吟遊詩人は記憶を歌う




  【1】




 それは本当に、ただの偶然が重なっただけの出来事だった。
 首都セニエティにある騎士団本部の建物は、街から掘りを渡った城壁の中にある。ただ、建物の入り口は大きく分けると2つあって、一つは首都へ続く石畳に面した正面口で、もう一つは訓練場の横にある通常口となる。正面口は、外からの来客や自分の部屋を持っている貴族騎士が使うもので、一般団員は名前の通り通常口を使う事になっている。外から入ってきて見えるのは正面口の方ではあるが、通常口の方が大きく、出てすぐには開けた場所があるしと使い勝手もいい為、貴族騎士や役人連中でも、慣れている者はまず通常口を使うくらいに正面口は使う者が少ない。
 ただし、ついこの間騎士試験があったこの時期は別である。
 手続きを済ませにきた新人騎士達は、この正面口から入って専用の部屋へと向かう。だからこの時期だけは、この正面口は頻繁に人の出入りがあるのだ。

「っていっても、この時間に手続きくるヤツは流石にいないだろ」

 マニクが気楽にそう言えば、そうだな、とシェルサが辺りを見回しながら返した。確かに、一般団員達の訓練やら仕事が終ったこの時間では、正面口から入ったホールには人影は見かけない。というか、それを見越してこの時間にやってきたというのもある。
 正面口の近くは、来客関係という事で、騎士団内でも受け付けや事務関係を扱っている部署の大抵が集まっている。今回はシェルサが鎧の交換をするという事で、マニクはその付き添いでついてきていた。まぁ、一言で言えば帰りに増えるだろう荷物持ちなのだが、今日の訓練中の手合わせで、負けたら付き合うと言って負けた手前仕方ない。
 正規騎士団員の中でも一般団員の場合、鎧の一部とサーコートは団から貸し出される事になっている。その為、破損したり体に合わなくなった場合は申請すれば交換してくれるのだが、勿論実際に交換の品がくるまでには多少の時間が掛かるし、部屋に届けてくれるなんて親切なシステムの筈はない。シェルサは基本真面目で訓練に身が入りすぎる性質――特にシーグルの前では――の為、結構よく装備を壊すし細かい怪我をちょくちょくしていた。ちなみに、彼がこの隊に来てからは交換は3度目で、一度壊した時、次は気をつけろと注意を受けていたので、今回は彼もぎりぎりまで自腹で直したり等の対処をしていた。のだが、流石に今回は自腹で直すには痛いレベルの破損をした為、シーグルに頼んで申請を通してもらったという事情があった。
 ただ、シーグルの口添えという事で急いで用意してもらえた訳だが、この時期に重なったのには少々困った。なにせこの時期、事務の連中は忙しくて、手違いやらが多いのだ。

「まぁ、この時間なら空いてると思ったから来た訳だしな。ほら、急がねぇと、連中も今日は終わりだって帰っちまうぞ」

 そういって、目的の部屋への廊下へと入ろうとした二人は、そこで視界の端に少々問題のある光景を見かけてしまった。

「おい、あれ……」
「あー……やっぱまだあーゆーのいるんかぁ」

 廊下の向かいに見えた3人の人影。一人はいかにも新人騎士という感じの、慣れない装備を身に付けたぽやっとした青年で、他の二人はきっちりと正規騎士団の装備の、マニクやシェルサと同い歳くらいの騎士達だった。

「ありゃ守備隊の連中かね。ったく、あそこは裏じゃ結構問題あっからなぁ」

 マニクが言えば、シェルサは既にそちらに向かって歩き出していた。

「おい待てよっ」

 急いでマニクもシェルサの背を追う。シェルサは元々真面目で正義感が強く、それ故融通が利かないところがある男だが、シーグルが隊長になってからはそれが益々悪化していた。そんな彼なら、こういうのが見逃せる筈はないかと、マニクも諦めて覚悟する。

 昔から騎士団にある悪い習慣の一つ。普段は厳しい規律に縛られていろいろ鬱憤の溜まっている連中が、何も知らない新人騎士をひっかけて、その溜まったものの発散相手にしてしまうというものだ。
 この国では、身を守れる者に対しては法律が守ってくれない為、騎士にもなった者が何かに巻き込まれてもまず加害者が罰せられる事はない。更に、性的な暴行に関して言えば、女性が被害者の場合は厳しい罰則があるものの、男の場合は殆ど罪にならない。だからこそ、男相手のレイプ事件は割と日常茶飯事なのだが、大抵は泣き寝入りか闇に葬られる為、表ざたになる事は少ない。
 だからこの時期、ちょっと見目が良さそうな新人は狙われて、古参の馬鹿騎士連中の餌食になるという話が後を絶たない。一応は昔からある習慣の為、大抵は師やら知り合いに注意するように言われるのだが、たまにこうして知らないでひっかかる者がまだいるのだ。






「さーて、次は厩舎の方に案内しようか」
「あ、はい」

 親切に言ってくれた先輩騎士は、言いながら外へ向けてまだ成人して間もない若い成り立て騎士の背中を押す。新人騎士の方としては、既に建物の中でも説明をして貰っていただけに、相手に疑問を持つ事もない。
 だから、彼がもしかしてコレは何かおかしいのではないかと思ったのは、外へ出て、建物の裏手へと行ってからだった。

「おっし、人はいねぇな」

 そこへ来た途端、今までずっと親切に騎士団の案内をしてくれた騎士二人は、そういうと少し乱暴ともとれるくらい強く彼の背中を押してきた。まるで、早くいけとでもいうように。

「あの、やっぱいいです。もう今日は遅いですし、俺もう帰りますっ」

 言って正面口方面に向かおうとしたときにはもう遅い。
 二人の騎士に前を塞がれて、両肩を押さえられたら身動きが取れない。

「今さら気づいたって遅せぇよ」
「これからは案内料として俺達のお楽しみタイムって訳さ」

 口調も先程までとはうって変わって、馬鹿にした笑みと、汚らしい欲望にギラついた瞳を隠しもせずに、男達は押さえつけたままの彼の体を確かめるように撫でていく。

「や、めて下さい……」
「なーにをーかな?」

 これから何が起こるのか予想できてしまった彼は、もう怖くてどうすればいいのか分からなかった。なにせ、この状況で自分が自力で逃げられるとは思わないし、こんなところに助けがくるとも思えなかった。ただ恐怖に身を震わせる事しか出来ない彼は、目をきつく瞑って体を固くするだけだった。
 けれども、彼の予想をいい方へと裏切って、彼を助ける手は差し伸べられた。

「貴様らっ、何してるんだ。騎士として恥ずかしいと思わないのかっ」

 最初にそう言って男達を止めたのはシェルサ。怒りの形相でロクでもない古参騎士二人を睨んだシェルサは、流石に剣は抜かなかったが、今にも抜きそうにその手は腰へと伸びていた。それを見た、やっと追いついてきたマニクが、まずは交渉でどうにかしようとシェルサを片手で制しながら前に出る。

「えーと、見たとこあんた達守備隊だろー。首都周辺を守るえっらーいアンタ達がそんなくだらない事してるとか、国民の皆さんが知ったらそりゃぁ幻滅すんだろうなぁ」
「何いってんだお前」

 うん、交渉は無理か、とそれだけであっさり理解して諦めたマニクは、制していた腕を下ろして一歩下がった。

「ヤバイ怪我させたりはすんなよ。隊長に迷惑が掛かる」
「分かってる」

 下がるマニクに代わってずかずかと相手に向かって歩いていったシェルサは、剣を抜けば届く程の距離で足を止めると、胸を張って背筋をのばし、片手を腰に当ててびしっと騎士二人を指さした。

「お前達みたいなのがいるから、騎士団は旧体制の腐りきった腑抜けの集まりだといわれるんだっ。少しでも恥というものを知っているなら、その新人を放してさっさと立ち去れっ」

 うわこりゃ向こうは怒るだろうな、と思ったマニクの予想通り、途端に相手の騎士達は剣を抜き、シェルサに向けて二人がかりで襲い掛かる。

「ふざけた口をききやがって」
「腑抜けは貴様らだろっ」

 彼らがそう言ってくるのももっともといえばもっともで、一般的な騎士団員の認識では、守備隊所属の方が予備隊連中よりも格上である。だからサーコートでこちらの所属が分かっている分、向こうが馬鹿にして剣を抜くだろう事は予想できた。
 襲いかかってくる相手を見て、だがシュエルサは剣を抜かない。二人の攻撃をぎりぎりまでひきつけてからひょいと避ければ、挟み打ちを狙った向こうはまさかここまで綺麗に避けられるとは予想していなかったらしく、互いの剣を慌てて避けて体勢を崩す。

「は、ウチの隊長の動き見てれば、あの連中の剣なんか避けられない方が不思議なくらいってレベルだ」

 横目でちらと見たマニクはそう呟いて、その間に、向こうに気づかれないように彼らの後ろに回り込もうとしていた。なにも、シェルサ一人に相手をさせているのは、マニクが楽をする為という訳でもないのだ。

「おいっ、こっちこい、助けてやるから」
「え、うわっ、あぁはいっ」

 呆然と気の抜けた顔でシェルサと守備隊連中を見ていた新人騎士は、マニクに手を引かれて一瞬飛び上がり、すぐに気づいてついてくる。とりあえず、そこまでやらないとは思いたいが、人質なんかとられたりすれば困るので、まずはその可能性を排除しておいた方がいい。それが済めば、後はもう気楽なものだ。

「おしっ、シュルサ、もうこっち気にしないでいいぞ、少し痛い目に合わせてやれ。どーせ、剣を先に抜いたのは向こうだからよっ」

 マニクの大声をうけて、シェルサは剣を抜く。そこからの決着は、マニクが援護に入るまでもなく、余りにもあっさりついた。
 敵連中は体勢を整えて再び剣を突き出してきたものの、その片方をシェルサはまず剣で受け、そこへ切りかかってきたもう一人の剣は来るタイミングを見計らって腕の力を抜き、勢いのまま押してくるに任せて後ろへ退いて避けた。そうなれば、押した男と斬りかかろうとした男が重なって、また相打ちになりそうになる。そこへ仕上げとばかり、焦って気が逸れた一人の足をシェルサが膝裏から引っかければ、当然こけてもう一人に倒れ込み、そのまま二人して地面とお友達という事になる。

「おー、さっすが」

 シェルサは隊の中でも一番真面目で、更にシーグルを崇拝とでもいいレベルで尊敬しているので、一番熱心に訓練している分、腕の上がり具合も一番めざましい。前は手合わせでほぼ勝てていたマニクは、最近では黒星が続いているくらいに。
 倒れた連中を確認してから、剣を仕舞ったシェルサが、得意げに胸を張ってこちらへ帰ってくる。

「お前等っ、これですむと思ってるんじゃないだろうな」

 シェルサが離れてから起きあがった連中が、捨て台詞のお約束を吐く。だからマニクは思い切り意地の悪そうな笑みを浮かべて、シェルサの肩を引き寄せて大声で返した。

「どーぞー、俺は第7予備隊のマニク・オリヒア。んでこっちのがシェルサ・ビスだ。何処に何にいうのか知らないけどどうぞご自由に」

 それを聞いた相手の表情が変わる。

「おい、第7予備隊って……」

 こそこそと舌打ちしながら彼らが言い合っている姿をみて、マニクはにやけが止まらなかった。
 確かに、隊としては予備隊は守備隊より格下になるが、こちらの隊長のシーグルより、貴族として格上の者は騎士団にはそうそうにいない。しかもシーグルは将来の騎士団幹部候補だ、ここで馬鹿な訴えを起こす気合のあるやつなんているとは思えない。
 案の定、ぶつぶつ言いながらも大人しく逃げていった連中を見て、マニクは上機嫌に口笛を吹いた。
 のだが。

「マニク、隊の名を出せば隊長に迷惑がかかるかもしれないだろ」

 シェルサは大真面目に言いながらマニクを睨んでくる。彼の融通の利かなさと、シーグルに対する崇拝ぶりからすればこれも予測出来ない事ではなかったが、少々面倒だと笑顔が引き攣るのは仕方ない。

「大丈夫だろ。そもそも奴ら程度なら、ウチの隊長が誰か分かってりゃ上に言う気になんかならないだろ」
「だが、我々の軽率な行動で、もし隊長が何かいわれる事があったらだな」
「わーったわーった、んじゃその前に、これから隊長の部屋寄って予め今のの報告だけしてこよう。そんでいいだろ?」

 隊長に会いに行く、という部分に相当惹かれたらしいシェルサは、それでちょっと嬉しそうに頬を紅潮させたかと思うと、咳払いをして満足そうに納得する。
 でもまぁ、マニクとしても、シーグルの部屋に入る口実が出来た事はちょっと嬉しかったりする。訓練時間は終ったが、大抵の場合、シーグルはまだ事務処理の方の仕事をしている筈だった。

「あ、あの……ありがとうございましたっ」

 その言葉で、二人は少々頭から離れていた、そもそも自分たちが助けた存在の事を思い出した。
 どうするかと思わず二人して顔を見合わせてから、難しい顔で黙り込んだシェルサを見て、マニクが愛想笑いを浮かべて新人騎士に振り向いた。

「えーとな、あーゆーのがいるから、次からは気をつけるようにな。いわゆる悪い伝統ってヤツでさ、ストレス溜まってる隊の連中は、ここぞとばかりに君みたいなのにぶつけんだよ」

 予備隊のようにあまりストレスのない緩い隊では、あまりその手の悪い伝統に乗ろうとする者はでないが、それでも派兵が決るとそういう話しが出る事もある。勿論、ウチの隊に限っては、そんな事やろうとするような馬鹿はいない、とマニクは断言出来るが。

「大丈夫だ、そのうち、隊長がその手の騎士団の膿をどうにかしてくれる」

 自信満々に新人に向かっていうシェルサに、マニクは吹き出し掛けたが、顔をにやけさせるだけでどうにか抑える事は出来た。

「だなぁ。あの人が順当に偉くなりゃ、もうちょっとここも胸張れるとこになるだろうなぁ」

 からからと笑っていったマニクは、とりあえず騎士団での注意事項等を新人に話しながら、城門の近くまで送っていく事にした。





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この話は本編ページの番外編との連動企画です。こっちでシーグルサイド、本編ページではセイネリアサイドの話となります。
向こうとこっちで大体交互にUPしようかなーなんて思っていたのですが…… はい、すいません、1話はシーグルが出てくるところまでいかなかったorz 思った以上にシェルサ達の話が長くなりました。
ちなみにこっちパートではエロはなし。辛うじて向こうで無理矢理入れる……かなぁ、くらいです。どっちも全4、5話くらいを予定


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