謀略と絶たれた未来




  【8】



 ウォールト王子殺害首謀者として、シルバスピナ卿が拘束された。
 その知らせは王によってすぐに各地へと送られ、たった一日の内に、領主のいる街や神殿のある村、砦や遠征先の軍にまで、首都からの直接連絡が届く場所にその内容は知れ渡った。
 勿論、首都から遠く離れた南の地アッシセグにもそれは届き、領主であるネデはすぐにセイネリアに連絡を取ろうとした。
 だが、連絡を取ろうとする前に傭兵団の副長であるエルが訪ねてきて、そこで彼はセイネリア・クロッセスが既に行動を起こしてこの地を発った事を聞く事になった。

「流石に、呆れるくらい情報が早いな」
「コトがコトだからな、最優先さ」

 妙に気が合うこのアッテラ神官が来た事で、ある意味ほっとして、けれどもついに動き出したのかという思いも強くして、ネデは湧き上がる高揚感に口元が歪み、喉が熱くなるのを感じていた。

 現シルバスピナ卿、シーグルが王によって直接危害を加えられる、または何かしらの罪を着せられて捕まるような事になれば――セイネリア・クロッセスは王の敵として動き出す。それは予め決まっていたことで、セイネリアに付くと約束したネデにはその為の下準備としてどう動くかまで打ち合わせ済みだった。
 セイネリアが最終的にどこまでを目指しているかまでは分からなくても、方針といくつかの状況に合わせた案までは聞いてある。とりあえず現状、初期の段階でのネデの役割は、元ファサンに当たる南部の領主達への根回しだった。

「とりあえず予定通り、あんたには各領主宛てに親書を用意してもらいたい。それを運ぶのはこっちから人を出す。そうすりゃ俺達とあんたが手を組んだってのも示せっからな」
「それはあり難いな、何せこっちには密偵が出来るような人材が少ない」
「事前に聞いといたリストから、既にそれぞれに向かわせる人間は確保してある。そっちの準備が出来次第にすぐに飛ばす事が可能だ。出来るだけ反応が早い方が、こっちがどれだけ用意周到かってのも示せるしな」
「……本当に、先の先まで頭の回る男だな」
「まったく、敵には回したくないモンだ……って思わせるのがあんたの役目だろ?」

 それで二人で顔を見合わせて、思わず吹き出す。

「確かにな」

 セイネリア・クロッセスに逆らうな、逆らえば死ぬより恐ろしい目に会う――その噂を本当だと実感させるよう、まずは領主達に脅しを掛けて警告する。今はまだ、こちらが何をするかまでは言わないし、だから当然こちらにつけと言う必要もない。ただ、ヘタに手を出したら不味いと思わせておけばいいだけだ。保守的な領主達にとって、動けというより動くなという方が従わせるのは容易い。王にとっても首都周辺の領主ならともかく、遠い南部の領主を些細な理由で一々全員罰するわけにもいかない筈だ。
 南部が沈黙を守れば、セイネリアが動いていても王は具体的な情報を掴めず、彼に手を出す事も出来ない。
 そうなれば当然、シルバスピナ卿で彼を釣るしかないと王は考える。少なくともあの銀髪の麗しい騎士の青年は、セイネリアに対する最終手段として殺される事はありえない筈だった。

「セイネリアは首都にいるのか?」

 彼の大切なシーグルを救う為、当然彼がいる場所は首都セニエティだろうとネデは考えた。
 だが、そこで正直すぎるアッテラ神官は苦笑いをして、彼もまた呆れたように肩を竦めて答えた。

「いんや、もっともっと遠いとこさ」

 ネデにはそこが何処かは分からなかった。







 ――こんな事態を想定していなかった訳ではない。

 一応それなりに豪奢ともいえるベッドに座って、シーグルは薄暗い部屋の中を眺めて溜め息をついた。
 大人しくすれば丁重に扱うと言った言葉を違えず、確かに王族の殺害を企てた罪人としては、現在シーグルは身分相応とはいえるだけの待遇を受けてはいた。
 扉は厚い鉄製で、外には見張りの兵がいるものの、部屋自体は貴族の私室と言える程度の場所ではあった。置かれている家具や調度品もそれなりに良いものばかりで、質実剛健なシルバスピナの屋敷の部屋よりもよほど貴族のものらしく見える。
 とはいえ、窓といえばとても届かない高い位置にある小窓だけで、見えるのは空だけというのは仕方ない。シーグルの格好といえば勿論囚人服のようなものを着せられているわけではなく、一般貴族の部屋着にガウンを羽織った格好で、当然ながら鎧や武器一式は取り上げられてここにはなかった。着替えはクローゼットに揃っているし、夜は体を拭くための湯を持ってきてくれるそうで、朝になればわざわざシーツ替えと着替えをさせてくれる者が来ると言われていた。
 待遇で言うなら、罪人として投獄されたというより軟禁されただけという方がしっくりくる状態といえた。

 つまり……王もシーグルが無実だという事は承知しているのだろう。

 それどころか本当にウォールト王子が殺されたのだとすれば、それを指示したのは王自身ではないだろうかとシーグルは思っていた。なにせウォールト王子を一番殺したいと思っているのは王であろうし、であれば真犯人が出てくるなんて不安要素もなくシーグルを犯人に仕立て上げる事が出来る。
 となれば王の目的は何なのか――こうしてまともな待遇をしてくれると言うことは、問答無用で投獄からそのままただ処刑するつもりとは思えない。

――交渉の余地がある、という事だろうか。

 それでも現状、王と交渉して解放されるなどという事をシーグルはそこまで期待してはいなかった。ただこうしてマトモな扱いをしてくれている間は、こちらにとって時間が稼げるという事に僅かに安堵しているだけだ。

 シーグルが捕まったのなら、セイネリアは必ず助けようと動いてくれている筈。

 結局、その前提があるからこそ、シーグルは大人しく捕まる道を選んだ。いくら王でも、シーグルを拘束後即処刑という訳にはいかない。形式だけでも最低限貴族院での裁判は必要となり、どれだけ急いでも処刑執行まで10日は掛かる。その間、どのような扱いを受けるかは親衛隊の者達の言葉を信じるしかなかったが、現状では予想以上に扱いがいいのは確かだった。
 もしあそこで逃げたなら――部下の数人は捕まって、家族は拘束される。シーグルの罪は確定され、捕まった部下達はシーグルをあぶり出す為、罪人の逃亡を手伝った罪で晒される事になるだろう。もしかしたら、見せしめに誰か殺されるかもしれない。シーグルの身を何より一番に考えるなら、逃げてそのままセイネリアを頼るのが最善の手だったとは理解できても、ほぼ確実に犠牲が出るだろうその選択肢をシーグルは選べなかった。

 シーグル自分の身に直接危険があるなら、セイネリアは動く。
 形式を保っている限り、王はすぐには自分を殺しはしない。

 そう考えれば結局――またシーグルは自分が危険を被る道を選ぶしかなかった。
 いろいろな者達からとにかく自身の身を一番に考えろと言われても――結局、シーグルは大切な人々を切り捨ててまで自分の身を優先する事は出来なかった。

 セイネリアは、次はもうお前を放してやらないと言っていた。
 だから、次に彼に助けて貰うなら、相応の覚悟と代償が必要だ。
 彼が求める代償が何か分かってはいても、今の自分には彼に頼るしか道がない。

 けれど実際、その時が来た時、自分は選べるのだろうかとシーグルは不安になる。いやそもそも、それはセイネリアに無事助けられてから考える事だと自嘲して、シーグルはベッドの上で目を閉じた。

 王はシーグルと交渉するつもりがある――その読みはどうやら正しかったらしく、シーグルの元に迎えの者達が来て王の元へ連れていくと告げられたのは、この部屋に連れて来られた次の日の夜の事だった。







 シーグルを迎えに来たのは、やはり王の親衛隊の者達だった。
 いくらシーグル自身は丸腰とはいえ、向かう場所が場所であるからか、部屋を出る時には腕に枷を嵌められ、更には目隠しまでさせられた。ここへ連れてこられるまでの間もずっと目隠しをされていたので、シーグルはここが何処なのかは分かっていない。恐らく居場所に関しては徹底的に隠すつもりなのだろう。
 それでも自力で歩かされている以上、階段の上り下りで自分のいる場所が塔か何か、ともかく建物の高い場所にある部屋だというのくらいはわかる。そうして連れてこられた時の上った段数と合わせれば、王のいる場所は同じ建物内の途中階の部屋なのだとまで予想できた。

 扉が開く音がして引かれるまま中に入れば、どこか台の上に寝かされて、腕を頭の上にあげた状態で枷を固定された。
 さすがに用心深いか、とそこでシーグルは思わず苦笑する。
 王の近くにいける事があれば、魔剣を呼んで一暴れし、王を人質に取って逃げるという事も考えてはいた。まぁ魔剣がここで呼べるなら、という話にはなるが――どちらにしろこの状態ではそれはあきらめるしかないだろう。幼い頃から命を狙われていたせいで疑い深く用心深い神経質な性格、と聞いた通りなら、いくら魔剣の事まで予想出来なくても、この王にそんな隙はないかと考える。

 枷の固定が終ればここまで連れてきた親衛隊の者達は部屋を出て行ったらしく、遠ざかる足音とドアの音が聞こえ、そうして目隠しが外された。
 そこは、一言で言えば拷問部屋だと思われた。
 ただし、牢のような石造りや鉄格子で出来たいかにもな感じの部屋であったという訳でなく、部屋自体はシーグルが閉じ込められている場所とあまり変らないように思えた。それでも、そこが拷問部屋であると判断したのは、小奇麗な部屋に似つかわしくない、壁にずらりと並んだ道具類が見えたからだった。

「安心するがいい、別にお前を拷問に掛ける為に連れてきたわけではない」

 シーグルのいる位置からはそれなりに離れた部屋の奥、立派そうな椅子に座っているのは現クリュース王リオロッツだった。寝かされているのが完全に水平な台ではなく、頭が高くなるよう傾斜がある為、シーグルにとってはほぼ正面になる王の姿はよく見えた。ついでに周囲を軽く見回してみれば、見える場所にいる人物は王と、いかにもこの部屋付きの拷問役と思われる、顔に布袋を被せて顔を隠している男の二人だけだった。
 まだ若い王は肘かけに肘をつき、頬杖をつきながら何処か淀んだ瞳でシーグルをじっとみていた。服装が王と言うには全く装飾のないラフな格好であることからして、ここには内密に、私的に来ているのだろうという予想が出来る。

「話をするのにいろいろと都合が良かったからここにしただけだ、少なくともまだ、これらの道具をお前に使えという命令は出していない」

 語尾を昏い笑みに乗せて、歪んだ王の顔には狂気めいたものがあった。
 王宮で会った時は豪奢な服で誤魔化せていたようだが、王というにはあまり血色が良くない顔とぎょろりと目だけが大きいその容姿は、今の服装だとその神経質な性格を際立たせ異様な風貌に見える。少なくともこれが自由の国とも呼ばれ、周辺諸国に恐れられる大国クリュースを統べる王には見えなかった。

「……ただ、お前のような見目良い者なら、鳴く姿もさぞ愉しませてくれるだろうな」

 それに続けられた高い笑い声には、シーグルも顔を顰めずにはいられなかった。それと同時に失望もしていた。シーグルはこの時点まではまだ、王とは話し合いでどうにか出来るかもしれないと思っていたのだ。
 けれども今の王の顔を見て思う、自分は彼の臣下として彼の為に働く事は出来ないと。

「このような場所へ御身自らお越し頂けるとは、私にどのようなご用件でしょうか?」

 それが嫌味にしか聞こえない事は勿論承知だった。言えば、笑っていた王の顔が真顔になる。

「ふん、若い割に頭の固い男だとは聞いていたが……勿体ない、見た目だけの馬鹿かただの臆病者であればこのような目に合わずに済んだものを」

 その言い方でシーグルは確信した。もしウォールト王子が死んだというのが本当なら、殺したのはこの男にに違いない。王族暗殺の罪状など、ただの茶番だったという事だろう。
 シーグルが拘束された手を固く握り締めて王を睨めば、王は顔から笑みを消してつまらなそうにため息をついた。




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 次回はちょっといろいろ(主にエロ方面に)展開します。



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