上手くいくのなら多少は仕方ない。別にどれだけこちらが横柄な態度を取ったとしても立場的にダスティーアン卿は怒りはしないだろうが、それでも印象が悪ければ協力の度合いが違う。

「……それにしても流石に酔いましたなぁ。いやぁ久しぶりにこれだけ飲みましたわ。麗しい貴方のお姿を見ながら、気分よく飲めて今夜は最高の気分です」

 上機嫌で言いながら大声で笑うダスティーアン卿に、シーグルは相槌を打って笑って見せた。
 ダスティーアン卿は宴会好きというだけあって、豪快で単純……悪く言えばあまり頭の良くないタイプの貴族だが、逆に裏がなくて行動と表情で読めるからシーグルとしては気楽な相手ではある。今回も気分良く飲めた事で上機嫌らしく、多少口調が雑になってきて失礼にあたる発言もあるにはあるが裏でこそこそにやにや言われるよりはずっといいし、元からシーグルは自分を敬えというタイプではないから気にならない。
 それに酒に強いダスティーアン卿であるからこそ、実はこれだけ酔わせたのも計画の内だったりするのだ。

「そういえば今回はウロス山の下からのルートでこちらへ来たのですが、かなり珍しい植物や動物を見る事が出来ました。私の弟が植物魔法使いの見習いをしているので、帰りは土産にいくらか摘んでいこうと思っているのですがよろしいですか?」

 シーグルが言えば、赤ら顔のダスティーアン卿は、嬉しそうに笑いながら言ってくる。

「おぉ、そうなのですか。どうぞうどうぞ、なんの問題もありません。ふぅむ……珍しい植物でしたら少し遠回りになりますが、ウロス山とクノスヴァ山の間では特に珍しい植物が見つかると評判です、もしかしたら噂の『霧の谷』も見れるかもしれませんし、行ってみてはどうでしょう?」
「『霧の谷』とは?」
「えぇまぁ、噂というか伝承というか……昔からここらでよく言われている話です。いつでも霧に包まれ、極たまに霧が晴れた時だけ姿を見せると言われていまして、魔力に溢れたそれはそれは美しい場所だそうです」

 それには思わず傍にいたグスに目線を送ってしまってから、シーグルは殊更嬉しそうに笑って見せた。

「そうなのですか、それはぜひ行ってみたいと思います」

 実を言うと今回のシーグルの仕事、表面上はダスティーアン卿に書状を届けるだけではあるのだが、本来の目的はとある冒険者から寄せられた情報の真意を確かめに来たというのがあった。

「ただ、余程運がよくなければ見れない、という事ですので……そこはあまり期待されない方がよいかもしれません。あぁ……いやいやでも、シーグル様のお姿を見たなら谷も通してくれるのではないでしょうか」
「そう……なれば良いのですが」
「いやぁ、冗談ではなく、言い伝えによると心の清い者や、精霊が見惚れる程美しい者なら谷に入れると言われていまして……噂通りだとすればシーグル様なら確実ではないかと思うのですが」

 こうして時折入ってくるこちらに対しての賛辞には辟易するが、こういうのは笑って流さなくてはならない。

「ともかく、谷は見れなくてもあの辺には珍しい植物があるのは確実ですので、行って損はないと思われます」
「そうですね、教えてくださってありがとうございます」

 最後は営業スマイル、という訳ではないが、こういう時に嬉しそうに笑って見せるくらいの芸当はシーグルも出来るようになった。宴会に付き合って機嫌よく飲ませただけの価値があると言える情報を得られて、シーグルとしてはほっとした、というところだが。

 シーグルの隊の今回の仕事――事の発端は二月程前に、とある冒険者が事務局に報告した情報が元になっていた。ダスティーアン卿の治めるフロズド地方には霧の谷と呼ばれる魔力の高い場所があって、そこには魔力融合率が高い柘榴石の鉱脈がある、というものだ。
 実際その冒険者が件の柘榴石を持ってきたというのもあって信憑性はかなり高いと思われた訳だが……なにせ、地方領主の領地となると真意を調べるだけでもいろいろ障害がある。基本的にその手の重要資源が見つかった場合、発見者がこっそりある程度まで自分で売って儲け、その情報が外に漏れそうになったら事務局に報告してポイントを貰い、以後は国が本格的に採掘という流れになるのが普通であった。その場合、領地の領主には半分の権利が認められる訳だが、これが先に領主が発見して採掘を開始していた場合は国が入り込む余地がなくなる。だから基本的にその手の情報は領主はひた隠しにして自分で調査を進める為、国側の調査が来たらそれはもう情報なんて漏らさない……という事で、今回シーグルの隊に仕事のお鉢が回ってきた訳であった。

「しかし、上手くいきましたね。珍しい植物、からの話の持って行き方は流石と思いました」

 宴会が終わって部屋に帰る前にグスにこっそり耳打ちされて、シーグルは苦笑しつつもほっと息を吐く。

「別に嘘は言っていないしな。実際ラークを連れてきたら大喜びしそうな風景だった」

 行きの道で見つけた珍しい植物達にシーグルが足を止めて見入っていたのは本当で、帰りにそれらを取っていこうと思ったのも本当の事だった。ただそこからダステーアン卿が上機嫌で喋ってくれたのは上手く行きすぎた、ともいえたが。

「どちらにしろ今回の功労者はランだな。帰ったら酒樽でも届けさせるか」
「あぁ……そりゃ奥方も含めて、一番喜ぶでしょうね」



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いや本当にBLというのが憚られるような色気のない話ですみません。



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