憎しみの剣が鈍る時





  【10】



 ノックの音が響いて、セイネリアは部屋の扉を睨む。
 暫くすれば、真白な髪の子供が二人、ひょいと顔を覗かせてセイネリアに笑いかけた。

「マスター、ホントにこっち来てたんだ、久しぶりー」

 一見無邪気に見える笑顔で、彼らはセイネリアの返事も待たずに部屋の中へ入ってくる。当然、セイネリアはそれに不快そうな視線を向けた。

「なんの用だ」

 西館のこの部屋は、セイネリアが使う為に空けてある部屋だった。
 使っていなくてもカリンの部下が掃除だけはずっとしていて、この部屋の扉は普段は開いたままにしておく事になっている。逆にいえば、扉が閉まっている時はセイネリアがいると言う事で、余程の事態がなければ誰も中に入ってはいけない事は暗黙の了解となっていた。

「あ、やっぱりマスター怒ってるよ、ラスト」
「だから止めといた方がいいかもっていったんだよ、レスト」

 互いに顔を見合わせて言い合う姿は、彼らを知るものならいつもの事だとうんざりする光景だった。双子である彼らは、いつでも二人で相談してから、一人分の意見として相手に発言するのが常の事だった。普段なら、そんな彼らの様子にも適度に流して話を聞いてやるセイネリアだったが、今ならばそれに苛立つのは仕方がない。
 それでも、はっきりと怒る事もなくただ彼らを見ていれば、兄であるラストの方が、椅子に座っているセイネリアの前に一歩進み出る。

「ね、マスター。そこの人、寝てるんでしょ? マスターの大切な人なんでしょ? だったらさ、僕達の出番じゃないかな?」

 続いて、弟のレストが、ラストの後ろから顔を覗かせる。

「相手が眠ってるなら僕達アルワナ神官の領域だからね。彼の、心を知りたくない?」
「成る程な、……誰がお前らにあいつの事を教えた」

 セイネリアが、明らかに怒りを瞳に映して彼らを睨めば、流石の傍若無人な双子の兄弟も体を竦ませる。

「ドクター。マスターの手助けしてやれって」
「余計な事を」

 眠りと意識の神であるアルワナの神官の二人は、この年齢でアルワナの司祭長の位をかつて持っていた。
 アルワナは眠りに関連する全てを司る。神官達は永遠の眠りの中にいる死者と話をし、眠っているものの意識を読む事が出来る。だからその力の性質上、アルワナの神官達は他人と接触せずに生きている。一般人の中で生活する場合は、アルワナ神官である事を隠すのが普通だった。
 誰だって、自分の心を読まれたくはない。
 死者に聞いて秘密を暴かれたくはない。
 アルワナ神官と分かった時点で、普通の人間は離れていく。
 もっとも、アルワナ神の信仰自体はかなりマイナーではあるから、そもそもアルワナ神官自体が珍しいのだが。

「失せろ、俺は今お前達に構う気分じゃない」

 滅多に感情に任せた発言をしないセイネリアのその言葉に、双子は顔を見合わせて、本気で自分達が彼を怒らせた事を知る。
 それでも、セイネリアから一歩引いて、彼らは伺うように顔を俯かせ、目だけで恐る恐る見上げた。

「ハッキリとその人の気持ちを分かった方がいいって、ドクターが言ってたんだ」
「僕達マスターの役に立てるかなって思ったんだ」

 セイネリアは目を細める。
 サーフェスはこの双子に何を言ったのかと思いながらも、自分が今明らかに怒りを押さえきれていない事を自覚する。いつもであれば自分の感情などいくらでも制御出来ていた。言い方を変えれば、その程度の感情しか持たなかったというのもあるが。
 子供らしく落ち込んだ様子で項垂れている双子を見て、それから眠っているシーグルに視線を移す。

 本当ならあのまま帰す筈だった彼だが、この様子だとまた暫く寝かせて置いたほうがいいのかもしれない。眠っている間にロスクァールを呼んで、少し術を掛けておくべきか。元大神官である彼の顔は見せる訳にいかないから、意識のない今なら丁度いいだろう。
 気付けばあれだけ押さえ切れなかった怒りが霧散して、シーグルの事を考えている自分がいた。その事実に、セイネリアは愕然とする。
 自嘲の笑みを抑えきれず、口元に浮かべて天を仰ぐように上を向き、その顔を片手で押さえた。

「こいつの意識なぞ読む必要はない。そんなものハッキリと分かっている」

 自分は彼に憎まれている。
 自分の中に生まれてしまった彼に向かう全ての感情は、拒絶されるだけで決して報われる事はない。

 ――だが、それでいい。
 自分にはそれ以上を望む資格さえない。
 それ以上の事実など――きっと、彼が望んでいない。彼が、耐えられない。

 彼に愛していると告げて、それが受け入れられない事など構わない。
 拒絶しか返されないと分かっていても、今更それを恐れる事はない。

 例えどれだけ苦しくても、どれだけ心が軋んでも、それは耐えられない事じゃない。
 
 けれど、もし、告げる事で彼を更に追い詰めたら。
 最悪、言葉が限界まで引き伸ばされた彼の精神の糸を断ち切る刃になったなら。
 
 いくら拒絶されても、憎まれても構わない。
 けれど、彼自身を失う事が、怖かった。
 



END
 >>>> 次のエピソードへ。

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お読みくださってありがとうございました。今回はちょっと長めでお疲れ様でした。
今回のエピソードはやはりラスト周辺のセイネリアとシーグルの会話からHまでが書きたかったところです。二人共に痛々しい心情が伝わればなと思います。



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