その濁りない青に





  【8】



「――……それで」

 窓の外を見ながら、セイネリアが言う。
 部屋の入り口には、カリンが主に頭を下げて立っていた。
 セイネリアから、近くに来て良いという指示は、彼女には出ていなかった。

「はい、暫く呆然としていたようですが、自力で帰りました。シルバスピナの屋敷に入るまで、確認しています」
「――……そうか」

 視線を彼女に移すこともないまま、セイネリアは呟く。
 それから、もういいと合図をしてカリンを下がらせ、椅子に深く腰掛けた。

 何度も貫き、何度も彼の中に注ぎ込み。
 最後には人形のようにされるがまま、唸り声さえ出せなくなった、彼の姿を思い出す。

 ――あいつはもう、前のままでいられない。

 そう考えると、何故か気分が沈んだ。
 自分は余程シーグルとの友達ごっこに入れ込んでいたらしい、と自嘲すると共に、それが終わってこんな府抜けている自分に苛立ちを覚える。

「何が欲しかったんだ、俺は……」

 呟いて、忌々しげに唇を引き結ぶ。
 今までに、セイネリアが同じように壊してきた人間は何人かいた。確かにシーグル程手間を掛けた事はないが、壊した後にこんな気分になったことはなかった。壊した後に彼らがどうなろうと、セイネリアにとってはどうでも良かった。遊ぶ価値の無くなったおもちゃなど、置くか捨てるかだけの存在だった。
 だが、今、セイネリアは落胆していた。
 今の状況にか、下らない事をいったシーグルにか、それとも彼を簡単に壊したことにか。何に自分がこんなに落胆しているのかさえ、セイネリアは分からなかった。
 最後まで抗おうと睨みつけてきたシーグルの瞳を思い出し、それに今までになく興奮していた自分を思い出す。
 どうやら、あの瞳が失われたのかと思うのが自分を沈ませているらしい、と。薄々気付きながらも、何時に無い自分の感情をセイネリアは信じられないでいた。

「何が欲しかったか……か」

 呟いて、唇を自嘲に歪める。

「いや、違うな。何を期待していたのか、だな」

 セイネリアは、目を閉じた。
 


 それから4日の間、カリンから、シーグルが屋敷の外に出かけたという報告はなかった。
 セイネリアは自分の中の落胆を考えないようにして、シーグルと会う前の生活に戻った。傭兵団の者達は、セイネリアのお遊びが終わったようだとしか考えず、カリンだけがセイネリアの様子に違和感を覚えていた。

 5日目、セイネリアはカリンにもうシーグルについて報告する必要はないと言い、以後彼の名を出す事はなくなった。
 だが、カリンは密かにシーグルの様子を伺うよう、部下の一人にシルバスピナの屋敷を見張らせた。

 そして、9日目の昼。

 セイネリアが起きると、カリンがすぐに報告にきた。
 シーグルが屋敷を出たと。







 昼の食事にしては少々遅い時間。首都セニエティにある小さな食堂は、一番混む時間が終わって、のんびりと遅めの昼食を取る客が、空席もあるもののそれなりに席を埋めていた。
 朝の時間と違って、座る者は大抵冒険者達で、起きたばかりなのか、眠そうに食事を取る姿が目立つ。
 そんな彼らは、店に入ってきた黒い鎧の男を見て、寝惚け眼を大きく見開いた。
 こんな安食堂に何故彼がいるのかと、鎧のエンブレムを見て眉を顰め、近くの者とひそひそと声を交わす。
 それらに一瞥もくれる事もなく、セイネリアは目的の席へと真っ直ぐ歩いていく。
 小さな食堂の外の席、隅にある目立たないテーブル席の一つ。そこには、銀色の鎧に身を包んだ騎士が座っていた。
 彼は真っ直ぐ、セイネリアの姿を見つめていた。
 その、憎悪に燃える青い瞳を見て、セイネリアは口元を歪ませる。

「久しぶりだな」

 シーグルは何も言わない。
 薄い唇を噛み締める程にきつく閉じて、ただ憎むべき対象として捉えた瞳が、じっとセイネリアを見つめていた。

 セイネリアは、声を上げて笑いたい気分だった。
 何故こんなにも愉快なのか、自分でもわからない程、笑いたい気分だった。

「もう、体はいいのか?」

 言えば、カッと彼の顔が赤く染まる。

「貴様に、心配されるとは思わなかったな」

 呪いのように呟かれる彼の声が、耳に心地よかった。
 セイネリアは、テーブルを挟んだ向かいの席に了承も取らずに座り、その上に両肘を乗せて手を組むと、顎を乗せてシーグルの顔をじっと見つめた。

「元気そうじゃないか」
「誰が……ッ」

 噛み締めた唇が、震えて声を詰まらせる。
 そんなシーグルの様子を見て、セイネリアは楽しげに目を細めた。

 ――あぁ、本当に、なんて彼は楽しいんだろう。

 セイネリアは椅子から伸び上がると、シーグルの顔を引き寄せ、その唇に自らの唇を重ねる。人前でまさか手を出してくると思っていなかったシーグルが、あまりのことに抵抗を忘れて固まった。
 セイネリアはすぐに唇を離すと、未だ目を見開いているシーグルに笑いかける。

「もう少し味わいたいが、噛まれる前にやめないとな」
「貴様っ」

 唇を腕で拭いながら、シーグルの瞳が怒りに燃えてセイネリアを捉える。
 それをうっとりと見つめてから、セイネリアは店の中へと視線をかえる。シーグルも、つられるようにセイネリアの視線を追った。
 狭い店の中、座る冒険者達は皆、セイネリアとシーグルの二人を見ていた。店中の視線を感じて、シーグルは声も出ずに止まる。
 そこへ、セイネリアが店中に聞こえる声を張り上げた。

「見ての通り、こいつは俺のものだ。他の者が手を出す事は許さん」

 シーグルは目を見開いたまま、あまりのことに一瞬眩暈を覚えた。
 セイネリアは笑って、シーグルを引き寄せようとする。

「ふざけるなっ」

 その腕を振りほどき。
 すぐさま、激しく拒絶を向けるシーグルの拳がセイネリアに飛ぶ。
 けれどもそれがセイネリアに掴まれて止まると、殺気の篭る瞳で、シーグルはただセイネリアをきつく見据えた。
 顔と顔の位置が近い。
 シーグルの吐息さえ感じて、セイネリアは先程触れた彼の唇を思い出し、舌で唇を舐める。

「必ず、お前を倒してやる」

 言い捨てると、シーグルは席を立って店を出て行ってしまった。
 去っていくシーグルのぴんと綺麗に背を伸ばしたその後姿を、セイネリアは細めた瞳の中に映す。
 シーグルの姿が店から消えると、店内に残るざわめきと人々の視線は、店の隅の席に一人座っているセイネリアだけに向けられる。
 セイネリアは笑った。
 始めは喉を震わせて、そして声を上げて。

 ――本当に、なんて楽しい……。

 その事が、冒険者達の間で噂として広まるのには、然程時を必要とはしなかった。



END.

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シーグルとセイネリアの出会い編完結です。
ここから本編に続く、という流れです。

鬼畜攻めと強気の受けが好きです。えぇもう趣味全開です。
ただセイネリアさんは最後まで鬼畜出来るかは……。





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