吟遊詩人は記憶を歌う




  【3】




 訓練が終わってシーグルが執務室へ帰ってくると、時間を確認して準備をしていたキールがすぐに茶をいれてくれる。だからいつの間にか、自分の椅子に座ってすぐ、まずはそれを飲むのが習慣になっていた。

「なんて言うか、おもしろい事になってましたねぇ」

 カップの中に注がれていく琥珀色の液体を眺めていれば、いつでも緊張感のない文官の魔法使いは、やはりのんびりと間延びした口調でそんな事を言う。

「マニク達の事か?」
「えぇそうです」
「見てたのか?」
「まぁ、ちょっとぉ……ですね」

 部屋の中にずっといたようでたまにこちらを見ているらしいキールは、シーグルの周りの事に関して結構めざとい。

「昨日の話から、俺の恩人を探してくれるそうだ。まぁ、もう団にいない可能性も高いから、無理はするなとはいったが。あぁ後は、俺を襲った当時の連中の方が見つかっても、今更騒いだりして諍いを起こすなともいっておいた」
「どっちにしろ今更じゃないですかぁ。そんなもん特定したって、今更お礼言われても相手だって困るくらいじゃないですかねぇ」
「まぁ、そうかもな」

 それでもシーグルは、少し嬉しそうに笑みを浮かべたままカップの茶を飲む。
 キールも自分のカップに茶を注ぐと、億劫そうに椅子に座った。

「でも、彼らが俺の為にって言ってくれたんだ。それは嬉しいさ。それに俺も、出来ればずっと助けてくれた人物には礼を言いたいと思っていたんだ」

 はぁ、と気のない返事を返したキールは、それでもう何も言う事がなくなったのか、黙って茶を啜っている。
 ともかく今のところは、シーグルもそこまでその話を大した意味には捉えてもいなかったというのもあった。





 さて。
 いざ、探してみようと思ってそうそうに見つかるものではない事は、当人達も覚悟しているところではあった。

「んー、隊長の話だと、襲った連中は、守備隊の奴っていってたよなぁ」

 シーグルはさすがに記憶力が良く、姿を見ていない恩人の事はともかくも、襲った連中のことは、聞いた話だけでもかなり特定出来る材料があった。

「思うに俺は、連中は隊長が貴族だって事は気づいてなかったんだと思うわけだ」

 シェルサが考えながら、大まじめに既に分かっている当たり前の事を言う。

「そりゃそうだろ。でなきゃ手ぇ出さないだろうし。あーそういや、前に隊長があの鎧を継承したのが18だっていってたから、そん時は鎧じゃ分からなかったんだろうな」

 それでもそれなりの格好はしていたと思うだろうシーグルを、貴族だと疑わずに襲った馬鹿には呆れるが。むしろあの容姿で貴族じゃないと思わない方が不思議だ、と庶民のマニクなどは思うわけだ。
 シェルサとマニクが険悪な顔をしながら考え込む中で、二人よりは多少頭脳派のセリスクが、こほんと咳払いをして間に入る。

「あの人が貴族だと思わなくて手を出したんなら……もし今騎士団で隊長の事知ったなら、顔みられないように避けてるんじゃないかな。殴ったりされたから怪我はしたっていってたし、隊長が貴族院に訴えれば今でも十分罪に問われるだろ」

 今騎士団にいる連中でシーグルの事を知らないのは、ずっと地方にいる連中と、一部の城に寝泊まりしている連中くらいだ。それも後者は、その中でも余程世間に興味がない者くらいだろう。もしまだ連中が騎士団にいるのなら、シーグルの噂を聞いては訴えられるんじゃないかとびくびくしている可能性が高い。

「なるほどなぁ」

 二人してセリスクの意見に感心して言えば、言った本人は少し得意げに胸を張った。

「んじゃ探すのは、隊長から隠れようとしてる連中や、隊長の話聞いてわざと興味ないふりとかしてる不自然な反応の連中だな」
「だな、守備隊の連中で、そういう奴を探せばいいだけだな」

 かくして、一応方針が決まった3人は、顔の広いグスにも相談して、まずは犯人探しをする事にした。






 静まり返った、夜の騎士団。
 その中でも、馬達がいる事で音が聞こえる厩舎前に、長いローブを着て杖を持ったいかにも魔法使いらしい人影が現れる。
 その人物は辺りを見回し、人の気配がない事を確認すると、一応厩舎の中も確認と中を覗いた。厩舎はひっそりしていたものの、見慣れない気配を感じた馬達が落ち着かない様子で軽く騒ぎだす。

「あぁぁ、はいはい、すぐ出ていきますからっ」

 言葉の通りすぐに外へ出ていったその人物は、再び辺りを警戒しながら、厩舎の裏手へと歩いていった。

「さて、この辺りですかねぇ」

 間の抜けた声でそう呟き、かぶっていたフードをあげた魔法使いは、シーグルの文官であるキールだった。
 彼はなにやら小声で呪文を唱えながら、持っていた皮袋の中身を地面へと落としていく。白い粉のようなそれは、さらさらと少しづつ袋から落ちて、キールの歩く道に沿って地面に何かを描いていく。やがて、円と直線の組み合わせのような図形をいくつか地面に書くと、キールは袋を持ち上げて紐を締めて袋口を閉じた。

「それで、4年前、でしたっけね。少々面倒ですねぇ」

 彼は再び何か呪文を口にすると、地面に描いた図形の一つを杖の先で何度か叩く。そうすれば、図形の上から空へ向かってきらきらと光が浮かびあがっていき、それが半透明の人物の像を結んだ。

「んー、さすがに一発で当たりはひけませんかねぇ」

 苦笑しながら、微妙に揺れる浮かび上がった人物を眺めると、キールは再びその映像の足下の図形を杖で叩く。そうすれば、浮かび上がった映像が、今度は別の人物の姿に切り替わった。

「これも違う」

 だがキールはそういってまた地面を叩く。

「これも違う」

 また現れた別の人物像に、顔を顰めて杖で叩く。

「違う」

 また、地面を叩く。

「違う」

 叩く、叩く、叩く。
 そうして、何度かそんな事を繰り返した後、現れた銀髪の少年の像に向かって、キールはやれやれと苦笑いをした。

「やーっと当たりですかぁ。さすがにまぁだ可愛いもんですねぇ」

 今よりも背が低く、細いというより華奢なその映像の人物は、顔を見れば間違いなくシーグルだというのが分かる。濃い青の瞳は思い切り前にいるだろう相手を睨み付け、恐らく古参騎士に取り囲まれているところだろうに、その背は相手に怯む事無く、今と同じに真っ直ぐ綺麗に伸ばされていた。

「さぁってとですね、じゃ〜全部見せてもらいますかねぇ」

 言って、杖を高くかざしたキールは、発動のキーワードとなるべき呪文を今度は大きめの声で唱えた。
 キールの魔法使いとしての特徴であり、能力最大となる術が動き出す。最初は一つの図形からしか立ち上っていなかった映像が、地面に描いたすべての図形がら一斉に光を放って次々人物の像を映し出していく。

『……ならまず……のが礼儀じゃないのか』
『礼……かー、……ねぇ新人君、真面目なところもそ……ねぇ』

 一通りの登場人物、シーグルと3人の古株そうな騎士達が浮かび上がれば、その像は今度は自然に動きだした。しかもそれは映像だけではなく、音を伴って、かつてここであったろうその人物達のやりとりを完全に再生してみせる。

『とにかく押さえ……じまえっ、捕まえちまえば抵抗できねーだろ』

 銀髪の少年騎士を取り囲む騎士団正装の古参騎士達。押さえつけようとしてくる者達に必死に抵抗をするシーグルには、まだ今のような圧倒的な強さはなく、最終的には抵抗むなしく3人の男達に押さえつけられ、着ているものを剥がされていく。
 それでもシーグルは屈さない。絶望的な状況でも相手を睨み、泣き叫ぶ事もしない。

 見ているキールは、その痛々しい姿に、思わず眉を寄せて顔を顰めていた。

 抵抗した事で相手を怒らせ、殴られてぼろぼろになった少年に、男達が手を掛ける。
 そこへ、石が投げられるに至って、キールはそれの飛んできた方向を睨んだ。

「陣の数は十分でも……ちょぉっとまだ距離が遠いですかねぇ」

 目の前の映像では、男達の隙をねらってシーグルが逃げようとしているところだった。踏んでいたマントの布をひっぱられ、盛大に転んだ男達の傍でどうにか装備をかき集めているシーグルは、助け手に気づいてもそちらに気をやる余裕がない。
 逃げ去っていくシーグルの後ろ姿を確認しながら、キールは石が投げられたであろう方向をずっと見ていた。
 そうして、シーグルの姿がその場から消え、地面で唸っていた男達の前に現れた新たな登場人物の姿を見て、キールの表情が険しく固まる。

「なぁるほど、つまり、そんときからもうあの男とシーグル様は関わっていたわけなんですねぇ」

 呟きはまるで吐き棄てるように忌々しげで。
 キールは事の顛末を最後まで見た後、杖を掲げて、すべての術を解除した。





 騎士団の中でも守備隊に属している連中は、規則も仕事もゆるめの予備隊とは違って、規律にがちがちに縛られた日々を送っている。
 彼らの仕事は主に首都であるセニエティと城周辺の警備であり、門前や城壁の上に立っていたり、周辺を定期的に見回りをしたりしている。一般市民が接触する事の一番多い隊であるため、規律は厳しく、仕事中の動作については平時はすべて決まった型で動かねばならず、まるでカラクリ人形みたいなと揶揄される事もあるくらい徹底していた。
 彼らは基本的に、自ら志願して騎士団に入団した者で構成され、その為、ほとんどが騎士になる条件の一部免状の為に所属しているだけの予備隊の連中よりも立場が上とされている。
 同じ騎士団員として、どう見ても楽そうな予備隊を馬鹿にする事で彼らは自尊心を守っているところがある為、もちろん予備隊と守備隊の仲はあまりよくない。まぁ、大抵は、守備隊の方が一方的に予備隊を馬鹿にするだけで終わるが。

「んー、シーグル・シルバスピナの事に関して、他と違う感じの反応をする奴らねぇ」
「あんま話に入ってきたがらねぇとか、そういう奴いねぇかな」

 今現在、交渉しているのはグスで、大本の3人は黙ってそのやりとりを聞いていた。
 隊同士の仲が悪いとはいっても、グスくらいの古参になれば、守備隊に一人二人の知り合いはいる。予備隊の連中は、基本的に騎士条件の代わりに所属している者ばかりではあるが、規定の義務年数をクリアした後、ほとんどは騎士団を辞める中で、騎士団に正式所属する事を望む者も希にいる。そういう人物は守備隊の方に移動になる事が多いので、グスならそういう連中と連絡がとれると彼らは踏んだのだ。

『守備隊の知り合いねぇ……まぁ、いねー訳でもないが、俺よりテスタの方が顔は利くぞ。へたすっと弱み握ってるやつとかいるかもだしな』

 と、相談した後すぐグスはテスタにも話す事を勧めたのだが、3人ともそれはやりたくない理由があった。

『内容が内容ですからっ、絶対隊長がどんな事されたかとか、そういう方向にいらない妄想話をして茶化してくるからだめです』

 それはグスも大いに同意出来たので、結局犯人探しはグスだけを加えた状態で行われる事が決まった。
 そして、思ったよりも簡単に、犯人自体は特定することが出来た。

「んー、そういや、シルバスピナの若様が入ってくるってんで盛り上がった時かな、そういう騒ぎは結構入ってくるナッセンとかの連中が完全に興味ないって顔してたな」

 グスは笑顔を浮かべたまま、声を低くして聞き返す。

「……へぇ、連中ってことは何人かいるのか?」
「あいつらいつも3人でつるんでるんだよ。ナッセンとマーグエイ、それからワンセッダグ」

 絶対怪しい、と思ったのはグスも、マニク、シェルサ、セリスクも同じだったらしく、皆で視線だけで示し合わせて頷いた。

「ありがとな、んじゃちっと連中に聞いてみるわ」

 そうして、彼に最後の頼みとしてグスがいったのは、もちろんその3人を呼び出してもらう事であり、更に言えば最後に付け加えた言葉があった。

「悪いな、もし来たがらないようだったら、シーグル・シルバスピナに関して昔の事で話がある、っていっておいてくれや」

 受けた本人はその言葉の意味が分からず不思議そうに首を傾げていたものの、目的の連中は思惑通りあっさり呼び出す事ができた。……そもそも、これで呼び出せる事が犯人の証拠なのだが。





---------------------------------------------

キールさんの使う魔法を公開、でした
ちなみにシェルサは真面目ですが、中身体育会系なんで馬鹿です(==。


Back   Next


Menu   Top