夕暮れと夜の間の闇




  【12】



 空を見あげれば火の神レイペの月が見える。
 式典は明日の満月、リパの月の日に合わせて行われる事になっていた。いくらセイネリアの傍にいるとしても満月周辺は警戒しなくてはならない、と屋敷から出られる訳もないシーグルは、前夜祭とばかりに浮かれる街の灯を見ながらため息をついた。そうしてから、またため息をしてしまったと少し反省するのも何度目だろうか。
 なにせセイネリアから真実を打ち明けられてからずっと、気づけばため息ばかりついている。セイネリアの状況、自分の状況、どちらも考えて結論などでなくて、というより状況自体はどうにもならないから後は自分の中で折り合いをつけるしかないのだが……そんな単純に覚悟も納得も出来る訳がない。
 特にセイネリアの事では、あまりにも彼のおかれた状況が酷い方向で突拍子もなさすぎて実感が出来ないというのがあった。考えれば考える程人の耐えうる状況ではないとぞっとするだけで、その彼がどう感じているだろうかなんて想像出来ない。

 彼を助けたい、と思っていた。

 けれど彼の真実を知れば助けようがないとしか思えない。自分に何が出来るというのか、それこそ本当にただ彼の精神の平穏の為に傍にいる事しか出来ない――それ以外の答えが出ないのだから解決などする訳がない。それに彼の事を考えていれば彼に対する怒りも同時に湧いて、どうせどれだけ傍にいても彼は不安を拭えない、救いようがない、と投げ出したくなる自分がいる。

――こんな状態で俺はあいつの傍にいるのか? それこそ……何十年か何百年か分からない時を?

 考えるだけで気が遠くなる。ぞっとして自然と手が自分の腕を抱く。そもそも未だに自分の時が止まっている、もう歳を取る事はない、という事さえ実感出来ていない。
 だが、そうして考えながらも廊下を歩いていたシーグルは、ついいつの間にか屋敷の下の階にきてしまっていた事に気付いた。実はあの襲撃後、魔法使いに操られていたらしいラークはシグネット周りの人間達からずっと隔離されていて魔法ギルドの監視下にあり、今は自分達の下の階であるここの部屋の一つにいた。中の様子は毎日キールに聞いているもののやはり気になってしまうのは仕方なく、シーグルは時間があればその部屋の前に何か変化がないか見にきてしまうのがクセになっていた。勿論、何も出来ないし、もし彼に会えたとしても話せる訳でもないのだが、それでも気になってしまって気が付くと足がこちらへ向いていた。
 いつも通り部屋の前にいる魔法使いに会釈をされて、一度足を止めて会釈を返してからまた通りすぎる。何をやっているのだと思っても、確認しないといられなかった。

 ラークは利用されたのだろう、恐らくは自分を狙う魔法使い達に。
 あの襲撃の後やってきた魔法ギルドの者達は、前に捕まえた魔法使い――シーグルの命を狙っていた一派の者を、実は逃がしてしまっていたと謝罪してきた。その彼らが今回の事を企て、アウグの神殿派の連中を利用したらしい、と。
 その時のセイネリアの冷たい怒りようはそれは恐ろしいものだったが、こちらに伝えず、隠している間に捕まえ直せば良いと思ってた、なんて言う連中にはシーグルも呆れた。協力者として黙っていた事は裏切ったにも久しい行為だろう。
 それにシーグルからすれば、こちら側の問題にとうとう弟を巻き込んでしまったという思いが強かった。兄弟やかつての知人達には幸せになって欲しい、これからのこの国を背負わせて消えてしまった分、こちらの問題で彼ら側にまで迷惑を掛けたくなかった。

――ラークは完全に巻き込まれただけだ。なのに何故こんなに長く隔離する必要がある?

 最初は操られた術の影響を調査しているのだろうくらいに思っていた。だが、キールの話によれば術の影響はもう大丈夫だと確認出来たという事で、それなのに何故未だ彼をあんな扱いにしているのかが分らなかった。一体彼に何があるというのだと思えば、もやもやと胸の内に溜まっていくものがまた増えていくだけだ。

 なんというか、自分の事を考えていても一杯一杯なのに、セイネリアの事は途方に暮れるしかなく、ラークの事でも不安で気味が悪い。シーグルとしては悩む事がありすぎて、もう頭がぐちゃぐちゃで考える事自体を放棄したいくらいだった。いつもならこういう時はひたすら剣でも振るところだが、ここでは思い切り剣を振っていられるような場所がない。アウドは首都に強制帰還させられたし、キールは呼べばくると言っているが忙しそうであるしと相談する者もいない。セイネリアは忙しいクセにわざとシーグルを呼ばないでカリンを連れていっているしと、困った事に自分だけ時間があるから余計に考え込んで意味もなくウロウロする羽目になる。

「……どうすればいいんだ。俺に何が出来るというんだ」

 周りに誰もいないのを確認してから壁に背をつけて、思わずシーグルはそう呟く。
 だがそこへパタパタと軽快な足音が近づいてくるのが分って、急いでシーグルは姿勢を正した。そうして、ひょっこりと廊下の曲がり角から姿を現した茶色いポニーテールの小柄な神官の姿に、ある意味ほっとして、ある意味緊張して、シーグルはとりあえず軽く頭を下げた。……恐らく、彼もラークに会いにきたのだと思われるが、それを考えればあまりふらふらこの階まで降りてくるべきではなかったかとシーグルは内心自分の失態を後悔する。

「あ、やっぱあんただったな、うん、丁度いいや話があってさ」

 まさか自分に用事があるとは思っていなかったシーグルは、注意深く彼の様子を伺った。

「はい、何でしょう?」

 ウィアは腕を組んでにこりと笑う、そうして。

「うん、まぁあれだ、実はずっと聞きたかった事があってさ――……で、どうしてそんなかっこして正体隠してンだ、シーグル」

 それには一瞬、シーグルは何も言えなくて固まる。けれどすぐに思考が追いついて、出来るだけ動揺を隠して返した。

「何を言ってらっしゃるのでしょう?」

 それでもウィアは笑みを崩さないまま、人差し指をぴんと立てて目の前で左右に揺らして見せた。

「シグネットが興奮してこんとこずっとお前の事を話してくれるんだよな、で、お前が俺がよくシグネットに掛けてやる術と同じのを使ってたっていう訳だ……おかしいよな、お前の兄貴はアッテラ神官なのに。……お前さ、リパの『盾』の術使ってたんだろ?」

 言われてたしかに、それは失敗だったとシーグルは思う。あの時は今出来る精一杯の事をしようとしか思っていなかったからつい普通に術を使ってしまった。いくら小さいといっても聞きなれた術なら、シグネットもそれが何か分ってしまったろうと今更に思う。

「それは……私はあの方と同じ戦い方が出来るようになりたかったので……」

 ここはもうリパ信徒だという事は肯定するしかない。光の術なら光石を使ったといえなくもなかったろうが、ここで盾の術を否定するのは余計に怪しまれるだけだろう。

「ふぅん、だからリパに改宗したって? うんまぁ、そういうのもあるかもだけどさ。あぁ、そういやお前に返す物があんだよ」

 言ってからウィアは見せつけるようにニカっと笑って、シーグルに向けて短剣を差し出した。……それはシグネットに渡したまま返して貰うのを忘れていた魔剣で、セイネリアの事ばかり考えていて今の今まですっかりその事を失念していた。

「これ、お前のだよな。ちゃんと使ってたってシグネットは言ってたからな、お前この魔剣の主なんだろ。……シグネットがさ、どうしてもお前と同じ事したかったらしくて隠し持ってて一生懸命振ってて危なくて取り上げたんだけどさ。見ただけで分かる、これは本物の魔剣だ。んでこれはシーグルのものだよな、これがセイネリアからあいつが貰ったものだってのを俺は知ってる、確かにこの剣だった」

 確かにウィアはこの魔剣を知っている。違うものだとは言えるはずがない。

「それは、私があの方からいただいたものです」

 ただこれをシーグルが持っていたことは知っていても、ウィアはシーグルがこれを使えるようになったのを知らない筈だった。『レイリース』が『シーグル』に会って剣を習ったのがノウムネズ戦いの後、アウグにいた時であるから、それ以後ウィアに剣を見せていなかった筈だとシーグルは思う。

「あぁつまり剣の師匠して貰ってた時、剣を借りたら抜けたから譲ってくれたって話なのか?」
「はい、そうです」

 だがそう答えてから、ウィアは笑みを収めてシーグルの顔をじっと見つめてくる。いや、みつめるというより、睨んできたといった方が正しいだろう。

「……それはおかしいな、俺はナレドからこの剣を見せて貰ったんだぜ。アルスオード様から預かってるって。魔剣っていうのはどうやって持っていればいいんでしょうってさ、相談されたんだ」

 それは想定外、としかいいようがない。
 だから流石にそこから言い訳の言葉が続かなくて、黙る事になってしまうのは仕方なかった。頭が思いついていないのにヘタな事を言えば余計ボロが出るだけというのくらいはシーグルも分かっていた。となれば沈黙するしかない。アウドやロウの時とは違って、ウィアには正体を明かす訳にはいかなかった。彼をこちら側の人間にしてしまう訳にはいかなかった。

「ま、いいや」

 だがそこでウィアはくるりと背を向けると、両手を上げて背伸びをしてみせた。

「とりあえずあのガキ王様が借りたままだったソレを俺は返したかっただけだしぃ〜。それにあんたが今ソレの主だっていうならずーーっと前に伝言を頼まれてたってのを思い出したからさ」

 シーグルはあっけに取られるしかなくてその場で立ち尽くす。
 そうすればウィアは顔だけで振り向いて、彼らしくニカっといい笑顔を浮かべて言った。

「ソノ剣の中の魔法使いの名前、ノーディランって言うんだってさ」

 そうしてすぐに彼は顔を前に向けてしまうと、後ろ姿で手だけを振ってみせた。

「前……シーグルの生還とシグネット誕生のお祝いの時だったかな、どっかの怪しい魔法使いが言ってたんだよ。んでその剣見て思い出したからあんたに言っとく。じゃあなっ」

 それで本当にあっさり彼は引き下がって去っていってしまった。
 気が抜けたものの、今のでウィアが自分の正体を確信した筈だと考えて――そうして、恐らくは、彼は分ったものの気づかなかったふりをしてくれるのだろうと理解して、シーグルはもう見えなくなった彼の後ろ姿に頭を下げた。




---------------------------------------------


 ウィアにバレました(==+ 
 



Back   Next


Menu   Top