微笑みとぬくもりを交わして




  【4】



 部屋に入って来た、金髪の一見大層豪華な風貌の魔法使いは開口一番にこう言った。

「なんだ、元気そうじゃないか」
「……みぃたいですねぇ」

 それに付き添いのようについてきたキールも後ろからひょこっと現れて、シーグルはなんだか気まずくて苦笑いをするくらいしか出来なかった。
 勿論、セイネリアの方はまったく動じた様子も見せず、むしろ『邪魔をするな』という顔をして睨んでいた訳だが……いや多分、絶対そう思ってそうな気がする、とシーグルは思う。なにせついさっきセイネリアは今日の予定が全て終わったところで、そこから寝室にやってきてシーグルにべたべたひっついてきていた時の来客だったのだから。

「暗示魔法の後遺症で結構ヤバイって聞いてきたんだが、全然ヤバそうじゃないな。まぁ益々前より細くなった気はするが」

 やはりまた肉が落ちたのだろうかと思うと落ち込みたくなるが、このところ順調に食事も出来るようになっているのですぐ戻せるさとシーグルは自分に言い聞かせた。

「こいつの方はもう大丈夫だ、それより例の過激派に関しての報告を聞きたい」
「あー……まぁそうだな、そっちから話すか」

 金髪に金の仮面に金糸の刺しゅう入りのローブ、といういかにも地位のありそうな恰好をしている魔法使いは、その風貌に似合わぬ乱暴な動作でどっかりとカリンが持って来た椅子に座った。

「確かに捕まえたあいつが過激派の首謀者で間違いはない。あいつが捕まったって事で、過激派――少なくともその坊やを殺して黒の剣の主を暴走させる、って企んでた連中は組織としては壊滅した。あいつも流石に仲間は売らないって事で連中の名を出したりはしないが、もう活動はする事はないって言ってる」
「それを簡単に信用するのか?」

 セイネリアが即座にそう聞いたが、シーグルも金髪の魔法使いクノームの言う通り、彼らはもう自分を殺そうとはしないだろうと思った。

「信用するだけの理由があるからな。今回あんたは実際そこの坊やを死んだと思った、思ったが暴走しなかった……それが全てさ。あんたが暴走して剣の魔力を開放してくれないならその坊やを殺す意味はない。だからあいつもあそこから逃げずにあっさり捕まったんだ」

 そう、シーグルが蘇生した時、魔法使いリトラートは呆然としていた。あの時彼が呆然としていて大人しく捕まったのは、彼には『何も起こらなかった』事が分かったからだったのだろう。

「それどころか俺に『彼だけは何があっても死なせてはならない』とかって真逆な事言い出してな、自分の意志は仲間達にもう伝えてあるから今後彼を自分の仲間が狙う事は絶対にない、って言い切ったのさ」

 セイネリアはそれには厳しい表情をしたままだったが、少しの間を置いてシーグルの頭に手を回してくると自分に倒れかかるように引き寄せた。仕方なくシーグルは彼に寄りかかるような体勢になったが、それを当然のようにするセイネリアはいいとして、目の前の魔法使い達がまったく気にしていないのはちょっと気恥ずかしい。

「俺としては、こいつを二度と狙う事がない、というならそいつらの事はどうでもいい」
「まぁそう言うだろうとは思ったさ。こちらとしても正直あまり殺したくない男なんでね、そう言って貰えると助かる」
「彼は、どうなるんだ?」

 聞き返したのはシーグルだ。仮面に顔を隠した魔法使いは苦笑を返した。

「殺さない、封じない代わりにギルドへの奉仕だな。……まぁあれだ、早い話外へ出る自由はなく、監督役の魔法使いの下についてギルドの仕事をしろって事だ。んで多分監督役は俺になると思う」
「そうか……」
「もしかして心配してるのか? 流石に人が良過ぎだろ」
「そうだな、確かにそうだが……信念のある……悪い人間ではなさそうだったからな」

 シーグルの立場として決して許せる相手ではないが、自分の罪を分って、それでも望みを叶えたいという強い意志を持って彼が行動しているというのは分かった。だから憎むというより……自分が全てを掛けた計画が失敗して呆然としていた彼を憐れだと思ってしまったのだ。

「それで、あの小悪党の方の件は何か分かったのか?」

 そこで割り込んできたセイネリアの苛立ちを含んだ声に、シーグルは少し不思議そうに彼の顔を見た。

「小悪党?」
「リーズガンだ」

 あぁ……と呟いてから、そういえばリオロッツの元で見た以後彼の事は何も聞いていないとシーグルは思いだした。

「残念ながらそっちは何も。連中は本気でただ逃がしただけらしい。一応最後に逃がしたって街に行って探してはみたが特に消息は掴めなかった。こいつの術でも追い切れなかった段階でこっちはお手上げだ」

 言ってクノームがキールを見れば、彼は肩を竦めて苦笑する。その場所の記憶を映像として見せる彼の術でも追えなかったとなれば、確かに魔法使い側としてはこれ以上追うのは難しいだろう。とはいえ、それ以前にシーグルとして少し聞きたい事があった。

「リーズガンが、何かやろうとしているのか?」

 セイネリアに向かって聞けば、彼は不機嫌そうに少し顔を顰める。

「……さぁな、そこまでは分からん。だがお前が生きている事を知ってる、放置して置く訳にはいかないだろ」
「あぁ……そうか、そうだな」

 それは確かに問題だ、と思ってから、生きているなら彼は今頃どうしているのだろうと考える。リーズガンはいつでも権力者に取り入って、実際リオロッツの失墜までは上手く立ち回って着々と立場を上げてきたのだろう。だが現状、クリュースにはもうどうやっても彼の居場所はない、彼が思い描いていた野望は完全に潰えた筈だ。その彼が今何を考えているのか……考えていれば、視線を感じてシーグルは顔を上げた。
 途端、こちらを不機嫌そうにじっと見ていたセイネリアと、なんだか呆れた顔で見ている魔法使い達と目があった。

「まさかお前は、奴にまで同情しているんじゃないだろうな」

 やけにセイネリアの声が怒っているから、シーグルも少しだけ焦った。

「いや、彼に同情まではしていない、ただ……権力や地位に固執していた彼なら、何処にも行き場のなくなった今、何を考えているんだろうか、と……」

 途端、3人共に一斉に畳みかけられた。

「同情しているじゃないか、お前はどこまで人がいいんだ」
「いや〜ほんっとぉぉにシーグル様は人を憎めない性格ですねぇ」
「さすがに俺もそこまでお人好しだとは思わなかった」

 リトラートの件と違って自分では同情したつもりがなかっただけに、シーグルは何故自分がここまで言われるのだろうと思う。だが……。

「言っておくが、お前が奴にされた事を考えたら、例え奴が今どれだけ憐れだったとしても俺は許す気はないぞ」

 明らかに悔しそうにセイネリアがそう言った言葉には自然と苦笑してしまって、それを少しだけ嬉しく感じている自分をシーグルは不思議に思った。



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 ちょっと短めですがキリがいいので。しかしシーグル本気で人が良すぎる。
 



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