剣は愛を語れず
※未遂なので最後までじゃないですが性的表現が含まれています。ご注意ください。





  【2】





「や……め……ろ……」

 下りてくる男達の手を瞳に映して、動かない唇でそれだけをやっと声にする。

「あら、声が出せるの? まぁいいわ、その方が楽しいでしょうし」

 一人の手がシーグルの肩の装備を外しだす。
 一人の手が胴鎧を外しだす。
 一人の手が指をシーグルの口の中に入れる。
 一人の手が服の上から股間を撫でる。
 一人の手が胸を撫でる。
 一人の手が足を開かせる。

 それらすべての手には、その甲に蝙蝠の印が描かれていた。

「う、ぁ、ぐ……」

 口の中を指で犯されても、噛む事も出来ず、唸る事しか出来ない。
 伸びてくるたくさんの手と、欲望に緩んだたくさんの顔が、シーグルの体に纏わりついてくる。

「や、めっ……触る、な、くそっぉッ……い、や、だァッ」

 声の限りに叫んでも、殆ど声は出ず、体は少しも動かない。
 男達の手が鎧を外し終えたのか、服の中にまで入ってくる。
 直に肌をまさぐる複数の手が、まるで生暖かい生き物が体を這いずり回っているようで気色が悪かった。
 男達の中、一人の男が一際近くまで顔を寄せて、シーグルの頬を舐めてから囁く。

「安心しな、長く楽しめるようにちゃんと念入りに慣らしてからつっこんでやるからよ」

 途端、下肢にもぐりこんできた手が何かのぬめりを纏って、ずぶりといきなり指を後孔に突き入れる。

「ぁ、やっ……や、めあぁっ」

 まるで言葉がハッキリ言えない幼子のような声をあげて、シーグルは青い目を見開いた。
 視界一杯に広がる、男達の欲に血走った瞳が、シーグルに絶望を押しつける。

「こりゃ、かなりの好きモンの穴だぜ、もっと欲しいってひくひくしてらぁ」

 男達から歓声が沸き、指が増やされる。
 シーグルはひたすら歯を噛みしめる。

「誰かかわいそうな前いじってやれよ」

 曝された性器には、別の手が纏わりつく。

「男でも胸って感じるんだっけ?」

 ごつごつとした皮の厚い手が、指の先で胸の突起を押しつぶす。
 その他の手も、腹を撫で、足を撫で、髪の毛を撫で。
 動かせない体の代わりに、びくんびくんとひきつるように震える肌に、男達の笑い声が響く。

 よく見えるように大きく開かれて持ち上げられた下肢からは、くちゃと聞きたくない音が響いて、体の奥から疼くような快感が生まれていた。
 早くも自分の性器を取り出した男達が、手で扱きながら、それをシーグルに向けている。
 男達を睨みつけていたシーグルの青い瞳が、力を失って瞼に閉ざされて行く。

 ――このまままた、こんな奴らに犯されて――それでもきっと体は喜ぶのだ、その程度だ、自分など。

 後はもう、終わる時だけを待って、体を投げ出してしまえばいい。

 だが、そう思った直後、パンッと何かが弾ける音が唐突に辺りの壁全面に響く。
 同時に、男達の手が一斉に止まった。

「……結界が壊されたわ。随分と早いこと」

 振り向いた男達の先に見えたエルマの顔は苦々しく、どこかをじっと向いていた。
 遠くから、足音が近づいてくる。
 甲冑を着た誰かの、その鉄同士が擦れ合い、ぶつかって立てる音が聞こえる。

「離れろ……」

 地の底から響く低い声は怒りを纏い、シーグルを取り囲む男達の動きを縫い止める。

「離れろと言っているッ」

 次に強く叫んだその声は、シーグルでさえ聞いた事がない程ハッキリと怒りに震えていた。
 殆ど反射的にシーグルから一斉に離れた男達は、あまりの相手の気迫に押され、立ち上がる事も出来ず地を這う事しか出来ない。

 男達の壁が消えたシーグルの視界に、全身を黒で固めた男の姿が映る。

「姫を守る騎士様どころか、王様本人がやってくるなんて……そんなに大事なのかしら? この坊やが」

 言って直後、彼女は杖をセイネリアに向けて構えると呪文を叫ぶ。
 金色の輪が杖の先に現れ、それがおそらく回転しながらセイネリア目指して飛んで行く。
 だが、彼は動かない。
 一歩も足を動かす事なく、右手だけを左腰に回す。

 そして。

 決壊が壊された時と同じ音をたてて、金色の輪は弾け飛んだ。
 セイネリアの手にあるのは、黒い剣。
 シーグルが初めて見る、柄から刀身まで真っ黒な長剣が、セイネリアの体の前に立てられていた。
 黒の剣――それがそうである事は間違いようがない。その黒い刀身を見ているだけで、背筋が凍るような、昏い闇に吸い込まれそうな感覚は、明らかにそれが特別な力を持っている事を伝える。
 すかさず、エルマは呪文をまた叫ぶ。
 今度は連続で、殆ど間を置かずに、二つの金色の輪がセイネリアを襲う。
 けれども、彼の表情はまったく変わる事はなく、まるでシャボン玉でも割るかのように、剣で振り払う程度の動作でその輪を壊して行く。

 ――いや、壊れているのではない。

 壊れて行く光の輪を見ているうちに、シーグルはある事に気がついた。
 剣に触れた金色の輪は弾けて……金色の欠片になった後、剣に吸い込まれている。散らばった金色の力が黒い刀身に一気に吸い込まれて行く様は、まるで力を喰らっているようで、その様にさえぞっとする。

 黒い刀身の放つ心まで吸い込まれそうな感覚にシーグルが目を離せないでいれば、セイネリアが剣をシーグルの位置から見えないように体で隠した。
 心が呪縛から離されたように、シーグルは我に返って改めてセイネリアとエルマの二人に視線を向ける。

「……本当に、本物の黒の剣なのね、まさかそれを持てる人間がいるなんて……」

 エルマの言葉の意味は、シーグルには理解出来ない。
 だが彼女は、それで得心がいったとばかりに、顔に余裕を取り戻して声を張り上げた。

「お前達、死にたくないなら立ちなさい。遅れたら置いて行くわよっ」

 言われた周りの男達は、あるものは急いで走り、あるものは腰が抜けたまま立てないのか、そのまま這いずるように彼女の元に向かって行く。
 見れば彼女は既に一段階目の呪文を終えたところらしく、その頭上には前に逃げた時と同じ、金色に輝く輪が現れていた。
 そして、呆然と見ている事しか出来ないシーグルの前で、彼女とその手下と思われる男達の姿は消えた。

 ――あの人数を一人の力で転送? クーア神官でさえ、神殿転送でやっとの筈だ。

 だが、そうして消えた彼らの場所を見つめていれば、黒い影がそれを遮る。
 途端、彼が発する不穏な空気に体が凍る。
 セイネリアは無言のまま、黒一色の剣を振り上げ、そしてシーグルに向けて振り下ろした。
 シーグルは目を閉じる。
 だが、予想した衝撃は起きず、ただ、急激に生身の重さが戻ってきたような、酷い倦怠感が体に押し寄せてくる。

「な……んだ?」

 言ってから、声が出せた事に驚く。
 試しに起きあがってみれば、体は重いものの思った通りに動く事が出来た。

 おそらく、これもセイネリアの持っていた黒い剣の所為なのだろうとシーグルは思う。
 先程の様子を見て分かるのは、あの剣は魔法を無効化し喰うのだろうという事、ならばシーグルに掛かっていた術を剣で切る事も可能だと予想出来る。

 重い体をどうにか起きあがらせて顔をあげれば、既にセイネリアの姿は目の前にはなく、シーグルに見えたのは離れた場所にいる彼の後ろ姿だけだった。

「フユ、後は頼む」

 その傍にいるのは、灰色の髪と灰色の瞳の男。その男が頭を下げたのを見ると、セイネリアは去って行く。
 振り返りもせず、シーグルの顔さえ見ずに。

「セイネリアっ」

 呼んでもその足は止まらない。
 自分でも何故引き留めたのか分からない。
 ただ、去って行く黒い騎士の姿を、シーグルは見えなくなるまで見つめていた。




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エロ……未満。そしてちょっと短めですいません。

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