寄り添う心と離れる手




  【6】



 昼食後、休憩の後に立ち上がったセイネリアがまた弓を持ったのを見て、シーグルはこらえきれずに聞いてしまった。

「俺も、行っていいだろうか?」

 セイネリアは最初こそ眉を軽く顰めたものの、じっとシーグルの顔を見てから僅かに笑う。

「いいぞ。ただ、大物を仕留めた場合はお前を抱きあげて帰れないからな」
「必要ない、自分で歩ける」

 からかっているだけだというのは分かっても、念を押されると自分の体力に不安になる。なにせ先ほど調子に乗って薪割りをやりすぎた為、体力の落ちている自覚がある現在だとここからどれくらい自分が持つかに自信がない。
 だが、ここでまた帰りに彼の手を煩わせてなるものかという意地だけはある。

「意地でも疲れたとは言わないから安心してくれ」

 するとセイネリアはシーグルに向けて、レザが寄越してくれた毛皮のついたフード付きのマントを投げて寄越した。

「別に構わんぞ、動けなくなったら遠慮なく頼れ。獲物を置いてでも丁重に運んでやる」
「大丈夫だっ」

 シーグルは急いでマントを羽織ると、笑い声を上げて小屋を出て行ったセイネリアを追いかけた。








 セイネリアのイメージといえば、その圧倒的な強さで。
 そして彼の強さといえば、技術面も勿論だが、不利な体勢をものともしない程の強引に切り返せるそのパワーが印象深い。
 だからセイネリアが弓を使うと言えばどうしても大弓をその圧倒的腕力で引く姿を思い浮かべてしまうのだが、実際にセイネリアが狩りに使っている弓は然程大きいものではなく、シーグルが使うものとあまり変わらない一般的な大きさのモノであった。
 それに意外だと感じていたものの、それをそのままセイネリアに言えば当然のように彼は答えた。

「お前は何を狩りに行く気だと思ったんだ。余程の大物を仕留めたい時か、余程の距離を当てたい時くらいしか弓が大きい必要はないだろ」

 確かに言われればそれはそうだと納得する。そしてまた、自分の想像力というのが結構偏見というか……子供っぽく単純だというのにこっそり恥ずかしくなったりもする。

「2人で食うのに手頃な獲物を狙うなら、速く撃てる方が勝手がいい。そもそも大物ならトドメは剣でもいいしな」

 そう彼が言っただけあって、実際の狩りが始まってから、シーグルはその彼の弓の速さに驚く事になった。
 矢をつがえて、構えて、撃つ。その動きの間に止まる瞬間がない。本当に狙ってるのかと疑いたくなるくらいだが、それで2,3発続けて撃った後には確実に狙った獲物が落ちるのだから見ていて気持ちがいい。

「お前、本当に慣れてるんだな」

 とってすぐ、慣れた様子で鳥の腸抜きをしているセイネリアを見ていれば、思わずそんな事を言ってしまう。

「まぁな、ガキの頃に4年ばかり森の中でこういう生活をしてたからな」
「樵の弟子だった頃か?」
「あぁ」

 手際よく鳥の足を縛って自分の腰にくくりつけたセイネリアは、次の獲物を狙って歩きはじめる。

「お前だって、一応ウサギくらいは捌けるだろ」
「まぁ……一応な」

 とはいっても、シーグルの場合は本当にいざとなったら出来なくもないという程度だ。冒険者としての基本技能であるから出来る……が得意ではない為、大抵は慣れているパーティーメンバーがやってくれていた。一人の場合はそもそもケルンの実だけで事足りるシーグルの場合、狩りをする必要がなかった。
 言いながら前を歩いていたセイネリアだったが、ふと足を止めると唐突に方向転換をして行き先を変えた。

「どうしたんだ?」
「新しい爪の跡があった。恐らくむこうの先にクマか何か……割合大物がいる可能性があるからな、行くのは止めておく」
「そうか、それは確かに危険だな」

 そう何げなくシーグルが返せば、セイネリアは僅かに不機嫌そうな声で言ってくる。

「別に、大物だからといって会えば倒すだけでいいんだが……」
「そうか?」

 まぁ、確かに彼ならそれに恐れて道を変えようとすることもないかと思う。彼の声がやけに不機嫌なのは、シーグルの言い方が、セイネリアが自信がないから危険を回避した、と言ったように聞こえたせいだろうか。
 すると彼は、やはりどこか機嫌の悪そうな顔のままシーグルの顔を見てきた。

「大物を持って帰るとなると、お前を運んでやれなくなるだろ」
「……それは心配無用だと言ったろ」

 シーグルが明らかに顔を顰めたのを見ると、セイネリアは機嫌が直ったように軽く鼻で笑った。

「冗談だ」

 拗ねたシーグルを宥めるように、彼は嬉しそうに頭を撫でてくる。

「デカ物はでかいだけあって、とった後の処理がクソ面倒臭いから嫌なだけだ」

 だが続けて言われた彼のその言葉に、シーグルは少し呆けた後にぷっと軽く吹きだしてしまった。

「そういう問題か」
「そういう問題に決まっている」

 最強の騎士だとか、逆らえば死ぬより恐ろしい目に合うと言われる彼の台詞らしくなくて――いや、恐れてないという点で彼らしくはあるのだが――どうにもシーグルは笑みが湧いてしまう。そうすればセイネリアは更に怒ったように言ってくる。

「特に鳥のデカ物だけはもう二度とごめんだな。昔やたらデカイ鳥をしとめた時、羽を毟(むし)る作業で酷い目に合った」
「お前が酷い目に合うというなら相当だな」
「しかも羽根は売れるから綺麗に取れと言われたんだぞ」

 まだ子供のセイネリアが、不貞腐れながら大鳥の羽根を毟っている――そんな姿を想像したらそれだけでシーグルは笑うしかない。この琥珀の目を不機嫌そうに顰めて、ひたすら手元の大鳥を睨んで黙々と羽根を毟っているセイネリア・クロッセスなんて、光景としてありえなさ過ぎて、笑い過ぎて抑える方が苦しくなる。

「……そんなに面白いのか?」

 だからそう言ってきた彼には、流石に悪くなってすまないと謝ったものの、どうにも一度ツボに入るとなかなか笑いを完全に収める事は難しい。
 すると唐突にセイネリアが足を止めて、シーグルはもう少しのところで彼の背中にぶつかりそうになった。

「シーグル」

 声に顔を上げれば振り向いた彼と目があって、その瞳がやけに静かで優しかったせいで、シーグルは思わず見とれてしまった。

「ガキの頃は助かる為に逃げた事も、大人しく一方的に殴られるしかなかった事もある。騎士のジジイと戦っていいようにあしらわれた事もある。俺も生まれた時から強かった訳じゃない、それを知っておけ」

 優しくても、どこか寂しそうなその金茶色の瞳からシーグルは目を離せなくなる。
 この瞳がこんな表情を映すのは、自分に対してだけだという事を知っている。そんな顔をする時の彼をとても――愛しいと、そう感じる自分の心を分かっている。
 それでもそれは言葉にせず、シーグルはただ笑ってセイネリアに返した。

「あぁ、分かった」






 そうして狩りを追えて小屋に帰ってきてすぐ、また夕飯の支度を始めようとしたセイネリアを見て、シーグルは裏に散乱したままだった薪を片付けてくると言ったのだが、そこでいろいろ言い合って――結局そちらはセイネリアがやる事になって、代わりに夕飯の支度はシーグルがする事になった。
 ちなみに勿論、帰り道でもシーグルはちゃんと自分で歩いて帰ってきた。……大物を仕留める事はなかったので、セイネリアが道中何度も『疲れたなら何時でも抱き上げてやるぞ』と言っては来たのだが、どうにか最後まで世話にはならずに済んだ。

「前の時よりかなり料理らしくなっているじゃないか」

 やっと夕食の準備が出来て、並べた食べ物を見たセイネリアの最初の一言はそれだった。シーグルはすぐに食べ始めた彼を見ながら、食前の祈りをする前に言った。

「たまに兄さんが料理をするのを見に行ってたんだ」
「そういえば、お前の兄は屋敷で料理番をやってるんだったか」
「それは……俺が、兄さんの作ったものなら普通に食べれるからだ。それで少し慣れて、外でも前よりだいぶ食べられるようになった」

 相変わらずのセイネリアの食べっぷりに感心しながらも、シーグルも食前の祈りを済ませて食べ始める。その時にはもう、セイネリアは最初のスープをお代わりしていて、豪快に肉を噛み切って咀嚼するその姿に思わず笑ってしまう。

「本当にお前はよく食うな」

 セイネリアは脂で汚れた指を軽く舐めてこちらを見る。

「お前が食わなすぎるだけだろ。まぁそれに、お前の手料理など次は何時食えるか分からないからな」
「それを言うならセイネリア・クロッセスの手料理もそうそう食えるものじゃないだろ」
「違いない。エルあたりに作ってやったら何が起こったのかと警戒して食わないと思うぞ」
「そうなのか? いくらお前が作るのが稀でも、お前が食べ物に何か入れるとは思わないだろ」
「いや、俺が料理なぞしたら絶対に偽物だと思われるという意味だ」

 そうしてすまして食べているセイネリアを見て、シーグルはまた笑う。

「成程な」

 気持ち良く食べている彼を見ていてつられたのもあるのか、シーグルもまた、その夜は思った以上に――家で兄弟達と食べるくらいには――普通に食べる事が出来た。





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 相変わらず楽しそうなセイネリアさんです。



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