微笑みとぬくもりを交わして




  【8】



 北の大国、クリュースの首都セニエティの夏は短い。日差しが弱くなってくればすぐに秋になり、寒くなる前にと忙しく駆けずり回っていれば冬はすぐにやってくる。……ただ秋は短いながらもイベントが多く、夏が終わればセニエティの住民たちは皆聖夜祭の準備に取り掛かる事になる。
 セニエティにとって、そしてこの国にとって一番盛大な祭りである聖夜祭には国中の人間が集まって街はいつも以上に人だらけになるのだが、新政府になってからはそれは更に悪化していた。
 その原因の一つは平民が出場出来るようになって予選の規模が一気に膨れ上がった競技会ではあるのだが、もう一つは確実に王家の人気によるものであった。特に幼い国王の人気は高く、国を上げての行事なら必ず人前に姿を現すという事で一目見ようという人間の数だけでも大変な事になるのだ。
 ただそれだけの人気であっても王家周りの警備がそこま物々しくなくてもどうにかなるのは、その傍に必ずセイネリアがいる事と魔法ギルドが全面的に協力している所為だった。

 聖夜祭は国中の魔法使いが首都に集まる日でもあった為、ギルド側からの通達によって現在マトモな魔法使いはほぼ全て警備の手伝いを何かしらする事になっていた。面白い事に魔法使い側としてもそれに対して反発の声はあまりなく、むしろ『警備の手伝いの為なら被害が出ないようにすれば魔法を好きに使っていい』という前提の所為で喜んで手伝いを申し出る者が出るくらいの事態になっていた。そもそも聖夜祭の期間は魔力が高まるからその見張りの為に皆首都に集められる訳で、折角のそんな期間に一定以上の魔法を使う事を禁じられていたのだから魔法使い達としては不満だったに違いない。魔法研究が至上である者達の中には、警備の助けとなるならそこそこの規模の魔法実験をやるのも許されるこの機会を楽しみにしている者さえいる、という話である。勿論、もし被害を出した場合はかなり厳しい罰が与えられる事にはなっていたから、一応実験失敗で大参事という事態はまだ起こってはいなかったが。
 ともかくそんな魔法使い側の事情もあって、膨れ上がる見物人達の割に警備の動員をそこまで増やさなくてもどうにかなっているという実情があって、更に言えば魔法使い内の不審者の見張りに関しても、ギルドを手伝う魔法使いは魔法制限を解除される事にしたので協力者が増えて余裕が出来たらしい。勿論それは、過激派が大人しくなったというのも大きいのはいうまでもないが。
 ちなみに言えばそれをギルド側に提案したのはセイネリアで、それが実際上手くいったのを見たギルドの使者――クノームは、『まぁ確かに、馬鹿も使いようだった訳だな』と呆れ混じりの捨て台詞を残していったのが印象的だった。






 そうして今年も盛大に行われた聖夜祭は何事もなく終了し、それから間もなく、ひっそりと、国中のリパ神殿の鐘が鳴らされる日が訪れる。アルスオード・シルバスピナ――つまりシーグルが処刑された日であった。
 シーグルはこの日を嫌っていた。
 それは当然、人々が自分の名を褒め称える事と、そんな価値がない自分に対しての怒りの所為だったのだが、今回初めて、シーグルは自分も広場に行くと言い出した。

「ナレドに、花を置いて祈ってやりたい」

 人々がアルスオード・シルバスピナの為に花を置く中、自分だけはナレドの為に花を置きたい、彼にちゃんと礼を告げたい。そう言ったシーグルの言葉を受けて、セイネリアは今回は将軍の側近としてシーグルを連れて行く事に決めていた。

「今まで出ていなかったのに突然今年からいたら不自然だろうか」

 レイリース・リッパーの設定はシーグルに剣を習った事になっている。それなのに今までその師の命日に姿を現さなかったのが何故突然いるのか……と考えられる事は確かだが、そのシーグルの心配をセイネリアはあっさり笑い飛ばした。

「別に不自然でもない、今までは師であるシルバスピナ卿の死を受け入れられなくて広場に来れなかった、と言っておけばいいさ」
「……そうか……そうだな」

 そうすればシーグルも笑って、安堵したように息を吐く。セイネリアはそんな彼の様子を自然と浮かぶ笑みのまま見つめていた。
 シーグルの今回の発言、心境の変化は間違いなくいい傾向だった。
 彼が今日という嘘の自分の命日を憎まず、身代わりに死んだ従者であった青年に礼をしたいと言い出した事は、彼自身があの青年の死について自分の所為だと責めるだけではなくなったという事でもある。

「まぁどちらにしろ、俺の傍にいれば誰も近づいてこないし、その場でへたなヒソヒソ話をする者もいないだろうがな」

 言えばシーグルはぷっと吹きだしてから笑う。セイネリアは思わずその彼の顔に手を伸ばしてその前髪を払い、額を出すとそこへ軽く口付けた。

「まったく、暇さえあればお前は触ってくるな」
「いいだろ、もう少ししたらお互いに顔を隠さないとならないからな」
「そう言って、その前にまたしつこくキスをしてくるんだろ、お前は」
「当然だ、ここへ帰ってくるまでお前の顔を見れなくなるんだぞ」

 まったく、と今度は顔を顰めて彼が頭を押さえるのをセイネリアが声を出して笑う。

「広場にいって花を置いたら帰ってくるんだ、今日は特に大した時間じゃないだろ」
「お前が目の前にいるのに顔を見れないし触れられないのはかなり辛いんだが」
「我 慢 し ろ」

 最後は完全に怒った声で言ってくるから更にセイネリアは笑ってしまって、だがシーグルも暫くすれば呆れて笑いだす。
 彼はよく笑うようになった。それに以上によく怒るようにもなったが。特に彼と距離を取る前と変わった点としては、前はセイネリアに対して一定以上は文句を言わず、最後は怒りながらも『承知しました』と引き下がっていたのを、今の彼は最後まで抗議してくるようになった。考えればそんな彼の態度は一緒に冒険者をしていた時に近くて、それだけ彼が自然に振舞えるようになったと考えてもいいだろうとセイネリアは思っている。

 シーグルの食事の方に関しては、まだ『極端な小食』という言葉を捨てられる程ではないが、それでもケルンの実にあまり頼らずきちんと毎日3食食べられるようになったのはかなりの進歩ではあるだろう。ただ毎食セイネリアが彼と食べる事にした所為でセイネリアの仕事的には少々支障が生じはしたが。食事に時間が掛かり過ぎる所為で予定を組み替えなくてはならなくなったり、貴族等との会食は全部断っている等々……実際はかなり支障が出てはいるのだが、それはそれでセイネリアにとっては別の計算もあるから問題がなかった。

 セイネリアは、この国の将軍としてその王に次ぐ……いや、現状だと実質はそれ以上とも言えるだけの権力をいつまでも握っているつもりはなかった。今はまだ国王は幼く、新政府の体勢も整い切っていないから自分という恐怖を伴う存在で押さえつけている必要があるが、政府の安定と共に少しづつ仕事を減らし、将来的にはただの軍事部門の最高責任者、もしくはその象徴程度になるよう調整していくつもりだった。ロージェンティとも元からそういう契約ではあるし、平和な世が続けば軍部が弱体化していくのも自然な流れである。セイネリア自身の希望としては、最終的にはシグネットが成人したら権力を全部王に返して将軍職を降りてしまいたいくらいだが、将軍セイネリアの名前が国内外の敵へ与える効果を考えるとそこまでは出来ない。だからこそ顔を隠す意味があるのだが……。

「ちょっと待て、この花は流石に……多すぎないか?」

 馬車に乗ろうとして、その後ろに花だけを積んだ別の荷車があるのに気付いたシーグルが呆れた声を上げれば、それも予想済だったセイネリアは笑うしかない。

「いつもこれくらいだ、それでも広場にいけばもっと大量の花の所為で目立たんさ」
「俺はそっと花を置いて静かに祈りたいんだが」
「だからお前の分はちゃんと花束を用意している」

 言いながら馬車に乗ればその中にはシーグル様に用意された花束が置いてあって、シーグルはそれを持ち上げると安堵したように息を吐いた。

「お前はあの量の花をどうやって置く気だ」
「両手で掴めるだけ掴んでぶん投げるのさ。持ちきれなかった分は荷車から直接下させる」
「……なんというか、故人への祈りとはかけ離れていないか」
「だが俺らしいだろ、割合一般人からの評判はいいんだぞ」
「いいのか?」

 シーグルの声が本気で驚いていたから、セイネリアは笑ってしまって仕方ない。

「あぁ好評だ、派手にまき散らすからな」
「なんでそんなところでそんなパフォーマンスをしているんだお前は……」
「『将軍セイネリアはアルスオード・シルバスピナの為だけにリオロッツを倒した』というのは有名な話だからな、人がマネできないくらいに派手にやって嘆いているのを印象付けている訳だ」
「それのどこが嘆いてるんだ? というかそういう事で知れ渡ってるのか?」

 彼の声は更に驚いてそこから呆れて、頭まで抱えだすからセイネリアは声を上げて笑ってしまう。

「まぁいいじゃないか、それで沈んだ顔していた者達が最後は笑って去るのだからな」

 その言葉に黙って、彼は顔を上げてこちらを見てくる。
 きっと今、彼は驚いた顔をして、けれどその後笑うに違いない。
 そう思った時にはセイネリアの手は彼の兜を取っていて、それでやはり驚いた顔をしている彼を見れば今度は自分の仮面を取って唇を重ねていた。驚いていた彼だが、伺うように舌を入れればそれを舌で触れ返してくれて、だから舌同士を強く絡ませて口づけを深くする。鎧の上からその体を引き寄せて、それでもまだ物足りなくて抱き寄せれば、対面に座っていた筈の彼は完全にこちらの膝に乗ってしまう事になる。
 そこで一度唇を離して、呆れた顔をしている彼の頬を撫ぜて、それから今度は唇同士を触れさせる程度のキスをする。そこから離すついでに彼の額にまでキスして、それからセイネリアが彼の顔を見れば彼は呆れたままで笑っていた。

「お前はいつも唐突すぎる」

 それにはまた軽く触れてすぐ離すだけのキスをして、それから笑って彼の髪に指を入れた。

「それくらいはいつでも想定しておいてくれ。一応何をやるにしてもお前に聞くようにはしているが、キスやら触れるの程度まで許可を待って抑えているのは無理だ。これでも一応、人前では出来る限り抑えてるんだからな」
「……つまり、この程度は好きにさせろ、という事か」
「そういう事だ」

 そうして再び唇を合わせれば、彼も完全にこちらに抱きついてくる。揺れる馬車の中では深いキスを延々をする訳にはいかないから、合わせて、触れて、感じて離す程度のキスを何度も繰り返して……気づけば目的地に付いている、というのが最近ではいつもの事になっていた。



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 次回、ついに例の件に決着が。
 



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