神官と喧嘩と魔法と酒






  【2】



 その後、運良く通りかかった冒険者がたまたま狩人を生業としている者だった事もあり、更に彼がとても気のいい人物だった所為で、イノシシは無事ウィア達の戦利品とする事が出来た。
 とはいえ、二人でこんな大物を運ぶ事も出来ず、狩人に肉を分けるのを約束して、どうにか運ぶのを手伝って貰ったのだが。
 本当は、ウィア達としてはもう少し金になりそうな毛皮や牙を譲るつもりだったのだが、狩人は、小さい二人で仕留めた事を相当に感心してくれたようで、それは事務局に持っていって二人の評価につけてもらえと言ってくれた。
 そんな訳で、無事狩人の共同小屋でイノシシを捌いて貰った後、持てる量以外の肉は全てその狩人に渡して、二人は意気揚揚と屋敷にたどり着いた。この際、本来の目的だった薬草取りがすっかり頭から消えていたのは置いておいて。
 ただ大物を倒したという達成感に浮かれている二人は、出て行った時の険悪な雰囲気とはうってかわって、和やかに談笑等したりしていた。

「あのオッサンかなり俺達褒めてたよなー。まぁ、ちっちゃいのに、って言葉は余計だけどさ」
「ホント、しっつれーだよねー、いくらなんでもあそこまで子供扱いされる程ガキじゃないのにね」
「ったく、世界は偏見に満ちてるからな」
「あー、ウィアもやっぱ必要以上に子供に見られるタイプなんだー」

 一度打ち解けてしまえば互いに割りと社交的な性格というのもあって、話のネタには困らない。ウィアは自分より年下の相手をするのは好きではないが、かといって、年下に自分を敬えとか敬語を使えとかいうタイプでもない。
 本来の二人の相性は悪くはなかったようで、今ではすっかり意気投合していた。

「ってかさー、俺マトモに魔法使いが魔法使ってるの見たのは初めてなんだよな」

 ウィアが冒険者としてよく組んでいたのは、主にそのあたりのごろつき、というかただの体力が有り余ってる一般人レベルの若者達が多かった。魔法使いなんてのは、大抵どこかの調査とか、彼らの研究的に役に立ちそうな仕事でないとそうそうお目にかからない。
 彼らは冒険者として上に行く事など然程興味がなく、大抵自分の住居に篭っている。金銭的な問題は、薬草を加工したものや護符を売ったり、田舎篭りなら医者もどきな事をしてればどうにかなるし、研究に莫大な金が掛かる場合でもなければ、必要以上の金を稼ごうとする者はまずいない。
 魔法使いというのは、只管魔法を研究するのだけが生きがいな連中であって、どこか俗世離れしているのが普通だ。

「まぁ俺も、魔法使いって程ちゃんとした術使えないんだけどね」
「そりゃー、見習いだしなぁ、仕方ないんじゃね」

 何の気なしにウィアがそう返せば、ラークは杖を取り出して見せる。

「俺だって、本みながら、魔法陣描いて長ったらしい呪文詠唱すれば、効果の程は保証出来ないけど一応いろいろ使えるよ。でも、この杖に込められてる魔法はアレ一つ、だから咄嗟に使える魔法はアレだけなんだ」

 へーと、素直に感嘆の声を上げるウィア。

「てか、杖ってそういう理由で使うモンなんだ」

 一応神官でも杖というか錫杖を持つ事はあるが、あれは儀式用の道具というか、ただの格好と音を鳴らす為に使っているものに過ぎない。美術品としての価値は高いだろうが、実用的な意味はあまりない、とウィアは聞いている。

「杖には、呪文とか、記号化した魔法陣を予め入れて置くんだ。そうすれば、咄嗟の時にも簡単なキーワード程度の呪文で魔法が出せる」
「だったらつまり、普段から魔法をたくさん杖に仕込んでおけばいろいろ使えるって事だよな」

 そう尋ねたウィアの意見は誰でも思いつくもので、ラークもそれには、理論的にはそうだと返すものの、ならばもっとどんどん杖に術を仕込めばいいのではないかという意見には肯定を返さなかった。

 咄嗟に使う魔法、というのはかなり危険である。
 魔法は元々不安定なものなので、術者の込める魔力の力加減で効果の程度がかなり変わる。また、各魔法には術者との相性というのもあって、人によって制御しやすい魔法というのも違う。
 だから、杖には自分の制御しやすい、制御出来る自信がある魔法を刻むもので、慣れない魔法を杖に仕込んだりはしないものだ、とラークは説明した。

「で、あれがお前の制御しやすい魔法な訳だ」

 思い出して言うウィアの視線の意味に気がついたラークは、少し恥ずかしそうに頬を染めて唇を尖らす。

「あれでも十分安定してはいるんだよ。大前提として、魔法を意識して止める事は出来てるんだから。ほんとに安定してない魔法は、暴走して手が付けられなくなったり、正反対の効果が出たり、全く違う効果になる事だってあるんだからっ」

 そこまで聞けば流石にウィアだって納得する。
 そして、自分達が使う神殿の魔法がどれだけ楽なものかもわかる。

「そらー、確かに安定しないのをヘタにすぐ使えるようにしちゃ不味いよな。しかし魔法使いの魔法ってのは、俺達の使うのとはエライ違って扱い難いもんなんだな」

 神官が使う魔法というのは、そこまで酷く効果が変わったりはしない。習えば誰でもある程度使えて、確かに効果の程度はバラつくものの、狙った効果が出ないとか、集中して調整しないといけないという程のものではない。

「それはね、神殿の魔法は、たくさんの人間がたくさんの歳月をかけて、決まった魔法だけをより安定して使えるように研究して積み重ねた結果だからね」

 声を聞いてウィアは振り返る。
 普段は部屋に篭って本の虫をしている友人が、珍しく部屋から出てきたようであった。

「面白い話をしてたからさ、ちょっと僕も興味があってね」

 そういえば、この勉強と本の虫の友人は、この手の考察事は大好きだったとウィアは思い出した。
 ヴィセントは、手に持っていた本をテーブルに置いて、ウィア達の傍の椅子に座った。

 ウィア達は、帰ってきてから厨房にとりあえず肉を置いて、残りは入り口の大扉の傍に置いてから、手足を洗って着替えをして、食堂のテーブルで茶を入れて雑談をしていたところだった。
 帰ってきた時点で既に夕方に入るくらいの時間にはなっていたが、まだフェゼント達は帰っておらず、とりあえず空いた小腹を満たす為にナッツの瓶を出してきてお茶となった訳なのだが、それでもまだ兄達は帰ってこないと思ってだらだら話していた。
 ……の、だが。
 ヴィセントが話に加わった所為か、ナッツの瓶の減り方が早くなって、ウィアは少し恨めしそうにその瓶を見つめた。

「つまり、魔法の効果っていうのは、魔法陣と呪文だけでは決定しない訳なんだね?」
「そう、使う術者の魔力との相性でも、効果自体が変わるんだよね。呪文もただ言えばいいっていうんじゃなく、言い方でも変わる。杖に込めておいた場合は、その部分だけは固定されるから安定する、……だから結局杖に込めないと実用度は低くなるんだ」

 ヴィセントが入った事で、ラークの話はより専門的になってきている気がして、ウィアは先程から少し会話の外に出ていたりする。当然、暇だとさらにつまみを口に入れる回数も増える訳で、瓶の残り残量も一番気になっていた。
 だから、思わず。

「腹減った……」

 と呟いてしまったのは、ウィア的には仕方ない。
 その声で、話に夢中になっていた連中もいろいろ気がついたらしく、ウィアの方に視線を向けて、それから互いに顔を見合わせた。

「確かに、お腹空いたね」
「フェゼントさん達って、まだ帰ってこないのかな」

 最後に瓶に残った一つを口に放り投げると、ウィアは決意を込めて呟いた。

「とりあえずさ、フェズ達遅いし、もう何か食わない?」









 リシェは港町で、海外からやってくる人々も多い。その所為で、小さい町ながら人口も多く、国で有力な商人達は大抵ここを拠点にしているだけあって、一晩中やっているような店が集う繁華街は、首都のそれと比べても見劣りしない活気がある。
 今日、テレイズが訪れたところはどこも繁華街からは離れてはいたが、街を出る時に表街道に出ればその賑わいを感じる事が出来て、思わず感嘆の声を漏らす程だった。

 この、賑やかな街の領主がシルバスピナ家というのは、実は余り知られてはいない。

 普通なら首都からも近く、こんないかにも金になりそうな場所、ここを領地と出来るのなら相当にその領主に金が入り、貴族として、その地位も力も相当に持っている事が予想出来る。
 だが、シルバスピナ家は建国時に王からこの地を授かった後、自分の家が今後も力を付け過ぎないようにと、あえてあまり金と力が領主に入らないような領内法を取り決めた。
 具体的には、この街で力のある商人達に組合を作らせ、それを街の代表として様々な決定権を彼らに渡した。税率でさえ彼らに決定権をほぼ渡し、税自体を納めるのもまず組合へ、そこから街の為に必要な金を引かれて領主に入る仕組みになっていた。引かれる額を決めるのも組合の話し合いによるものなので、組合が儲ける事は出来ても領主が儲ける事は出来ないようにした。更には、シルバスピナ家自体にも厳しい家訓や掟を残し、子孫達が堕落しないようにと縛り付けた。
 そこまでした初代シルバスピナ卿を、他の貴族達は嗤い、誰もが折角の領地を宝の持ち腐れにしたと言った。領内を治めてさえいない、ただのお飾り領主だと。
 ただ、言われている事では、彼は根っからの騎士で、自分の子孫が堕落せず、国がある限り王を守る立場にいられるようにと願ってこんな事をしたのだという。

 成る程、たいした先見の明だ、とテレイズは思う。

 まさか彼の時代で予想出来た筈はないが、冒険者という職業がこの国で認められてから、貴族達の立場というのも随分と変わった。

 冒険者システムが導入されてから、増える人口と戦力の所為で他国もそうそうに攻めてこなくなり、クリュースはここ暫く平和な世が続いている。そうなれば、貴族達は騎士として戦う事もなく、持つ金と権力を傘にして、宮廷内での勢力争いと後はただ堕落の一途を辿る。
 そんな中、冒険者が行き来する所為で物流は活発化し、平和な治世で商人達が力を付けてくるのは当たり前とも言えた。
 更には、一般国民が冒険者として金と地位を築くチャンスがあるこの国では、権力争いに敗れ、堕落した貴族達が消え去るなど当たり前の事だった。今や、貴族と言っても没落した家はその称号を売り渡し、大本の血筋が途絶えている事も多い。だからこそ、貴族院が血筋を保護しようと躍起になっているのもあるのだが。

『地位も力も付け過ぎなれば、堕落もしない』

 初代シルバスピナ卿は、自分の子らにそう言ったらしい。
 確かにこんな街の領主であるのに、あの家は貴族としての力はあまりない。
 代々騎士として騎士団に入り、その要職を務める事が常であったとしても、あの家は政治事には絶対に関わろうとはせず、国政への発言力は全くと言っていい程ない立場を通してきていた。
 だからこそ他の貴族達もあの家を軽んじ、宮廷周辺の勢力争いからも度外視されてきた。
 このリシェを治めるのがシルバスピナ家とは知らず、もしくは知っていてもただのお飾り領主など何も出来ないと、ただの田舎領主並、あるいはそれ以下にしか見られてはいなかった。
 ……実際は、単に誰にも分かり易い直の力を持っていないだけなのに。

 賑やかな街の喧騒を眺めて、テレイズは軽く溜め息を付き、そして馬を引いている長髪の小柄な騎士をちらと見て苦笑する。
 シーグルの件に関わった事で、テレイズもある程度セイネリアとの関わり合いに関しては腹を決めていた。だから改めて、いざという時には自分のカードとして使えるように、セイネリアやシーグルの周辺を調べていたのであるが、黒の剣傭兵団関連は既に調べてあった事以上はそうそう掴めなかったものの、シルバスピナ家については今まで殆どマークしていなかった所為もあって、興味深い事実がいろいろと分かった。

 ――貴族としては、調べれば調べる程面白い。

 建国時に貴族の称号を貰ったのは、殆どが初代王と共に戦った戦士達だった。
 彼らは騎士として国を守る任につかされたものの、平和な世になれば、戦う事を忘れていったのも当然だった――人間、平和な世に生まれ、他人に命令出来る立場なら、あえて自分が危険な目にあおうとはそうそうに思わない。
 その中で、あくまでも騎士として家を残そうとする貴族――面白いな、とテレイズは思う。

 現在、シルバスピナの屋敷は、リシェの高台にある高級住宅地区の一角、喧騒とは離れた閑静な場所に建っている。街を一望出来る場所にあるその屋敷は、古めかしくも立派な佇まいではあるものの、それがこの街の領主のものであると思える程目立つものではない。建物の立派さでいうならば、周辺にある有力商人達の家の中でそれ以上のものがいくつもある。
 こちらに来たついでにシーグルの状態を見に来た、と言って、実際シルバスピナ家の屋敷に行ってみたが、最低限の人数に絞ってはあるが使用人はちゃんと揃っていて、掃除は勿論、建物や庭の手入れも行き届いていた。
 十分に、貴族としては不自由していない部類の生活状態で、ただ単に必要以上の贅沢をしていないだけなのは分かる。

 こんなに首都の傍なのに、首都にいるだけでは分からない事というものも、やはりあるものだとテレイズは感心した。まったく、神殿の方で適当な仕事をでっちあげてまでリシェにきたかいはあったと思う。
 気になっていたシーグルの状態も見る事が出来たし、それをウィアに知らせれば、あの我慢を知らない弟も、当分は彼に会おうとは言い出さないだろう。

 収穫的には満足のいく結果が出たので、テレイズの機嫌は良く、それが分かるように表情にも笑みが湧く。
 だが、馬を引いて歩く騎士の青年の顔は、心なしか沈んだ表情に見えて、テレイズは気付いた途端声を掛けた。

「フェゼント、何か心配かい?」

 声を掛けられて、はっとしたかのように驚いたフェゼントは、急いで馬上のテレイズを振り返る。

「あの……この分だと帰る頃に夕飯の支度が間に合わないのでないかと、その、心配で」

 ちなみに、フェゼント本人から言われて、今ではテレイズは彼に敬称をつけず呼び捨てにするようになっていた。
 テレイズは少し眉根を寄せて、彼に言われた事を考える。
 確かに、このままだと支度どころか夕飯時間にさえ間に合わない。
 街を出たら、フェゼントも馬に乗って少し急いで帰るとしても、それでも夜になるのは避けられないだろう。
 気付いたテレイズは、先程までの上機嫌を返上して、苦虫を潰したように顔を顰めさせる。
 そして、あまりの表情の変わりように驚いたフェゼントに真剣な視線を向けると、苦々しげに呟いた。

「……嫌な予感がする。腹が減って大人しく待ってるとは思えないな、あいつは……」

 勿論、ウィアを生まれた時から見ている兄テレイズの予想は、間違っている事はなかったのだった。



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なんかやたら説明ばっかりな回でしたorz
すいません、すいません、次回は少し早めにUPできるようにします……。


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